Boyfriend's Jacket

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シャワールームの扉が勢い良く開き、真紅のバスタオルを身体に巻きつけた女性が姿を現した
濡れた髪をタオルで拭いながら、大股で廊下を進んでいく
肩に残った水滴が、鎖骨のあたりへと流れ落ちていった
 

自分の部屋へと入った彼女は、髪をタオルで包んで纏め上げ、身を包むバスタオルを取り払った
姿見に映る自分の身体を見るともなしに見る
 

大きさも、形も申し分のない胸のふくらみ
無駄のまったくない、引き締まった腹部
腰からの緩やかなカーブを経て、すっきりと伸ばされた足
日本人女性にはとても真似できそうにない、完璧なボディ・ライン
 

満足したかのように小さく頷くと、彼女は視線を姿見から外した
引き出しを開き、シンプルなデザインの下着を身に着ける
そして、化粧台の前に腰掛けると頭に巻いたタオルを取り去った
水分を含んでいるため、微かに色濃くなった金髪が背中一面に広がった
 

タオルを両手に持ち替え、髪を傷つけぬよう丁寧に包み込む
あらまし水分を拭き取った後、熱すぎない程度に距離を置きながらドライヤーを当てた
髪が完全に乾いたのを確認すると、立ち上がりクロゼットの前へと向かう
黒のタンクトップ、同色のタートル・ネックを取り出し、すぐに首を通した
 

再び化粧台の前へ座った彼女は、髪をバンダナで緩く纏め、簡単にかつ念入りに薄化粧を施した
仕上がりに満足した彼女は、台の上に置いてあるターコイズのネックレスを胸に、同じデザインのイヤリングを耳に付けた
 

ベッドの淵に腰掛け、踝よりも少しだけ長いスポーツ・ソックス、そしてブルー・ジーンズを穿く
姿見の前に立ち、自分の格好をもう一度確認した
 
 
 

「・・・・・やっばぁ!」
 
 
 

片隅に反転して映っている、デジタル時計の表示している時間を見た彼女
クロゼットの扉に掛けてあったハンガーからジャケットを抜き取り、小脇に抱えた
そして椅子の上に置いてあるバッグを手に取ると、彼女は勢い良く部屋を飛び出した
 

ワーク・ブーツに足を突っ込み、紐も結ばぬままに玄関から駆け出していく
自身の重さで自然に閉じた扉が、彼女の背後で微かなロック音を立てた
エレベータを待つ間、そして下降するエレベータ内でブーツの紐を結び
ドアが開いた途端、全速力で駆け出していった
 

マンションの正面を横切る大通り
流していたタクシーを捕まえた彼女は、後部座席に乗り込むと同時に行き先を運転手に告げた
動き出したタクシーの中で、彼女は少しだけ落ち着きを取り戻す
ここから街中までは20分
大通りから少しだけ中へと入った喫茶店まで、5分
待ち合わせの時間は、15分後
 
 
 

「・・・・・遅刻よね、これじゃ」
 
 
 

誰に聞かせるでもなくひとりごちた彼女は、待ち惚けさせられた友人達からの叱責を想像し、微かに苦笑した
そしてくしゃくしゃに丸まっているジャケットを目の前に広げ、丁寧に畳み直した
 

彼女にとっては明らかにオーバー・サイズの、ヘリンボーン・ジャケット
袖を通すと肩は完全にずり落ち、指先までが袖の中に隠れる
裾は腰を通り過ぎ、太腿すれすれまでに被さってしまう
いつも折り曲げているせいか、袖の先と腕の部分で色が変わっている
内張りの生地は薄くなり、所々が綻んでいる
ボタンなど何度付け直したか覚えがないほど
 

彼女にとって一番のお気に入り
 

車窓の外を流れる風景を眺めながら、このジャケットに初めて袖を通した日の事を思い出していた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 

「この辺で良いんですか?」

「ええ」
 
 
 

タクシーはウインカーを上げ、歩道へと寄っていった
ちょっと乱暴な運転、急停車するタクシー
肩越しに振り返る運転手に料金を手渡し、ドアの外へ
 
 
 

「・・・・・っっっ!!!」
 
 
 

