初版公開日:1999年7月10日
改訂版公開日:2000年2月1日


 「今からご覧に入れますVTRは、昨日午前9時04分、旧伊東沖を新横須賀港へ向けて航行中の国連海軍太平洋艦隊所属正規空母、<オーヴァー・ザ・レインボー>のプリフライ・コントロールのカメラクルーが撮影した戦闘記録です。なお、同空母を総旗艦とする5個空母戦闘群は、我がNERVの新鋭機、EVA弐号機をドイツから第3新東京へ輸送するに当たっての護衛任務に就いていたことは皆様ご承知置きのことかと存じますが……」

 ブリーファーを勤める日向マコト二尉は、そこで一旦口上を区切り、さして広くもない作戦部ブリーフィングルームを見渡した。昨日付けで、ドイツ第3支部からNERV本部に配属替えになった、エヴァンゲリオン弐号機と、その専属パイロット、「セカンドチルドレン」こと惣流・アスカ・ラングレーに関する全く「予定外」の、しかし非常に重要なレポートを報告するのが、このブリーフィングの趣旨だった。出席者は全部で6人足らず。だが、全員トリプルAクラスのプライオリティーを持つ最重要人物ばかりである。
 最前列に陣取るNERV司令、碇ゲンドウ、同副司令、冬月コウゾウ博士、同技術部チーフエンジニア、赤木リツコ博士といった面々は、文字通り「重鎮」としての威風を漂わせている。
 しかし、最高幹部達から少し離れた後ろの座席に収まっている三人の少年少女とおば……もとい、「おねいさん」は、そこだけ明らかにミスマッチな眺めを形作っていた。
 銀髪と言うべきか、空色と言うべきか、不思議な色合いの髪を持つ少女、「ファーストチルドレン」こと綾波レイは、最前列のお歴々に引けを取らない落ち着きぶりが異様であったし、その右隣の、黒髪の線の細い少年、「サードチルドレン」こと碇シンジは、何を思い詰めているのか、一目で分かるほど暗く沈んでいる。日向は詳しく事情を知らないのだが、この少年は、実の父親であるゲンドウと同席すると、普段に輪をかけて気鬱に陥る傾向があった。
 そして、一番ややこしいのが、シンジの右隣にいる頭一つ高い長髪の女性……日向の直属の上司に当たる……作戦部作戦一課課長の葛城ミサト一尉(本人註:2?歳独身Eカップ)だった。
 と言うのも……

 「ぐおおおおおおおおおおおお、ずぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」
 
 座席についてものの5分経たないうちに、この有様なのである。部屋に現れたときから、公務中にもかかわらず彼女はアルコール臭をぷんぷん漂わせ、すっかり出来上がっていたのだ。
 直属の上司の恥は、部下の恥。日向は、本人の代わりにすっかり恐縮して、身の置き所も知らなかった。

 (葛城課長……ヤバいッス……これ以上、我が作戦部の「伝説」を増やさないで下さいッス)

 そわそわとミサトに気遣わしげな眼差しを向けていると、冬月が先を促してきた。

 「あれは気にしなくても構わんよ、いつもより静かなくらいだ。それより続けたまえ」

 つまり、今はまだマシな方らしい、と日向は解釈した。最高幹部達には、既にミサトの「奇行」など意に介すほどのことでもなかったのである。事実、リツコは一度ちらっと後ろを盗み見ただけで、ゲンドウに至っては振り向きさえもしなかった。

 「し、失礼しました。とにかく、『セカンドチルドレン』の実戦能力に関しては、百聞は一見に如かずですので……」

 日向は愛想笑いを浮かべながら手早く手元のコンソールを操作し、部屋の照明を落とした。同時に、彼の背後の壁面がスライドしてスクリーンが現れ、中央の天井から、音もなくプロジェクターが降りてくるのを見やると、自らも演壇の脇に用意してあるパイプ椅子に腰を下ろす。

 そのときいつものように、父親の背中に「かまって光線」を照射していたシンジは、自分の左隣で、何かがさごそする気配を感じた。

 「?」

 不審に思ってレイの方を盗み見ると、彼女の手にはなぜかポップコーンの袋が握られている。

 「…………」

 パリッと袋を破って、おもむろにポップコーンを頬張り始めたレイを、シンジは見なかったことにして、正面に目を移した。しかし、右隣の大いびきと、左隣のバターの香りのせいで、気が散ってしまうのであった。

 3、2、1……

 数字によるカウントダウンが終わると、一瞬だけ全ての光が消えた。それからスクリーンに、波濤沸き立つ灰色の海原が浮かび上がる。その真ん中には、やけに存在感のある岩が、白波に洗われながらそびえ立っていた。

