雪が降る
シンシンと雪が降る
何もかも無かったかのように真っ白に
心の中のすべてを消し去るように真っ白に
寒さしかなくて
悲しさしかなくて
でも雪は何も無くて
あの時の記憶が今でも甦る
今、君は何を想うのだろうか?



「疵   −罪と罰−」 聖夜に降る雪





庭先に雪が降り積もる。
寒さに少し体が震え夜風はあの記憶を運んでくる。

非日常

その日々のおかげで今の自分があり、そして今の生活がある。
小さいながらも我が家を持ち、妻と細々と生きている。

あの日々、サードインパクト、そして苦汁の日々。
もっと違う道もあったかも知れない。
しかし今更過去を嘆いても取り返しはつかない。
今更「やり直し」は効かないのだから。

「ねぇ、寒くないの?」

少し心配そうに妻は窓から声をかけてくれる。

「そうだね・・・・でも今は良いよ」
「・・・・・・・」

何も言わずに妻は窓ガラスをゆっくりと閉める。

吐く息が白い。
そして空からは雪だけが降り積もる。


僕は腰を下ろし花壇をジッと見つめる。
そこにはあの花が咲いている。

雪花

名前は知らない。
白い花びらと紅い実をつける花。
これは彼女なのだろうか?

ひっそりと雪に少し埋もれた花。
僕の記憶のように。

寒さはやがて僕の疵に痛みを感じさせる。

紅い海 紅い少女 疵だらけの身体
離別 悔恨 夢 涙 罪と罰

『    』

あの言葉。
耳に残るあの言葉。
運命を呪い、現実から逃げ出す。
深い悲しみは心を閉じこめ目に見える物をすべて拒絶する。
自分しか見えない、他人が見えない。
自分だけが世界で一番不幸だと堕ちていく。

疵が覚えている記憶。
疵が教えてくれる痛み。

綾波レイ
惣流アスカ

2人の少女が示した道。
白い雪はどこまでも生を拒絶しすべてを消し去ってしまう。
生を望んでいてもそれすらも叶うことのない世界。
彼女は何を望んでいたのだろうか?
今となっては確かめることも出来ない。

赤い血は生を受け入れ痛みを生む。
それはどこまでも罪にまみれた人間に与えられた罰。
痛みは現実を生み、未来を開く。



雪はどこまでも降り続き僕さえも消し去ろうとする。
綾波はそれを望んでいるのだろうか?
何もかも消し去って全てを無に帰す事を。
サードインパクトの時のように。

「シンジ・・・・・・」

妻はいつのまにか背中に立っていた。
心配してくれているのだろうか?
それとも僕の揺れる心に気づいているのだろうか?

「綾波は何を望んでいたんだろうね・・・・」
「・・・・・・」

返事がない。
いや、別に答えを求めていたわけじゃない。
本当ならこの問いに意味はないのだから。

「ねぇ、シンジは何を望んだの?」
「・・・・・・・・」

あの時、僕は何を望んだのか?
瞳を閉じてあの記憶を痛みと共に呼び起こす。
生と死と絶望と希望、夢と現実、罪と罰。
繰り返される苦しみ。
その中で得た僕の「みち」

「アスカは何を望んだの?」

僕は決して振り返らない。
アスカは決して応えないだろう。
僕たちはただ言葉にする以上の事を得た。
だからそれは言葉にはならない。

「シンジは後悔してる?」

何度この言葉を聞いただろう?
何度アスカはこの言葉を口にしたのだろう?
不安は埋まらない、不安は無くならない。
それは僕はアスカではないし、アスカは僕じゃないから。

「雪を見ていると・・・・・」
「あの娘を想い出す?」
「うん・・・・」

僕たちの心に去来する希望という名の存在。

綾波レイ

僕の無二の親友 渚カヲルと共に暗い道に小さな光を当ててくれた存在。



僕はアスカの苦しみを全て知らないし、アスカは僕の苦しみの全てを知らない。
僕たちはお互い自分の中でしか尺度を持てなかった。
でも小さな光は僕たちの間に小さな道を示してくれた。

『でも選ぶのは君たちなんだ』
『そう・・・・選ぶのはあなた達』

わかって欲しい、でも決して全てをわかりあえることはない。
残酷な事実、残酷な現実、そして目を背けることは出来ない。
生きていくために知っておくべき事柄。
今でも僕たちは茨の道を素足で歩いている。
血にまみれ、痛みを感じながら歩んでいく。

