僕達は、歩きつづけなくちゃいけない。
何があったとしても。
アスカは…まだ寝てるけど…安心した顔で。
僕が出来ることは…
きっと…
気づくことが、ようやく出来た。
有難う御座います、加持さん……
或る日或る時突然に(其の八)
Written by PatientNo.324
雪合戦でひとしきり汗をかいた僕達は部屋でお風呂にはいってさっぱりした後で、荷物を纏めた。
日本に帰らなくちゃいけないから。
「ねぇ…」
「どうしたの?」
「ちょっと、いい?」
アスカ、神妙な表情を浮かべてる…
何か――こう、心に決めたような。思いつめてるのとは違うんだけど…
「鞄、外に出しておいて」
「うん…」
アスカは僕にそう言付けると建物の奥の方に入って行った。
何をするのか知らないけど、言われたとおり僕は鞄を外に出す。
奥からアスカが戻ってきたけど、後ろ向きで、何か、振りまいてる…この匂いは…灯油?
「ア、アスカ? まさか…」
「いいの…ここに戻る事はもう、ないから…」
バシャバシャと…景気よく…
「アスカ…」
僕には見てるしかできない。何をするのか、簡単に想像がつくけど。
何故、そうするのか――アスカの中で、どれだけの葛藤が今までにあったのか、それは僕の想像なんか及ばないくらい――
建物の中に撒き終わったアスカは玄関の扉にも盛大に灯油を撒き散らす。
「バイバイ、ママ…」
ドアを出たアスカはマッチに火を点ける。
マッチの火が、アスカの手から落ち…
床を焦がし、上がった炎は壁を燃やす。
火の手は館全体に広がり…
「帰りましょう、シンジ…日本に。」
アスカは振り返らずに、行く。
僕は、一度だけ、後ろを振り返る。
あんなに白かった建物は今は赤色と橙色と黒が混じった物体に変わっていた。
電車を乗り継いだ僕達は空港に着いた。
アスカはカウンターでチケットを購入してる。
僕は、ミサトさんに電話を入れる。携帯の電源を4日ぶりに入れる。
prrr…
『シンジくん?』
凄く慌てた声。そりゃそうか。
「はい…」
『今どこにいるの?』
「ミュンヘンにいます」
『ミュンヘン? ドイツにいるの? アスカは?』
「ええ、ドイツにいます。アスカは今、チケットを…今、こっちにきます」
「アスカ、ミサトさん」
僕の口からミサトさんの名前が出た刹那、アスカの眉が少しだけ吊り上る。
「貸して…もしもし?」
『アンタたち「小言なら帰ってから聞くわ。そっちに着くのは明日の昼になるのかしら?」
『分かったわ…シンジ君に代わって』
「はい…」
アスカはすごく不機嫌だ。仕方ないか。
「はい代わりました」
『明日のお昼に迎えに行くわ。到着は第2東京?』
「ええ、そうです」
『分かったわ。じゃ、また後で』
pi。
「ミサトさん、怒ってたね」
「そりゃ、そうでしょ」
僕達は出発手続きを済ませてから空港の中のレストランでご飯を食べてる。――何故か和食だけど。
「何時使徒が来るか分かんないのにパイロットが二人も居なくなるんだもん、そりゃ慌てるわよ指揮官としては」
「その割に楽しそうだね、アスカ…」
アスカは凄く愉快そうだ。
「そう?そんなことないわよぉ?」
蕎麦を啜りながら言うアスカ。
「何かミサトさんに恨みが…あるの?」
僕もうどんを啜る。
「恨み?別にないわ。監視してるくせに家族を気取る、それが気に入らないだけよ」
「そんな風に切り捨てちゃ…悪い人じゃないんだから…」
そう、悪い人じゃないんだよ、ミサトさん…
プシュッ
圧搾空気が抜ける音と共にドアが開く。
