そこには、一人の少女がいる。

 

 

 

少女の目の前に広がっているのは草原。

 

 

黄色い花の揺れる、草原。

 

 

 

弱く吹いている風に揺れる、瓣(はなびら)

 

 

 

 

 

(ここはどこ?)

 

 

少女の知らない、景色。

 

一度も来た事のない、場所。

 

 

見た事のない花。

 

 

 

 

 

Flower  

Writen by PatientNo.324

 

 

 

瓣は突き刺さるほどに鋭く、その色は毒々しいまでに黄色い。

 

 

強く、風が吹き、
瓣が空に舞う。

 

 

少女は再び問い掛ける。

 

(ここは、どこ?)

 

 

自分の知らない景色。
自分がいたところにはない花。見た事のない花。

 

 

自分がどうしているのか分からない。

 

 

空に舞った花が、少女の手に舞い落ちてくる。

 

 

黄色い瓣。

 

掌に落ちた瞬間にそれは赤黒く枯れて、 そして風に舞い、砂のように消えていく。

 

 

(私はどこにいるの?)

 

 

問い掛けても誰も答えない。

 

 

見渡す限り、ここには彼女しかいない。

 

 

 

(誰か・・・ここにいて・・・)

 

 

 

風は緩やかに吹きつづける。

 

彼女の事など気にせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、風が、強く、吹く。

 

葉が強く傾き、瓣が空に舞い、そして、空が落ちてくる。

 

 

そして、暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に開く瞼。

 

少女は眼を覚ます。

 

 

暗い部屋。

窓は開け放ったままで、風に吹かれてカーテンは大きく膨らんでいる。

 

 

雲に半分隠れた月。

 

真っ白いシーツは月の光で青く見える。

 

 

 

 

 

「なにあれ・・・」

ベッドから降りると、手近にあるTシャツを羽織り、部屋を出る。

 

キッチンの冷蔵庫から ミネラルウォーターのペットボトルを出すと、そのまま一口二口喉に流しいれる。

 

 

「なんだったのかしら・・・」

 

夢の中、見知らぬ風景。

 

小さなため息をつく。

 

「あんなのが見えるようになるなんてアタシもフケタのかしら?」

もう一度水を喉に流し込み、冷蔵庫にボトルを仕舞う。

 

 

 

 

 

 

一息ついて部屋の戻ろうと振り返ったとき、自分の部屋の隣の部屋にまだ明かりが灯っていることに気づく。

 

ドアを『小さく』ノックし、部屋に入る。

 

中では少年が机に向かい、ノートに何か書いている。
少女がノックし部屋に入った事にも気づいていないらしい。

 

 

 

 

どさっ

 

「うわっ!」

 

少年は背中の重みに驚き、振り返る。

 

そこには見慣れた赤い髪と蒼い瞳。

 

「こぉんな時間まで何してんの?」

少女は少年に枝垂れかかり、耳元で甘ったるい声で囁く。

 

 

 

 

 

 

甘い声。

赤い髪からはシャンプーの匂い。そしてそれに混じった、自分と『同じ性別ではない』何かが漂わせる馨り。

 

 

眩暈にも似た興奮。

 

 

 

 

「あ、明日提出の宿題だよ。全然、提出してないから・・・」


辛うじて自制し、声が震えないように注意して、気づかれないように。

 

 

肩越しにノートを眺めるとそれは数学の問題だった。

彼女の見る限り、明らかに間違った答えである。

 

「ふーん・・・でここ、間違ってるわよ?」

後ろから手を伸ばし、少年の右手からシャープペンシルを奪うと、あっという間に問題を解いていく。

 

「はい、おしまい。何か質問は? 」

「あ、いや・・・ありがとう」

ふんっと軽く鼻をならす少女。この程度なら眠りながらでも解ける、と言いたげに。

 

「さ、アンタもとっとと寝なさい。お子様が夜更かしなんかするんじゃないわよ」

「そういうアスカだって・・・」

「アタシはいいのよ、もう立派なオトナだから」

にまっと笑い、受け流す。

 

「わかったらとっとと・・・・シンジ、その花は?」

 

机の上に置かれた一輪挿しに飾られた花。

 

 

 

夢に出てきた黄色い花。

 

「ああ、今日学校の帰りに見つけたんだ。良く知らないけど、なんとなく」

「ふぅん・・・」

「なんとなくね、さびしそうにさ、してたんだ。可笑しいよね、花が寂しそうなんてさ・・・」

 

自嘲するように小さく笑う。
少年の癖。

 

「いいんじゃない?」

 

少女は笑ったりせずにそう応えた。

「花にだって命はあるもの・・・いいじゃない、感情が花にあったって・・・」

 

瓣を触りながら、少し、俯く。

 

「あ、うん・・・・」

 

 

 

少年は戸惑い、何を言えば良いのか、分からなかった。

 

 

 

「素直、に・・・ね・・・・」

 

 

少女が少年に気づかれるように、小さくため息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

思ったままを素直に言ってしまう少年。

 

 

 

 

 

 

 

「どうもしないわ・・・・さ、寝ましょう」

思った事を素直に言うことのない少女。

 

 

 

「アンタ、明日こそちゃんと弁当作りなさいよ」

「あ、ゴメン・・・」

「誤る前にちゃんと作りなさいっ! おやすみっ!!」

 

 

 

部屋に入ったときとは正反対に大きな音を立ててドアを閉める。

 

 

「何なんだろう・・・」

 

 

 

少年には少女はまだ遠い存在らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パタン。

「はあ・・・」

 

 

ぼふっ

「はぁ・・・・・・」

 

ベッドに倒れこむように横たわり、枕に顔を埋める。

 

 

「もう少しねぇ・・・・鈍感なんだから・・・・アタシも悪いけどさ・・・・」

 

 

夜空は中途半端に曇り、そして中途半端に月が覗いている。

 

 

空には退屈なくらいにゆっくりと雲が流れている。

 

草が風に揺れている風景は見えたりしない。

 

夜空を眺めているうちに段段と瞼が重くなってくる。

 

 

 

ここでは一人ではない・・・

 

 

隣には、アイツがいる・・・・壁が隔てているから、姿は見えなくても、近くにいる。

 

 

「バカだけど・・・・」

 

 

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 

 

fin.

 

 

 

 


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