タクシーを降りた途端、寒気が全身を包み込む
もう少し厚着すればよかった、と後悔しつつ小走りでデパートの入口へと駆け込んだ

空調の効いている店内
居並ぶ人の間を摺り抜け、中央のホ−ルへと足を運ぶ
 
 
 

「ライオン、ライオンっと・・・・・あ、あれね」
 
 
 

ホールの中央にあるライオンの彫像
待ち合わせであろう人達が佇むその中に、アイツの背中があった

ひょっこりと飛び出た頭
ちょっと撫肩気味の、肩のライン
背筋を伸ばして、両手をジーンズのポケットに突っ込んで

間違いない、シンジだ

アタシは自分に言い聞かせると、気付かれぬように背後へと歩いていった
 

あと3歩
あと2歩
あと1歩
 

驚かそうと思って、両手を上げてその肩を叩こうとした瞬間     
 
 
 
 
 

くるり
 
 
 
 

         
 
 
 

「アスカ・・・・・何してるの?」
 
 
 

驚きはすぐ苦笑いに変わって

アタシは間抜けにも両手を上げたまま
 
 

クスクスという忍び笑いがやけにハッキリ聞こえた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「まったく・・・・・何で僕が叩かれなきゃならないのさ?」

「だからぁ・・・・・悪かった、って言ってるじゃない・・・・・」
 
 
 

ちょっぴり紅くなった頬を右手で擦りながら、横目でアタシを見るシンジ
 
 
 

「・・・・まぁ、アスカが変わっていないって証拠なんだろうし」

「どーいう意味よ、ソレ?」
 
 
 

アタシはシンジの左隣を歩く
右斜め上に顔を上げながら
 
 
 

「でも・・・・」

「でも、何?」

「・・・・・いや、歩き辛いかな、と・・・・・」

「何よぉ、イヤだとでも?」

「そんな事ないけど・・・・・」
 
 
 

両手でシンジの左腕を抱え込みながら歩く
隙間もないほどに、ピッタリと身体を寄せて
身長差があるから、シンジにぶら下がっているようにも見える
 
 
 

「恥ずかしい?」

「ちょっと・・・・ね」

「じゃ、離れてあげない♪」

「・・・・・まったく、アスカらしいや」
 
 
 

アタシは腕の力を少しだけ強めて、さらに身体を密着させた
ちょっと、いやかなり恥ずかしいけど

離したくはない
離れたくもない

アイツも満更ではない顔をしているから、何も言わない
 
 
 
 
 
 

一緒に出かけたことは何度もあった

アタシはずんずん歩いていって
シンジは荷物を抱えながら着いていくだけ
アタシは女王様
シンジはその従者
 
 

でも、今は違う
 
 

シンジの腕をぎゅっと抱きしめて
隙間がないほどに身を寄せて
こうして並んで歩いている

心が弾む
足取りが軽い
とにかく、嬉しい

こんな風に歩けるとは思ってなかったから
 
 
 
 
 
 
 
 

今日は初めてのデート
ふたりが恋人になってから
 
 
 
 
 
 



 
 

『留学・・・・・する事にしたんだ』
 
 
 
 

シンジの口からその言葉が出たのは中学の卒業式
ミサトも、鈴原も、相田も、ヒカリもみんなそのコトを知っていた

知らなかったのはアタシだけ

アイツは高校に一日も通学するコトはなかった
日中はNERVに行ってリツコやマヤから勉強を習い
朝晩は部屋に篭もって勉強三昧
一日たりとも家事を怠らなかったのはアイツらしいと思う
 
 
 
 

シンジが渡米する日
みんなは空港に見送りに行ったけど、アタシだけは行かなかった

何故だか行く気がしなくて
 
 
 

『またね、アスカ』
 
 
 

玄関先でシンジが言った
大きな声で

アタシは部屋の中に篭もっていて
ベッドにうつ伏せて
枕を頭の上に押し付けていたけど

その一言だけは
はっきりと聞こえた







 
 
 

