「Ich liebe dich!」

作野上まこと



「よお、シンジ」

シンジが下校の支度をしている時、突然友人の相田ケンスケが声を掛けてきた。

「?どうしたの?ケンスケ」
「あのさぁ、モノは相談なんだけど・・・・・」

こう言うときのケンスケは非情に危ない。

「嫌」
「シンジ・・・・まだ何も言ってないぞ」
「どうせ無理難題押しつけるつもりだろ?」
「・・・・・・・ちっ」
「はぁぁぁぁぁ」

シンジは自分の正しい予感が的中したことに溜息をついた。

「まあいいや。ホントはさ、今度出来るドリームアイランドのチケットが手に入ったんでシンジにやろうと思ってね」
「チケット?・・・・なんの?」
「遊園地だよ。俺はぜんぜん興味ないし、この優待券実は日付指定でこのまま捨てるにはもったいないとだろ?」
「お金ならないよ」
「わかってるって。友人から取るわけがないだろ?」
「・・・・・・」
「二枚有るから誰かと行ってくれ。」

そう言うとケンスケはチケットを手渡した。

「で、でも・・・・・悪いよ」

まさかこういう展開を想像出来なかったシンジは本当にすまなそうにしている。

「悪いと思うならちゃんと使ってくれよ。」
「でも・・・・いいの?」
「ああ、なんなら綾波かアスカを誘って行けば?」
「な、何言ってんだよ(真っ赤)」
「ははははは、じゃあ俺は急いでるから先帰るわ」
「あ、うん。ありがとう」
「おう、今度昼飯おごってくれよ」
「わかったよ」

シンジがケンスケから遊園地の優待券を二枚貰う。
そしてケンスケは小走りに教室から出ていった。

「どうしよう」

ケンスケの言うとおりレイやアスカを誘うのも良いと思う。
が、シンジにはそんな勇気はなかった。
何より遊園地なんて別に興味もない。
ならば喜んでくれそうな人にあげればいいかと思う。
チケットが二枚・・・・・・これを誰にあげればいいか・・。
シンジはとりあえず鞄を持って教室から出ることにした。






帰り道、シンジが悩みながら歩いていると視界の端に蒼い髪が見えた。

「あ」

シンジが思わず出した声に前を歩く少女が足を止める。

「・・・・・何?」

振り返った少女、綾波レイは普段通りの静かな声で話しかけてきた。

「あ、うん・・・・もし良かったら・・・・これ・・・・・」

そう言ってシンジは優待券を差し出した。
その券をジッとレイは見つけている。

「くれるの?」
「う、うん」

シンジはレイを遠慮しがちに見つめる。

「いらない」
「あ、そう?そうだよね・・・・あははは」

思わぬ反応にシンジは乾いた笑い声を出す。
いや、よく考えれば十分あり得る反応だった。

「ご、ごめんね。呼び止めて」
「いい・・・・・じゃ、さよなら」
「うん」

再び何事もなかったかのようにレイは歩き始めた。
シンジはレイが視界から消えるのを確かめると再び家へと歩き始めた。







「えーーー!!これってあの遊園地の券じゃない!!」

帰宅後、普段着に着替えてリビングでチケットを渡すとアスカが驚いたように言う。
実は結構有名な遊園地で豪華なアトラクションがあるらしく巷では優待券が、かなりの額で
闇取引されているらしい。

「これ、どうしたのよ?」
「うん・・・・・ケンスケがくれたんだ」
「相田がぁ?」

アスカはジッとチケットを見つめた。

「うさんくさいわね・・・・相田がチケットの価値知らないわけがないし・・・・」
「え?」

当然シンジは知らない。
が、アスカはそれもわかっていた。
ケンスケが何か打算的なモノを持っているはずだ。
それでこれが手渡されるとなると、当然自分の元へと流れることは決定的だろう。
チケットが自分に渡ってケンスケが得をすること・・・・それは・・・。

