あたしとシンジが、14歳の時の話。










ソファにすわって、窓の外をぼんやり眺めるあたし。
ふと、遠くの方から、風に乗って聞こえてくる笛の音。






何だろ? あの音は。
え、祭囃子?
ふぅん・・・・・。
やけに、楽しそうね。






こころが、うきうきするような。
それでいて、郷愁を誘うような。
そんな感じの笛の音。






どこでやってるの?

・・・・・ちょっとシンジ!聞いてるの?
その、お祭りって、どこでやってるって、聞いてるのよ?

まったく・・・ちゃんと人の話は聞いてなさいよ。

・・・ばか! 謝まんなくても、いいのよ。
ちゃんと、質問に答えてくれれば、いいんだから。
で、どこなのよ?

・・・・・ふぅん。街外れの神社でやってるんだ。

お祭り・・・・・か。

え? ドイツの祭りはどう、だってぇ?

知らないわよ。そんな・・・・・。
あたし、行ったことなんか、ないもん・・・。

いつも、家の中で遊んでたし。
ママも、留守がちだったし・・・・・。
楽しいことなんて、なかったよ。






ねえ、シンジ。
あんたこそ、どうだったのよ?

何が?って、日本のお祭り、よ。






ちょっと、何黙ってんのよ?






え・・・・・・・。






あ、・・・・・・・そっか。
シンジも、行ったこと、なかったんだ。






そう、なんだ・・・・・。






・・・・・・・。






ごめんね、シンジ・・・・・。
あたし・・・・・。










そうだ!

ねえ、シンジ、お祭り行こうか?

ちょっと、なーに困った顔してるのよ?




はぁ!?

楽しみ方が、わからない、ですってぇ?


あんた、ばかぁ?

ほんと、ばっかじゃないの?

そんな、お祭りくらいで、何、小難しいこと考えてんのよ。

いいのよ。とりあえず、飛び込んでしまえば。

楽しみ方なんて、そんなのないわよ。

あんたはね、くだらないこと、考え過ぎなのよ。

そんなん考えてる暇があったらねー。

少しは、その・・・・・えーと。










少しは、・・・・・あたしのことを考えなさいよ!!










いいわね?
さ、今日はお祭りに行くわよ。














【 夏祭 】

written by ぽてきち













アスカが寝室にこもって、かれこれ1時間くらい経つ。
「お祭りに行くわよ。」の、一言を残して。


何を、してるんだろう。
時折、クロゼットの中をひっくり返すような、ばさばさという音が、聞こえてくる。


まぁ、アスカに待たされることは、もう慣れっこになってしまったから、いいけどさ。
なんか、手持ちぶさたになっちゃったな。




うーん。




仕方がないので、ソファにすわり直して、ぼーっとする。
風に乗って、街外れの神社の祭囃子が聞こえてくる。


僕はそっと、瞳をつむる。
何だか、眠く・・・・・・・なって・・・・・・・来た・・・・・・・な・・・・・。










ばしーーーーーーーーーーーん!!


「ちょーーっと、バカシンジ! なぁーに気持ちよさそうに眠ってんのよぉっ!!」


アスカの大音量の怒号と共に、僕は思いっきり頭をひっぱたかれた。
眠気が、一気に吹き飛ぶ。


「な、何するんだよっ! アスカぁ!!」


さすがの僕もアスカの荒っぽい起こし方に、いらいらして、改めて、アスカの方を見る。






・・・・・あ。
きっとこの時の僕は、鳩が豆鉄砲をくらったような、そんな間抜けな表情をしていただろう。




「アスカ、その浴衣、どうしたの・・・・・?」

「・・・・・今日のような日のために、用意しておいたのよ。」

「・・・・・・・・・・・。」

「何か、・・・・・・・言うことはないの? シンジ?」

「あ・・・・・・・・ええと、その・・・・・・・。」

「何よ、はっきりしないわねー!」

「か・・・・・・・・、かわいいよっ。アスカ!」

「・・・・・・・・・・。(真っ赤)」

「・・・・・・・・・・。(真っ赤)」










たっぷり十数秒の沈黙の後に、照れくさそうに僕から瞳をそらしながら、アスカが切り出した。


「こんなことしてたら、お祭り、終わっちゃうわ。・・・・・行くわよ、シンジ。」

「う、うん。」


こうして、僕はアスカといっしょに、生まれて初めての夏祭に行くことになったのだった。















街外れの神社に近づくに連れて、祭囃子の笛や太鼓の音が、大きくなってくる。
それにつられて、あたしとシンジのどきどきも、高まっていくような気がした。






「うわ・・・・・・・あ。」

すごい、こんなの、初めて見たわ。




夜の帳がすっかり下りた、神社の参道には、色とりどりの出店が隙間を作ることなく、 びっしりと立ち並んでいた。


赤や黄色のランプに灯された出店からは、やきそばのソースのにおいやら、 わた飴の甘ったるい砂糖のにおいやら、イカやとうもろこしを焼く、 食欲をそそられる香ばしいにおいが漂い、それらがごちゃ混ぜになって、参道を満たしていた。