「あらミサト、どうしたの?」
入ってきたミサトの表情がすこぶる付きで悪いのを確認だけすると再び入力作業を続けるリツコ。
ミサトは先ほどまで軟禁状態にあった。
冬月が何者かに拉致され、それに加持リョウジが関与したと目されていたためだ。ミサト拘禁の許可は下りなかったものの、始終保安部員に監視され帰宅も許されない状況だったのだが、ようやく先ほど冬月保護の報が入り、ミサトの軟禁状態が終った。
その事はリツコの耳にも入っていた。だから、ミサトの機嫌が悪いのはそのためだと踏んでいたのだが…
「シンジ君とアスカから電話があったわ」
リツコの手が止まる。
「何処にいたの? あの二人。全く足取り追えなかったのに」
「ドイツよドイツ! そんなとこにいるなんて思いもしなかったわよ!」
「ドイツ…アスカの生家かしら?」
「知らないわよ!」
「で、アナタこれからどうするの?」
「明日迎えに行ってから、それから今回の件の処罰を考えて…「そうじゃないわ、ミサト。」
リツコはくるっと椅子をまわしてミサトの方を向くと、眼鏡を外す。煙草を一本取り出し、火を点ける。
「家族ごっこよ。まだやっていけるの?」
「あ…」
ミサトに一瞬空白が生まれる。
ミサトの横を通り抜け、リツコはコーヒーサーバーからマグカップ2つにコーヒーを注ぐ。
「ミサトは今回の事、どう思ってるの?」
「どうって…何よ?」
「あれは単なる家出―子供の反抗なのか、そうでないのか、その原因は何か、対策はどうするのかって事よ」
「対策って…だって二人で仲良く旅行なんてして、遊んでただけじゃないの!」
「アナタ…本当にそう思ってるの?」
リツコの視線が厳しい。
「MAGIに上がってきてる報告しか読んでないけど、アスカは相当荒れてたんじゃないの?そんな二人が仲良く旅行?
何時来るか分からないバケモノを相手にしなきゃいけないあの二人が?
そんなに簡単に遊びに行くほどアスカは無責任じゃないし、シンジ君にはそんな考えすらないわよ」
シンジの行動は基本的に他人に迎合し、自らの意思は表さない。問題を起こすことはしない、平穏を望む―消極主義。リツコはそういう結論を出していた。
「じゃあ、何だていうのよ?」
「まず、なぜドイツなのか…これは邪魔が入りにくい事。それからアスカの生まれた家がある事。
で、荒れていたはずのアスカがシンジ君をわざわざ連れて行った…
アスカはシンジ君を殺してから自分も死ぬ気だったんじゃないのかしら?」
煙草の灰を灰皿に落とすリツコ。
「そんな…でも…」
「そうね、これは私の仮定に過ぎないし、アスカに尋ねたところで答えてはくれないわ。特に私達には」
「…なんでよ……」
「あの二人と、私達は、立場が違うからよ。使う側と使われる側、監視する側とされる側。信頼なんかされてないわ」
「でも…アタシとシンジ君たちは…」
項垂れるミサト。
「家族だった? そうね、アナタには家族だったかもしれないけど…聞くけど、家族って何?」
「みんなで生活して…ご飯食べて…」
「違うわ。」
ミサトの言を切りてる。
「ぶつかり合えて、そして分かり合えるような関係、そして血の繋がり。それが家族よ。シンジ君とアスカは…家族ではないけど、絆があったわ。同じパイロットと言う極限状態の。でもアナタは?」
発令所をいう安全な所から叱咤するだけの自分と命を賭けて戦っていた者達…命令を下すものと命令に従事させられるもの。
シンジが以前”家出”をした時…何と言われたのか?