「で・・・・・ドコに行くの?」

「とりあえずショッピング、かな。
アスカ、冬物の洋服が見たい、って言ってただろ?
ランチをどこかで食べて、それから映画・・・・・って考えてたんだけど」

「ふぅん・・・・・でもサ、なんかありきたりじゃない?」

「そう言わないでよ。
確かに今日は初めての・・・・・デートだけど、さ、あまり肩肘張らなくてもいいかな、って思ったんだ。
これから何度もこうやって出掛ける事はできるんだし。
敢えて特別な一日、って感じにしないほうが良いかな、って・・・・」
 
 
 

シンジは指先で鼻の頭をぽりぽりと掻きながら、視線を宙に浮かせた
     恥ずかしがるコト、ないのに

アタシはシンジがちゃんと考えてくれてるコトが嬉しくて
気遣いが嬉しくて
いつも通りのアタシでいられる
 
 
 

「・・・・・ま、良いわ。
今日はシンジがエスコートしてくれるんだしね・・・・・期待、してるわよ?」

「仰せのままに、僕のお姫様?」

「ばぁ、か♪」
 
 
 



 
 


シンジがいなくなってから、一年くらいは何事もなく過ごした
別にアイツがいなくったって家事くらいなら自分でもできたし

毎日の下駄箱掃除
言い寄るバカ共の相手
これだけは面倒だったけど
学校の生活も面白い、と感じていたから
 
 
 

でも
 
 

アタシは気付いてしまった
気付かされてしまった
 
 
 

自分にとって

シンジが大切な存在だったという事に








 
 
 
 

最初に寄ったのはブティック
アタシは何着も着替えて
さながらファッション・ショーのよう

観客はシンジだけ
 
 
 

「どう、コレ?」

「・・・・・・うん、良く似合ってる」

「そう?さっきのほうが良くなかった?」

「う〜〜ん・・・・・甲乙つけ難い、かな」

「似たようなデザインだから、どっちかにしようかと思うんだけど・・・・・」

「でも、アスカならどっちでも似合うからね」
 
 
 

何気ない一言なのに
アタシの心臓は跳ね上がる

シンジのくせに、ナマイキだぞ?
 
 
 

「ねぇシンジ、どっちかに決めてよ」

「えぇ〜?」

「だってサ、この服着て並んで歩くのってシンジなんだよ?
自分のカノジョに一番合う服を見立てるのも、カレシの務めなんじゃなぁい?」

「はぁ・・・・・・わかったよ。
もう一度、さっきの服着てみてくれる?」

「ウン♪」
 
 
 

クスクスクス♪
困った表情も好きだよ、シンジ♪
 
 
 



 
 

それはアタシの17歳のBirthday

ささやかなパーティ
友人に囲まれて過ごした時間
楽しい一時

帰宅したアタシに、ミサトがくれた一本のS-DAT
アタシと入れ替わりにミサトが家を出、アタシは部屋のベッドの淵に座った
プレーヤーにS-DATをセットし、再生ボタンを押す
イヤホンの向こうから、少しだけ低くなったアイツの声が聞こえてきた
 
 
 

『17歳の誕生日おめでとう、アスカ。
いきなりでゴメン、ずっと連絡もしてなかったのにね。
こっちでの生活にも慣れてきて、ようやく自分の時間を持てるくらいの余裕が出来るようになったんだ。
ちょうどアスカの誕生日が近い、って事思い出して・・・・・だから』
 
 
 
 

こんな出だしで始まったアイツの言葉
学校の事、生活の事
簡単な近況報告みたいに、アイツは色んな事をS-DATに吹き込んでいた

ほんの些細な事なのに
アイツはとても楽しそうに
日本を離れる前よりも元気そうに
言葉を紡いでいた

そして、テープも終わりに近付いた頃








 
 

「ねぇ・・・・・まだ見るの?」

「えぇ〜?もうダウン?」

「だって・・・・・もう20軒くらい回ってるよ?」

「そうだっけ?」

「そうだよ・・・・・もうお昼にしない?」

「仕方ないわね・・・・・ナニ食べよっか?」

「アスカの好きなもので良いよ」
 
 
 

安堵の表情を浮かべるシンジ
両手に抱えてる荷物の量を見ると、確かに肯ける

ちょっと調子に乗りすぎたかな?
 
