春の桜と弟と −後編


 

 



 大変良い家柄のご子息で、有名進学高から某国立大学に進学し、優秀な成績を修めて卒業して、パパの会社のメインバンクである某銀行に就職したという割には、いかにも底の浅そうな男だった。


 一言で表現するなら・・・やっぱり・・・・・・タコ?

 見栄えは悪くは無い。背も高いし、スマートだし、それなりに女性に接するマナーも良い。
不必要に相手に踏み込むこともしないし、初夜を迎えるまでは嫌と言えば関係を無理強いすることもない。
自分に自信を持っていて、言葉の端々にもそれが伺えるのだが、やっぱりアタシには有象無象のタコに見える。

『世の中、良い男ってそうそういないわよ。』
『そうかしら?』
『そうよぉ。これは!?と思ったら逃さず唾つけとかないと駄目なのよ。』
『ふうん。で、ミサトさんが唾付けた相手が、加持さんってわけ?』
『へへへへ。いーでしょ。あげないわよん。』

 加持さんねぇ。
 ちょっとワイルドな感じがして、確かに悪くないと思うけど。

大学院で知り合った葛城ミサトという研究室の助手と、加持リョウジという助教授のカップルは、ひとつの名物として学内に知られていた。
傍目に見てもいい雰囲気の2人だった。
互いに互いを尊重して、良い意味で適当な距離を置く2人の姿が印象的だった。


数日後に挙式を控えて、最後の打ち合わせに訪問したと彼は言った。
新居は都内の一等地にある豪華なマンションを押さえてあって、家具やら何やら最初から揃っていて特に買い足さねばならないものなど無いはずだった。
どんなものでも好きに揃えなおして良いと言われたものの、趣味やデザインはともかく品としては良いものばかりだったし、いまだに他人事のようで別段我慢できないとか気に入らないという感じはしないから、捨てるのも勿体無いしそのままで良しとした。
唯一カーテンだけは明るい感じにしたくて買い換えたけど・・・・

「アスカさん。」
「はい。なんでしょう?」
「新婚旅行のことなんですが、僕としては2人のせっかくの思い出ですから、可能な限り、のんびりとあちこちを回りたいと思っているのです。」

 アスカの婚約者。いや、数日後には夫となる男性は、気持ちよさそうにデッキチェアに腰掛けながら、指先で宙に世界地図を描いていた。

「どうでしょう。予定を延長してヨーロッパも観光してきませんか?」
 そう言って渚カヲルは両手を膝の上に組んだ。

「わたし、ヨーロッパには一度もいったことが無いので不安です。」
「大丈夫ですよ。僕がいっしょなのですから。それに、アスカさんも英語とドイツ語を自在にお使いになられるわけですから、ヨーロッパでもさほどの不自由は感じることは無いと思いますよ。」
「ええ。日常会話程度なら。」
「そうでしょう?では是非ともそうしませんか?雪の冠を頂いたスイスの山々や、青く耀く地中海の島々を、アスカさん、あなたに見せてあげたいと僕は考えているのです。」
「それは素晴らしい眺めなのでしょうね。」
「もちろんです。でも、どんなに美しい風景も、あなたの美しさの前には霞んでしまうと思いますがね。」
「お上手ですね。でも、おだてても何も出てきませんことよ。」
「ああ。そんなことは露とも考えてはおりませんよ。」

大げさな手振り身振りにスラスラと止め処なく流れる歯の浮くような台詞。
それが嫌味に聞こえない辺りはさすがと感じるが、幾度も繰り返される彼の台詞に結局は、

「そういたしましょう。わたしはカヲルさんについてまいりますから。」
と、にっこりと微笑み、その話に決着をつけることをアスカは選んだ。

 この人はアタシを見ていない。
 ただ綺麗で横に置いて恥ずかしくない女なら、誰でも良かったのかもしれない。
 それがアタシである必然性は何一つ無いのかもしれない。
 でも、それでもいい。アタシも似たようなものだから。
 人のことなどとやかく言える立場ではないのだから。

