使徒が現れてから約一月…ギブスはまだ外されていない。

昨日ミサトから、『アタシの』予備パイロットとしてフィフスチルドレンが登録された事を聞いた。

 

 

…それだけ。

 

 

 

 

 

今日。

アタシとシンジはブリーフィングルームに居る。アタシの正面に立っているのはミサトとリツコと見慣れない、銀色の髪に、真っ赤な瞳。

「渚カヲルと言います。宜しく」
そいつは、何処となく気障ったらしい礼をしてみせた。

ふと、アタシとシンジを隔てた反対側に立っているレイを見ると、何故か彼を睨んでいた。

「早速だけど、渚君には弐号機とのシンクロ試験をしてもらうわ。パイロットスーツに着替えてきて」
「分かりました」

ミサトの命令に従い退室する渚。出る間際に意味ありげな視線をシンジに投げかける。

「シンジ君、とレイも一緒にシンクロ試験を行います。アスカは待機。」

一週間ぶりに見たミサトの顔は、どこかしらやつれたような気がする。代わりに視線だけが妙に輝いて、鋭くなっている。

「……なんでアタシの弐号機だけ予備がいるのよ?」
「初号機はシンジ君しか受け入れないからよ」

零号機はもうない。初号機はシンジだけ……あれ?

何かが頭の中をよぎったんだけど、ちゃんとした形にならない。零号機…ファースト…あれ?

 

アタシが考え事をしている間にシンクロ試験が始ってる。模擬体のプラグは3本。ファーストの零号機とシンジの初号機、そしてアタシの弐号機の分のプラグ。

 

なんで、もう零号機はないのにファーストは試験受けてるの…?鈴原は参号機がなくなったからもういないのに…ファーストはなぜまだここにいるんだろ?

アタシだけは制服のままで、試験を眺めている。

「あと、0.3、下げてみろ」
号令を掛けているのはいつものリツコではなく、副司令だ。リツコは多分この間の事で何らかの処分を受けているのだろう。ここにはいない。

 

なんで、ファーストはここにいるんだろう?

 

あれから……ファーストと眼を合わせる事は出来ないでいる。別に顔を合わせることもないけど…

まだ、頭の中では整理がついていない。ファーストは…

 

なんて言って良いのか分からない。

モニターに映し出されるのはハーモニクス。ファーストはほぼ 0、シンジと渚は同じくらい…

「このデータに間違いはないな?」
「総ての計測システムは正常に 作動しています」

冬月の問いに答えるマヤの顔色はすぐれない。信じられないものを見ている、そんな顔つき。

アタシはアイツがどんなデータを出そうが全く興味はなかったからアタシはその内容を知らない。

「ミサト、アタシ帰っても良い?」
「それは許可できないわ。ここに居たくないのならそれでもいいけど、本部の中にいること。いいわね。」

ミサトはずっと渚の映し出されているモニターを睨み付けている。

 

あ、そっか…ミサトとはもう『家族』じゃないんだな…

 

好きじゃなかった筈なんだけど、ミサトなんて。
でも実際こういう風に接されると胸のどこかが寒い。

 

モニターに映し出されているシンクロ率。

シンジは90くらい、レイは60、渚は66…

 

とぼとぼとプリーブノーボックスから出て、廊下を歩く。誰もいない廊下は凄く冷たい。

食堂に来たけど、誰もいない。

更衣室にも、誰もいない。

 

 

アタシは結局またプリーブノーボックスに戻ったけど、誰もアタシに声を掛けたりはしなかった。

 

 

実験が終わって3人が戻ってくる。一言二言副司令からあって、今日は解散らしい。

「じゃ…お疲れ様でした。僕はシャワー浴びて着替えてくるけど、アスカ、待っててくれる?」
「うん……早く、しなさいよ」

シンジはシャワールームに向かっていく。その後をついて渚も出て行く。

アタシもここで待ってる気にもなれないから、更衣室に向かった。

 

暫く待ってると、制服に着替えたシンジと渚が出てきた。

「あの、さ」
「何よ?」
「今日、カヲル君も一緒にご飯食べることになったんだけど…良い?」

多分、アタシの顔が不機嫌に見えたのだろう、シンジの顔が暗くなる。

「いや、無理を言って悪かったかな? せっかくだから仲良くなっておきたかったのだけれど、惣流さんはまだ怪我をしているからね、また今度にするよ」
渚は全然悪くなさそうにヘラヘラとして言う。

「別に…構わないわよ」
そう、別にコイツがいようといまいと、アタシにはどうでもいい事だ。

「ゴメン、アスカ…」
「別に謝ることじゃないでしょ、バカ。 パイロット同士仲が良くても…」
「ありがとう、惣流さん」

何故か渚に腹が立つ。

「さっさと帰るわよ!」

 

