「前へ進む事」

野上まこと

湯煙が立ちこめる浴室でシャワーを浴びる少女。
美しい栗色の髪は心地良いお湯に濡れて輝く。
水滴が少女の身体を流れていく。

「アスカ?」

突然浴室の外から男の子の声が聞こえた。

「ば、馬鹿!覗いたりしたら酷いわよ!!」

いきなり声を掛けられ驚くアスカ。

「ち、ちがうよ。長いからのぼせてないか心配だったんだよ」
「大丈夫よ!あんたと違って隅々まで綺麗にしてるの」
「・・・・・・」

どうやら気配は遠のいたようだった。

「あー、もう。デリカシーってものがないのかしら」

むっとした声で独り呟く。
しかしその言葉とは裏腹な行動をこれから起こそうとしているとは誰も予想できないだろう。
タオルにボディーソープをしっかりと付けて身体の隅々まで洗う。
二つの胸の膨らみは女性であることを十分主張しているかのように大きい。
腰回りは締まっていて贅肉は見られない・・・・これで中学生というのだから将来は絶世の美女に
なるのでは?と思えてくる。

そんなアスカは一世一代の決心をしている。
大切な心のうちに秘めた想いを勇気を振り絞って伝えるために。
自分の全てを受け入れて貰うために。
好きな人のためだけでなく、自分のためにも。
体中のボディソープの泡をシャワーで洗い流しながらも考える。
私を受け入れて欲しい、他の誰でもないこの私を。
アスカは決心したのだ。
今のあやふやな関係を清算させるために。
だからこそ、ありのままの自分をシンジに見せたかった。

「よし!アスカ・・・行くわよ」

浴室のドアを開けタオルを身体に巻き付ける。
拒絶されるだろうか?と言う不安が頭をかすめる。
彼の部屋に近づく足がだんだんと重くなる。

『今、ここで引き返せば私は傷付かなくて済む』

でもそれはただ逃げているだけ、自分の気持ちから。
今までもそうやってシンジとの関係をぼやけたモノにしていた。
シンジが頼りないから・・・そうかもしれない。
だけど、自分はどうだったのか?
考えたくなかった、認めたくなかった。
でもアスカは一人の少女の言葉にハンマーで殴られる思いをした。
そしてシンジの好きな人がアスカではなくレイであったことに愕然とする。

「答えてくれなくても、断られても後悔しません」


それは図書室で聞いた言葉。
偶然にその場に居合わせたアスカはショックを受ける。

「綾波さん?ですか・・」

マユミの質問にシンジがビクリと震えるのが見えた。

『まさか・・・・・シンジは転校生の綾波レイが好き?』

足はがくがくと震えだし、目の前は真っ暗になる。
認めたくない事実、思いもしなかったシンジの好きな人。
まだ恋愛に無頓着だと思っていた。
だから今はシンジに無理に告白することはないと考えていた。

『嘘だ。あいつが転校生を?だって今までそんなそぶりも見せなかったのに』

マユミがシンジにしがみついて声を殺して泣いている間にアスカは図書室から逃げる。
信じられない事を聞いた。嘘だと言って欲しかった。
その後どうやって帰ったのかわからない。
気が付いたときにはシンジの家の前で立っていた。
その時突然携帯電話が鳴りだした。
アスカは携帯を取り出した。

「はい、アスカです・・・・・はい・・・・はい。わかりました」

そう言うと通話を切り携帯を制服のポケットにしまう。
思い詰めた表情で、じっとシンジの家の扉を見た後、隣の自分の家へと入っていった。


十分ぐらいはたっただろうか?
私服に着替えたアスカは家から出てきてシンジの家のカードスリットに自分のカードを通し入っていった。中には誰もいない。
静まりかえったリビングでスポーツバックを自分の足下に置いて、何も写っていないテレビをジッと見ていた。
その間アスカは心の中で自分と向かい合っていた。
自分はどうするのか?どうしたいのか?
心地良い曖昧な関係を清算する勇気があるのか?
受け入れてくれなかったらどうすればいいのか?
いや、前へ進まなければだめだ・・・。
アスカの自問自答が続く。

「ただいま」

ようやく帰ってきたシンジは玄関からリビングへと入ってきた。

「・・・・・お帰り・・・」
「あれ?アスカどうしたの?」
「うん・・・・おじさまとおばさまが今日は研究所で徹夜だからって電話があって・・・」
「また?・・・・良いよ、アスカ。インスタントでも作るから。」