「よし!!!」

アスカはチケットを握りしめて受話器を取る。
どこかへ電話をするようだ。
シンジはそんなアスカの様子をボケッと見ているだけ。

「もしもし?加持さん。もし良かったらドリームランドへ行きませんか?
 え?そう。チケットが手に入ったんですよ。・・・・・はい・・・・・えーーー!!
 わかりました・・・・。残念です。はい・・・・じゃあ」

アスカはすごく喜んだ表情をして電話をしていたのに最後の方ではがっかりした様子だった。

『相田の思惑なんてどうでも良いけど、加持さんがつきあってくれないならチケット持ってても意味無いじゃない
 このチケットって、ペアじゃないと使えないし・・・・でも行ってみたいし・・・・・』

「あ、アスカ?」
「ん?」

ギロリと睨むようにシンジを見るアスカ。

「い、いや・・・・僕は食事の準備をするから」

少しアスカの殺気に驚きながら後ずさる。
するとアスカはジーーーーーっとシンジを見ていた。

「あ、あの・・・・そのチケット・・・・・・アスカにあげるからちゃんと使ってあげてね・・・・あははは」

笑いを引きつらせながらシンジは台所へと向かおうとした。

むんず

アスカの手がシンジを捕まえる。

「な、なに?」

かなり怯えたようにシンジは言った。

「シンジぃ?」
「は、はい!」
「このチケットね・・・・・・ペアじゃないと使えないんだって」
「じ、じゃあ・・・・委員長と行けば良いと思う・・・・・よ」

シンジの笑いが引きつっている。

「これね・・・・・カップルじゃないと駄目なの」
「う、うん・・・・・・」
「加持さん誘ったんだけど、仕事でどうしても行けないって」
「うん」
「で、他に方法を探したら」
「うん」
「あんたがいたじゃない」
「へ?」
「まさか「男女ペアチケット」なんて洒落たモノだとは思わなかったわ」

知らなかった・・・・・なるほど処分に困ったわけだ。
シンジはやっとケンスケがチケットをくれた理由がわかった。

「仕方がないわね、シンジ!行くわよ」
「ぼ、僕?」
「しょうがないじゃない、ここのアトラクションを体験しない手はないわ。
 町中で噂のテーマパークなんだから」
「僕でいいの?」
「「仕方がなく」よ。わかった?」
「う、うん」

シンジはケンスケの言葉を思い出した。

『ああ、なんなら綾波かアスカを誘って行けば?』

アスカとデート・・・・・アスカと・・・・。
しかし思いっきりシンジは誤解していた。
この時点でアスカにとっては「遊園地へお供」程度にしか思われていないことを。






さて、優待者オンリーのプレオープン記念日。
この日は優待チケットを持った人だけしか入れない日。
アスカは思いっきりおめかししてゲート前でシンジを待っていた。

『っとに、遅いわね馬鹿シンジの奴』

入場者限定のプレオープン日なのに結構な人が集まっていた。
ゲート前では取材陣がこの遊園地の社長にインタビューをしているし
回りにはたくさんのカップルが溢れている。

「あ、待った?ごめん」
「え?そんなこと無いよ」
嬉しそうにゲート前の噴水で待っていた男に駆け寄る女性。
アスカの目には楽しそうにこれからデートするように見える。

『デート?
ちょっ・・・・ちょっと待ちなさいよ。デートですって?
私なんだかシンジとのデートを楽しみにしてるみたいじゃない!?』

ようやく『ペアチケット』の意味を理解したアスカ。
まさかケンスケがこうなることを予想していたわけではないと思うがハメられた気がしてきた。
ふと、時計を見るとオープニングセレモニーの時間まであと数分の時間になっている。

『ったく・・・・シンジの奴、なにやってんのよ』

「あ、アスカ。ごめん遅くなって」

少し息を切らせながらシンジはアスカの目の前にたった。
シックな感じのグレーのカッターシャツに黒のロングパンツ。
アスカにはいつもよりシンジが少し大人っぽく見えた。

「へ、へぇ。結構似合ってるわよ」

なぜか少しだけ頬を染める。
当のシンジは固まっていた。

「な、なによ・・・」
「え?あ!いや・・・・・その・・・・すごく綺麗だね・・・あ!」

アスカは白キャミソールワンピースの上からピンク色のキュートなレースのカーデガンと言うカッコ。
今まで見たこともないアスカの姿にシンジは心奪われたと言う感じだった。