 最後の打ち合わせも無事終えることができたと笑顔の彼を、両親ともども玄関横の車寄せまで見送って、走り去る彼の英国製スポーツカーが通りを曲がって見えなくなるまで手を振った。


「ふうん。あの人が姉さんの結婚する人なんだね。」

 あわてて振り返ると、すっかり大人になったシンジの姿がそこにあった。

 





父も母も5年ぶりの息子との再会に喜びを隠し切れない様だった。

大喜びでシンジのグラスにビールを注ぐ父。

そして食べきれないほどの手料理を次から次へと振舞う母。

コイツはアタシの結婚式に出るために戻ってきたのよね?なんでアタシ独りが疎外感を感じなきゃなんないわけ?と、なんとなく胸の奥がもやもやする。

 高校受験の時、○○県にある全寮制の超有名進学高を受験して、この弟はさっさと○○県にいってしまった。
 高校三年生のときは、大学はどこを受験するつもりなんだろうねと心配していると、奨学金の資格が取れたからと突然電話で知らせてきて、さっさとシンジはイギリスにいってしまった。

 大学の卒業を迎えるころには、この子は日本に戻ってきてくれるのだろうかと危惧した家族の不安は的中し、アメリカの大きな経済研究所に職を得られたからと、またも電話で連絡してきただけで、さっさとシンジはアメリカのその研究所にいってしまった。

 幾度か旅行をかねてシンジの高校を尋ねていっていた両親はともかく、姉であるアスカにとっては、実に8年ぶりの弟との再会なのであるが、何でアタシを無視してんのよ、と両脇を両親に挟まれて下にも置かぬ歓待を受けている弟の姿にかなりの不満を感じずにはいられない。

 本当に久しぶりの一家団欒の食事の席でも、その後父親が飲むぞと言い出して始まった宴会の席でも、なにげなくシンジの方を見るたびに、すぐに察したシンジが『なに?』とばかりに昔ながらのタイミングで視線を合わせてくるから、そんな必要など何も無いのに反射的に視線を逸らせてしまって、ほとんど弟と会話するチャンスを得られないままに夜になってしまった。

 ようやくアスカが弟と言葉を交わせたのは、もう11時も過ぎようかという深夜のことだった。
 本当にうれしかったのだろう。早々に父は酔いつぶれ、居間に腰をおろしたままいびきをかきはじめてしまった。

 どうしようかと首をかしげる母に「僕が父さんを運ぶから」と言って、いとも軽々と脱力した父親を抱き上げる弟は、もはや記憶の中の中学三年生のシンジとは別人だった。
目を細めて息子の成長を喜ぶ母の姿がアスカにはまぶしく思えた。
とても家族四人の宴のあととは思えないほど乱雑に散らかった居間を、母を手伝って片付ける。

こんなにちらかったのは本当にはじめてかもしれない。
そう言ったら母に、あなたたちが小さなころはもっとすごかったわよ、と笑われた。
二度ほど居間と台所を往復してる間に、シンジが戻ってきた。
父さん軽くなったねと笑っていた。
片付ける手が三人分になって、ほどなく居間は元通りに落ち着いた佇まいを取り戻した。
台所は明日ゆっくり片付けましょうと、母が疲れたから先に休むわねと寝室に向かったのがつい先ほどのこと。

 

居間には、アタシと8年振りに帰ってきた弟のシンジ、2人だけになった。
春の夜はまだ少し寒い。ケープを羽織って座るアタシの真正面にシンジが居た。

「アンタいったい何考えているのよ。」

「は?」

 間の抜けたような顔。その瞬間に判った。立ち振る舞いこそ見違えるほど大人になって、まるで別人のようになってしまったけど、こいつはシンジだ。アタシの知ってるシンジだ。