にっこりと笑いながらシンジは言うが、アスカは俯いたまま。

「・・・・ねぇ、シンジ・・・今日・・・・帰り遅かったね・・・」
「え?・・・・・・・あ、うん。ちょっと本屋さんに寄ってたんだ」

『嘘』

アスカはシンジの嘘に一瞬震える拳を握る。

「そ、そう・・・あのさ、シンジ。うちシャワー壊れたからちょっと借りるね」
「え?」

シンジの返事を聞く前に浴室に飛び込んだ。
持ってきたスポーツバッグの中に脱いだ服を入れてすぐに浴室に飛び込む。
それから洗面器に浴槽のお湯を満たして頭からかぶる。

『私だって・・・・私だって・・・前からシンジが好きなの!誰にもシンジは渡さない』

それがアスカの決心だった。
それがアスカの突然の態度の豹変だった。
嘘を言われたことが悲しい。でもシンジは優しい心の持ち主だとアスカは知っている。
たぶんマユミに気を遣ったのだ。
でも、シンジの心の中にレイがいるとなると話は別だ。
小さい頃からシンジだけを見てきたアスカは心の奥底に秘めた想いがあった。
「鈍感」なシンジを振り向かせるのは難しいし、今は幼なじみな関係でもいつかは・・。
でもそれも「レイ」の事があるのでは話が違う。






シンジの部屋の前で立ち止まっていたアスカは閉じていた目をゆっくりと開き深呼吸をする。
心の中は決まっている。
後悔はしない、例えどのような結末が待っていようとも。

とんとん

「はーい?」

がちゃりとノブが回り戸が開く。

「何・・・あ、あすかぁ?」

シンジの目に飛び込んできたのはバスタオルを身体に巻き付けただけのアスカ。
驚きのあまりシンジの声は裏返ってしまった。

「入っていい?」
「ちょっ・・・・まずいよ。まずいって」

首を必要以上に横に振りながら部屋に入れることを拒む。
しかしアスカは強引に入ってくる、当然シンジは拒むことは出来ない。
なにせバスタオル一枚姿のアスカに触れることなんて出来ないから。

「アスカ!だめだって」
「それがあなたの答え?」

アスカの低い声にいつもと違う雰囲気を感じる。

「え?」
「・・・・・・転校生の事が好きなの?」
「!」

シンジはその問いに凍り付く。

「答えて、シンジはあの娘の事が好きなの?」
「な、な、なに言ってるんだよ!アスカ変だよ」

アスカの威圧感に後ずさるが自分のベッドに足が当たって座り込んでしまう。

「ねぇ!シンジ」

ほとんどヒステリックに叫んでいる。
シンジは俯いて何も答えなかった。

「私・・・・私ずっとシンジだけを見てきた。ずっとシンジが好きなの。ねぇシンジぃ」
「え?」

シンジはアスカの突然の告白に思わず顔を上げる。
そこには心細く、ポロポロと涙を流すアスカがいる。
目の間にいるアスカは高飛車で、わがままで、それでも優しくて、笑顔が眩しい彼女とはかけ離れている。

「ごめん」
「!!!!」

シンジの言葉はアスカの拒絶。体中から力が抜ける。目の前が暗くなりアスカは倒れようとしていた。

「あ!」

シンジは慌ててアスカを抱きしめてしまった。

「・・・なして・・・・離してぇ」
「え?あ、ち、ちがうよ!そうじゃなくって。僕が言いたかったのは」
「離してぇぇぇぇ」

もうアスカは逃げ出したかった。勇気を振り絞って告白するつもりがこんな事になるなんて。

「違う!違う!落ち着いて!!」

腕の中で暴れるアスカに言うがまったく聞いていないように見える。
絶望が彼女の心を沈めてしまったのか?
何が何でも本当の言葉を聞いて貰うためにシンジは強くアスカを抱きよせて言う。

「僕が好きなのはアスカ、君だよ!」
「!」
「ごめんって言ったのはアスカに誤解させたことについて謝っただけなんだ」
「え?・・・・でも」

アスカは密着していた身体を少し離し信じられないと言う顔でシンジを見る。

「だれが言ったのか知らないけど、僕はアスカの事が好きなんだ。」
「でも・・・・図書室・・・・」
「え?・・・・あ・・・・・。」

アスカはシンジに抱きしめられたまま震えている。
シンジはアスカの心の不安をぬぐい去るために正直に話すことにした。

「あれは・・・・・彼女に僕が本当に好きな人のことを告げても結局は彼女を傷つけるだけだと思ったから
 だから何も答えなかった・・・ううん、答えられなかったんだ」

シンジはアスカを優しく抱きしめたままベッドへ寝かせた。

「シンジ・・・・・」

揺れる瞳は不安を示すのか?

