もう嫌・・・・
何も・・・何も無い私にどうしろというの?
ほっといて
ほっといてよ
もう・・・・嫌なの・・・・・なにもかも
嫌ぁ

「それがあなたの望みなの?」

もう何も考えられない
なにも・・・・





蒼い瞳は何も写さない
粉々に砕けた心はもう戻らない
アスカはどんどんと痛みさえも感じなくなっていた
初めて得た安らぎの中でアスカは自分が溶けていくように感じていた
自分が無くなっていく 自分が消えていく 怒りも悲しみもすべては無くなって

「それがあなたの望みなの?」

あの風の声さえももうほとんど聞こえなくなっていく

今度生まれてくるときは・・・・・

紅い海に小さな滴が一瞬だけ落ちた



「疵   −罪と罰−」 afterday.3



「・・・・!!!!」
「・・・スカ、アスカ!」

突然開けた世界は自分の部屋。
まるで霞が掛かったように記憶があやふやに感じる。

此処はどこなんだろう?私を呼んだのは誰?私は一体どうなってるの?

「おばさん、アスカが!」

なにやら冴えない少年が血相を変えて部屋を出ていく。
訳がわからない状態のアスカはとにかく起きあがろうと身体を動かそうとするが思うように動かない。
仕方がないので目だけで状況を理解しようとするが先ほど浮かんだ疑問が再び脳裏をよぎる。

「アスカ!よかったぁぁぁ」

いきなり部屋に飛び込んできた年輩の女性がベッドに駆け寄って立ち止まったかと思えばガクッと膝を折って床に倒れそうになる。
それを先ほどの少年がしっかりと支えていた。

「あぶないよ、おばさん」
「あ、ありがとう、シンジ君。」

そう言うとその女性の瞳から涙が流れる。

「もう、駄目かと・・・・アスカ・・・・アスカ」

寝ているアスカの手を握り泣きながらも安堵の表情でアスカを見つめる。
しかしアスカはその女性の後ろに立つ少年が気になっているようだった。

「アスカ、シンジ君もいっしょに看病してくれたのよ。」
「そんな、僕なんて大したお役に立てませんでしたよ、おばさんがずっとついていたおかげですよ」

しかしアスカはなにやら怪訝な表情を浮かべている。

「アスカ?」
「どうしたの、アスカ?」

心配になった2人に対してアスカは一言だけ口にした。

「あなた達・・・・・誰?」
「え?」

予想もしない言葉にキョウコ−アスカの母−は愕然とする。
シンジもまるで時が止まったように立ちつくしていた。

「誰よ・・・・・・・あんた達誰よ!」

だんだんとヒステリックになっていく。

「ここはどこよ?、なぜ私はここにいるのよ!やめて、もうあんな思いをするのは嫌ぁぁ」

うまく動かない体を激しく震わせながらベッドの上で暴れる。
アスカの目はもうシンジもキョウコも見ていない、どこか遠くを見るように、何かに怯えるように。

「アスカ、大丈夫よアスカ」
「嫌ぁぁぁぁぁぁ止めてぇぇぇぇ」

キョウコはアスカを抱きしめて落ち着かせようとするが、ほとんど手がつかられないぐらいに暴れる。
まったくどうしようもないシンジはただ青い顔をしてそんな状況に立ちつくす。
何がアスカを此処まで変えたのか?一体彼女に何があったのか?
シンジには何もわからなかった。


あの日下校中に急に雷雨になり慌ててシンジは走り出した。
目の前にシンジの住むマンションが見えてきたとき、玄関口に人が倒れていた。
不審に思ったシンジは小走りにその人物に近づいてみると・・・・そこに倒れていたのは幼なじみのアスカだった。
慌てたシンジは自分の家に連れて行きキョウコに電話をする。
その後シンジはユイに事情を説明してアスカを介抱して貰うことにした。
三日三晩、原因不明の高熱を発し呼んだ医者も首を傾げるだけ。
注射や薬は全く効果がなく、かといってなぜか苦しんでいる様子もない。
まるで普通に眠っているだけにしか見えないが、額にさわると熱を感じる。
懸命な看病の末ようやく目を覚ましたかと思うと・・・・・・・・・・・。