 「?」「?」「?」

 前列の最高幹部達の頭上に、すぽぽぽんと?マークが浮かぶ。寄せては返す波しぶきの音がサラウンドで部屋を駆けめぐる中、遥か水平線の彼方に小さな点が現れる。
 それは、一息の間にズームアップして、楓のマークでお馴染みの「NERV」のトレードマークに早変わりした。続けて、スピーカーからは、ギターの弾き語りによる、面妖なフォークソングが流れ始める。
 その調子っぱずれの声は、紛れもなく、いつも自分の隣のオペレーター席にいるロンゲの男のものだった。

 「……!!!」

 日向は危うく腰を抜かしかけた。自分がチェックしたときには、こんなどこぞの映画配給会社まがいのクレジットや、「主題歌」は入ってなかったはずである。
 すっかり狼狽してしまった日向は、背筋に寒いものを感じて幹部達に目を向けた。果たせるかな、彼らの一様に冷たい眼差しが、自分に照準を合わせているのを見た。

 「……」「……」「……」
 (し、知らないッス。俺は無実ッスよ!!)

 日向は、縮み上がり、涙を流しながら、つぶらな瞳で無実を訴えかけた。
 しかし、「冷酷非情」で知られる、この組織の大ボスには、姑息な媚びなど通用するはずもなかった。

 「なかなか楽しい演出だな。このことは記憶に値する」
 「…………」

 その冷え冷えとした一言で、日向は壊れてしまった。
 白目をむいてエヘエヘ笑い出した日向に、レイがポップコーンを頬張りながらじいっと熱い眼差しを注ぐ。

 (主題歌のない映画なんて、映画じゃないもの)

 にやりとほくそ笑む彼女の手には、いつの間にか一枚の音楽用マイクロディスクが握られていた。ラベルには「青葉シゲルBESTアルバム」と汚い字で書かれていた。


恋するセカンドチルドレン

悪夢のユニゾン 其の一



 その映像は、空母のアイランド(艦橋構造物)の6階にあるプリフライ・コントロール(発着管制所)から、飛行甲板を見下ろすアングルに固定されていた。飛行甲板上には何種類もの艦載機が駐機しているのみで、フライトオペレーションは実施されていないようだった。
 と、突然カメラクルーの叫び声が静寂を破り、アングルド・デッキ(進行方向に対して、斜め左の斜角を持つ着艦用の飛行甲板)の彼方に浮かぶ軍艦が、水柱を吹き上げて真っ二つに折れる瞬間を映し出した。軍艦を轟沈させた水柱は、そのまま海面を滑るように巨大な波しぶきを上げ、その動きを補足するカメラに二隻目を仕留める瞬間を捉えさせる。
 三隻目の軍艦が海の藻屑と消えた頃、ようやく戦闘配備を全艦に告げる警報が鳴り渡る。駆逐艦が艦隊の外延から殺到し、機関砲や、短魚雷を無秩序に乱発するが、波しぶきの勢いはまるで留まるところを知らなかった。
 一旦艦隊を突き抜けた波しぶきは、しかしUターンして再度突入してくる。魚雷の乱れ撃ちが奏功して、何本か命中したようだが、大して効果はないようだった。
 波しぶきは、幸いにも空母の横を通り過ぎた。だが、跳ね上げられた大量の海水が、瀑布のごとく降り掛かり、甲板上を洗い流していく。縦に横に、焦点の定まらない映像は、現場の混乱ぶりをいっそう引き立てていた。
 カメラが執拗に波しぶきを追いかけていくと、それは空母の後方に浮かぶ、巨大なタンカーに突進していくところだった。そして、波しぶきがタンカーと正面衝突した瞬間、タンカーの甲板を覆っていた幌が跳ね上がる。爆風で吹き飛ばされたのではなく、中にあった何かが発射されたためだ。
 その幌は、やがて幌をマント代わりに纏った人型のシルエットを逆光の中に描き出す。それは、明らかに「エヴァンゲリオン」だった。
 真っ赤なカラーリングが鮮烈なエヴァは、自ら難を避けて、手近なイージス駆逐艦のメインマストの上に着艦した。そこを足がかりに、あたかも「義経の八艘飛び」のごとき敏捷さで次から次へと船を飛び移り、空母の方へと近づいてくる。
 それに感応したのか、波しぶきがその後を追うように滑ってきた。空母の甲板上には、いつの間にか、コンセントが用意されていた。赤いエヴァは、ひときわ大きく跳躍すると、見事に空母の甲板上に着艦する。その衝撃で艦は左右に大きく揺れ、駐機していた高価な戦闘機が次々と海に滑り落ちていった。と、波しぶきもかなりのスピードで空母に肉薄する。赤いエヴァは、すかさずコンセントを背中に装着し、そしてアイランドの方へ4つの目を持つ顔を向けた。
 じいいいいいいっと、プリフライを見つめる赤いエヴァは、どうやら撮影されていることに気がついたらしい。