「まったく姉さんときたら、いまだに脈絡無く話すんだね。」

「アンタ以外にの人には、普通に話してるわよ。」
 言外にアンタだからこういう話し方をしているのだという意味を込める。

「まぁいいや。で、何を聞きたいのかな?どうして突然日本に帰ってきたか?なんてのは言うまでも無いよね。姉さんの結婚式に出るために決まっている。だから姉さんが僕に聞きたいのはそういう話じゃなくって、たぶん、そうだなぁ、イギリスの大学に進学したこととか、そのまま日本に帰ってこないでアメリカの会社に就職しちゃった理由とか、そんなところかな?」

「馬鹿。」

「イギリスに行ったのは、奨学金の論文に通過して、学費無料で勉強できる資格が貰えたからだし、アメリカに行ったのはインターネットで求人を探しているときに、外国からの応募も受け付けるって知って、応募してみたらトントン拍子に話が進んでさ。自分でも驚いてるんだけど、何時の間にか就職が決まっちゃったなって・・・」

「馬鹿。」

「いや、だからさ、本当なんだって。こんなこと嘘言ってどうするんだよ。」

「・・・馬鹿。」

「もう・・・敵わないな、姉さんには・・・・・・」

「・・・もう一回『馬鹿』って言ってほしいの?」




「まぁ、何はともかく『結婚おめでとう』。これを言いたかったんだ。」
 長い沈黙の後、すっかり諦めた様子で、照れるように笑いながらアイツは言った。




「ありがと。」
「うん。」

 そうして少し疲れたかな、そう言ってアイツは立ち上がった。

「時差があるから丸一日以上寝てないんだ。」
「アンタの部屋。そのまんまだから。」
「うん。」
「ベッドが狭ければ押入れに布団が入ってるから使いなさい。」
「うん。判った。」
「おやすみ。」
「おやすみ・・・姉さん・・・・」




 ゆっくりと居間から出て行く大きくなった弟の後ろ姿を見送ってアタシは思った。
 これでもうあの夢は見ないで済むんだろうな。




 春爛漫の桜並木。家の近くの川沿いにある散策路。
 よそ風に舞う桜の花びらの下、淋しそうに男の子が立っていた。
 
『誰か待っているの?』と彼女が問う。
 男の子が悲しそうに首を縦に振った。

『ママを待っているの?』と再び問う。
 男の子は悲しそうに首を横に振った。

『パパを待っているの?』
 また男の子は悲しそうに首を横に振った。

『迷子になったの?』
 不思議に思って聞いてみた。

『ちがうの・・・』
 はじめて男の子の声を聞いた。捨てられた子犬のように震えた声だった。

『迷子じゃないの?』
 男の子が悲しそうに首を縦に振った。

『じゃぁ誰を待っているの?』
 男の子はぎゅっと両手を握って泣きそうな目で彼女を見た。

『誰でもいいの・・・・』
 小さな肩を震わせて男の子が言った。

『ボク・・・・捨てられたんだ・・・・』
 ああ、そうか。と彼女は思った。

『拾ってやったら嬉しい?』

『嬉しく無い。』

『え?』彼女はいぶかしげに男の子を見た。


 何時の間にか男の子は大きくなって再会した大人のシンジになっていた。


『だって、また捨てられるんだ。姉さんは僕を捨てるんだ。』
 大人の姿のシンジなのに、拾ったときと同じ震える幼児の声を発した。

『アンタ、何馬鹿なこと言ってるのよ。』
 ただの夢だと判っているのに、胸の奥底に強い痛みが走った。

『嫌なんだ。もう捨てられるのは嫌なんだ。』

『アンタのこと捨てたりなんかしない。』
 どうしてそんな悲しいことを言うの?