 
 
 



 
 

『・・・・・本当は何かプレゼントを買おうと思ってたんだ。
だけど、何も思いつかなくて・・・・・・だから。
あの頃、たったひとつだけアスカに誉められたこの曲を・・・・・・贈ります』
 
 
 

暫くの間を置いて流れてきたCelloの調べ
あの日、偶然に聞いたあの曲

前に聞いた時より、その音色は優しくて
力強くて
繊細で

いつしかアタシは、どんな音すら聞き逃すまいと目を閉じ、全ての神経を耳に集中させていた

ほんの短い曲
それが終わって、シンジからもう一度『おめでとう』と言われて

それでもアタシは
目を閉じ
イヤホンを耳にしたまま
微動だにしなかった
 
 
 

どれくらい時間が過ぎただろうか
アタシはノロノロと身体を起こし、部屋のドアを開けた

静まり返った室内
アタシ以外、誰もいない部屋

シンジの部屋の前に立ち、すっ、と戸を開いた

整頓されたベッド
何も物が置かれていない、机
がらんどうのクロゼット

微かに残るアイツの匂い
 
 
 

アタシはその時初めて
シンジがいなくなったことを実感した







 
 
 

昼食は和食のお店
値段の割にはボリューム万点、味も合格点
 
 
 

「ふぅ、美味しかった♪」

「飛び込みで入った割には、良い店に当たったよね」

「ウン、また今度来ようね、シンジ♪」

「そうだね」
 
 
 

あの細い身体で、かなりの量を食べたシンジ

身体のどこに入っているのか、ちょっと信じられなかったりして
 
 
 



 
 

それから
 
 
 

街中
公園
通学路
喫茶店
そして、自分の家
 
 

いたるところにシンジの面影がちらついて
 
 
 
 

シンジと過ごした日々
シンジが残していった思い出
シンジがそばにいて『幸せ』だったこと

ずっとふたりで過ごしていたこと
 
 

たくさんの『幸せ』に気付かず過ごした日々
 
 
 
 

それに、気付いて








 
 
 

「指定席だったんだ?」

「ほら、この映画前人気が凄かったじゃない?
立ち見とかするくらいなら、ちゃんと座れた方が良いしね」

「ちゃんと考えてたんだぁ・・・・・感心、感心♪」

「ははは・・・・・あ、アスカ。
何か飲み物でも買って来ようか?」

「ん〜〜〜〜それじゃ、ミルクティ」

「暖かいの?」

「当然♪」

「了解、ちょっと待っててね」
 
 
 

腰を落ち着ける事なく席を離れていくシンジ
その気遣いが嬉しい

でも、もう少し落ち着いて話したい、なんて     我侭すぎるかな?
 
 
 



 
 

いっそ全てを忘れてしまえば
忘れられる事ができるならば

胸の痛みも消え去り
楽になれると思った
 
 

でも
できなかった
 
 

日が経つにつれ
シンジの存在が大きくなっていく

忘れようと思うほど
シンジの事が頭から離れなくなる
 
 

溜息と
物思いに耽る日々


 






 
 
 

飲み物を買いに行ったきり中々戻って来ないシンジ
苛立ちと心配がピークになる直前、笑顔と共に現われた
 
 
 

「・・・・お待たせ、アスカ」

「もぉ、遅いわよ!
間に合わないかと思ったじゃない!」

「ゴメンゴメン、自販機の場所がわからなかったし、アスカの好きな銘柄もなかったからちょっと遠くまで行ってたんだ」

「あ・・・・・」
 
 
 

差し出された右手に握られた缶

昔、シンジに買いに行かせて
『甘すぎないから好きなの』と告げた一言

たった一回きりなのに
覚えてくれてたなんて
 
 
 

「間違えてないか、ってちょっと心配だったけど・・・・・あ、始まるよ?」

「・・・・・・・アリガト」
 
 
 



 
 

『アスカ?アスカったら!?
もう・・・・またボーっとして・・・・・』
 
 
 

ミサトに声を掛けられたのは、ある日の夕食後
片付けの途中だというのに、無理矢理リビングへと手を引っ張られた

『何でもないわよ!』って言おうと思ったのに
いつも通りのアタシでいようと思ってたのに
 
 
 

