「くそ、あのバカ…どこ行ってんのよ…」
今日もアタシが目を覚ますとうちはしん、と静まり返っている。
『あれから』、二年経つのに、今日で。
でもシンジは今日もいない。
もう日が高い。アスカが時計を見ると既に11時を回っていた。大きな、欠伸と、溜息を連続して吐くと、アスカは台所の冷蔵庫から牛乳を取り出して、グラスに移さず直で飲む。
『もう、ちゃんとクラスに注げよ!』と怒られていたのは何時の日か、ふと頭に過ぎり、また大きな溜息を吐く。リビングのテーブルに乗せられていた新聞を開く。なんとも平和な記事しかない。
「ヒマ………………………………………あ〜っもう!!」
読みかけの新聞であったのにも構わずに丸めて壁に投げつける。
「あのバカはどこに行ったのよ!」
が、部屋は静まり返っている。空しくなってきたアスカはそのままリビングに寝っ転がる。
「バカ…折角……」
外は快晴。見事な5月晴れ。
青い空が憎らしくなってきたのか、彼女はガラスに向かってクッションを投げつけた。
―バカモノ共の夢の後―
Writen by Patient No.324
アスカが目を覚ましたその頃シンジは繁華街に来ていた。
ここ数日の夜更かしが祟って目の下が凄いことになっている。
「えっと…」
シンジは何か紙を―端末からプリントアウトした地図を見ているらしい。建物を見上げている事から、何かを探しているようだが…
「あっと、ここだ」
探し回った果て―街外れの何と言うか、セカンドインパクト前に建てられたのだろう、恐ろしく汚い。呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。 元から期待もしていないが。仕方なくシンジは玄関を開く。
「父さん? いるの?」
ゲンドウの、家らしい。
玄関から長い廊下が続き、その両側に部屋がある。昔の作りの家だ。何より玄関の靴を脱ぐところと廊下の間がえらく高い。
「入ってこい」
奥から低い声が響く。上がるよ、とシンジは声をかけて靴を脱ぐ。
廊下に上がって、声がした奥の部屋に進む。
「綾波が掃除しなかったのって…」
廊下の隅に綿埃が溜まっている。滅多に帰らないのもあるのだろうが、それにしても汚い。一番奥の襖を開くと、そこにが父、ゲンドウがいた。
「あらいらっしゃい。お茶を入れてくるわ」
「こんにちは…」
シンジに声をかけたのは、誰でもない、赤木リツコ。
一瞬シンジは眩暈がした。
ぱたぱたと部屋を出ていったリツコは白のブラウスに若草色のゆったりとしたロングスカート姿。そこまでは許せる範囲である。 シンジを動揺させたのは、彼女がエプロンをしていたことだ。しかも、真っ白の、フリルがついたひらひらの。
「父さん…」
「何だ…」
ゲンドウは、というと、TVを見ている。日曜日の昼間らしく囲碁を見ている。浴衣姿で。
(あのエプロンは父さんの趣味なの?)
と聞きたい衝動に駆られたが、堪えておく。
「急に、どうしたの?」
「ああ…」
「………」
「………」
ゲンドウはTVを見たままだ。
すっと襖が開いてリツコが戻って来る。テーブルに湯飲みを3つ並べ、お茶を注ぐ。
「はい、どうぞ」
「あ、有難う御座います…」
「はい、あなた」
ゲンドウの近くにも湯飲みが置かれる。お茶を入れるとリツコは立ち上がり、棚からお茶受けを出してくる。
「で、今日はどうしたの?」
リツコはお茶受けだろう最中の入った菓子受けを置くと、煙草に火を点ける。
「あ、っと、朝、父さんから電話があって…来たんですけど」
「どうかなさったの?」
ほぼ同時にゲンドウを振り返る。
と、そのゲンドウはと言うとまだ囲碁を見ている。
「……………………」
「……………………」
「……………………あなた?」
「…………………………………………ああ…」
ゲンドウはようやく口を開いた。TVの電源を消して、どこかに消えていく。黙っこくったまま。
「どうかしたのかしら? 妙に思い詰めてるけど…」
リツコが閉まった襖を心配そうに見つめている。
「そうなんですか?」