「あの娘らしいわね」

冷たい雪にそう感じるのだろうか?
いや・・・・アスカは知っている、綾波レイと言う存在の悲しみを。

「そう言えば泣いてくれたよね・・・・綾波」
「あんたもね」

少しずつ解かれていく過去、言葉になる度に痛む心。
このまま・・・・

「このまま消えてしまえればどんなに楽かしら?」

そう・・・・・・・残酷なのは僕、そして生きている存在。
それでも時間は流れ過ぎていく。
生という名の砂時計は少しずつ残りの砂を減らしていく。

「だけど・・・・・・・」
「ええ、そう・・・・・そうね」

僕は立ち上がり月を見上げる。
月は夜を照らし道を示す。
暗い世界にただ一つ輝く存在。
明るく暖かい太陽とは違い、冷たく白い光しか放たない。
それは全く異質の存在。
しかし闇夜に月がなかったらどうなのだろうか?
僕はそんなことを考えながら庭先の奥まった場所へと足を進める。
降り積もる雪の上に僕と妻の足跡が出来る。
だけどそれも降ってくる雪にうっすらと消えていく。
僕たちは言葉を口にすることもなく距離を置くこともなくそこへ向かう。
その場所・・・・・そこにはお墓が二つある。
遺体さえもないただの飾りであるお墓。
白い十字架は盛られた土の上にしっかりと打ち込まれ、そのお墓の主の名が刻まれている。
僕は去来する記憶と共にそのお墓を見つめる。
そしてアスカは寒さに耐えかねたのか身体を寄せてきた。
この冷たく白い世界で唯一感じることの出来る暖かな存在。

「少し・・・・こうしていたい」
「うん」

僕は遠慮がちに腕に身体を寄せてくるアスカを少し強引に抱き寄せた。
いっそう暖かく感じるアスカに今という時を感じる。

「僕たちは生きているんだね」
「ええ」

伏せ目がちにアスカは肯いた。

「綾波もカヲル君も馬鹿だと思う。
 どうしてもっと自分を大切にしなかったのかな?
 僕は僕が大切だった・・・・・・そして生きたいと願ったんだ。
 大好きな人と・・・・・・例え傷付け合ったとしても・・・・・。
 僕はどうしても未来を掴みたかった。
 僕はどうしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 アスカと生きていきたかった。」

少しアスカの身体が震える。
僕にはわかる、アスカの反応の意味が。

「ねぇ?綾波・・・・カヲル君。僕たちは生きているよ。
 それがどんなに辛くてもどんなに悲しくても生きているよ。
 独りだと消えてしまいたくなるけど独りじゃないんだ。
 君たちのおかげで今は独りじゃないんだ。」

「シンジ・・・・・・・」
「苦しみはまだ無くならないけど。
 悲しみはまだなくならないけど。
 生きていくために必要な存在を僕は決して手放さない。
 そして自分のために・・・・その人のために僕は生きていくんだ。
 だから見ていてね。」

雪を身に纏い微笑むふたりの幻が見えた。
まるであの時のように僕を見つめている。

「わ・・・・・私は・・・・・もう離さない。
 絶対に離さないわよ」

突然アスカは口を開く。
少し驚いて顔を覗くが蒼い瞳が見つめるのは白い十字架。
いや・・・・まさか?

「あ、あんた達の分まで生きてやるわ。
 だから見てなさい・・・・・私たちの生き様を」

僕たちは同じ心を共有しているんだ。
そう思えると僕は心が熱くなる。

「アスカ?」

そう呼び掛けるとアスカは僕を見つめる。

「ありがとう」

僕がそう言うとアスカは少し恥ずかしそうに視線を外す。

「早く、中に入りましょ。傷に障るわ」
「そうだね」

僕は優しく微笑み肯く。
二つのお墓を後にして僕たちは歩き出す、アスカと寄り添いながら。

「あ!」

僕が突然足を止めたのでアスカは驚いたようだ。

「アスカ・・・・メリークリスマス」

僕の今できる君へのプレゼントは。























降りしきる雪の中で2人は抱きしめ合う。
まだ疵は疼くけれども青年は大切な存在と共に生きている。
唇に触れる暖かさは生を感じさせ、想いを伝える事が出来た。
ふたりは長く、長く抱きしめあい唇を重ねる。
聖夜に降りしきる雪はそんな2人に贈られたプレゼントのように。
冷たさだけではなく暖かさをも感じさせてくれるように思えた。
そんなふたりは心に疵を負いながらも生きていく。
たった一つの小さな希望を胸に生きていく。



<野上まことの言い訳という名の後書き>

月刊作家見習い、野上です(笑
えーーーATF様、100万Hitおめでとうございます。
はたしてクリスマスと同時になるのかどうなのかは現時点ではわかりませんがダブル記念と言うことで(笑

今回は疵の番外編です。
今進行している本編の完結後のお話です。
本当に本編がここへと繋がるのかかなり疑問ですが、繋がっていくはずなのです(笑
この作品が皆様に喜んでいただければ幸いです。


「21世紀を目前にしてエヴァに魅せられている貴方に」  野上まこと