脳裏に過ぎていく、事象=過去。
「……」
自分がしてきた事は何だったのか…
「でも…でも…」
「どうしたらいいのか、どうするのか、決めるのはミサト、アナタしかいないわ」
リツコはそれだけを言うと、再び入力作業に戻る。
ミサトは落胆したままでは仕事をする気にはなれず、後の事を日向に頼むとマンションに戻る。
「アタシは…」
シンジが居なかったこの4日で部屋はすっかり昔に戻っている。
「なにをしてきたんだろ…」
テーブルの上に散乱しているビールの空き瓶とおつまみが入っていた袋を床に払いのけそこに突っ伏す。
電話の表面に付いているランプが点滅している。
「誰…?」
留守電のスイッチに手を伸ばす。
『一件です』
機械の音声が流れ――
「 葛城、オレだ。
多分この話を聞いている時は君に多大な迷惑をかけた後だと思う。
……すまない…
りっちゃんにもすまないと謝っといてくれ。
迷惑ついでにオレの育てていた花がある。
オレの代わりに水をやってくれると嬉しい…
場所はシンジ君が知っている・・
シンジ君とアスカをドイツに行ける様手配したのは俺だ。二人を責めないでやってくれ。
今なら・・・今が最後のチャンスだったんだ。
今を変えたいアスカと、そして、シンジ君がもう一歩先に進むためには・・・
だから、二人を責めないで、見守ってやってくれ。
今しか・・・残されていなかったから・・・
葛城・・・
真実は君と共にある。迷わず進んでくれ。
もし・・
もう一度会える事があったら8年前に云えなかった言葉を云うよ・・
じゃあ・・」
カチリ。
『 午後0時2分です』
「アンタ…バカよ…」
自らが撒き散らした塵の中に埋もれて、彼女はこみ上げてきた何かを撒き散らした。
だが、それを聞くものは今は誰もいない。
飛行機が…もうすぐ、到着する。
今度はアスカも起きてる…
今回の――旅は、多分、皆には好い顔はされないだろうな。
でも、僕にとって、通過しなくちゃいけないことがあったと…思ってる。
僕が僕であるために…
飛行機が一回バウンドして、着陸する――ターミナルに移動して…
僕達は飛行機を降りる。
入国審査を受け、ゲートを通り、出口へ――
ミサトさんが立ってる。腕を組んで。
到着口を睨みつけて。
僕は、アスカの手を引き―
「シンジ君。」
「はい。」
ぱぁんっ!
「なにすんのよ!」
僕はミサトさんに思いっきりビンタを張られた。
左の頬が熱い。
「大丈夫だよ、アスカ」
「何がよ!ミサト!」
でもミサトさんはアスカの言葉を無視して振り返り、歩き出す。
「ミサト!」
「帰るわよ」
ミサトさんは止まらない。
僕は…
「行こう、アスカ。」
「いいの? シンジ…」
「良いんだ…」
僕はアスカの手を握り、ミサトさんの後を追う。
「ちょ…」
「どうしたの?」
アスカが何か情けない声をあげたので、立ち止まって尋ねてみる。
「どうかした?」
「ううん…」
凄く言いにくそうなアスカ。
「変なの」
「いいわよバカ…」
バカって…なんでだよ?
僕は急いでミサトさんの後を追わなくちゃいけなくなった。
どうしたんだろ、アスカ。顔も赤かったし…
暑い日本に戻ってきたからかな?
帰ったら消化にいいもの作らなきゃ。
「ねえ、二人とも」
ミサトさんの車は第三東京行きの高速道路に乗っている。
第二に来た時は裏道かな?そんなところをこっそり通ってきたのに、帰りは堂々と。
なんとなくくすぐったい。
「何です?」
「何よ?」
「何か、見つかったの?」
何か…
「分かりません」
「そうね、わかんない」
「そう…」
ミサトさんの声は沈んでいる。
形として何かわかった事は…あるけど、ちょっと言えない。
後部座席で、隣に座ってるアスカの顔を見ると、ちょっと頬が紅い。
僕と似たような事を考えてたのかな?