『嘘だ。姉さんは僕を捨てるんだ。そして僕のことなんか忘れちゃうんだ!』

『アンタは大切な弟なんだよ。捨てたりするわけないじゃないの。』
 諭そうとしても駄目だった。

『だって、姉さんは結婚するんだろう?僕を捨てて結婚してしまうんだろう?』
 ああ、やっぱり・・・・・・
 本当に馬鹿なヤツだ。
 まだ、そんなことを言ってるなんて。

『こんなに好きなのに。姉さんのこと、こんなに好きなのに!!!』


 再びシンジの姿は中学三年生のシンジの姿に戻っていた。


『僕、姉さんのこと大好きだよ。』
『はいはい。』
『本当だよ。』
『ありがとね。アタシもアンタのこと大好きだよ。』
『ちがうんだ。そうじゃないんだ。』


 いけない。これは忘れなくっちゃいけないのに。


『覚えてるんだ。』
『え?』
『桜の花でいっぱいだったんだ。』
『え?』


 忘れてしまわなくちゃいけないのに。


『僕は独りだった・・・淋しかった・・・』


 いけない。


『だから嬉しかったんだ。』


 だめ!


『手をつないでもらって嬉しかったんだ。』


 だめ!!!


『僕・・・覚えてるんだ・・・・・・アスカと初めて会った日の事も・・・・・・・』

























「・・・・・・ほんと馬鹿。アンタ、まだ二歳にもなってなかったはずのに・・・」

























 日曜日になった。
 とてもきれいに晴れて、雲ひとつない突き抜けるような青空が広がっていた。
 まるでアスカの瞳の色と同じ色の空だ。


 教会の敷地にも桜の木が花を付けていた。
 早咲きの桜も、遅咲きの桜も、ピンク色の花を沢山つけていた。
 風がそよくたびに、その心の形をした花びらが、あの日のように空を舞う。


 我ながら情けない。
 わざわざ仕立てたりしなければ良かった。
 このスーツ。$2000ドル以上かかっちゃったよね。
 ブランド品のスーツでも買えば良かったなぁ。
 トレーシィやグレースにも言われてたよな。
 びしっと決めれば僕だって見栄えがして格好良いのにって。
 僕って格好良いのかな。格好悪いよな。
 未練たらたらで、いまだに吹っ切れてないもんな。


強くなりたかった。
可愛いだけの弟の役目なんか、もう続けたくなかった。
だから高校の三年間だけ、家から離れて、アスカから離れて、大人になって、弟じゃない僕になって、アスカに1人の男性として見てもらいたかったんだ。
だけど、きっぱり拒絶されたもんな。


『○○県の高校を受験するなんて聞いてないわよ。』
『ずっと考えてたんだ。』
『アンタ何考えてるのよ。』
『僕、姉さんのこと大好きだよ。』
『はいはい。ありがとね。アタシもアンタのこと好きよ。』
『ちがうんだ。そうじゃないんだ。』
『ちがうも何もアタシは姉でアンタは弟でしょうが。』
『ちがうよ。』
『ちがわないわよ。』
『だって僕覚えてるんだ。』
『え?』
『覚えてるだよ。アスカと初めて会った日のこと!』
『嘘・・・』
『本当だよ。あの散歩道の桜の木の下で、初めてアスカと会った日のこと、僕は覚えているんだ!』
『・・・・あはははは。嘘だぁ。』
『・・・・・・・・』
『・・・・・う、嘘だよね?』
『・・・・・・・・じゃないよ。』
『・・・・・・・・』
『・・・・・・・嘘じゃないよ。本当だよ。』
『・・・・・あんた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 沈黙があんなに苦しいものだなんて初めて知った。
 アスカの返事は言葉にするまでもなかったんだ。
 判っちゃったんだ。
 判ってしまうんだ。
 だって、いつもアスカのこと見てたんだから。
 いつも、いつも、アスカのことだけ、見てたんだから。
 言わなくたって判るんだ。
 判ってしまうんだ。
 何を望んでいるのか。
 何を思っているのか。
 何を考えているのか。
 見ただけで判ってしまうんだ。