 

 

「アンタってさ、何がそんなに楽しいわけ?」

うちに着いて、シンジはすぐに晩御飯の準備を始めた。アタシはリビングに寝っ転がってTVを見ている。渚は、と言うとダイニングテーブルのとこで、にこにことしている。

怪我してからずっとシンジに手伝ってもらってたけど、流石に今日は一人で着替える。ギブスが凄く邪魔で面倒くさくて仕方がなかった。だからアタシは不機嫌だ。

で、ご飯が出来上がって、テーブルについてからアタシはそうつぶやいた。

 

「楽しそう、に見えるのかい?」
「アンタ、ずーっとヘラヘラしてんじゃないの。」
「君は楽しくはないのかい?」

バカだ、コイツ。

アタシはそう結論付けた。可哀相なヤツなのだ。きっと。

「ロボットに放り込まれて、戦わされて、一生ものの怪我して、楽しいってヤツはマゾだけよ」

アタシは渚のほうを見向きもしない。

「シンジ君も、楽しくはないのかい?」

「…え?」

黙々と食べていた…ちょっと違うか、シンジは自分に話題を振られて一瞬硬直する。

考え込んでるシンジ。

「楽しい事もあるけど…つらい事も多いかな…」
「何がつらかったんだい?」
「ここに来て、友達が出来た。楽しかった。でも、その友達は怪我をして、僕の前から居なくなった…」
「友達が居なくなるのが辛いのかい?」
「楽しい訳、ないよ…」

押し黙っていたシンジは一番早く晩御飯のピラフを食べ終わって、お茶を飲んでいる。ずっと喋っている渚と、手が不自由なアタシの皿にはまだ半分くらい残っている。

「アンタは、友達、居ないの?」
「僕かい? 僕は、友達はいないんだよ」
「寂しいヤツ…」
「ずっといろんな所を転々としていたからね、知り合う機会もなかったのさ」
「それでアタシ達に質問?」
「そういう訳でも、ないのだけど…」

渚は何か不思議そうな顔をしている。

「どうして、辛くなるのが分かっているのに友達を作ったんだい? 最初から居なければ悲しくなることもない。違うかい?」
「アンタ、本気で言ってる?」

本当に可哀相なヤツかもしれない。怒るよりも、先にそう思った。

「苦しくないし、辛くもないかもしれないけど、楽しくもないわ。アタシはそんなまっ平らな人生なんてゴメンよ」
「平坦…か。」

渚は何を思ったのか、さっきとは少し違う笑い―苦笑を浮かべた。

「人は誰しも寂しさを感じる、心が痛がりだから一人を好む…… でもそれでも永遠に孤独を忘れることは出来ない…」

アタシは席を立って、シンジのそばに立つ。びっくりした顔のシンジと、カヲル。

「渚、アンタ大事な事、忘れてるわ。」
「何をだい?」
「人間は、一人じゃ繁殖できないのよっ」

 

そして、アタシはシンジにキスをした。

 

 

 

 

 

シンジ、硬直してる。渚も硬直してる。

アタシの顔は火照ってる。

 

 

 

 

 

 

そして、渚はまた笑い出した。

腹を抱えて。

ひーひー言いながら、爆笑した。

 

 

「そう、そうなのか…いや、だから……」

目尻に浮かんだ涙をふき取りながら渚はまだ笑っている。シンジの石化はまだ解けていない。

「だから、何よ?」

「いや、だから、こそ…君達は……

 

好意に値するんだね」

 

アタシとシンジが首をかしげて顔を見合わせる。

「好きって事さ。ご馳走様、美味しかったよ。」

そう残して渚は帰っていった。

 

 

 

 

 

 

翌日―アタシ達を待っていたのは、使徒の襲来。

 

 

 

 

シンジはすぐにプラグスーツに着替えに更衣室に、アタシは発令所に向かった。

メインモニターに移っているのは渚―フィフス。
「なんで、アイツ空に浮いているのよっ?!それになんでっ!!!」

アイツは空中に浮かび、そして隔壁を何かの力で次々と開放し、下へと下りて行く。

一番アタシを驚かせたのは、アイツの後ろで、一緒に降下していってる、アタシの弐号機。

「なんで弐号機が動いてるのよっ どう言う事よっ?!」
「――アスカ。」

モニターを食い入るように見つめるミサトはやっぱりアタシを見ようとしない。

「今、シンジ君が迎撃に出たわ。弐号機は、渚君、いえ第壱拾七使徒によって乗っ取られたわ」

初号機の中、シンジがサブウィンドウに映し出される。必死の ――違う、泣くのを堪えている寸前の表情。

画面にも、音声にもノイズが混じっている。よく聞き取れない。けど、シンジの表情は…悔しくて、悲しそう。

 