 『ねえねえ、ちゃんと綺麗に取れてる!? アタシの華麗な活躍をしっかりとトレースすんのよ!! ピンぼけなんかさせたら絶対に許さないんだからね!!』

 目前まで波しぶきが迫っているにもかかわらず、赤いエヴァはスピーカーからの音声で注文を付けてきた。

 『ねえ、これ衛星生中継されてないの? 今からでも遅くないからCNNでもなんでもいいから配信しなさいよ、それだけの価値は十分在るんだから!』
 
 クルーから罵倒の声が上がるが、赤いエヴァはまるで意に介した風もなくアピールを続ける。と、突然背後の波しぶきが暴発し、何か巨大な塊が甲板上の赤いエヴァ目がけて覆い被さった。その余りの大きさに「画面を埋め尽くす白」としか判明せず、それが何であるかは見当もつかない。

 『あああっ、何すんのよ!! この○×@*▼(検閲削除)!!』

 それがアイランドすれすれに甲板を飛び越えていくと、甲板の上には赤いエヴァは跡形もなくなっていた。どうやら、エヴァは「持って行かれ」てしまったらしい。

 映像はそこで終わり(海中撮影の機材がないためである)、後はナレーションでその後の戦況が説明された。海中で巨大な第六使徒と格闘した赤いエヴァ……弐号機は、生き残った軍艦のありったけの魚雷を使徒の口から体内にぶち込む国連海軍との共同作戦で辛くも勝利を収めた、という顛末。戦闘を終え、甲板に戻ってきた弐号機を迎えたのは、弐号機によって危うく命を失いかけたクルー達の盛大なブーイングだったという。

***

 エンディングテーマがフェイドアウトし、ブリーフィングルームに再び照明が戻ると、演壇には日向の姿はなかった。彼が座っていた椅子の上には、「探さないで下さい」と殴り書きされた紙切れが残されていたが、誰一人としてそのことに関心を払う者はいなかった。
 上映時間にして8分足らず……実質2分で、残り6分はオープニングとエンディング……のVTRだったが、そこに描き出されたドキュメントが物語った衝撃の大きさは、場に淀む異様な雰囲気からしても計り知れないものがあった。

 最初に重々しく口を開いたのは、冬月だった。

 「赤木君、セカンドチルドレンの教育担当者は誰か、知らないかね?」
 「二年前まで、ドイツにいた葛城一尉の担当でした」
 「ふっ……」

 冬月、リツコ、ゲンドウの間で取り交わされたこの短い会話に、万感の思いと、事態の本質が全て集約されている。特にゲンドウの「ふっ……」には、何とも形容しがたい、微妙で複雑なニュアンスがにじみ出ていた。

 「私はそろそろ委員会に出向かねばならん。冬月、弐号機の件に関しては後を頼む」
 「私も盆栽の水やりで何かと忙しくてな。赤木君、弐号機については後をよろしく」
 「私、今日歯医者の予約がありますから……葛城一尉を推薦します」
 「反対する理由は何もない。では、解散」

 彼らは、上意下達で責任をたらい回しにして、申し合わせたように席を立った。そして、同席していた少年少女&酔っ払いにはお構いなしに、そのまま連れ立って退室していった。

 「ぐおおおおおおおおおおおお、ずぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」

 弐号機に関する全権が委任されたともつゆ知らず、規則正しく繰り返される吸気と呼気のリズムは、相変わらず豪快だった。ミサトが一度眠りこけると、N2爆雷の爆風でも起こせないことを知ってる同居人のシンジもまた、放心しながら最前の映像に深い納得を噛みしめているところだった。

 「は、は……む、無茶苦茶だ」

 それが映像を見終えた直後の、シンジの率直な感想だった。度肝を抜かれたと言ってもいいだろう。
 そして、映像で判明している限りのこの破天荒な行動力の持ち主が、ミサトの「教え子」であると知れたとき、それはシンジの中で完璧な符号の一致を見せた。あまりにもそれは「分かりやすい」のだ。

 (これじゃ、ミサトさんが二人に増えるようなもんじゃないか。冗談じゃないよ……)