「ええ。普段ならこの時間なら洗濯物を取り込んでいる頃だもの。もっとも、今日はシンジ君が来てるけど」
シンジの頭の中にはクエスチョンマークが沸き出してくる。リツコから教えられた、ゲンドウの日常が思い浮かばない。ゲンドウとリツコが結婚してから半年、この家を訪れた事は一度もない。
「ネルフじゃあんな感じだったけど、結構マメに家事やるのよ?」
「父さんが、ですか?」
リツコは苦笑している。分からないでもない、と言った感じだ。
「あなたが家事が上手いの、あれは間違いなくゲンドウさんからの遺伝よ?」
「え……」
「そりゃ、私も一緒に住むようになった最初は驚いたわよ? でも、あれでも可愛いところ、あるのよ、あの人…」
あまり見る事がなかった、リツコの笑い顔。 筋肉だけで笑っているのではなく、心から。
(幸せなんだな、リツコさん…)
襖が開き、ゲンドウが戻ってくる。
どかっと胡座をかき、それからまたTVの電源を入れる。
「おい…」
「ああ、はいはい」
リツコは煙草の箱から一本取り出し、ゲンドウに手渡し、火を点けてあげる。見た事のない感じ。
TVを見ながら煙草を吹かすゲンドウ。リツコは自分の煙草を消し、ゲンドウの直ぐ傍に灰皿を置く。
沈黙――
ゲンドウは大きく煙を吸い込むと煙草を消す。
「シンジ。」
「あ、うん」
浴衣の懐から何かを取り出し、テーブルに置く。
「これ……」
「ユイにやった指輪だ」
「…………」
リツコの目も、見開かれている。初めて見たのだろう。
「母さんの…全部捨てたんじゃなかったの?」
「そう思っていたがな……これだけは捨てていなかったようだ」
自宅にいるにも関わらず、色眼鏡をかけているゲンドウ。リツコの表情がふと和らぐ。
(ああ、捨てれなかったんだ…)
「私にはもう必要の無いものだ…お前にやる。好きにすればいい」
ゲンドウがどこを見ているのか…ずっと遠くを見ている。
「あ、ありがとう……」
「用は済んだ、帰れ」
「あなた…?」
「何だ…」
シンジが帰った後。縁側で二人して洗濯物をたたんでいる。
「あの指輪は…」
「ああ、私が初めてユイに贈ったものだ」
「そうですか…」
てきぱきと畳んでいくリツコ。その左手薬指にも指輪が光っている。
「シンジ君、あの指輪、どうするのでしょうね?」
「もうあいつのものだ、どうするのかはアイツが決めることだ…」
「でしたら、どうして今日お渡しになったのかしら?」
くすくす笑うリツコ。
「偶然だ…昨日思い出したから今日渡しただけだ…」
「相変わらず、ですね…」
「……さっさと畳んでしまえ…」
どうやら拗ねたらしい。
(ホンット、可愛い人ね…)
「ミサトと加持君が結婚して一年ね…」
リツコが見上げた空は曇っていた。
「天気、悪くなってきたな…」
ゲンドウ宅からの帰路。 歩いて来たから家まで結構時間が掛かる。
「…母さんの、か。」
貰った指輪はシンプルなデザインのもの。そっけない、父さんらしい、と思ったが、それにしても何故今日なのか…アスカになにかプレゼントしようかな、と思ってはみたものの、忙しかったため結局買いにはいけなかった。
態々今日呼び出して渡したわけだから、まあそう言うことなのだろうが…
「これでいいのかなぁ…」
指輪が乗せている手の先に見えている地面に黒い染みが見える。
「急がなきゃ…」
少し歩みを速めたシンジだった。
「あ〜あ〜…雨じゃない…」
寝転がったアスカの眼の先には空が広がって、アスカ目掛けて雨が落ちてくる。ガラスに当たるだけでアスカが濡れることはないのだが…
「洗濯物、取り込まなきゃ…」
のろのろと起き上がり、ベランダに出て洗濯物を取り込む。床に投げ込まれたアスカとシンジの洗濯物。
(いつから平気になったのかしらねぇ…?)
アスカの服もシンジの服も、下着も一緒くたになっている。最初は冗談じゃない、と思っていて、自分の部屋の前に「入ったら殺す!」と張り紙をしていた頃が懐かしくもあり、またその頃の自分を思うと少し情けなくなる。
自分の分を手早く畳んでチェストにしまい込む。
(アイツに肌を最初に見せたのって…ドイツに一緒に行ったときだっけ?)
