春の桜と弟と −おまけ編


 

 

 

 

 うららかな春の日差しがまばゆい日曜の、今日の午後、アタシはその日のためにあつらえた純白のウェディングドレスに身を包み、小高い丘のその上の、桜の花咲く美しい教会で、両親友人親戚一同その他大勢の人たちに見守られて、晴れて結婚式を挙げるはずだった。

 はずだったんだけど・・・あははは・・・・・・ドタキャンしちゃった。

 



 照れくさいからその詳しい経緯は省かせてもらうけど、もしも詳しく知りたければここのどこかにあるはずだから、頑張って探し出して読んで頂戴。




――― 急転直下の大騒動。



ウェディングドレスのまま、シンジと手を取って逃げ出した教会。
教会の前の道路でタクシーを拾って、そのまま後も見ずに遁走する。
後に残ったパパとママは大変だったろう。

が、元来が我儘なアタシだし、義弟の立場もわきまえず結婚式の直前に花嫁になろうとしている姉を奪い取るという暴挙に出たシンジだから、この時はもう、高揚した気分が面倒な事を全て意識から押し出してしまって、ただひたすらに自分達のことしか考えられない状況に陥っていた。
 自宅前でタクシーを降り、ばたばたと慌てて家の中に駆け込んで、玄関のドアを閉めてカギをかけてしまったら、なにか、もうそれで問題は片付いたような気になっていたりして、今思えば何て馬鹿なんだろう、と思い返すものの、その時は本当にそう思っていたのだからしょうがない。

「・・・ふぅ」

「大丈夫?」

「平気。」

「・・・・・・そう。」

「なによ・・・今の変な間は?」

「いや、きれいだなぁって思ってさ。アスカのウェディングドレス姿。」

「ばぁか。当然でしょ。アタシを誰だとおもってるの。」

「うん。とってもきれいだよ。」

「・・・・・・ば、ばかね。」

「だって本当にそう思うんだから仕方ないさ。」

「・・・・・・・・・」

真剣なアイツの眼差しの前に、アタシは言葉を失った。
背中には今自分で閉ざした玄関の扉。
逃げ場はどこにも無い。

 というか、逃げ出す必要は無いはずなんだけど・・・・・・
シンジが玄関の扉に手を付いて、ちょうど右手がアタシの頭の横で、左手はアタシの腰の横ぐらいの高さで・・・・・

目を閉じて初めて重ねるくちびるの感触に身を委ねると、後はもう何も考えられなくなってしまった。






 遠くで何か鳴っていると思ったら電話の着信音だった。

「あ・・・」

 引きとめようとしても脱力した腕に力が入らない。
しかしシンジが電話に応対するために立ち上がったことで、触れ合っていたまどろみのような暖かさを失って、アタシの意識は急速に覚醒し現状認識能力を取り戻した。

「はい。惣流です。あ、父さん・・・うん。・・・うん。」

 向かい側のソファに投げ出されたシンジの上着と純白のウェディングドレス。
 玄関で抱き上げられ居間に運ばれて、他人のために身につけていたウェディングドレスを脱がされた。そしてそのまま姿のままで、シンジに身を委ねていた事実に思い当たった瞬間、恥ずかしさに身を焦がし思わずのたうちまわりそうになる。

――― う、うわぁぁぁ。な、なにか着るもの!!!

 まちがいなく顔は真っ赤になっているに違いない。
 あわてて身を隠すものを探すが、逃げ出してきたばかりの結婚式のためのウェディングドレスに再び袖を通すという案は全面的に却下。
 どうしようとパニックしている間にも、いつ電話を終えてシンジが戻ってくるかも判らない。

「・・・判った。そうするよ。本当にすまないけど、よろしく頼むね。」

 目に付いた唯一の衣類。シンジが脱ぎ捨ててあったスーツの上着を手に取り、それをシーツのように胸元に引き寄せるしか無い。

「うん。僕たちは大丈夫だから。・・・うん。・・・うん。・・・じゃぁ。」

どうやら間に合ったようだ。
手にとったシンジの上着を身に纏い追えたその時に、彼が受話器を置く気配。
玄関に続く扉を開けて居間に入ってきたシンジを見て驚いた。
シャツのボタンが全て外れていて、胸もお腹も全部見えてて・・・襟元の首や胸のところどころにあるあの赤い跡って、やっぱり・・・・・・その・・・・・ア、アタシ?

