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インターフェイス・ヘッドセット
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<ネルフ本部>

ゼルエルとの戦いから1ヶ月後、初号機の力を借りはしたものの無事サルベージされた
シンジは、最後の精密検査を受けベッドで横になっていた。

カシュー。

病室の扉が開き、明るい顔をしたミサトが入ってくる。どうやら精密検査の結果、何も
異常は無かった様だ。

「シンちゃん? 今日はもう帰っていいって。」

「そうですか。」

「まだ病み上がりみたいなもんだから、あんまり無理しちゃ駄目よ。」

「はい。」

そんなシンジとミサトの会話を、偶然にも病室の前の廊下を通り掛ったアスカが聞いて
いた。

なによっ! シンジばっかりっ!
アタシには何も声を掛けてくれなかった癖にっ!

しばらく立ち聞きしていたアスカだったが、シンジとミサトが病室から出て来そうにな
ったので慌てて物陰に隠れる。

「それじゃ、シンちゃん。気を付けて帰るのよ。」

「はい。ミサトさん、今日は遅いんですか?」

「そうねー、サルベージ後の結果報告書とか書かないといけないからねぇ。」

「そうですか。晩御飯はどうします?」

「もし帰ることになっても遅くなるから、どっかで食べていくわ。」

「わかりました。」

シンジがミサトとの会話を終えて帰ろうとした時、廊下の向こうからゲンドウが歩いて
来る。

「葛城三佐。今回の件の報告を聞きたい。後で司令室へ来るように。」

「はい。」

「シンジ。」

「は、はい。」

「良くやったな。」

「えっ・・・。は、はいっ!」

「明日話がある。司令室まで来い。ユイのことだ。」

「はいっ!」

初めてシンジは、ゲンドウと少しでも親子らしい会話ができたことで、飛び上がらんば
かりに喜んでいた。

<ミサトのマンション>

シンジより少し遅れて帰ってきたアスカは、自分の部屋に閉じ篭っていた。

ミサトも碇司令も2言目には、『シンジ』『シンジ』『シンジ』『シンジ』っ!
シンジだけいればいいのよっ!
アタシなんかいなくったっていいのよっ!

シンクロ率を追い抜かれ、最近は出撃する度にやられているアスカのプライドはズタズ
タだった。

ミサトなんか嫌いっ! 碇司令も嫌いっ! 優等生も嫌いっ!
バカシンジはもっと嫌いっ!
嫌いっ嫌いっ嫌いっ! みんな大嫌いっ!

ダンッ!

壁を握り拳で殴りつけるアスカ。拳から血が滲み出してくるが、おかまいなしに数発殴
りつける。

アタシなんか、この世からいなくなっちゃえばいいのよっ!
誰からも必要とされないアタシなんかっ!
誰からも見て貰えないアタシなんかっ!

近頃アスカはネルフへ行っても、知らず知らずのうちに人目を避けて行動するようにな
っていた。

みんなアタシなんかいなくなればいいと思ってるのよっ!
みんなして、アタシを邪魔者扱いしてっ!

全ての人の視線が、自分を軽蔑し嘲笑っている様に思えて仕方が無い。全ての人が、自
分のことを嫌っている様に思えてくる。

そんな目でアタシを見ないでっ!!
そんなにアタシのことを邪魔者扱いしないでっ!!!

アスカの耳に自分のことをせせら笑う声や、陰口を叩く声が聞えてくる様に思える。中
には自分の家族を殺されたと、恨み辛みを言う者さえいる。

『お前なんかに、チルドレンの資格は無いんだ。』
『エヴァを潰しに出撃しているのか?』
『あんたが役に立たないから、わたしは家族を失ったのよっ。』
『碌にシンクロもできない癖に、エヴァなんかに乗るからこんな結果になるんだ。』

嫌ーーーーーーーーーーーっ! やめてーーーーーーーーーーーっ!
そんな目でアタシを見ないでっ!!
アタシに酷いこと言わないでっ!!
アタシは、できるだけのことはしてるのよっ!!
だから・・・だから・・・お願いっ! そんな目で見ないでっ!!

『調子に乗ってエリートぶってるから、こういうことになるんだっ!!』
『チルドレンなんかやめちまえっ!!』
『消えろっ! チルドレンの出来損ないっ!!」

やめて・・・!

『チルドレンの出来損ないっ!!』

やめて・・・!

『チルドレンの出来損ないっ!!』

やめて・・・!