「新しいATフィールドを確認! 初号機の直上です!」

日向さんが悲鳴をあげるのとほぼ同時に、メインモニターには何も映し出されず、スピーカーからは何も聞こえなくなった。

「結界、か…」
ミサトが呟く。

でも、アタシにはどうでも良い事のように聞こえた。

 

 

次にスクリーンが回復した時移し出されたのは、顔を破壊された弐号機と、右手を真っ赤に染めた初号機と、その初号機の近く ―右手の真下辺りを中心に拡がっている波紋だった。

 

 

 

 

 

 

わたしはあなたのもの。 (後篇)
Written by PatientNo.324

 

 

 

 

シャー―――っ

水の音…?

 

 

『あの後』アタシもシンジもうちに帰っては来た。
シンジは電車の中でも、うちに着いてもずーっと無言で、でも晩御飯は作って…でもご飯の時も無言で…何も聞けないまま、アタシもシンジも今日は別の部屋で布団に入った。久しぶりに自分で着替えたけど、凄く苦労した。

 

完全に眠ってたアタシだけど、ふとその音に気づいたのか目が醒めた。

眠りについてからどれくらい経ったのだろう…誰かが洗面所で手を洗ってるのかしら?

ってシンジしかいないんだけど…トイレかしら?

アタシは布団を被って再び眠りに入ろうとした。

それにしても、丹念に手を洗うわね…水の流れる音は続いている。

長い…アタシが目を覚ましてからずーっと洗ってるから、2分は洗ってる。

 

変ね…?

アタシは布団を這い出して、洗面所に行ってみると、シンジが手を洗ってた。

「シンジ…?」
「…………」

シンジ、アタシに気が付いてない…

「ちょっと!!!」
アタシは慌ててシンジの腕をギブスで叩く。シンジが左手に握ってた―タワシが洗面台に落っこちる。

シンジの手は真っ赤になってた。全体が真っ赤に擦り切れてる。

「アンタ、何してるのよ!」
「………」
「シンジ!」
でも、シンジの眼は、空ろだった。
アタシの言葉なんか聞こえてないのかもしれない。

「シンジ!!」

タワシを拾うと、シンジはまた擦り剥けた手を水の中に入れて擦る。

「何してるのよぉ? ねぇっ?!!」
アタシはたわしをまた叩き落して後ろからシンジを羽交い絞めにする。

抱きしめたシンジは、凄く小さく感じた。

「どうしたっていうのよ?」
「アスカ…」

ようやくアタシの顔を見上げるシンジ。なんて言うんだろ、幽霊みたく …生気が全然ない。

涙は流れてないけど……泣き疲れたような顔。

「取れないんだ、血の臭いが…」
「……血なんて付いてないわよ…?」

シンジの手に付いている血は、自分で肌を擦り切らせて流れた血。

「洗っても洗っても、落ちないんだよ…どうしても!」

シンジの身体が強張ってる…震えてる。

「いつも臭うんだよ、血の臭いが …!」
「キャッ!」

シンジはアタシを無理やり振り解くとまた手を洗い始めた。

「止めてよ!」

アタシの声は届かない。
紅い水が排水口に吸い込まれて、消えてく。

「シンジ…」
アタシは首を振る…

こんなシンジなんか見たくないから……

延髄に、手刀を打ち込む。
張り詰めて…疲れてたシンジは、呆気なく気を失った。叩いた衝撃がまだ完全にくっついたわけじゃない骨に響く。

「どうしよう…」

洗面台に寝転がしておくわけにもいかないし、かといって今のアタシは物を掴むのすら不自由する。

悩んだ末、左腕をシンジの膝の下に潜り込ませ、右腕は脇の下にくぐらせる。

「せぇのっ!」

シンジは、軽かった。

組み体操で持ち上げた事のある、ヒカリよりも軽くて、細かった。 ――何故か、アタシの目の前が一瞬だけ揺らいだ。呑んだわけでも、貧血でもないのに……視界だけが、一瞬だけ。

アタシはシンジを彼の部屋まで運び、横たえたシンジに布団かけてあげる。

 

気絶したまま眠りに就いたシンジの眉間には深い皺が刻まれている。

今までのストレスが爆発したんだろうな…

 

訳の分からないと戦わされて、家に帰ってきたらアタシに当り散らされて…

 

 

はは…

 

 