『何か悩みでもあるんだったら、私に相談してみなさいって』
 
 
 

そう言って微笑むミサトの顔を見てたら

アタシの口は勝手に開いていた
 
 
 

あの日、S-DATを聞いた後から今までの事
ずっとシンジのことを思い出してた、という事

そしたら、ミサトは笑みを深めて言った
 
 
 

『アスカ・・・・・恋したのね、シンジ君に』







 
 
 

映画館を出て、再び街中へ
薄暗くなった空の下、腕を絡ませて歩いた
 
 
 

「どうだった?」

「85点・・・・・かな」

「ふぅん・・・・・厳しいね」

「そういうシンジは?」

「ははは・・・・・」

「笑って誤魔化さないの。
シンジ・・・・・・途中から寝てたでしょ?」

「・・・・・・バレてた?」

「当たり前でしょっ!?
もう・・・・・・デートの最中に寝るなんて信じらんない!」

「痛たたたっ!?」
 
 
 

軽く抓ったつもりなのに、シンジは結構痛そうにしてた

     力の加減、考えなきゃダメかしら(^^;
 
 
 
 



 
 

『恋・・・・・なのかな・・・・・?』

『アスカ、シンジ君のことどう思ってる?』

『・・・・・・・わかんない』

『少なくとも嫌いじゃないでしょ?』

『・・・・・・・ウン』

『無理ないとは思うのよ。
だってアスカ、ずっと訓練ばかりで・・・・・そういった話には疎いだろうし、ね』

『でも、ヒカリのコトはすぐにわかったんだよ?』

『他人に関してなら冷静に見れるでしょ?
対象が自分、って時だとそうはいかないわ。
・・・・私だって最初は良くわからなかったもの』

『それって・・・・・加持さんのコト?』

『ん、まぁね』

『・・・・・・ミサトはどうだったの?』

『そうね・・・・・・ホラ、アイツって軽い感じ、あるでしょ?
誰にでも声掛けてたし、女好きだし・・・・・最初は嫌ってたかもしれないわね。
でも・・・・・何でだか忘れたけど、すごく優しいトコがある、って気付いたのよ』

『うん・・・・・』

『危なっかしいコトばかりやってて、いつも目が離せなくって・・・・・気付いた時には挽き込まれてたわ。
一度は怖くなって別れたけど・・・・・それでも忘れられなくて。
アスカと一緒に日本に来た時、本当に驚いたわ。
まさかもう一度逢うコトになるなんて・・・・・ってね。
昔と変わらず飄々としてて、何考えてるのかわからないまんまで。
できるだけ表には出さないようにしてるつもりだったけど、アイツの横に女性がいる姿を見た時なんて酷かったわよ。
もう腑煮え繰り返る・・・・みたいな?』

『プッ・・・・バレバレだったじゃない』

『あ・・・・・そう?』

『そうよぉ!』

『タハハハハ・・・・』

『アハハハハハハ!』







 
 
 
 

「アスカ、寒くない?」

「・・・・・・平気」

「さすがに夕方になると冷え込んでくるよね」

「ウン・・・・・」

「・・・・・やっぱり寒いんだろ、アスカ?
その格好じゃ仕方ないよ・・・・・・ホラ」
 
 
 

シンジは自分の着ていたジャケットをアタシの肩に掛けた
驚いて見上げるアタシ

『でも、シンジが・・・・・』と口に出す寸前
 
 
 

「大丈夫、セーター着てるしね」
 
 
 

微笑みかけるシンジに、アタシは何も言えなくて

すっぽりと身体を包むジャケット
シンジの体温
シンジの残り香

思わず涙が出そうになった
 
 
 



 
 