「アスカ」

シンジの瞳には強い意志が感じられる。

「す・・・・」

人差し指をアスカの唇で止める。
そして軽く首を横に振ってから・・・。

「好きだよ、アスカ」

少し赤くなりながら照れたように、でも心からシンジはアスカに告げた。

「シンジ!」

シンジの首に手を回しグイッと抱き寄せる。
そして耳元で囁くアスカ。

「じゃあ、態度で示してよ」

アスカの言葉に自分の置かれている状態を再確認する。
シンジはアスカに覆い被さる状態。
しかもアスカは今にもはだけそうなバスタオル一枚と言うカッコ。
動揺しているシンジの瞳をジッと見つめるアスカ。

「アスカ」

決心したシンジはアスカとの距離を縮める。
少し恐くなったのか?アスカはギュッと目を閉じる。
・・・・・・・チュッ。
アスカが暖かく感じたのはシンジとの口づけだった。
奪って行くような荒々しさは無いがシンジのアスカへの思いが十分伝わるような口づけだった。
シンジはそれ以上は何もせずにアスカから離れた。
アスカはもしかしたら一線を越えるかと思っていたのにシンジはそれ以上はなにもしない。

「・・・・馬鹿」
「え?」
「ばぁかぁ」

ちょっと大きめの声でアスカはシンジを非難する。

「だ・・・・だって僕らまだ中学生だよ。それはまずい!まずいって」

慌てふためくシンジをどこかホッとするアスカ。

『だからシンジが好きなんだ・・・・私』

安心できる人だから好き。いつものシンジだからアスカは笑顔でいられる。

「あ、前!!」
「え?」

シンジの声にアスカは思わず自分の身体を見る。
はらりとめくれたバスタオル。

「えっっっっっっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

バッッッッチーーーン

「痛ぁ!!!!」

ドッスーン

張り手に吹っ飛ばされたシンジはベッドから転げ落ちた。
かなり間抜けなカッコで転げ落ちたシンジはアスカにつけられた手形を
押さえながらふらふらと立ち上がってきた。

「アスカぁ、酷いよ」
「あんたにはデリカシーってモノが欠けてるのよ、ふん!」

怒った口調でもアスカの頬は紅く染まっている。
アスカのファーストキスは想いの人にあげることが出来た。
なら、この人に私の初めてもあげたい。
そして将来ふたりで幸せな家庭を築いていきたい。

「アスカ・・・・好きだよ」
「私はあんたに負けないぐらいあんたのことが好きなんだから!」

優しそうに微笑みながらシンジはアスカを見つめる。
アスカは満たされた想いを胸にシンジに抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 


<野上まこと の後書きという名の言い訳>

例によってchatから生まれたSSです。

シャワーを浴びるアスカがお題でここまで発展しました(笑
心の中の想いを告げること・・・・難しいことですよね?
アスカは思い悩みながらも「前へ進むこと」を選びます。
もしかしたらシンジに拒絶されるかも知れない。

でも、山岸マユミが示した態度はアスカに「あやふやな関係の清算」を迫りました。
好きな人を振り向かせたいと思いアスカは思いきった行動に出ますが良かったですね。
シンジ君から告白されたんだもん。

まだ君たちの未来は長いんだ。これからいろいろあるかも知れないけどふたりでがんばってね。
そんな思いでこのSSを書き上げました。

さて、余談ですけど「図書室での出来事」は実は木野神まこと氏のSSS(スーパーショートショート)
「秘めた想い、言えない言葉」で詳しく書かれています。
氏はアヤナミストですが、この作品に限って言えば「言えない心の想い」に悩むシンジが描かれていて、ネタとして使えると思い拝借しました。
もしよろしければみてやってください(笑


PS. メルアド変わりました! nogami@asuka.club.ne.jp まで感想を頂ければ幸いです。
PS2.boltさんいつも感想ありがとうございます!!さんごさん&TENさん、Snowloadさん、安田さん、神山さん、さんくすぅ(^^



投稿SSのページに戻る