『チルドレンの出来損ないっ!!』

やめてーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

いつの間にか眠ってしまっていたアスカは、夢に魘され寝汗をびっしょり掻いて、ガバ
ッと跳ね起きた。

「また、夢か・・・。」

ガタン。

「アスカっ!? どうしたのっ!?」

その時アスカの叫び声を聞き付けたシンジが、かなり焦った様子で部屋の中へ飛んで入
って来た。

「何でもないわよっ!! 勝手に入って来るんじゃないわよっ!!」

「あっ、ご、ごめん・・・。急に大声出すから、びっくりして・・・。」

バフッ。

枕をシンジの顔目掛けて投げつける。

「出て行きなさいよっ! さっさと出て行きなさいよっ! バカシンジっ!」

その後、アスカはシンジの顔を見るのが嫌で、夕食も食べずに独り暗い部屋の中、再び
眠りについた。

                        :
                        :
                        :

翌早朝、アスカはまた寝汗びっしょりでうなされながら目を覚ました。近頃毎晩こんな
夢ばかり見る。

毎日、毎日っ!
もうイヤっ!!
何もかも、もうイヤーーーーーーーっ!!

アスカは手近にあった服に着替えると、朝も早くからミサトのマンションを飛び出して
行った。

しばらくしてシンジが起きてくると、昨日ラップしテーブルの上に置いて寝た夕食は、
手を付けられずそのまま残されていた。

アスカ、どうしたんだろう?
最近、なんか思い詰めてるみたいだし・・・。

近頃アスカの様子がおかしい。シンジはアスカのことを心配しながら、夕食を片づけ朝
食の準備を整える。

「アスカーーー。朝御飯できたよ。そろそろ起きてよっ。」

朝食の準備が整いアスカの部屋に向かって声を掛ける。すぐには返事が無いのはいつも
のことなので、シンジは続けて呼び掛ける。

「アスカぁ!? 学校が無いからって、いつまでも寝てちゃ駄目だよ。アスカぁ?」

いつもならこのあたりで、『ウルサイっ!』などの声が返ってくるのだがそんな様子も
無い。少し気になったシンジは、アスカの部屋をそっと開けてみた。

「アスカ・・・そろそろ・・・。」

しかし、そこにはアスカの姿はなかった。その部屋に置かれていた物に目が行ったシン
ジは、顔を青くして驚く

えっ!?

アスカがいないだけならこれほど驚きはしなかったのだが、視線の先にはアスカのシン
ボルマークともいえるインターフェイス・ヘッドセットが並んで置かれていた。

そんな・・・はずないよな。
まさかな。
でも・・・。
でも、やっぱりおかしいよっ!

まさかとは思うが最近のアスカの状態を考えると、思考が悪い方へと向いてしまう。シ
ンジはインターフェイス・ヘッドセットを握りしめると、家を飛び出して行った。

<川辺>

アスカは、朝からずっとここで何も食べずに川の流れを見ていた。空腹に胃が痛むが、
いっそこのまま死んでしまってもいいとさえ思う。

もういいわ・・・。なにもかも・・・もう・・・。
どうなったていいわ・・・。

半ば自暴自棄になったアスカは、あの悪夢から解放されるなら自分がどうなってもいい
と思うくらいに疲れ果てていた。

どうせ、アタシがいなくなったって・・・誰も困る人なんていない。
もうあんな家帰らない。
もうネルフなんか行かない。
誰とも会いたくない。
誰の声も聞きたくない。

流れ続ける川をじっと見つめるアスカ。その川はアスカの気持ちなどお構いなしに、悠
然と流れ続ける。

アンタはいいわよね。何も考えることが無いんだもの。
アタシもアンタみたいに、何も考えず流れていければ・・・。

アスカはそっと立ち上がると川の側まで歩み寄り、足下のただ下流へ向かう為だけに流
れる川を見下ろす。

アタシも、アンタみたいな人生を歩みたかったな・・・。

そんなことを考えながらアスカが川を覗きこんでいると、不意に背後からシンジの叫び
声が聞えた。

「アスカっ! 駄目だーーーっ!!」

どさッ!!