「アスカちゃん、御願いだから落ち着いて」

暴れる我が娘を涙ながらに抱きしめ必死に落ち着かせようとしている。
そんな2人を見ながらも何も出来ない苛立ちにシンジは顔を歪めた。

『ぼくには・・・・くそっっっ』

絶望がこの部屋を支配していた時、突然新たな来訪者がやってきた。
静かに開かれた扉に驚いて振り返ったシンジはそこに予想外の人物を見た。

「あ、綾波」

綾波レイ シンジとアスカのクラスメイトである少女。
何か声をかけようとするが彼女はシンジに見向きもせずに部屋へ入ってきた。
近づきがたい雰囲気を纏う少女はまるでスローモーションのようにゆっくりとアスカのすぐ側まで近寄る。
レイは膝をついてベッドで母親に抱きしめられているアスカの頬を手で包み無感動な紅い瞳でアスカを射抜く。
するとどうだろうか、突然アスカは暴れるのを止めて紅い瞳を見つめ返す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でしょ?」

何を呟いたのだろうか?
キョウコにさえ聞こえない小さな声でアスカに何かを伝える。

「ファー・・・・スト・・・・・・・・・・・・レイ?」

先ほどとうって変わって優しげな表情を見せるレイは安堵するように微笑む。
ついさっきまでヒステリックに暴れていたアスカは驚いた顔をレイに見せた。

「良かった、アスカさん熱でうなされているって聞いたから」

柔らかな声が届くと逆にアスカの方がどんな表情をして良いのかわからないようでやや複雑な顔をしていた。
キョウコの方は何が起こったのかわからないと言った顔でアスカの顔を見ようと抱きしめていた手を離す。

「ママ?」
「アスカ、私がわかるの?」
「な、なに言ってるのよ、ママはママでしょ?」

不思議そうな顔でアスカはキョウコを見た。

「あ、ちょ、ママ!」

ギュッと抱きしめてきたキョウコに驚くアスカ。母はただ「良かった」と繰り返し言いながら泣き続ける。
母親の涙、心配しくれる存在、アスカはなにやらくすぐったいような、暖かいような気持ちになる。
安心したのかそんな2人からスッと離れるレイ。シンジはその時ただ驚いていたのだがレイの行動に疑問がわいてきた。

「ねぇ?綾波・・・・さっきアスカに何言ったの?」

シンジはレイがアスカの耳元で何かを囁いたのを見ていた。
レイが何かを言った後アスカは嘘のように落ち着いた、それが一体何を意味するのか?

「それにアスカ・・・・ファーストって?」

レイはシンジの方を向き少し考えるような仕種をしてから答える。

「ヒミツ・・・・・アスカさんとの約束だから・・・・だからごめんなさい」
「でも・・・」
「それ以上聞くのは野暮って事だよ、シンジ君。」

開きっぱなしの扉にいつの間にか少年が立っていた。

「カヲル君!?」
「やあ、惣流さんは大丈夫みたいだね」
「ええ」

驚くシンジににこやかに答える渚カヲル。そしてレイはカヲルの問いに肯いた。

「じゃあ、レイを迎えに来ただけだから。」

そう言うとレイに手を差し出す。するとレイはカヲルの手を握り扉の外へと歩いていく。

「あ、レイ!」

アスカはレイが出ていこうとするのを見て呼び止めた。

「あの・・・・・なんだかよくわからないけどありがとう」
「綾波さん、ありがとうございます」

キョウコは心から感謝している。レイのおかげでアスカが「正気」を取り戻したのだから。
その方法が何であるかよりアスカが元気になったのだからそれだけで十分だと思う。

「いえ、お見舞いに来ただけですから」

深々とお辞儀をして扉の向こうへと消えていく。

「綾波!僕からも・・・ありがとう」

シンジの言葉にレイは首を振り寂しそうに笑った。
だがシンジには一瞬のことだったからレイの表情を読みとれない。

「また明日」

そう言うとレイは玄関の方へと消えていった。

「シンジ・・・・・心配かけたみたいね」
「アスカ、ほんと無事で良かった」

アスカはこの時心のほとんどに暖かな気持ちを感じていた。
母が居て親友が居てシンジが居る。
なにか悪い夢にうなされ続けていたような気怠さを少し感じながらも元気いっぱいと言うようなポーズを取る。

