今日も今日とてコンフォート17。

ここには血に飢えた1匹の雄が生息している。

しかも、同所にはうら若き少女も暮らしているらしい。


























「ホントに信じられないわよ!」

「だから謝ってるじゃないか・・・」

「謝って済む問題だとでも思ってるワケ!?」

「い、いや・・・そういうわけじゃあ・・・」

アタシは本気で怒っている。

何故か?

あたしが怒るとしたら、最近では理由は一つだ。









「血が吸えないからって所構わず誰でも吸ってたらシャブ中と同じじゃない!」







あろうことか、シンジが浮気(?)したのだ。



















第3新東京市における吸血生物:2
(或いはさらなる惚気話)
By  P−31














話は1週間ほど前までさかのぼる。

その日、アタシは急用があって学校を休んだ。

両親が久しぶりにドイツから戻ってくるので空港まで出迎えに行ったの。

最初は休むつもりはなかったけど、ユイおばさまやシンジなんかが強引に、ね。

シンジの発作のことが気掛かりだったアタシとしては後ろ髪を引かれる思いだったけど、思い切って学校を休んだ。

今から思えば、あれがいけなかったんだ。

アタシが休まなければあんな事にはならなかったはず。

いえ、アタシがいる限り、絶対そんなことはさせなかった。

そしてアタシがいなかったが故に、それは起こってしまった。















今頃アスカは空港かな・・・・アスカも家族団欒なんて久しぶりだろうし、いつも僕に付きっきりだからたまには羽を伸ばして貰わないと。

僕は昼下がりの教室でぼんやりとそんなことを考えていた。

ここ最近は血を飲まなくても発作が起きる間隔は延びていたから、僕はちょっとだけ油断していたんだ。

そして、マーフィーの法則通りに、最悪の出来事は最悪のタイミングでやって来た。








「あれ・・・・おかしいな・・・・」

僕は額を抑えながらそう呟いた。

「次の発作まではまだ間があるはずなんだけど・・・・」

それがわかっているから、僕も母さんもアスカに羽根を伸ばしてもらおうと思ったんだ。

「ダメだ・・・クラクラする・・・」

どうやら本物みたいだ。

躊躇してる暇は無い。

このまま早退して家に戻ろう。

万が一のための輸血パックが冷蔵庫にあったはず・・・

僕はそう考えて、誰にも言わないまま鞄もそのままで下駄箱へ向かった。

誰にも会わなければいいと思っていたら、会ってしまった。

「・・・・碇君?」

「あ、綾波・・・・」

青い髪が綺麗なクラスメート。

今まであまり話す機会も無かった。

いつも物静かで、クラスの誰とも親しくは付き合っていないと聞いている。

名前を覚えてくれているとは思わなかった。

「・・・・どうしたの・・・・」

僕が上履きから靴に履き替えているのを見て怪訝に思ったのだろうか。

「う、うん・・・・ちょっと体の調子がね。先生に早退するって言っておいてくれる?」

「無駄ね」

「へ?」

「私も早退するから」

そういえば彼女もたびたび早退している。

なんでも先天性の病気とかで、生まれつき体が弱いらしい。

「そっか・・・・じゃあしょうがないね」

僕は靴をしっかり履くと、綾波に挨拶して走り出そうとしていた。

発作はすぐそこまで来ている。

あまり時間は無い。

「それじゃ綾波、先に・・・」

”行くよ”と言いかけたが、彼女が指をじっと見詰めているのを見て、言葉が出てこなくなった。

「・・・・どうしたの?」

思えばこれがいけなかった。

振り向かずに歩き出せばよかったんだ。

「・・・・血」

僕はその言葉だけでドキッとした。

「え?」

見れば、彼女の指から微かな血が流れている。

おそらくは下駄箱の木材、そのけばで突き刺したのだろうか。

玉のような血が指先に出来ている。

といっても、その時の僕がそんな事を冷静に考えていたわけではない。

僕はそのとき既に囚われていた。