見つかったものは…僕の、アスカに対する気持ち。
そして、しなきゃいけないこと、僕にしか出来ないこと。
だけど、そのために何をしたらいいのかは、まだ分からない。
「でも…よかったと思います」
「そうね…気持ちの整理は出来たかしら?」
「加持くんから、一応聞いたわ…今回の事…」
「そう、ですか…」
そっか、加持さん、ミサトさんに連絡したんだ…
「加持くん、死んだわ。」
「う、そ…」
アスカの顔が蒼白に変わる。きっと僕の顔色も同じだと思う。
「うそでしょ、ミサト…」
アスカの声が震えてる。
「本当に死んだのか、分からないわ」
「何よ…それ…」
両手で頬を押さえて振るえるアスカ。
ミサトさんは、分からないと言った。
『分からない』
何処にいるのか、生きているのか分からない。
そういう事なの?
「何が、あったんですか…」
「副司令が拉致されたのよ、その手引きをしたのが加持くんじゃないかってね…アタシも昨日の夜まで監視されてたわ」
「じゃあ、僕が電話したのは…」
「アタシの監視が解かれてから一時間くらい後よ」
「じゃ…もしかして…」
「もしかして、何? アスカ」
アスカの震えは止まっていない。
「加持さん…自分はスパイだからって…人を裏切るのが仕事だからって…だからアタシとはって…」
酷くなる、アスカの怯え。
「アスカ…」
僕はアスカの膝に手を置く。
その手にアスカが手を合わせてきた。
僕は、手をアスカの膝と手の間から抜くと、アスカの手の上に置きなおし、握ってあげる。
「それ…何時聞いたの?」
ミサトさんは平静を保っているように見える。違う、表情を押し殺してる。――何かに耐えてる。
「空港に向かうとき…車の中で…」
「そう…知ってたの…加持くん…」
非常用の停車スペースに、ミサトさんはクルマを止めて――ハンドルにもたれかかる。
「知ってたのね…バカよ…やっぱり、アイツ…バカよ…!」
ミサトさんの声も…震えている。
「シンジ君、アスカ…」
ミサトさんはまだ、ハンドルに伏せたままでいる。
「はい…ミサトさん」
僕は応えることが出来たけど、アスカはまだ無理みたい。
「アタシは多分、これから忙しくなるわ…
うちにどれだけ帰れるのかは分からない。これからは…
だから、 あの家はアナタ達にあげるわ…」
「ミサトさん!」
どうして?なんでそうなるの?
「僕達の所為ですか?」
「ううん、今回の事は関係ないわ。
もう、処分は下ってるから。アタシの監督不行き届きが原因なのよ…ゴメンね、二人とも…失格なのよ、アタシは…
アタシに家族なんて…」
「そんな事ないです…」
「ありがと…
でも、アタシは…もう、迷ってられないの。だから…」
ミサトさんは、顔を上げ、再びクルマを発進させる。
何をするのだろう、ミサトさんは。
でも、僕にはそれが何なのかを聞くことは出来ないと思う。
ミサトさんは、僕とアスカをマンションで降ろすと、ネルフに戻っていった。
僕達は部屋に…
「アスカ…?」
アスカの顔色はまだ蒼白だった。
「大丈夫?」
「あんまし大丈夫じゃないわ…少し横になるから…鞄に入ってるのは洗濯するから…脱衣所にでも置いておいて…」
アスカは自分の部屋に入っていった。
僕は鞄から衣類を取り出して洗濯機に放り込み、他のものを片付ける。
自分の部屋に戻る気がしなくて…リビングは、僕が最初にここに来たときのように汚れていた。
僕は掃除を始める。
何かしてないと、胸がざわざわしそうで。
加持さん…
また会えると思ってたのに…帰ってきたらお土産を渡して、御礼を言わなくちゃって思ってたのに…
加持さん…
ダメだ、泣いちゃ。
今は、掃除をして、それから、アスカのとこに行かなくちゃ…
だから、僕が泣くのは後でいいんだ…
だけど、胸の痛みは本物なんだ。
コンコン。
「あすか…?」