あの後、両腕を骨折した時なんか、全身を拭いてもらって、下着もつけて貰ってたのだから…
「何か、懐かしいな…」
まだ二年前のことなのに、凄く昔のことに思える。
「邪魔ねぇ…」
寝転がろうとしたリビングの床には、まだシンジの洗濯物が転がっている。自分の分と同じだけ。
仕方ないわねぇ…とボヤきながらもそれらを畳むとシンジの部屋に持っていき、チェストに仕舞う。
「なーんにも無く、終ってくなんてな……」
ぼやいてみても、部屋には誰もいない。
「遅いな…何処行ったのかしら?」
「あら、結構降ってきましたね…」
「ああ…」
リツコは料理をしているらしい。出汁に使ったらしい鰹と昆布のいい匂いがする。ゲンドウは、と言うと寝転がって、今度は落語を見ている。
「シンジ君、傘持ってなかったわよね…大丈夫かしら?」
「…電話してみればいいだろう…」
「それもそうね、あなた、鍋、お願いしますね?」
「ああ…」
気だるそうに起き上がると台所に行く。
鍋を見るなり―
「オイ…」
「あら何です?」
険しい表情をして鍋を見ている。リツコはコードレスフォンを手にとって、シンジの家の番号を電話帳から探している。
「灰汁はちゃんと取れ…」
「あらら、じゃ、お願いしますね?」
クスクス笑いながらリツコはダイヤルしていく。ゲンドウはブチブチ言いながら網杓子と、それから適当な器に水を張る。
pr…『バカシンジ! どこほっつき歩いてるのよ!!』
瞬間、受話器から耳を離したものの、耳がバカになったのか眉を顰め、硬直している。気を取り直して受話器を耳の近くに運ぶが…
くっつけなくてもアスカの罵声が飛び込んでくる。よくもまあ続くものだと感心もするが……
「残念ながら、シンジ君じゃないわよ」
『あらリツコじゃないの、何の用?』
声は小さくなったがそれで不機嫌まで減退したわけではない。
「シンジ君、ちゃんと帰ったかね、ちょっと」
「なに、司令のとこに行ってたの?」
「あら、司令だなんて余所余所しい…ゲンドウさん何れあなたのお義父さんになるのに、その言い方は…ねぇ?」
ガシャン! と音がしたので振り返ると,ゲンドウがお玉を落としたらしい。「問題ない…」と言ってお玉を拾い、再び鍋に向かっているが…
電話口も静まった。にいっっと笑みを浮かべる。
「あらアスカ、どうしたの?」
『ど、どうしたの? じゃないわよ!? 誰が誰の父親ですって?』
「あら、ゲンドウさんに決まってるじゃないの、シンジ君と結婚したらそうなるじゃないの、貴女頭大丈夫かしら?」
電話越しにも狼狽えているのを必死に取り繕っているアスカが目に浮かぶ。
『そんなこと分かっているわよ、で、シンジがどうしたって?』
「シンジ君、傘持って行ってなかったから、ちゃんと帰りついたかどうか心配になってね、それで電話したのよ」
『それなら心配しなくてもいいわよ、あいつもガキじゃないんだから!』
「それもそうね、まあ大丈夫でしょうね。じゃ、頑張ってね、アスカ」
「何をよ! もしもし? あーもうっ!!」
笑っているリツコの姿が目に浮かぶ。挙句反撃する前に電話を切られた。
「今度会った時は覚えておきなさいよ?!」
電話を充電器に戻すと、部屋に戻り、適当な服に着替える。
「あーもうバカなんだから…っ!」
玄関から傘を2本取ると、飛びそうな勢いでマンションから出ていく。
外の雨は結構酷くなってきている。
ゲンドウのうちの場所は覚えているし、シンジが辿りそうな道も検討がつく。小走りに道を進んでいくアスカだった。
叩きつける雨が視界を妨げる。
「急がなきゃ……」
その頃シンジも走っていた。土砂降りの中を、急いで。
碇シンジ―彼の特性は……『日常において恵まれない』ことである。泳げないのにプールに誘われたり、何かやろうと思ったその日に限って友人からお呼びがかかったり…全く不幸、と言うわけではなく、運に恵まれない。彼の思い通りに運命は流れてくれない。
そして、今も――
営業の途中なのか、物凄いスピードで走る車。シンジもそれが後ろから迫っている事に気づき道の端に避けるが…
シンジが避けた『そこ』の近くには窪みがあった。 そして土砂降りによって水が溜まっていて、そこに猛スピードでクルマが通過すると、――当然。
派手に水を被り、驚いたシンジは尻餅をつく。
「危ないなぁ…」
ぼやきながら立ち上がるシンジは、何げにズボンに手を突っ込む。
――ない。
「嘘だろっ?!」
傘を投げ捨て、道路にへばり付く。
が、止まらない雨がその探し物を隠してしまう。
「畜生っ…!」
普通、落ちるわけないだろっと愚痴を零すが、とりあえず見つけないことには…が、雨が止まない事には難しいかもしれない…溜息が、出る。
ゴスッ
「った…あ。」
いきなり頭に蹴りを食らい、何かを思って振り返ると、腰に手を当てて仁王立ち。どうして彼女の周りから湯気が昇っているのだろう?