その紅に。








もう僕は、頭の中に霞がかかったようになっていた。

マズイ、と思ったときには遅かった。

僕はフラフラと綾波に近づくと、その指を取り・・・・











その血を舌ですくい取った。









































「だからゴメンって言ってるだろ!?」

「謝りゃイイってモンじゃないのよ!」

シンジとしても、発作の影響がモロに出ていたうえ、状況的にもやむを得ないものだった。

アスカにもそれはわかっている。

わかってはいるが、どうしても聞かずにはいられない。




「シンジ・・・・アタシ、もう要らないの?」




頭を冷ますため、二人とも少し黙り込んだ後、アスカがポツリと言った。

心臓を鷲づかみされたら、こんな気分なのだろうか。

シンジは後にそう思うことになる。

彼は少し眼差しをきつくすると、強引にアスカを抱き寄せた。

「ちょっ・・・・シンジ・・・・」

戸惑うアスカを無視し、そのままきつく抱き締める。

「お願いだからそんな事言わないで・・・・僕のほうこそ、アスカに見捨てられたら・・・・こんなこと言うのは卑怯かもしれないけど、アスカを縛るのかもしれないけど、僕はアスカがいなければ生きていけないんだから」

体が熱くなる、というのはこのような状態か。

アスカは後にそう思うことになる。

顔と言わず、全身が上気しているのが手に取るようにわかる。



人間って、言葉ひとつでこんな風になっちゃうんだな・・・・



だが、彼女はその変化が嬉しかった。

自分がシンジによって変えられていく。

それが嬉しかった。

「わかったわ、シンジ」

抱き締められたまま、彼女は呟いた。

「今回は大目に見てあげる・・・でも、今度発作が起きて近くにアタシがいなかったら、呼びなさい・・・・3分以内に行ってあげるわ」

救急車よりも早いじゃない

と思ったシンジだったが、アスカならば本気でやるだろうとも思った。

「わかったよ・・・・」

そしてシンジの目に夕暮れ時を過ぎたあたりを示す時計が飛び込んできた。

「あ!・・・・今日は母さんがいないから夕飯の支度しなきゃ!」

そう言って抱擁を解くシンジ。

アスカは少しだけ名残惜しそうにする。

「んじゃアタシも手伝うわ。ウチもママがいないから夕飯はそっちだしね」

「いいよ。ウチのリビングででもゆっくりしてて」

「いいから。なんとなく手伝いたい気分なの!」

シンジはため息つくと同時に微笑を浮かべる。










「シンジ、大根適当に切ればいいの?」

「うん、お願い」

二人仲良くエプロンをつけて台所に立つ。

並んでいるところを見ると、仲のいい今時の夫婦にしか見えない。

シンジがサラダの盛り付けに四苦八苦していると、アスカは包丁を見つめている。

そしてニンマリと笑った。

包丁の刃を左手の薬指に薄く走らせる。

じわりと、血が滲み、しばらくするとそれが玉になった。

「シーンジ」

「?」

シンジがアスカの方を向くと、彼女は薬指の血を自分の唇に艶かしく塗って見せた。

「ほら、大好物よ?」

アスカが微笑みながら言い、シンジもそれにつられて笑う。

「バカだなぁ・・・」

そう言いながら、シンジは手はそのままに、唇と舌をアスカに触れさせ、凝固しかかった血液を舐め取る。

「また傷、作ったね」

シンジはそう言いながら薬指にも舌を這わせる。

”舐める”というより”しゃぶる”という形容が相応しい。

「シンジってヤラシーわよね」

まんざらでもないアスカが言う。

「アスカには負けると思うけど?」

「なによそれ、どういう・・・・」

シンジは彼女が言葉を荒げる前に、血を目的にしたものではない接触を、彼女の唇にした。









第三新東京市に住む吸血鬼は、今日も血と愛情に不自由はしていないようだ。





















vampirre be love at TOKYO−3rd・・・・・・・・