ドアに張ってあった、あの物騒な警告が掛かれていた張り紙は何時の間にかなくなってた。
「シン・・ジ・・・」
弱々しいアスカの声。
僕はアスカの部屋に入る。
僕の部屋だった所だけど…今はアスカの部屋。
なんとなく、甘い香りがする。
「着替えなくていいの…?」
アスカは帰ってきた時の格好のままで布団に入っていた。
「分かってる……」
「何か、飲む?」
「お茶…」
アスカは、膝を抱えて丸くなっている。
あのときみたいに。
僕はダイニングキッチンに戻ると、ケトルに水を入れてコンロに火を点ける。
僕は茶筒と、それから二人分のカップとソーサーを出す。お湯が沸き、ティーポットとカップを温めるためにその熱湯を注ぐ。
ポットが温まったところで茶葉を入れてお湯を注ぎ、ふたをおき…カップとティーポットをお盆に載せて、アスカの部屋に運ぶ。
アスカのアスカのヘやに戻り、カップにお茶を汲み分ける。
「はい…」
「ん…」
アスカは何も言わずにカップに口をつける…
「温かい…」
「そうだね…」
「でも…」
アスカの手が震えてる…
「加持さんは…」
「アス…」
「うぅっ……かじ、さぁん…」
アスカはカップをサイドテーブルに置くと、蹲り、そして嗚咽をあげ出した。
『きっと生きてるよ、加持さんは』
そんな慰めの言葉も頭に浮かんだけど、それを口にする事は出来なかった。
死んじゃったって確証もないけど、でも生きてるって証拠もない…
いなくなったって事実だけが本当。
だけど…
加持さんがいなくても、僕達は生きてかなくちゃいけない。
「加持さんの…気持ちは…」
「何よ…アンタに加持さんの何がわかるってのよ!」
アスカが僕を睨みつける。
僕はアスカよりもずっと加持さんとの付き合いが薄かったのだから。
「加持さんは、アスカに何を託したかったのかな…」
「アタシに…?」
「うん…アスカに。」
僕には、これからアスカを守る事を。
「ミサトさんにも何かを残して……――だからミサトさんは止まらないで、頑張ろうとしてるんじゃないのかな」
「………」
「泣いて、何もしないことは誰でも出来る。でもアスカの、アスカにしか出来ない事があるんじゃないのかな…」
「なによ、ソレ…」
「エヴァに乗るのを止めて、そして、この間の使徒が来たとき、僕はジオフロントの中で加持さんに会ったんだ。アスカが必死で戦ってた時に」
僕が、逃げた時。アスカ達も、ミサトさんも、父さんも、何もかも捨てようと思った時。
「そのときに、言われたんだ。『シンジ君にしか出来ないことがあるんじゃないか』って。『後悔しないように』って…」
「だから、乗るの? エヴァに…?」
僕は…少し考えて首を横に振る。
「僕は…もう、逃げないって、そう決めたんだ。アスカの言う通り僕は内罰的なヤツかもしれない。後悔ばっかりしてきた。
でも、それじゃ何も変えられない。だから逃げないって。
そう、決めたんだ」
右手の掌を見る。
血が付いているような…きっともう血に染まった手。
「だから…」
「アタシに…何が出来るの…かな…?」
「えっと…」
僕は答えに詰まる。
「何が出来るの…?」
アスカの瞳が僕を射抜く。潤んだ瞳が少し僕の胸を締め付ける。
「わかんないや…でも」
「でも、何?」
そうか、アスカは…
「でも、それはアスカが見つけなきゃいけないんじゃないのかな? 僕が考えるんじゃなくて」
「そりゃ、そうね…」
「だって、僕が考えたのなんて、アスカに笑われそうで…」
「笑えないわよ、聞いてもいないから、”まだ”ね。」
「それって…言えって事?」
「そ。」
少しだけ、アスカの顔色がよくなったような気がする。
「別に、アスカに何が出来るかって…訳じゃないけど、…うーん……」
「じれったいわねぇ…なによ?」