「アスカ、ゴメン…」
ネルフ本部からの帰り、二人っきりになってからシンジが最初に呟いた言葉。

アタシはそれを聞いた瞬間に、彼の頬を張った。
「痛っ」
アタシのギブスはまだ取れていなかった、それを忘れていたから腕に衝撃が響いた。

「ゴメン…」
「バカ…」

それっきり、アタシとシンジは黙り込んだ。

 

シンジが最初に何に謝ったのか―アタシの弐号機を破壊したこと。でも、それは使徒殲滅のためには仕方がないことなんだから。

アタシが叩いたのは、謝るくらいなら、どうして破壊しない方法を探さなかったのか、と思ってしまったから。

そんなことは出来なかった…出来たかもしれないけど――分かっていたのに。

 

 

 

 

シンジの口が小さく開く。

喘ぐように動く。

『助けてよ…』

そう、動いた。シンジの口は。

「助けて…?」

シンジは何かに苛まれている。

(取れないんだ、血の臭いが…)

罪の意識。

何もモニタ出来なくなったターミナルドグマの中で、何があったのかは知らない。 でも、アイツを『殺した』…ううん、使徒だったんだ、『倒した』んだ…

なのに、アタシも何か凄くむかむかする。

 

でも、シンジが倒した――殺したんだ、使徒を。使徒は、ヒトの形だったから…

いきなり気分が悪くなってアタシはトイレに駆け込んで、吐いた。食べたご飯が全部出た。胃には何もなくなったのに吐き気が止まらない。

 

どうして、渚は死ななくちゃいけなかったんだろう…敵は倒さなきゃならないものだし、さもないと自分が死ぬんだから ――

 

でも、だけど。

 

吐き気が止まらない。

 

 

 

 

 

「畜生…っ!」

アタシは便器を叩いた。後どれだけ来るのか…

 

これから来る使徒は皆ヒトの形をしているのか…何時、終わりが来るのか…

 

 

ふと、ファーストが頭に浮かぶ。

シンジは、魘されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔…」

アタシはトイレを出て、口を濯いでからミサトの部屋に入る。
凄く散らかった部屋の中から、ミサトがクルマの整備に使ってた工具が入っている工具箱を探し出す。アタシが探しているのは、電気ドリル。

コンセントにつないで、先端のビットをバフ掛け用のフェルトからダイヤモンドカッターに取り替え、腕のギブスに当て、スイッチを入れる。

汚いミサトの部屋に石膏の粉を撒き散らしながらギブスが切れていく。アタシの肌を切らないように、最後まで切らないように気をつけて――ほとんど切れかかった状態のギブスと腕の間に指を入れて、ギブスを割る。

 

両方のギブスを外し、工具を元に戻す。

 

久しぶりのアタシの腕は少し細くなって、力が入らなくて、何かヘンな感じがした。

 

アタシは救急箱を取ってシンジの部屋に戻って、シンジの手に応急処置を施す。

全体が赤く、擦り剥けた手に消毒液を吹き付け、脱脂綿で叩くようにふき取る。

どれだけ手を洗っていたのだろう、指先だけじゃなくて、掌の皮までふやけている。

ずっと冷たい水に晒されていた手は青白く、血の巡りが悪くなって、冷たい。

大きなガーゼに傷薬を塗り、シンジの手に巻付け、その上から包帯を巻いていく。

アタシと違って骨ばって、ゴツゴツした、でも大人の――加持さんとも違う、まだ子供の手。

 

血の臭いなんてしないのに…な……

 

アタシは、シンジの手を握る。

 

シンジは魘されている。

 

 

 

 

 

Second Session is Over.


PostScript=あとがき

 ようやく第二部の最後が終りました。かなりの難産でした。どうしても話が進められず、 TENさまに相談し、ようやく産まれることが出来ました。どうも有難う御座います。

 すんげー筆が進まなくて、なんで進まないのかなーと考えたら、音楽を聞きながら書いていなかった事があったり…

 アタシ的には、

1)Dir en grey(La:sadies)   『憧憬破綻世界』、
2)Madeth gray'll       『白昼夢の惨劇』、
3)Marilyn Manson            『Beautiful People』、
4)特撮                           『身代わりマリー』

なんかがこれに合ってる(つーかこれらを流してるときがいつも一番筆が進むから)と思うのですが …否定されそうだなぁ…2番目なんて聞いた事ある人少なそうだしさ。

さて、短かった第二部(本編22〜24話)はこれでおしまいです。残すのは…アレですねぇ……出だしと一番最後は出来上がっているので、その途中を考えるだけなんですが…出来るのか、ヲレ(汗)

 

では、(何時になるのかかなり不明な ^^;)第三部でまたお眼に掛かれますことをm(__)m

Patient No.324 mail
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