ふゆ



「今年も、寒くなったね」

右手を頬にあててその冷たさを確認する。

「去年からだけどね」

苦笑気味に返す彼。繋いだ左手にキュッと力が入る。

「もう少し厚着して来た方が良かった?」

少し上を向いて考えて私の方を見る彼。ここ二年で完全に追い越されちゃったな、身長。

「う〜ん。まぁその時はその時で考えるよ。ここ迄来て引き返すのもなんだしね」

昨夜降った雪がそれまでの物の上に化粧をほどこして、白く染める。

「雪が降った直後は綺麗よね。すぐに泥まみれで汚くなるけどさ」

少し皮肉な想いに捕らわれる。まるで人間と同じね。生まれた時は誰だって真っ白で綺麗なのに、すぐに汚れて汚くなる。その灰色が薄いか濃いかの違いだけ。

自分でこんな事を考えて少し切なくなった。自分だってすごく汚れてる。人は生まれた時、その瞬間以外真っ白にはなれない。そして、どんなことをしても真っ黒にもなれない。そうなれるのは神≠ニ呼ばれる存在だけだ。それは判っていても私は限りなく黒に近く汚れているのではないかと時に思う。そうして隣を歩いてくれる『彼』にその考えをぶつける。その度に私の事を励ましてくれるけど…そうしていること自体がその慰めを求めてすることで、後で又落ち込む。

まるで昔の『彼』みたい。そう思うと少し笑いが零れた。

「……?どうしたの」

心配そうにこちらをみてる。気が付いたら少しの間黙りこくっていたみたい。

「ちょっとね。昔のこととか」

そう言うと更に心配そうに表情をさらに曇らせた。でも何も言わない。こちらから泣き付かない限り(あるいはよほどの事態で無い限り)踏み込むのを嫌うことを知っているから。だから。

「そっか」

それだけ。私も。

「うん」

これだけ。これでこの話は取り敢えずお終い。

「ところでさ。このままあとどの位歩かなきゃなの?」

さっきから雪道を歩いているのは彼が私の誕生日祝いに良い『ところ』に連れて行ってくれるっていうからなんだけど。

「後少し、そう多分アスカが真面目に歩いてくれたら10分ぐらいかな?」

なによ。真面目にっていうのは

「あら、シンジがきちんとエスコートしてくれないのが悪いんじゃない。大体こんな雪道を女の子に歩かせるなんて…」

続けようとしたらシンジに遮られた。生意気。

「なってないのよ。車を回すとかなにか思い付かないの?って言うんでしょ。まぁでもこうやってゆっくり歩いて行くのもいいんじゃないかなぁって思ってさ」

何というか、やっぱりあの後一番変わったのはシンジかもしれないわね。

「まぁ確かに一緒なら歩くのも満更じゃないけどさ」

いいながら繋いだ指に力を込める。返して来る力強さが嬉しい。

「うん。そうだね…これからもすっと一緒に歩いて行こうね、アスカ」

急に何言い出すんだか。やっぱ少し不安なのかしらね?

「ほら、もっとしゃんとして、私を捕まえてないと、どっか行っちゃうわよ。シンジに言わせると好奇心の塊でどこに飛んで行くか分からない女の子なんだから」

「そうだったね…僕がそう言ったんだものね。もっとしっかりアスカを捕まえてないとね」

そうそう、その調子でしっかりやって貰わないと私のほうが不安になるじゃないの?

それでも他愛ない会話を交わしながら歩いていくうちにだんだんと道も細くなって来る。

「ねぇ、こんな山中になにがあるのよぉ。歩きにくいし…」

文句を言おうとした時、目の前に古めかしい一軒家の温泉宿が見えて来た。

「で?」

宿に来るなら車使えば良いじゃない。私はその時本気でそう思った。

「“で?”って?」

コイツは…(頭抱えたくなったわよ。)

「宿、ね」
「うん、宿だよ」
「温泉宿に来るならどーして車をつかわないわけぇ?それがききたいわね。はっきりと」
「え?さっきも言ったとおり…」
「違うわね、何か理由があるはずよ。きりきりと白状しなさい」

ズイと詰め寄るとつつっと下がる。この繰り返しで何時の間にか私たちは宿の前まで来ていた。

「あ、アスカ。と、とにかく宿にも着いたことだし中で話そうよ、ね、ね?」

はぁ。全くしょうがない男ねぇ。こんなののどこが良いのかしら、あたしって。と、ちょっと考えた隙にシンジの奴はフロント(っていうより帳場って感じね。ほぉんと古い感じ)でチェックインの手続に入ってるわね。ふふっ、私達のこと、どう思うかしらね。ここの人。名前は違うし、はっきり純粋日本人とまぁ見た目所謂外人の私。でも住所は一緒。まぁ年齢からして夫婦とは考えられないだ
ろうけど(惜しいわよね)でも向こう流の只のルームメイトってのも通らないだろうし。ふふふっ。

「アスカぁ…アスカぁ……アスカっ!終わってるよっ!!部屋に案内してくれるって!!」

あら。ちょっと妄想モードに入っちゃってたかしら。ここの女将さんと思しきひとも少しいぶかしげに私をみてる…うわぁ恥ずかし。客商売の人があんな顔をするなんて、よっぽど長い時間あっちにいってたか、変な顔してたんだわ、ほんとこのクセは…。

「は〜い。いまいきまぁす(はーと)」

思わずハートをとばしちゃったわよ!