「何やってるのよこのバカ!」
慌てて立ち上がった刹那に鉄拳制裁。
「痛い…」
「痛い…じゃないわよ、何やってるの、って聞いてるのよ、アタシは!」
「ゴメン…落としたんだ、その…」
「その、何?」
アスカから立ち昇る湯気がオーラに見えるのは気の所為だろうか…? 怒られなれたからか、どこか冷静になれている自分を発見したシンジだった。
「父さんから、指輪、貰って…」
「あーもうっドン臭いんだから…」
もういちどシンジに鉄建制裁を加えると、アスカもシンジの近くにしゃがみ込む。
「落としたの、本当に此処らへんなんでしょうね?」
「うん、多分…」
道路を眺めながら、少しでも違う部分を探していく。
二人で傘をさしながらしゃがみ込んで何やらしている様は結構異様である。それに、クルマからは見え難い…
「あ、あった!」
「ホントッ」
アスカが喜び立ち上がったその瞬間に――
バシャッ
アスカの背中に黒い染みが出来上がる。
(今アスカから立ち昇っているのは、湯気じゃなくて、オーラ、だろうな…)
「帰るわよ、バカシンジッ」
肩をいからせながら、アスカがズンズンと進んでいく。
シンジはその後ろをのそのそとついていく。
「雨、大分小降りになってきましたね…」
「ああ…………辛子、入れすぎだ……」
「あら、これくらい辛子が効いていたほうが美味しいですわ?」
「………度し難いな、君の味覚は……」
ゲンドウとリツコはまだ料理中らしい――結局二人で作っているらしい。ゲンドウが使った道具を洗っている横でリツコがサラダを作っている。
「さっさと風呂に入ってこい!」
うちに帰るなり、バスタオルを投げつけられたシンジはとぼとぼとバスルームに向かう。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
溜息を吐きながら蛇口をひねり、シャワーを浴びる。
(こんな予定じゃなかったんだけどなぁ…)
ホントはアスカが起きてから、朝御飯を食べて、それから二人で買い物して、遊んで…そう思ってたのに…
ついてないな…
その時、バスルームの扉が開いて、アスカが入ってくる。当然、何も纏ってはいない。
「あ、アスカ…」
アスカが入ってきた事に驚いてはいない。今日は来ないだろうな、と思ったから驚いた。
アスカはシャワーを掴むと、その温度を確認する。
「ほら」
シンジはそれに従い、椅子に座り、背を丸める。
アスカは、と言うと、シンジの頭にお湯を流してすすぐと、シャワーを元に戻し、シャンプーを手にとって泡立てる。
「ったく、バカなんだから…」
「ゴメン…」
シンジの頭をマッサージしながら洗っていく。
「高々石ころと、アンタの身体と、どっちが大事なのよ…」
またシャワーを取り、泡を流してしまう。
バスタブにもお湯が段々とたまっていく。
シンジの身体をなれた手付きで洗っていくが、その顔はまだまだ不機嫌だ。
一通り洗い終わって、お湯を流す。シャワーで、ではなく、桶でバスタブから湯を組みあげると、シンジの頭から勢い良くぶっ掛ける。
「はい、おしまいっ!」
シンジが椅子から立ち上がるのと入れ替わりに今度はアスカが腰掛ける。が、腰掛けたまま何をするわけでもない。これもシンジにはなんでもないことのようである。
先ほどアスカがしたようにシンジもアスカの頭を洗っていく。やはり、慣れている。頭を洗い、コンディショナーをつけるとそのまま流さずに腕を洗い始める。
次に肩、胸、背中…段々と手が下に降りていく。流石に恥かしい部分だけはアスカが自分で洗うが、その近くの『際どい処』はシンジが洗っている。
全身が泡だって、それから髪を濯いでいく。そして身体を流す。
「終ったよ」
「ん。」
シンジが先にバスタブに入り、それからアスカがそのシンジの上に入る。手に持っているのは入浴剤。お気に入りのレモンの香りがする入浴剤。
お湯が黄色く染まっていく。
シンジは肩が出ているアスカにお湯を掛けてあげる。アスカは、というと頭をシンジの肩に任せて全身の力を抜いている。
「で?」
「でっ って?」
デローっと、だれてきているアスカは気だるげに口を開く。アスカの機嫌がそこまで悪くないので一安心のシンジ。
「晩御飯よ、晩御飯。」
「あ…っと買い物に行ってないから、在るものだけで作るけど…いい?」
「別に…どーせアタシは食べるしか能がありませんからっ」
拗ねたように唇を尖らせるアスカ。
「喉渇いた。何か持ってきて」