そして、行き交う人々の群れ。
あたしみたいに浴衣を着た女の子もいれば、学校帰りなのか、制服や、ジャージのまま歩いている 人もいるし、ステテコ姿のおじさんもいた。
その中でただ一つ、あたしの目を引く人たちが、いた。






家族連れ。
お母さんと、お父さんに手をつながれて、楽しそうに、歩いている幼い兄妹。






なぜか、胸が、締め付けられた。




鼻の奥の方が、つん、とした。




あたしは思わず、シンジの手を、きゅっと、握り締めていた。










「アスカ?」


優しくて、心配そうな、シンジの瞳。


あたしは、何も答えることができなかった。
言葉を発したら、涙がこぼれてきそうだったから。






確かめるように、ゆっくりとシンジが口を開く。


「僕が、いるから。」

「え・・・・・?」

「アスカが、さみしくないように・・・・・・・・・・、僕がいるから・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

「役不足かもしれないけど、僕が、アスカの・・・・・恋人で、・・・・・家族になれるように・・・・・、 がんばるから・・・・・。」

「・・・・・・・・・・うん。」






つないでいた手を、シンジがきゅっ、と握り直してくれる。
あたしより少しだけ大きくて、あたたかい、シンジの手。




「信じても・・・・・いいの?」

「・・・・・うん。」




不器用なやさしさに満ち溢れたシンジの言葉は、愛情とやさしさが欠けているあたしのこころに、 小さな明かりを灯してくれたような気がした。










目移りしてしまうほどたくさん並んでいる、出店の一店一店を、アスカと僕は、 ゆっくりと見ていった。

よっぽど、祭りが珍しいのか、アスカは蒼い瞳を見開いて、きょろきょろと、 周りを観察している。

僕の左手にはアスカの指が絡められ、右手には、金魚すくいの金魚が入ったビニール袋が、 引っかけられていた。

アスカは、空いている方の手に、りんご飴を持って、それを時々ぺろりと舐める。
アスカの赤い唇と、りんご飴の朱色が絶妙な色のバランスを生み出して、僕をどきどきさせた。






夜が更けてきた。






一通り、出店を冷やかし終わったアスカと僕は、神社の境内の裏に、並んで腰掛ける。
ここは、ちょっと高台になっているため、僕たちが住んでいる街のイルミネーションを見渡せる 絶好の穴場だ。
ただ、蚊が多いのが、ちょっと難点なんだけど。




幸い、というか、ここには僕らふたり以外の人はいなかった。
遠くに、祭囃子の笛の音が聞こえる。
時折、高台を吹き抜ける風の、ひゅう、という音と、神社の周りを囲む木々の、 ざわざわとした音が聞こえる。


それ以外は、静かだった。
アスカと僕も、無言だった。






小首をかしげるようにして、とん、とアスカが僕の肩に頭を乗せる。
アスカの甘いにおいが、僕の鼻をくすぐる。






そっと、アスカの腰に腕を回して、抱き寄せる。






風が吹く度に、アスカのアップにした髪のほつれ毛が、さらさらとなびく。






静かに、柔らかく流れていく、ふたりの時間。






ふいに、アスカがこちらを向く。
僕もつられて、アスカの方を向く。






深い蒼の瞳で、見つめられる。
せつないほどに潤んだ、アスカの瞳。






そっと閉じられる、アスカの瞳。






重なり合う、ふたりのくちびる。










どどーーーーーーーん!


「うわっ!」

「きゃっ!」


突然の大音響と共に、僕たちはびっくりして、くちびるを離す。


「な、一体何が起こったの・・・?」

「アスカ・・・・・、空、見てごらん。」

「え?」


僕が指差した正面の夜空には、一輪の大輪の花が咲いていた。


「今日、花火大会だったんだ・・・・・。」

「初めて・・・・・こんなに近くで見たのは・・・・・。」


漆黒の夜空に咲き乱れる、華麗な花たち。
その花たちは、一瞬で咲き、一瞬で散って行く。
その花たちは、はかなげな中に、壮絶な美しさを誇っている。
アスカも僕も、しばし花火に見とれていた。






「きれい・・・・・、ね。」

「うん。」

「あたし・・・・・、これからもずっと、シンジといっしょに、こういうの・・・・・見たいな・・・・・。」

「・・・・・・・・・うん。」

「・・・・・・・好きよ、シンジ。」






夏祭の夜。
ゆるやかに流れる時間の中で。
ふたりは「永遠」を誓い合った。










*fin*





☆あとがき☆

ぽてきちです。こんにちは。
今回は、ぽて初の「中学生のアスカとシンジ」の設定で描いてみました。
自分で言うのも何ですが、なんて純粋。(笑)
まだわたしにもこんな純粋な気持ちが残っていたなんてっ。(遠い目)
はあ・・・・・。

ではでは、失礼しました。m(_ _)m



・書いた日:98年8月17日









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