「いや、その…僕は、アスカと、きっとこうして話したかったんだろうなって…」
「はぁっ?」
アスカの顔が面白く歪む。よほど変に思ったらしい。
僕が欲しかったのは、きっと平穏。何もないんじゃなくて、平和で、穏やかな…
「アンタ、話すって…今までだって話してたじゃないの?」
「そうだけどさ、いつも、何か壁を隔てて話してた感じがしてたから…」
「そうかも…しれないわね」
「一緒に暮らすようになって…どれ経ったのかしら…?」
「どれくらいかな…そんなに経ってないと思うけど…でも長く感じる…」
「どうしてかな…アタシもそう思うけど…」
それはきっと…
「きっと、考えてる時間が多いんだろうな…」
「何を?」
「その…アスカの、事」
「アンタ…バカァ?」
アスカの頬が薔薇色に染まる。
「そうかもしれない…」
「やっぱり、バカよね…」
僕達は、この家で2度目の口付けを交わした。
「また、明日から…いつもに戻るんだよね…?」
「そう…ね…」
「みんなに、何言われるのかな…?」
「わかんないわね…」
また…エヴァに乗って…
「でも、少しだけ、変われたから、僕は…」
「そうなの…?」
「うん、ちょっとだけ、だけど…」
「アタシも…ちょっとだけ…」
「そっか…」
「変われるかな? アタシたち…」
きっと…
「うん…変われるよ、きっと…」
3度目の口付け。
僕はアスカをしっかりと抱きしめた。
加持さんは僕にアスカを守ることをお願いしたけど…
僕はそんなに強くはない。まだ。
今は、アスカと共に歩むことしかできないけど…
それでも、いいですよね?
僕は天井を仰ぎながら、そんな事を想った。
アスカが眠りに就いたのを確認して僕は部屋に戻る。
ベッドに寝転がり、ヘッドフォンステレオのイヤホンを耳に当てて、再生ボタンを押そうとして、僕は止める。
イヤホンを外してその辺に投げ捨て、天井に手を透かす。
やっぱり、手に赤い、血が見える。
僕達の耳には入らないけど、戦闘で全然怪我人が出てないわけじゃ絶対にない…トウジの妹のように。
だから、僕は最後まで、逃げない。逃げたら、僕はそこで意味を無くして、怪我をした…いや、死んだ人達の意味を無にしてしまう。
ミサトさんが何をするのか、解らないし、知りたいとも思わない。
だけど、僕にはやらなくちゃいけないことが出来た。
やっと、見つかった。
また、明日から今までと同じ時間が始まる。
でも、今までとは違う。
僕は、僕の意思で戦う。
アスカと…僕の平穏のために。
そんな事を考えながら、僕は眠りに落ちていった。
1st Session is over.
PostScript=あとがき
はじめましての方、はじめまして、Patient No.324こと患者参弐四号でし。またお読みいただけた方、どうも有難う御座いますm(__)m。
ようやく終りました。結構短かったですね、流石に。八話ですし。時間も5日間の出来事(アスカの提案〜加持の家〜空港・飛行機〜ミュンヘン・ガルミッシュ(ここで2日過ごしています)〜帰路)ですからこんなものでしょう。
1st Sessionとあるようにこの部分で第一部がおしまいです。第二部のプロットも出来上がってはいますが…何分エヴァの本編から既にウン年。EOEから三年。LDを見直さないといい加減ヤバいです(苦笑)
2nd Sessionは四月からの連載開始を考えています。それまでにゴタツキがなくなっているとよいんだけど…
未来は決定事項ではなくて未定ですから…うん。
次が御座いましたらまたお読みいただけると幸いです。
それでは。
01/03/22
Patient No.324 mail
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of Deformity ’Sanatorium'