「・・・いったい何をしてるのさ。」

 真っ赤な顔をして男物の上着をシーツ代わりに身体を隠すアタシを見て、シンジは苦笑しながら近づいてきて、顎先をもちあげると当然のようにくちびるを重ねてきた。

う〜〜・・・コイツ、いったい、どこで、こんなキスの仕方を覚えてきたんだ?
なんか翻弄されちゃってる。

――― いったい何回目のキスなんだろ・・・もう全然判んない。


 そんなことを考えているうちに、またもやぼうっとしてしまっていたみたい。

「間に合わなくなると困るから、残念だけど続きはまた後でね。」

 耳元で囁いたシンジに手を引かれて立ち上がり、彼にいざなわれるまま旅立ちの用意を済ませて、そして気付いたらアタシは成田から外国行きの機上の人になっていた。



 中央に小さな黄色をあしらった可愛い白い花びらが、いくつもいくつもちりばめられた青いワンピース。レースの白い縁取りの昔風なセーラー服のように大きな襟が目に付いて、ちょっと年齢的に似合わないかなぁと思いつつも買ってしまった、一番お気に入りのワンピース。

 自分でこのワンピースを選んだ記憶は無いから、シンジが用意してくれた衣類をそのまま身につけて家を出たはずで・・・

「一番それが似合いそうだから・・・」

 なぜこの服を着てるんだろう?と素朴な疑問をぶつけたら、シンジは鼻のよこをかきながら照れくさそうに答えて、アタシもつられて少し赤くなる。
2人の間を隔てている肘掛なんか、真っ先に片付けてしまった。
シンジの左手を胸に抱え込み、知らないうちに大きくなった逞しい肩に、アタシは素直に甘えよりかかる。

抱きしめたシンジの腕の暖かさがこの安心感を与えてくれてるのだろうか?
あの時のコイツも今のアタシと同じように感じていたのだろうか?

 長い長い空の旅。
 まだまだ続く空の旅。
 きっとアタシは夢を見る。

 完璧な機内サービスで、喉の渇きもなければ食欲も満たされて、そして好きな男が傍にいてその男の体温を感じながら目をつむれば、本当に、すぐにも睡魔に襲われそう。

 

 だからアタシは夢をみる。
 アタシとシンジの夢を見る。

 









 春爛漫の桜並木。家の近くの散策路。川べりに広がる緑地公園。
 そよ風に桜の花びらを舞いおどらせる大きな桜の木のしたに男の子が立っていた。

 力いっぱいに手を振って、早く々々と招いていた。
 眩しいほどの笑顔を浮かべて、いっしょうけんめいに手を振っていた。
 アタシの横を、真っ赤なリボンで髪を止めた女の子がかけていった。
 男の子の前にたどり着いた女の子と、桜の下で女の子を待っていた男の子は、互いに手をつなぐと、楽しそうに桜の花びらが舞い散る散策道を歩きはじめた。

――― ああ、良かったね。

 あれは間違いなくアタシだ。
 あの日、あの時の、アタシ自身に違いない。
 そうだ。そうに決まっている。
 初めて会ったその日から、アタシはあの男の子といっしょにいたいと思ったんだ。

――― 僕もだよ。

 横に大人になったシンジが立っていた。

――― ほら。僕はいつもアスカの傍にいるだろ?

 シンジが指差した先に、2人で過ごした日々から切り出した、数え切れない程の思い出の風景が、白い枠のついた写真の形で現れた。
 手にとって良く見たいと願うだけで、その写真を隅々まではっきりと見て取ることができた。

――― 見たいと思うもの、全てここで見れるんだよ。

 その写真の中には、いろんな表情のアスカがいた。
 同じように、いろんな表情のシンジがいた。
 どちらか1人が欠けている思い出のいかに少ないことか。
 あれもそれも、この写真も、あの写真も、そのほとんどが欠けることなく2人の思い出を写し出している。

――― いつも2人だったんだ・・・

――― そうだね。いつもいっしょだったよ。そして・・・・・・

――― ・・・そして?