シンジに飛びつかれたアスカは、そのまま地面に叩き付けられる。

「いっ! いったーーーーっ!!」

「アスカっ! そんなこと考えたら駄目だよっ!!」

アスカの上に馬乗りになったシンジは、肩を揺すって必死に叫び続ける。

「なっ!! なんなのよアンタはっ!!!!」

いきなり押し倒されたあげくに絶叫するシンジを睨み付けたアスカは、怒りも露に怒鳴
りつける。

「だってっ! だってっ! 死んだら何もかも終わりじゃないかっ!」

「アンタバカぁ!? なんでアタシが死ななきゃいけないのよっ!」

「へっ?」

「川を見てただけでしょーがっ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・。そ、そうだったんだ・・・。ぼくはてっきり・・・。」

思いっきり勘違いしていたことに気付いたシンジは、少し恥ずかしそうにしながらも、
ほっと一安心して胸を撫で下ろす。

「わかったら、さっさとそこどきなさいよっ!! 重いじゃないのよっ!!」

「あっ、ご、ごめん。」

「だいたいなんで、アタシが自殺なんかすると思ったのよっ!!」

「だって・・・アスカ・・・。最近・・・。」

下を向いて言い難そうにしながら、ボソボソと言うシンジ。

「ハンッ! アンタに同情されるようじゃ、アタシもおしまいねっ!」

「ご、ごめん・・・。でも、それじゃどうしてこれを・・・?」

シンジは家から持って来たインターフェイス・ヘッドセットを、ポケットから取り出し
てアスカに見せる。

「アンタって奴はっ! 勝手に入るなって言ってるのに、どうして言うことが聞けない
  のよっ!」

「いくら呼んでも返事が無かったから・・・。つい・・・。」

「まぁ、いいわっ! どうせ、もうあそこには帰るつもりないし。」

「え?」

「ネルフにも、もう行かないっ! だからこんな物っ! もう必要ないのよっ!」

アスカはシンジの手から、赤いインターフェイス・ヘッドセットを奪い取ると、そのま
ま川へ向かって投げつけた。

「あっ! 何するんだよっ!」

「いらない物は、いらないのよっ!」

「あれはアスカが大事にしてた物じゃないかっ!」

「アタシの物をどうしようと、アタシの勝手でしょっ!!」

「駄目だよっ! あれはアスカの誇りだったじゃないかっ! そんな大切な物を捨てちゃ
  ったら駄目だよっ!!」

シンジは流されながら沈んでいったインターフェイス・ヘッドセットを探しに、ずぼず
ぼと川の中へと入って行く。

「ハンッ! もう流れて行ったわよっ! そんなことしたって見つからないわよっ!」

「見つけるよっ! 必ず見つけてみせるよっ!」

しかし汚れきった川の水は透過性が悪く、また広い川なので何処へ流されてしまったの
か見当もつかない。

あれは、アスカの誇りなんだっ!
あれが無くなっちゃったら・・・。
あれだけは、無くしちゃ駄目なんだっ!
今のアスカには必要なんだっ!