『でもアスカ、もしもシンジ君の隣に女の子がいたら・・・・どうする?』

『・・・・・ぶっ飛ばす、かな・・・・・・ウウン、殺すかも・・・・・』

『ちょ、ちょっと・・・・・・アスカ?』

『冗談よ。
でも、良い気がしないコトだけは確かね』

『・・・・・ま、間違いなく恋でしょうね。
でもねアスカ、それを決めるのはあなた自身よ』

『アタシ・・・・・自身?』

『ええ。
恋愛、って言葉で言えばひとつかもしれない。
だけど、それは人によって違うものなの。
私にとって恋愛であったとしても、あなたにとってはそうじゃないかもしれない。
ましてや小説やノウハウ本なんかに書かれてる事なんて嘘っぱちも良いトコよ。
あんなもの信じちゃいけないわ』

『・・・・・・・』

『とにかく、私の言う事だって信じちゃダメよ、アスカ。
あなたの真実はあなた自身が探し、見つけ出さなければならないの。
手段なんて何でもあるじゃない?
手紙でも、メールでも・・・・・実際に逢いに行ったって構わないわ。
あなた自身が納得行くまで行動して、自分の目で確かめなさい。
私に言えるのは、これだけ・・・・・』

『・・・・・・・』

『・・・・・・・アスカ?』
 
 

心配そうにアタシの顔を覗き込むミサト

アタシは何も言わず
一度だけ
でもはっきりと
肯いた
 

そしたら
くしゃくしゃと頭を撫でられた


 





 
 
 

駅へ向かう途中のアーケード街
両脇にはレストランや喫茶店の看板が立ち並ぶ
あちこち眺めながら歩き続けた
 
 
 

「さてと、何が食べたい?」

「ん〜〜〜〜〜・・・・・・ハンバーグ、かな」

「となると、レストランで良いよね」

「・・・・・・・」

「アスカ?」
 
 
 

考え込むアタシに再度問い掛けるシンジ
その時、アタシの頭は閃いた
 
 
 

「・・・・・・・シンジが作ったハンバーグ、食べたい」

「えぇ?」

「ウン、決めた!
シンジ、今からウチ帰ってハンバーグ作って」

「でも、材料とかあるの?」

「途中で買っていけば良いじゃない」

「うーん・・・・」

「イヤ?」

「・・・・・・嫌じゃないけど、ホテルとか明日の予定とかが、さ」

「そんなのウチに泊まれば良いじゃない」

「えぇ!?」
 
 
 

やけに大袈裟に驚くシンジ
心なしか頬が赤い気がする

考えてるコトなんてひとつよね
 
 
 

「そんなに驚かなくったってイイじゃない」

「・・・・・・だって、アスカ・・・・・・ひとり暮らしだろ?」

「何か問題でも?」

「・・・・・・・・・」

「さ、行こっか♪」
 
 
 

そうそう、『問題ない』でしょ♪

アタシはボーっとしてるシンジの腕を引っ張って歩き出した
 
 
 



 
 

それから
アタシはシンジとメールのやり取りを始めた

内容は他愛のない事ばかり
どこそこのパフェが美味しかった、とか
ショッピングに出掛けてこんなものを買った、とか
ヒカリと鈴原がいつもの痴話ゲンカした、とか

シンジからの返答も同じ

けれど、楽しくて
シンジを身近に感じられるような気がして

一週間に一度のメールが
やがて3日に一度になり
毎日になり
朝、昼、晩のメールチェックが日課になって
 
 

思い切って電話を掛けた日
電話番号を押す指先が微かに震えてた
ちょっとだけ寝ぼけたような朝の挨拶に、アタシは笑った







 
 
 

「・・・・お邪魔します」

「違うでしょ?」

「・・・・・・・ただいま」

「おかえり、シンジ♪」
 
 
 



 
 

シンジと再会したのはミサトの結婚式
3年振りに逢ったアイツは随分変わっていた

頭ひとつ超えた身長
広く、逞しくなった胸板
大きくなった手の平
物静かな雰囲気
 

だけど

優しいところ
笑顔
アタシを見つめる瞳
さりげなく気遣うところとか

全然変わってなかった
 
 
 

それが嬉しくて
アタシはずっとシンジから離れなかった
シンジも動こうとしなかった

ずっとふたりで
離れていた時間を埋めるかのように







 
 
 

「そうそう、その調子。
ちゃんと空気を抜かないと、味が落ちるから」

「わかってるわよぉ」
 
 
 