 NERVにさらなる変人が増えるという命題は、悲観思考の持ち主でなくても、願い下げにしたいものには違いない。そんな人物と共同戦線を張らねばならない身とすれば、それは「万事休す」としか思えなかった。

 ほぼ確定的となった明日について、シンジが対処する自信を喪失していると、左隣のレイが、無言で何かを差しだしてきた。ちなみに、シンジの分類によれば、彼女もまた「変人」の範疇である。

 「これ、あげるわ」
 「え? ……」

 それは、上映中に彼女が食べていたポップコーンだった。シンジは、まさか「あの」レイから物をもらえるなどとは思いも寄らなかったので、無意識にその、見た目だけはきれいな相貌をまじまじと見つめてしまう。

 「いらないのね」
 「え? あ、いや、ありがたくもらうよ」

 自分の絶句を、謝絶の意思表示と取られたと理解したシンジは、慌ててぎこちない笑みを浮かべ、好意を受けた。隣から漂っていた香ばしい香りがずっと気になっていたところでもあり、シンジは受け取った袋の中にさっそく手を差し入れた。

 「……あれ?」

 袋の中身は空だった。からかわれた! という思いがたちまち膨れ上がり、シンジは顔を赤らめながらレイを詰った。

 「ひ、ひどいよ綾波、中身もうないじゃないか」
 「そうよ。私があげたのは袋だもの」

 まったく身も蓋もない正論である。けれどシンジは、何か禅問答を挑まれた気分になり、返答に窮してしまった。
 深遠なる宇宙の真理が記されてでもいるかのごとく、空の袋をじっと見つめるシンジにはお構いなしに、レイはすっくと立ち上がる。

 「あれ、どこ行くの?」
 「帰るの。もう時間だから」
 「え? あの、ミサトさんどうしよう?」

 シンジは、咄嗟に自分の置かれた状況を悟った。このまま置いて行かれたら、最後に残された自分に責任がのしかかってしまう……美人には違いないが、だらしなくよだれを垂らし、時折内股をぼりぼりひっかく30テンパイ女の幻滅的な姿を盗み見ながら、シンジはレイに助けを求めた。

 「知らない」

 レイは、シンジ越しにミサトを一瞥して、そっぽを向いた。全くとりつく島もないとはこのことである。

 「あ、待ってよ!」

 すたすたとその場を離れるレイに置いて行かれじと、シンジは追いすがった。別に彼女と一緒に行動する理由はないのだが、ミサトを置き去りにするにあたって、何か勢いに頼りたかったのは否定できない。

 荷物を控え室に取りに行った後、二人は連れ立って正面ゲートに向かうエレベーターに乗り込んだ。エレベーターを待つ間も、乗り込んで降下を始めてからも、二人の間に一片の会話もなかった。
 シンジは、この時間が苦手だった。自分がレイのことを無視できない、逆に言えば意識していることを思い知らされるため、無言で居ることに焦燥感を覚えるからである。
 シンジは、心にずっと用意し続けていた質問を、清水の舞台から飛び降りたつもりで発してみた。

 「ねえ、綾波は、知ってたの?」
 「何を?」

 素っ気なく切り返され、シンジは戸惑いの表情を浮かべた。
 レイとの会話が息苦しく感じられるのは、内容の省略が殆ど効かない点に尽きた。要するに暗黙の了解という、意志疎通の基底にある一種の「共感」がもてないのである。相手に通じると思ったことが通じないという困惑の感覚は、そのままその人物との距離感を意味していた。

 「いや、日本以外の国にもエヴァがあって、僕たち以外にもパイロットがいたってこと」
 「ええ」

 レイの答えは、それだけだった。シンジは、しばらくレイの出方を窺っていたが、結局自分から口火を切らざるを得なかった。気を利かせなければ、という強迫観念が幾分か混ざっていたのかも知れない。

 「セカンドチルドレンの子って、明日学校に転入してくるんだっけ。どんな子なんだろう?」
 「わからない。会えばわかるわ」

 シンジは、めげそうになりながらも、幾分意地になって続けた。

 「あ、あのさ。その、惣流って子が来れば、きっとこれからの戦いも楽になるよね。なんてったって、僕らよりも凄いみたいだし、この前のヤシマ作戦みたいなヘマもしなくて済むだろうからさ」

 シンジの声は、だんだんと上擦っていた。自分が何をやっているのか? という疑問に耐えながらまくしたてたのに、その内容は口から蒸発していくような不安に駆られたからだ。口にするほど、その「惣流」という未知の少女に関心があったわけではない。会話など単なる契機に過ぎず、何かしらレイとの間に「共感」が欲しい。彼女といるときに常に感じるこの癒されない渇きは、その時々の自意識過剰の裏返しであることに、シンジはまだ気がついていない。