『・・・・・あはは。ごめん。やっぱシンジはアタシの弟だから・・・・・・』


高校の三年間だけ、父さんと母さんに甘えた。
学費も生活費も面倒を見てもらった。
アスカと顔を合わせることができなくって、お正月にすら家に帰らなかったのに、父さんも母さんも一言も叱らなかった。

もしかして2人とも僕の気持ちをわかっていたんだろうか。

だから頑張った。勉強だけじゃなくアルバイトでお金も稼いだ。
三年間だけじゃアスカのことを忘れる自信が持てなかったから。
念のために大学に通う四年間も家に帰らないでおこうと、アスカには会わないようにしようと思って、きっと日本にいたら、大学生になったら、忙しいとか、そういう口実で帰省を避けることはできないと思ったから、お金をためて外国の大学に進学しようと決心していた。
片道分の渡航費用と最初の数か月分の生活費だけ貯めることができれば良かった。
思惑通り奨学生試験に合格し、学費をやや上回る額の奨学金をもらう権利を得た。
そうして僕はイギリスに飛んだ。

単位をひとつでも落とせば奨学生の資格を失う。
でもただ単に単位を取れば良いというわけではない。
少なくとも平均でA評価を維持し続けなければならない。
翌年も確実に奨学金をもらえるためには、半数以上の単位でA+を取る必要がある。
英語は必死に勉強してきたつもりだけど、大学で学ぶに充分とはとても言えない状態だった。
大学の寮には僕の他にも日本人が大勢いたけど、みんな裕福な家庭の子弟や国費留学生ばかりだった。前者は僕の貧相を蔑み、後者は僕の浅学さを蔑んだから、彼らとは挨拶を交わす以上の付き合いをしなかった。

毎日フィッシュ&ポテトを食べて飢えを凌ぎ、自分の身体一つで稼げる肉体労働のバイトを続けて生活費を稼いだ。

睡眠時間は平均しても4時間そこそこだった。それぐらい勉強しないと、とても大学の講義についていけなかったし、それこそA評価なんて取ることが無理だったから。
日本を懐かしむ間も無いほどに忙しく厳しい毎日だった。

なのに眠ると夢に見てしまうんだ。アスカのことを。
無防備に僕に寝顔を見せるアスカ。
気持ちよさそうに僕に髪をくしけずらせるアスカ。
我儘でだらしなくて気分屋でいつもいばりちらすくせに結局アスカの後始末は僕の役目で、でもアスカのことが好きだったから、本当のアスカを知ってるのは僕だけだって、そう思っていたから、アスカがそうして欲しいと思うことは、それが僕がやりたいことだったから、それで良かった。

それだけで良かったんだ。

結局、大学の四年間でも僕はアスカのことを忘れることができなかった。
卒業を目前にして僕は途方にくれた。
そして僕は新天地を求めてアメリカへ渡った。


「きれいだったなぁ・・・アスカのウェディングドレス姿。」


 1時間後にはアスカの結婚式が始まるというのに、いまだに思いを断ち切れず僕は桜の木を見上げて立ち尽くしている。

23歳になっても結局僕は何一つ成長してないのかもしれないな。

あの時と同じで、ただ桜の木の下に立つことしかできないんだから。






















―――あ、あの馬鹿・・・


 着付けも終えて後は手袋とブーケを持てばいつでも式にのぞめるというのに、あと一時間もしたらアタシは彼と結婚しなくちゃいけないって大切なとこなのに。
 なんでアイツったらあんなところで立ち尽くしてるのよ!!!