アタシは両手でパテを丸める
ぽんぽんぽん、と手の中を往復させながら
 
 
 

「でも、慣れた手つきだね」

「へへへ・・・・・アタシだって上達したんだよ♪」

「・・・・・・僕、アスカが料理作ってるところ・・・・・見るの初めてだ」

「・・・・・・そうだったっけ?」

「片付けを手伝って貰った事は何度もあるけどさ」

「そっかぁ・・・・・シンジがいた時は、全部任せっきりだったし」

「でも、次からは大丈夫だね」

「そうね♪」
 
 
 

エプロン姿のアタシ
シャツを腕まくりしただけのシンジ

今度お揃いのエプロン、買わなくっちゃ
 
 



 
 

休みにシンジが帰国するようになって

時にはアタシがアメリカへ行くようになって

少しづつ

少しづつ

お互いの距離が距離が近付いていって


 



 
 
 
 

食後の楽しい一時も終わり、帰り支度を始めたシンジ
何とか話を引き延ばそうとしたけど、シンジは聞いてくれなかった

玄関先でしゃがみ込む背中にアタシは声を掛けた
 
 
 

「ホントに帰っちゃうの?」

「うん・・・・・・」
 
 
 

靴を履き終えたシンジは、立ち上がっても振り返らなかった

帰ってほしくないと願うアタシ
帰らなければならないと言うシンジ

このままココに留まってしまえば
その先がどうなるか

わかっているから
 
 
 

「・・・・・・今日は楽しかった。
それじゃ・・・・・」
 
 
 

ドアノブに手が掛かる

シンジは振り向かない

アタシは何も言えない

動けない
 
 

俯いたアタシの頬を
涙が伝い落ちた
 
 
 



 




『来週、帰るから』
 
 
 

シンジから届いたメッセージ
メールではなく、手紙で

珍しいな、なんて思いながら
几帳面な字を目で追った
 

そして、最後の一枚
 
 

最後まで読めなかった
 
 
 

途中で
 
 

視界がぼやけて


 
 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

何が起きたのかわからなかった
 
 
 

急に目の前が真っ暗になって
 
 
 

何か暖かいものに包まれて
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 

『初めて出逢った時から
一緒に住み始めた頃から
僕は色んなアスカを見続けてきた

笑った時
怒った時
嬉しい時
悔しい時
楽しい時
悲しい時
落ち込んでいる時の顔
寝ている時

泣いている時

僕が知っているアスカ
僕が知らなかったアスカ

猫の目のようにころころと変わる表情も
秒刻みで変わる態度も
こうしてそばにいて
並んで歩いて
ずっと見ていたい

ずっと
 

だから・・・・・・』







 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・・・・そんな顔されたら、帰れないだろ・・・・・・・?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

その声を聞いたら
また、涙が溢れてきた



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・・お客さん、お客さん?」
 
 
 

肩越しに振り返る運転手
女性はハッ、としたように顔を上げた

ハザードの点滅音、路肩に停車しているタクシー
周囲を見回し、目的地に到着しているのを確認した彼女
慌てて料金を支払うと、開いたドアの向こうに身を乗り出した
 
 
 

「・・・・・・寒ぅ!」
 
 
 

ジャケットを広げ、袖を通す
下敷きになった髪を引っ張り出すと、ふわり、と背中に広がった

歩き出す彼女
路地に響くブーツの乾いた音

早足で歩く口元に微笑が浮かぶ
 
 
 
 
 

翌朝

玄関先に立つ彼のジャケットの襟に両手を掛けた彼女
苦笑しながら、何かを振り返るように身体を後ろに向けていった彼
一回転する彼の動きの中でジャケットを脱がし、すぐにそれを着た彼女

オーバーサイズのジャケットを着た自分
その時の台詞

嬉しさと恥ずかしさ
隠そうと思いつつ、隠す事が出来なかった台詞

それを、思い出して
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あの角を曲がれば集合場所である喫茶店が見えてくる

楽しい暇つぶしになるに違いない

その後、彼とおちあうまでの間
 
 
 

旧友達に何を言われるだろう

そんな事を考えながら

彼女は角を曲がっていった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

fin.