シンジにはあのインターフェイス・ヘッドセットが、アスカの生きる力を現実に繋ぎ止
める最後の砦の様な気がして仕方が無かった。

「おかしいなぁ。確かこの辺に落ちたと思ったんだけどなぁ。」

腰まで冷たい水に浸かりながら、何度も何度も水の中に両手を沈めて右に左に手探りで
探す。

「流されちゃったのかなぁ。」

落下地点から少しづつ前へ前へと進みながら探していくが、下が泥で足場が悪く川の流
れも速い為、なかなか思う様に進めない。

「そんなに軽い物じゃないから、あまり流されてないと思うんだどなぁ。」

シンジは試しに、インターフェイス・ヘッドセットと同じくらいの大きさの石を川底か
ら拾い上げると、ぽとりと水の中へ落としてみた。

スーーーーー。

しかしその石は、川の流れが強いので思っていたより遥かに遠くの方へと流されて行っ
てしまう。

「ははは・・・。結構流れるんだね・・・。」

「あったりまえでしょうが。バッカじゃないのっ?」

「はは・・・。」

シンジは、再び根気強く見通しの悪い川底を漁って探し続ける。そんな様子を、アスカ
は川辺からただじっと見ていた。

「ごめん、もうちょっと待ってね。すぐに見つけるから。」

「こんな流れの速い川に投げ込んだんだから、見付かりっこないわよっ!」

「そんなことないよ。もうすぐ見付かるよ。」

「ハンっ! 勝手にすれば? バッカみたい。」

アスカは目の前でずっと自分のインターフェイス・ヘッドセットを探し続けるシンジに
悪態をつきながら、その場にじっと座り続けシンジの様子を見つめる。

なんであんな物、一生懸命探すのよ・・・。
どうしてそんなことするのよ・・・。

頭の先までびしょ濡れになりながら少しずつ川を下っていくシンジから、アスカはなぜ
か目を離すことができなかった。

「イタっ!!!」

その時川底を漁っていたシンジが、大きな声を出して手を上げた。川底にビンの破片で
も落ちていたのだろう、その手からは真っ赤な血が流れ出ている。

「シンジっ!」

「ははは・・・大丈夫だよ。ちょっと切っちゃったけど・・・。」

中腰になって立ち上がり掛けたアスカにシンジは微笑み掛けると、ポケットに入れてい
た濡れたハンカチで手を巻いて再び川底を漁り始める。

「もういいわよっ! どうせ見つかんないわよっ!」

「そんなこと無いよ。葉っぱを流したんじゃないんだから、きっとこの近くに落ちてる
  よ。もうちょっと待っててね。」

「もういいって言ってるでしょっ! アンタ耳無いのっ!? アタシが、もういいって言
  ってンのよっ!」

「駄目だよ。あれは、アスカの大切な物じゃないか。」

どれくらい時間が経過しただろうか。シンジは怪我をした手で川底を漁り続ける。気が
つくと、既に辺りには夕日が射し込めてきていた。

「シンジっ! アンタっ! 今日、碇司令と約束があったんじゃないのっ!?」

昨日ゲンドウと嬉しそうに話をするシンジのことを影から見ていたアスカは、きっとシ
ンジが忘れているのだと思って呼び掛ける。

「いいんだ。」

「いいわけないでしょっ! アンタ、あんなに嬉しそうだったじゃないのよっ!!」

「また、いつでも父さんとは話できるよ。」

「アンタ、ずっと司令と話したがってたじゃないっ! ママの、大事な話だったんでし
  ょっ!」

「いいんだ。こっちの方が大事なんだ。」

「・・・・・・・・・・・。」

アスカはそれ以上何も言えなかった。他のことには目もくれず、ただ何時間も川底を漁
り続けるシンジを、川辺から見ていることしかできなかった。

                        :
                        :
                        :

「はぁはぁはぁ・・・おかしいなぁ。これだけ探してるのに。」

だんだんと暗くなり始める辺りの景色。水温は下がり続ける。アスカはとうとう我慢で
きずに立ちあがって、シンジの近くの川辺まで歩いて行く。

「もういいわよ。流れて行っちゃったのよ。」

「ここまで探したんだ。きっともうすぐみつかるよ。」

「またリツコにちゃんと作って貰うから、もう上がんなさいよ。」

「駄目だよ。あれは、アスカの誇りじゃないか。」

いくら言っても探すのを止めないシンジを、無理にでも引き上げ様としてアスカは、水
面に1歩踏み出した。

「あっ!!」

その瞬間、シンジは叫び声を上げると川の中へ体を沈み込ませる。

「シンジ?」

靴を水に浸しながら、シンジがいなくなった水面を見つめるアスカ。

「シンジ? シンジっ! シンジっ!!!」

ザバッ!

「あったよっ! アスカっ! 見つけたよっ!!」

髪の毛から水を滴り落としながら、シンジは嬉しそうに拾い上げた2つの真っ赤なイン
ターフェイス・ヘッドセットをアスカに見せた。

「シ、シンジっ! はぁぁー・・・。」

一瞬、息を漏らしたアスカだったが、すぐに目を吊り上げる。

「アンタバカぁっ! いきなり潜るんじゃないわよっ! さっさと上がって来なさいよっ!
  このバカっ! バカシンジっ!」

「うん、今行くよっ!」

シンジは満面の笑みを浮かべながら、インターフェイス・ヘッドセットを握り締めて川
辺へ歩き出す。

「気・・・気つけンのよっ!」

「うん。」

「べ、べつにアンタなんか心配してんじゃなくて、せっかくヘッドセットみつけたから
  ・・・また・・・。とにかく、早く上がってきなさいよっ!」

長い時間冷たい水に身体を浸けて探しつづけていたせいか、シンジはよろよろしながら
ゆっくりと戻って来ようとしていた。

「わーーーーーーーーーーーーっ!!」

しかし、疲れがピークにきていたシンジは、川の流れに足を奪われ濁流の中に突然姿を
消した。

「シっ! シンジっ!!!!」

ザッバーーーンッ!

咄嗟のことにアスカは川の中へ飛び込むと、水を掻き分けながらシンジが流されて行っ
た方を必死で探す。しかし、透過性が悪く川の流れも速い為、見つけることができない。

シンジっ! シンジっ! シンジっ!
だから言たのよっ! あのバカっ!

川の流れに抵抗しつつ、暗くなり始めた闇の中を水を掻き、アスカは両手をめいいっぱ
い広げて手探りでシンジを探す。

はっ! あいつ泳げないんだっ!
だから無理するなって言ったのにっ!!

探せど探せどシンジの姿は何処にも見えない。気を抜くと自分も流されそうになるので、
濁流に飲み込まれない様に探し続ける。

こんなことくらいで、死んだらただじゃ済まないんだからねっ!
使徒をあれだけ倒しておいて、溺れて死んだなんて最低なんだからねっ!!