 「……でも、こんなこといつまで続くのかな。これ以上、僕たちみたいな思いをする子が増えなきゃいいんだけど……」

 レイは首だけ回して、とりとめのない熱弁を振るうシンジに顔を向けた。興味を持ったというよりは、刺激に対して反応しただけのようにも見える。

 「私にはわからないわ」

 シンジが言葉をつぐむと、レイはすかさずそう言った。ある程度覚悟していた答えだったので、シンジは肩をすくめただけだった。
 しかし、不意をつくように、言葉が付け加えられた。

 「命令があれば、出撃するだけだもの」
 「…………」

 シンジは、言葉を失った。そのどこまでも淡々とした口調とは裏腹な、とても自分と同い年の少女の台詞とは思えない、雷のような壮烈さに、打たれた形だった。
 前から気がついていたつもりだったが、やはりレイは何一つ自己判断を持っていないようだ。持てないのか、持とうとしないのか、それはシンジには分からなかったが、最近では、それが彼女の「能力」の欠如ではなく「信念」の自制なんだという確信が強まってきている。無論、当て推量に過ぎなかったが。

 (僕は、一体何をしてるんだ?)

 結局たどり着くのは自己否定を通じた、元の出発点への回帰だった。レイとの関わりは、発展性のない純粋な単純再生産を形作る。彼女は何も生み出してくれない。それは、余りにも不遜な考えに思えて、シンジは強いて考えるのを止めた。

 やがてエレベーターは目的の階についた。取りあえず、シンジは歩くという「目的」が出来た事に安堵した。



「ぐおおおお……お、ご……ふぇ、ふぇ、ふぇ……ぶえっくしょいっ!!」

 豪快なくしゃみ一閃、眠れる年増のお姫様は、勢い余って前の座席の背もたれ目がけて頭突きをかました。

 ゴツンッ!!

「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっっっ!!!」

 どうやら自力でお目覚めになったようである。しかし、突然自分を襲った痛みにしばらくのたうち回った。

「っつうううううう……あれ? ここはどこ?」

 額を抱え込んで痛みに耐えた後、ミサトは周囲をきょろきょろと見回した。あたりはすっかり闇に包まれており、今自分がどこにいるかは全く分からなかった。

「……ま、いいや。なんか酔いも醒めちゃったし……」

 ミサトは、気を取り直したようにジャケットの内ポケットに手をやる。そして、おもむろに取りだしたのは、ワンカップ酒だった。

「迎え酒迎え酒っと」

 舌なめずりしながらプルタブを引き抜き、それを一気にあおってみせる。

「ぷはーっ、やっぱこれよねこれ!」

 五臓六腑に染み渡った満足感を全身で表現すると、ミサトはさらに内ポケットから別のワンカップ酒を引っぱり出す。しかも一本や二本ではなく、一体どこに隠し持ってるのか、次から次へと湧き出てくるのであった。

「なんかつまみが欲しいわねえ……ん?」

 左隣の座席に、何か袋が落ちているのを目敏く見つけた彼女は、それを拾い上げた。シンジが忘れていった、ポップコーンの袋である。

「何よ、空じゃないの!」

 悪態をつきながらも、ミサトは袋に手を突っ込み、ポップコーンの粉を指ですくって舐め始めた。

「うーん、おいち。……それはそうと、アタシ何してたんだっけ? ……ひっく……うーん、呑んでたことしか覚えてないや、えへへへへ……ま、いいか。ひっく」

 酒さえあればいい。そうすれば、彼女は全てを忘れて、どこでも生きていくことが出来るのであった。


−つづく−


あとがきらしきもの

 半年前にほったらかしにしたままの、「恋するセカンドチルドレン」をようやくやっつける気になった安田トミヲです。
例によって、全面的に書き直しています(^^; 今回は綾波を絡めて、何かアスカとの対比らしきことをしてみようという意図なのですが、果たして上手くいきますかどうか。(笑)
 なお、このお話は全部で8編に分割しました。いつもは、前編だけ書いて後編を書かないという悪癖の持ち主なのですが、今回はその汚名を返上すべく、一応最後まで話を作ってあります。しかし、どうも修正パラノイアとでも言うべき悪癖はなおっていませんので、1編毎の公開間隔は、少し余裕をもっていきたいと思います。予定としては、3月の終わりまでには完結させられるように頑張る所存です。
 では、また次のお話で。

                                                        著者拝


文責:安田トミヲ
連絡先:tomiwo@asuka.club.ne.jp