――― そして、これからも、ずっと・・・ずっといっしょだよ。

 そんな幸せな夢を見ているうちに、アタシ達の乗った飛行機は目的地に到着していた。
















 アメリカ合衆国の西海岸。ソースサンフランシスコ郊外の、マリーナを見渡せる絶好のロケーション。ある日一組の初々しいカップルが、そこに建つとあるホテルのスイートルームを空港から電話してキープした。予断だが、チェックインから六日後のチェックアウトのその時まで、一歩も2人が部屋の外に出ることはなかったとだけ記しておこう。
















 むっちゃくちゃに高い空。空気が澄んできれいな証拠。見渡すと対岸の建物の、小さな窓のひとつひとつまで見分けられそうだ。
 そして日差しも強く眩しく気をつけてないと、すぐに日焼けしてしまいそう。
 でも、こんなに陽光が強いのに暑くはなく、むしろ涼しいぐらいで、その理由は金門橋から吹きつけているやさしい春風のせいだった。

「アスカ。買って来たよ。クラブサンドイッチ・・・・あっ」

 前言撤回。なにが、やさしい春風よ。

「・・・きょ、今日は『薄い紫』なんだね、アス『だまりなさい!』」

 気まぐれなエッチでスケベな風に巻き上げられたスカートの、裾を押さえ込んで恥らう乙女の気持ちも気付かぬ馬鹿に、問答無用のパンチをご馳走してやる。

「ひ、ひどいよ。なにもグゥでなぐらなくてもいいじゃないか。」
「アンタが変なことを口走るからでしょうか!」
「・・・・・・今更恥ずかしがらなくても・・・・・・・」

 頬をさすりながらも再び不埒な言葉を口にしたアイツへの再度の攻撃は・・・・・・
 当然のように楯になろうとアタシの風上に立ったアイツによって阻まれた。

――― もう、反則よ。

 そんな表情して抱きしめられたら、もう怒れないじゃないの。
 後ろから首に回された手に自分の腕を添えて再び海を見る。
 いつか映画のスクリーンで見た監獄島、アルカトラズ島が、サンフランシスコ湾に浮いていた。

 

 

 

 

 

Fin











































おまけのおまけ。(笑)


「シンジ?アタシも仕事、探すわね。」

 サンフランシスコのダウンタウンから車で10分ほどのところに、シンジが暮らすアパートメントがあった。 間取りは2DK。日本と違いこちらのアパートメントは、ひとつひとつの部屋の広さも充分で、男1人が暮らすには充分なスペースがある。

 その部屋に入って寝室として使っている部屋に荷物を放り込むなりアスカが宣言した。

「なんでまた急に?」
「だってさ・・・あんたのサラリーじゃ、生活ギリギリじゃないの。アタシも働くわよ。」
「へっ?」
「だって20万でしょ?」
「そうだよ。」
「2人で生活したら20万なんてすぐに使っちゃうでしょ?」

 そう言ったらシンジが突然笑い出した。
 むっとして問いただしたら、苦笑しながらシンジが言った。

「月給20万円だと思ってたんだ。ちがうよ。年収20万ドルだよ。」
「へっ?」

 今度はアタシの目が点になる番だった。

「そうだねぇ。日本円に換算したら年収2000万円ちょっとかな。」
「年収2000万?」
「そうだよ。」
「アンタが?嘘でしょ?」
「ひどいなぁ。ほんとだよ。」

 アタシは苦笑するシンジを呆然と見つめるしかなかった。

「だからアスカは、そんな心配しなくても大丈夫だよ。」
「ちょ、ちょっと・・・やだ。降ろしなさいよ。」
「やだよ。」
「もう、降ろしてったら降ろしなさいよ。」

 などと言い合う間にも軽々と運ばれて、強引に寝室に連れ込まれてしまう。
 さっき荷物を入れるときに見て知っていたけど・・・な、なんで、こんな大きなダブルベッドが置いてあるわけ?
 アタシの視線を察したシンジが、

「実はこれ、成田から電話して注文しておいたんだ。」
「う、うん・・・わ、悪くは無いわね。」
「そうだろ?アスカも気に入ると思ったんだ。」
「そ、そんなの実際に寝てみないと判らないじゃ・・・あっ」
「ご明察。」
「ちょっと、ま、まだあんなに陽が高いって・・・」
「大丈夫。このアパート。防音は完璧だから。」
「そ、そんなこと言ってんじゃなーーい!」
「いいから、いいから。」
「よく無いってーーーーのぉぉぉぉぉぉ!」
「いいの。寝心地試すんだから。」
「よく無いってばぁぁぁぁ。」
「うるさいなぁ。アスカは。」
「このぉぉぉぉ。人の言う事を聞け・・・ん、ん・・・ん〜〜〜〜〜。」




「素敵だよ・・・・」
「ば、ばか・・・・・・・・」















 

 

 

 

 

(FIN)



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