「あ・・・・ありがと」

人とも視線は下を向いていた。
その表情は真っ赤になっている。
可愛い中学生カップルが噴水の前で真っ赤になっている姿はなんとも微笑ましい姿だ。

「みなさん、お待たせしました!!開園です」

ゲート前のスタッフがハンドマイクで詰めかけているカップル達に開園を告げる。

「行くよ、アスカ」

そうシンジが言うと、アスカの手を引き入場する列に並んだ。

『な、何よ』

思わぬシンジの行動に驚くアスカ。
なんだかシンジに引っ張られているだけの自分がちょっと嫌だった。
だから・・・・・。

「こ、これはカップルって疑われないために仕方がなくやるのよ」
「う、うん」

いきなりそう言うとアスカはシンジの腕に手を回して密着した。
素直にはなかなか慣れないアスカだったが人の温かさを感じるのは嬉しかった。
いつも頼りなさそうにしていたシンジがアスカを引っ張る。
一人でがんばってきた。だから他人に頼る必要なんて無いと思ってきた。
別にシンジに頼るつもりはないがこうやってリードされるのも少しは悪い気がしなくなってきた。

『なんだか今日のアスカ、可愛く見える』

シンジは自分が男だってところを見せたくなる。
異性として十分魅力的なアスカだが今までは相手にされなかったところもあったし
ガールフレンドと言うよりやかましい幼なじみってところがあった。
でも、今日のアスカは違って見える。
ガールフレンド?恋人?自分より少し大人っぽくて綺麗な女の子。
今日ぐらいは自分のことを「男」として見て欲しいとシンジは思う。
アスカに釣り合う一人の男性として。

シンジの腕に手を回したままゲートへ近づくアスカ。
改札の所でシンジが人分のチケットを係員に渡した。

「楽しんでいってくださいね」

愛想の良いコンパニオンガールが笑顔で言う。

「ありがとう」

とシンジは言うと、アスカの顔を見た。

「何?アスカ」
「な、なんでもないわよ。さあ、アレに乗るわよ」

といきなり指をさした先がジェットコースター。

シンジの腕を引っ張って走るアスカの顔は照れ隠しをしている。
アスカはシンジに見とれていた。

『な、なんでこんな奴がかっこよく見えるのよ。私は加持さん一筋なのに』
内心複雑な気持ちになる。
でも本当は嬉しい。
加持を好きだという気持ちは嘘じゃない。
でもそれは別に愛しているとかじゃなく、憧れていただけ。
シンジはパッとしないどこにでも良そうな男の子だと思う。
だけど、そのシンジに今日に限っては「男性」にみえた。
頼りがいのある男の子に。

『ば、馬鹿!私がシンジの事そんな風に思うわけが』

否定しきれないもどかしさ。
シンジの事を考えただけで感じる心の中の暖かさ。

「アスカ?」
「え・・・」
「ぼぉっとしてたら危ないよ。足下気を付けて」

シンジはすでにジェットコースターに乗り込んでいる。
アスカの手を握って危なくないように座席に導いてくれた。

「あ、ありがと」

ジェットコースターが動き出してからもアスカはシンジの顔をジッと見ていた。
シンジはコースターの過激さに引きつっていたがアスカはシンジしか目に入らない。
心奪われたと言う感じで。