そして、奥の離れに通された。そこは10畳程度の部屋と庭の見えるベランダ(エンガワっていうのかしらね)が付いてて雪化粧した庭が見えるようになってる。あとビックリしたのは部屋に露天風呂が付いてると言うことだ。勿論シンジと一緒に入ることが出来る大きさで。全く相変わらずすけべな男ね。私も嫌いじゃないけどさ。
中居さん(女将さんかと思ったらちがうんだって)が入れてくれていったお茶を啜って、茶菓子などつまみながら一息付いてるシンジの横に座って耳を引っ張る。

「イテ」

イテ、じゃないわよ。すっかりしっかり勝手に寛いじゃってさ。説明しなさいっ
ての。

「で?」

説明をうながす。

「だからさ、一応ここはさっきの駐車場から先は自家用車通行禁止なんだよ。勿論どうにでもなるけど、それなら歩いた方が良いんじゃないかなぁって。それに今日から2泊3日するわけだけど、今日は特に美味しい料理頼んで置いたから、おなかは減らしておいた方が美味しくご飯が食べられるよ、きっと」

ふぅ、下らないと言えば下らない理由よね。多分ここで働いてる人とかも居るし、荷もあげなきゃだから絶対に送迎のバスなんかは有るはずなんだけど。まぁ確かに歩くのも悪くはなかったけどさ。

「ふうん、それなら、それで事情を前もって説明しておけば良いんじゃない?普通の理由よね?」

シンジが頭をぽりぽり掻いた。未だ何か有るわね、きっと。

「……あとはさ、その……僕がアスカと歩きたかったというか…その……

………モウ。

「恥ずかしがらない!こっちまで恥ずかしくなるじゃないの……

二人して座り込んで顔を赤くしてるなんて、そんなシチュエーションはとうに卒業したと思ってたのに。何というか初な部分が未だ残ってるって言うことよね。うーなんというかまぁ…あ〜んなことやこ〜んなことしてても恥ずかしい時は恥ずかしいってことよ。

「と、取り敢えずシンジのせいで体も冷えちゃったし、オフロ入ろうよ」

半分照れ隠しと、半分本当のことをいって、視線をシンジから外して立ち上がる。そして部屋の隅にあるクローゼット(?)からハンガーと着替えのユカタ、ハンテン(っていうんだっけ)を二人分とりだす。サイズはっと、ちゃんとLね。

「ほらぁシンジ。歩かされて体冷えてるんだから。アンタもそうでしょ?早くオフロはいろ?」

振り返ってシンジを見ると未だボーっと私の方を見てる。しょうが無いからツカツカと近付いて手を握って引っ張り上げる。

「ほら、シンジ君。しゃっきっとする!それとも脱がしてほしいのかな?」

あはは、さすがにシンジってばしゃきっとしたみたい。

「はぁ〜いい湯ねぇ」

4分の1だけ流れてる日本人の血がそうさせるのか、温泉に入ると自動的(?)に体が弛緩してふにゃっとなる。シンジが泉質がどうとか言ってたけど、そんなの関係なく気持いいわよ。それに

「へぇ〜景色もいいじゃない。川に面してるんだね」

シンジはどうやってここを見つけたのか知らないけど、よく見つけて、よく予約をとれたもんねぇ。この時期ってどうなのか知らないけど、宿の規模から考えるとそんなには簡単に予約とれないと思うんだけど。

「うん。紅葉の時期はもっとすばらしいって言うんだけど、雪景色も中々だと思うよ」

私をだっこした状態で耳元にささやくシンジ。こうしてぴったりくっついているとすごく気持いい。それが個室の露天風呂で誰にも邪魔されずに二人っきりだと特にね。

「んん…しんじぃ…」

自然に甘えた声になる。ちょっと恥ずかしいけど二人きりで、誰も来ないって分かってるからいいよね。

「なに?アスカ」

また囁くシンジ。

「さっきしんじも言ってたけど。ずっと一緒に居ようねぇ…こうやって…ずぅぅとねぇ」

抱きしめて呉れてる腕に手を添えつつ私はしんじに甘える。

「そうだね…ずっとね」

頬と頬をピタッとくっつけて。それからお互いに少し体を動かし深いキスをした。


by pzkpfw3