 控え室の大きな窓から見える教会の庭に、大きな桜の木が立っていて、舞い落ちる桜の木の下にあの日と同じように呆然と立ち尽くしてたりなんかしちゃって、そんな顔するんじゃないってのぉぉぉぉぉぉ。

 痛いじゃないの。

 とっても胸が痛いじゃないの。

 なんて顔してんのよ。

 そんな物言いたげな表情してんじゃないわよ。

 どうしろっていうのよ。

 ほんと、アタシにどうしろっていうのよ。

 重なって見えちゃうじゃない。あの日のアンタが。

 泣きそうな顔して、でもじっと泣くことを我慢して震えてたあの日のアンタが。

 でっかい成りして何してんのよ。

 やめなさいよ。そんなところで立ち尽くすのは。

 アタシはこれから結婚するんだから。

 その拾って欲しそうな顔は止めなさいってんのよ。


――ーほんと馬鹿。大馬鹿者・・・・・・・・











「アスカ・・・?どうしたの?」
「ヒカリ。ごめん。駄目だわ、アタシ。」
「え?」
「あんな顔されちゃ、アタシ、拾わないと気すまない。」
「え?え?」
「悪いんだけど、アタシ逃げちゃうから。」
「え?え?え?」
「ホントのアタシって、こんな風なの。ごめんね。」
「え?え?え?え?」
「まぁったく全部アイツのせいだよ。せっかく猫かぶってたっつうのにさ。」
「え?え?え?え?え?」








 もういいや。

 ごめんね。父さん。

 ごめんね。母さん。

 カヲルさん。本当にごめんなさい。

 仲人さん。後から謝りに伺いますから。

 集まってくれたお友達にも、わざわざドイツから着てくれたおじいちゃん、おばあちゃんや親戚の人たちにも、本当に悪いことしたと思うんだけどね。

 ごめんね。

 ゆるしてね。

 アタシ・・・やっぱり我慢できないの。

 アイツがあんな顔してるとこ、黙ってみてられないの。

 だから、ごめんね。

 本当にごめんね。







「ア、アスカさん!!!いったいどこへ!!!!!」

「カヲルさん。ごめんね。」






「あ、あなた・・・ど、ど、ど、どうしましょ。」

「どうしようかぁ。あははははははは。」

「まったくもうあの娘ったら。」

「あははははは・・・・・・・・・・もう覚悟を決めて謝るしか無いなぁ。」

「冬月先生になんとお詫び申し上げれば良いのやら。」

「うん・・・まぁ、先生にはあの子たちの仲人をお願いするってことで。」

「あなたったら!」










―――― はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ

「ア、アスカ???」

―――― まったく・・・アスカ?じゃないわよ・・・はぁはぁはぁはぁはぁはぁ

「どうして?」

―――― どうして?じゃないでしょうに・・・はぁはぁはぁ

「アスカ?」

―――― 本当ににぶちんなんだから。











「・・・ばぁか・・・・・・謝りにいくのいっしょだからね。」

「え?」

「だ、だからそういうことよ。ほんと、何でアンタみたいな馬鹿ほっとけないんだろ?」
「アスカ・・・」

「あ〜もう〜。うじゃうじゃ言わないの。」

「あの、ひょっとして・・・そ、そうなの?」

「なによ!何か文句あんの?」

「な、ないです。」

「ほら・・・」

 アタシはレースの手袋を捨てて手を差し伸べる。

「はやくしなさいよ。」

「う、うん。」

 あの頃と違って大きくて暖かいシンジの手がしっかりアタシの手を取った。

「拾ってあげんだから、おとなしく付いてくんのよ。」

「うん。」

「アンタ、アタシに拾われたんだからね。」

「うん。」

「もう・・・ほんっとに、なんでアンタなんか拾っちゃうのかしらね。」

「ありがと。」

「馬鹿。違うでしょ。」

「あ、そうか。」

「ばぁか・・・あんた、ほんと、馬鹿よね。」









 

 


「・・・・・・アスカ・・・・・・・・」

「なに?」










 

 

 

 

 

「好きだよ。・・・・愛してる。」

「・・・・・・・ばぁ〜か・・・・・・」

 

 













 

 

 

 

 

(FIN)



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