「はぁはぁはぁ・・・・アスカぁ、もう少しおとなしいのに」
「次行くわよ!」

ぐいぐいとシンジを引っ張りさらなる過激なアトラクションをハシゴすることになった。
もっともそれで悲鳴を上げてるのはアスカではなくシンジの方なのだが。

「つ・・・疲れたぁ」
「まだまだぁ」

アスカは嬉しそうに引っ張り回そうとする。

「ちょっ・・・ちょっと待ってアスカ」
「なによ?」
「あれにしない?」

と指差したのは観覧車。

「えぇーーーー」

かなり嫌そうな声を出す。

「でもさ、落ち着いて僕たちの街が一望できるんだよ。御願い!」

シンジは手を合わせて御願いする。

「ぷっ・・・・まぁ、いいわよ。あんたのおかげで楽しめたんだし」

ころころと笑うアスカ。
少しホッとするシンジ。
人はさっそく観覧車に乗り込むことにした。



ゆっくりと上がる観覧車の中は人きり。
初めはお互い向かい合って座っていたのだがアスカが急にシンジの横に座った。

「ど、どうしたのアスカ?」
「んーん」
「そ、そう?」

無言
でもこの雰囲気は嫌じゃない。
心地よく疲れた身体が休まる感じがする。

『喋らなくてもわかってくれるわよね?』

「ねえ?アスカ」
「ん?」
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「・・・・・・」
「こんな楽しい日は初めてだったから・・・・アスカにはすごく感謝してる」
「・・・・・」
「で・・・さあ・・・・・今日、思ったんだけど」
「・・・・・」
「あ、アスカ・・・・・」

むぎゅっ

「アスカぁ?」

アスカに鼻をつままれ情けない声になるシンジ。

「馬鹿シンジ!」
「は、はい」
「Ich liebe dich!」
「え?えええええ?何?何て言ったの??」

急激に真っ赤になりながらアスカはシンジに告げた。

「知りたかったら勉強するのね」

赤く頬を染めながらも可愛らしく笑うアスカ。
何を言ったのかはわからないけど、アスカのこの笑顔を見ることが出来たのだから
まあ良いかとシンジは思う。
そしてアスカはシンジの肩に頭を乗せ寝たふりをする。
心地良い疲れと共に好きな人に身体を預ける。
張りつめた気持ちは解放され素直な自分を見せることが出来る相手。

『好きよ、私の馬鹿シンジ』

まだこの言葉は心の中でしか言えないけれどもいつかきっと・・・・。
そんな風に思いながら肩に頭を預けたアスカは心地の良いまどろみの中にいる。

「ねぇ?アスカ寝ちゃったの?」

シンジは緊張しながらもアスカに声を掛けた。

『恥ずかしいじゃない、起きてるってばれたら』

「アスカ・・・・そろそろ降りないと地上に着くよ」

優しく揺り起こすシンジ。

「う・・・・ん・・・・ちょっと寝ちゃった」
「だいじょうぶ?」
「へーき、へーき」

ぺろっと舌を出してアスカは応える。

ドキーン

『う、か、可愛すぎるよ』

「ん?シンジ?どうしたの?」
「あ!?いや。なんでもないよ」

少し慌てふためく

「ふーん・・・・まさかエッチなこと考えてたんじゃないでしょうねぇ?」
「そ、そんなことないよ!」
「男の子ってすけべだからねぇ」

疑いの眼

「ちがうってば」
「そうそう、あんとき、シンジは私の着替え覗いたモノねぇ」

そう、アスカに初めてであったときの空母での出来事

「あ、あれは事故だよ。そう、事故」
「ふーーん?」
「あのぉ、お客さん。そろそろ降りていただけませんか?」

係員が済まなさそうに声を掛ける。

「「あ、ごめんなさい」」

ハモったふたりは顔を見合わせて

「「ぷっ」」

あははははははは

『笑うと可愛いね、アスカ』

まだシンジには言えない言葉。

『あんたといると心地良いなんて思いもしなかったわ』

まだ言えないアスカの言葉
ふたりは手を繋いで観覧車から降りる

「帰ろうか?アスカ」
「そうね」

夕日が人を照らし満ち足りた気持ちが広がる。
いつまでも握られた手は放れることはない。
今日は人にとって最高の一日だったのだから。

 

 




<野上まことの後書きと言う名の言い訳>

遊園地でデートだぜ(笑
本当のアスカを見せることの出来る相手。
シンジ君役得だね、馬鹿だけど(笑
どぎまぎの一日はアスカに振り回されっぱなしだったかも知れないけども
ドイツ語で告白されたんだからいいよね?(笑



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