「はは、じゃあ今日はもう遅いから帰るね」
「シンジ君、本当にありがとうね」
「いえ、そんな」

キョウコの感謝に恥ずかしそうにしながらも笑顔で答える。

「じゃあアスカ」
「うん、また学校でね」
「無理しちゃ駄目だよ」
「ばーか」

アスカは少し頬を染めていつものように茶化す。
そんないつものアスカに安心したシンジはアスカの部屋を出ていった。


キョウコも寝室へと戻って部屋は静かになった。
アスカは布団を首の下までかぶり真っ白な天井を見上げている。

「ママ・・・・・・レイ・・・・・・シンジ・・・・」

どうして実感がわかないのだろうか?
心の隅に引っかかる小さな棘は何なのだろうか?

私の名前は惣流アスカ、ママの名前はキョウコ、隣に住んでいる幼なじみのシンジ。
クラスメイトで、友人のレイ・・・・・・レイ?

靄がアスカの頭の中に広がっていく。何かがどこかで囁くように言う。
聞き取れない言葉なのになぜかその声に肯いてしまう。

「痛っ」

急に背中が痛み出す。
言いしれぬ痛みにアスカは顔を歪めるがそれ以上は声を上げない。
が、ほんの数秒襲った激痛も急に何事もなかったかのように引いた。

「何?」

不審に思ったアスカは突然身につけているパジャマを乱暴に脱ぎ散らかし、姿見の前に上半身裸の姿を映す。
アスカの目に映る自分の姿はいつものように疵一つない姿。
痛みを感じた背中でさえもシミ一つ無い。

「じゃあ、さっきの痛みは一体・・・・・」

ジッと姿見をみるが何も変わらない、いつもと同じ自分が映るだけ。
ひとつ溜息をついて姿見に背中を向ける。
足下に散らかる脱ぎ捨てたパジャマを拾った時アスカは気づかなかった、自分の背中に無数の疵が有ることに。
先ほど無かったはずの疵は背中一杯に赤く腫れ上がっていた。










「此処は優しい所ね」
「そうだね・・・・・」
「これで彼女は救われるの?」
「さあ・・・・・僕たちは傍観者だからね」
「今は役割を果たすだけ」
「そう、時が満ちれば僕たちは消えることが出来る。」
「紅い夢が幸せなの?」
「ずるいね、質問ばかりかい?」
「・・・・・」
「与えられた役目をとりあえず演じる事が先決だね」
「ええ・・・・でも」
「ん?・・・・ああ、そうだね。でもそれを決めるのは彼女自身さ。」
「・・・・・・・・・碇君は・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

何かを言おうとした少年は開きかけた口を再び閉じる。
ただ首を振るだけで何も言わない。
二つの紅い光は交錯しそして闇へと消えていった。





疵、紅い光、暖かな場所、夢。
僕はどうしたいんだろう?僕は何が欲しいんだろう?
熱く感じた想いはどこへ消えていったんだろう?
ねぇ、本当に誰もいなくなったの?
ねぇ、本当に僕はいなくなったの?
ねぇ、僕の望みはたったひとつだけなのに。
君と共に生きていきたいだけなのに。
君は何を望んでいるの?
ねぇ・・・・・ねぇ・・・・・。


風に乗る声は弱々しくやがて何も無かったように消えていく。


「ごめんなさい」


哀しげな少女の声が重なり消える、一瞬だけ光った紅と共に。



<野上まことの言い訳というなの後書き>

ご無沙汰しております、野上まことです。
学園エヴァ??なのか、いったいどうなってるのか?
って隠してないし。バレバレの展開に私も頭を抱えています。
疵本編は前回からだいぶ間があいてしまいましたが、おかげさまでなんとか予定通り進行しています。
実はエンディングは数種類用意しております。
読んでくださる皆様の反応によって決めようかとおもってますが。
うまく行くと良いですね、ええ。
自分を慰めながら次にかかることにします。
次はシンジ君かな?それともこのままアスカかな?