その時アスカの足下に何か大きな物が当たる。咄嗟にアスカが潜ると、足をロープに絡
めて浮上できずに苦しんでいるシンジの姿があった。

シンジっ!!

アスカは、シンジの手を引っ張って引き出そうとするが、足が完全に取られてしまい微
動だにしない。

ちっ!!
先にあれを解かないとっ!

アスカは更に潜ってそのロープを解き始めるが、かなり複雑に縺れていてそう簡単には
解けそうにない。

このままじゃっ!

アスカは一旦川から顔を出すと、空気をめいいっぱい吸い込んで再びシンジに近づいて
行く。

死なないで・・・。

そしてシンジの肺にありったけの空気を送り込んだアスカは、再びロープを解きにかか
る。しかし、全ての空気をシンジに与えた後なので、すぐに苦しくなってくる。

急がないとっ!!

それでも気を失う限界まで我慢してロープを解いていく。

「プハッ!」

再び水面で空気を吸ったアスカは、その空気を出来る限りシンジに与えて我慢の限界ま
でロープを解く。そんなことを、何度も何度も繰り返し続けた。

アスカっ!
もういいっ!

何度目のことだろうか、アスカの顔が目の前に迫ってくる。その度にシンジは、もう来
るなとジェスチャーで示すが、アスカはやめる気配を見せない。

くそっ!
足がこんな所で縺れなければっ!!

シンジは渾身の力を込めてロープから足を引き抜こうとするが、幾重にも縺れたロープ
はなかなかシンジを解放してくれはしない。そんな中、また近付いてくるアスカ。

お願いだっ!
もうやめてくれっ!!

潜ってくる度に自分の顔を抱きしめて空気を送り込むアスカだったが、その力が回を重
ねるごとに弱くなってきている。

駄目だっ!
アスカがっ!
この足さえっ!

シンジがバタバタと残った力を振り絞って足を動かすと、アスカがロープを解いてくれ
たおかげで、かなり自由に動くようになっていた。

くそーーーーーっ!
抜けてくれっ!!

自分の足を千切るくらいの力で、ロープから足を引き抜く。次の瞬間、シンジの足は一
気に自由を取り戻した。しかし、それと同時に川底へ沈んで行くアスカの体。

アスカっ!!!!!

シンジはそのまま一旦水面まで浮上すると、思いっきり息を吸い込んで再び一気に川底
まで潜る。

アスカっ!!!!!
死なせてたまるもんかっ!!!!!

シンジはアスカを抱き上げると、水面まで浮上した。

「もういい。力が出ないわ・・・。」

「ウルサイっ!」

「シンジ・・・。」

泳げないシンジは、端から見るとなんとも無様な格好で、しかし無我夢中でアスカを抱
き締めながら必死で川辺へと戻って行った。

「はっはっはっ。」

「はっはっはっ。」

なんとかかんとか足が届く所まで辿り着いた2人は、四つん這いになりながら川辺へと
這い上がる。

「無茶するなよっ! 死んじゃったらどうするんだよっ!!」

「それはアンタでしょうがっ! あんなもんの為にっ!」

2人は疲れ切った体を泥の中に倒して、息を切らしながら互いに怒鳴り合う。

「あんなもんの為に、アンタ死ぬとこだったのよっ!」

「これはアスカの大事なもんじゃないかっ!」

シンジは叫びながら、ポケットからインターフェイス・ヘッドセットを取り出しアスカ
の目の前に差し出した。

「ア、アンタ・・・なんで・・・。」

「もうなくしちゃ駄目だよ。これは、アスカの大切な誇りなんだから。」

「アンタ・・・。」

死ぬかもしれない状況にいたにもかかわらず、こんなものをポケットに入れて守ってい
たのかと、アスカは唖然とした。

「碇司令の所、行けなくなっちゃったね。」

「そんなのいいよ。」

そう言いながら、そっと微笑み掛けるシンジを見たアスカの顔に、久しく忘れていた笑
顔が浮かび上がる。

「バカ・・・。」

それ以上何も言わず、シンジの手からインターフェイス・ヘッドセットを受け取ったア
スカは、泥まみれになった髪にそれを飾った。

もう何もいらないと思った・・・。
誰もアタシを見てくれなくてもいいと思った。
その想いは、今もあまり変わらない。

アスカは、シンジに手を引かれながら疲れた足を引きずり土手を登っていく。少し顔を
上げると、視線の先に自分を引っ張り上げるシンジの背中が見える。

シンジさえ、見てくれてれば・・・。

fin.
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tarm@mail1.big.or.jp


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