「うん、何が良い?」
「炭酸ねっ」
アスカを持ち上げて、シンジはバスタブを出ると、バスタオルで適当に身体を拭くと、リビングに戻っていく。直ぐに氷の入ったグラスに並々とコーラを注いでもってくると、アスカに手渡す。と、アスカはくいっと一気に半分くらい飲む。
「あ〜っすっきりするわ〜」
満足したのか、まだ1/3くらい残っているグラスをシンジに渡す。貰ったグラスの残りを飲み干すシンジ。
「上がろうか。」
「うん」
晩御飯は昨日の残り物の煮物と、それから冷蔵庫に余っていた野菜で作った炒め物とサラダ。何事もなく過ぎて、シンジが洗い物をしている間にアスカはリビングでゴロゴロしている。洗い物が終ったらもう10時を回っている。二人で暫くTVを見て……――――
「寝ようか?」
「あ、うん…」
あと30分で今日が終っていく。
(結局、いつもと変んなかったな…)
アスカはパジャマに着替え、電気を消してベッドに寝転がるが…
寝る気がしない。
「はぁ……」
真っ暗な部屋を出て、シンジの部屋の扉を開く。シンジの部屋には常夜灯が点いていたので真っ暗、と言うわけではなかった。
「どうしたの?」
まだ寝入ってなかったシンジは直ぐに体を起こす。
「べっつに…」
拗ねたような声。アスカはシンジの傍にもぐりこむ。
「どうして、何も言わずに出ていくのよ」
「ゴメン、直ぐに帰ってくるつもりだったから…」
「バカ…携帯くらい持っていきなさいよね」
「ゴメン…」
「謝ったからって済む問題じゃないでしょう…」
「ゴメン…」
「ばか…」
声が途切れる。シンジが、アスカの髪を撫でているさらさらとした音だけがする。
「貰った指輪は?」
「あ、うん…」
シンジはベッドを抜け出すと、机の上から指輪を取ってくる。
「これ、なんだけど…」
アスカに手渡そうとするが、アスカは受け取ろうとせずに左手を甲を上に向けて差し出す。
苦笑いが、零れる。
「へぇ…」
薄明かりでも、その指輪についている宝石が光を返す。と、アスカはベッドの傍スタンドライトをつける。
アスカは一度指輪を外して、そのライトの光に翳す。
「ちゃんと、お礼に行かなくちゃいけないわね…」
「え、あ、うん…」
(気づいてないんだ、シンジ…)
指輪はアスカに”ぴったり”だった。会った事はなかったが、ユイと言う女性は小柄だったと聞いている。
(ちゃんと、調べたんだろうな…アタシの、サイズ)
「寝よっ」
「うん、おやすみ…」
アスカは自分の部屋に戻らない。シンジの腕枕の中で眠っている。
シンジの部屋のベッドがダブルに変ってからどれくらい経っただろうか…?
「ねえ、シンジ?」
スタンドライトが消え、シンジの胸の中でアスカが甘えた声を出す。
「何?」
アスカはシンジに脚を絡める。
「左手薬指の指輪の意味、知ってるわよね?」
「え………(アスカがそこに嵌めるように仕向けたんじゃないの?)」
「これで、一生離さないからね… アンタはアタシの物になったのよ…」
「それ、なんか変だよ…?」
クスクスと笑うシンジ。
「そう? でもいいのよ、それで…」
(どうせ、この腕も、脚も、髪も、唇も、胸も、全部アンタの物なんだから……)
もっと、シンジに身体を預ける。
「アタシを捨てたら、絶対に許さないわよ…」
「うん…」
(どうして、言ってることとやってる事が微妙に違うかな?)
アスカは目を閉じて、唇を小さく窄めている。
その要求に応えるシンジ。
夜は更けていく。
「おい」
「なんです?」
―― 一方。
ゲンドウの家の寝室では。
「私は寝る。」
「あらおやすみなさい」
ゲンドウは布団に入っている。
リツコは、というと端末のキーボードを叩いている。
「………リツコ…」
「あらなんです?」
見向きもしない。
「いい…」
ゲンドウは布団を被ってしまった。
end.
PostScript
内容は、その記念日に掛けた内容ですが…現在連載させて頂いているものの外伝、に当たります。だから、シンジとアスカがベタ×2なのは当然なのです。ついでにゲンドウとリツコもベタ×2です。登場しませんがミサトと加持もベタ×2です。 皆が平和に…そうなる事を祈って…
四月中に連載再開するつもりでしたが、私情で休んでいたのですが、
それでは、またお会いできたら…m(__)m
Patient No.324 mail
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