「何故…私は生きている……」
いつものように執務室のデスクに深く沈みこんでいるゲンドウは独りごちる。

 

 

「どうして…」
MAGIルームの中で気が付いたリツコは独りごちる。

 

 

 

「補完計画は、失敗、か…」
ボロボロになったアルピーヌA310の中でミサトは煙草を燻らせた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシがかえるばしょ。[4]
Writen by Patient No.324

 

 

 

 

 

 

 

――浜辺。正確には元は芦ノ湖だったのだが、今は太平洋と繋がっている。

赤かった海水は段々と元の青に戻っていく。

対岸に見えていたリリス=綾波レイの首も今はない。

その浜辺には1組の少年と少女。少女は少年の膝に頭を委ねている。

 

少女は眠っている。少年は海を眺めながら、少女の頭を撫でている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……状況を報告せよ」
ゲンドウが発令所に現れる。

「司令!」
発令所に残っていたのは青葉とマヤ。

日向と冬月の姿は見えない。

「MAGIは完全に停止、現在発令所はその機能を完全に失っています…」
マヤはゲンドウに何かを尋ねたいようだが切り出せない。

「戦略自衛隊の侵攻でD級以上の職員の大半が死亡、サードインパクトで日向のように還ってこなかった職員を考えると、多分……」
そう報告する青葉の制服にも多少の血がついている―銃撃戦の名残。
「じゃあ先輩は……先輩は…」

「…人を殺さないでくれる?」
「先輩! ご無事だったんですね!?」
「そう…ね……」

マヤはリツコが生きていた事を喜んでいるが、リツコには安堵の感が見られない。

「現状の把握に努めろ。生存者は職員・戦自の如何を問わず把握……他は追って指示する…」

そう言ったゲンドウには、今まで感じていた威圧感が全くと言っていいほど欠けていた。執務室に戻るのか、リフトに歩いていく。

「あ、あの、司令!」
「何だ…」

ゲンドウは青葉の呼び止めにゆっくりと振り返った。

「俺達、これからどうなるんスか?」
「君達が考える必要は無い……戦争における最大の戦犯はその組織の最高責任者だ…さっさと仕事に取り掛かれ」

ゲンドウはそれだけを言ってリフトに乗り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲンドウは執務室に戻り、デスクにつくと、右の引き出しの一番上の段の置くから拳銃を取り出す。

それを手にもったまま、執務室の更に奥に続く扉を開く。

床が水浸しになっている。

真っ暗な部屋の中、一箇所だけスポットライトを浴びている場所があり、そこにも机が置かれている。

ゲンドウはそれに腰掛ける。

 

いつもつけていた眼鏡は今は無い。

暗闇の先にあるのはホログラフ投影器。

ゲンドウはテスクに付いているスイッチの一つを押す。

いつもならはそこに現れるのはキールロレンツ=委員会の長の筈なのに、今映し出されているのは動かない、電動車椅子にも似た機械。

 

 

「生き残ったのは私だけか…」

 

 

手にしていた拳銃の弾倉を抜いて確認する。

 

デスクからメモ用紙とペンを取り出して、何かを書く。

 

銃のセイフティーロックを解除して、頭に突きつける。

 

「………」

 

一発の銃声が部屋に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ君?! アスカ?!」
「ミサトさん!」

後ろから声を掛けられて振り替えると、そこにはミサトが居た。ジャケットはズタボロに破れ、脚を引きずりながらシンジの方に歩いてい来る。

シンジは立ち上がって駆け寄ろうと思ったが、まだアスカが膝の上で眠っているのでそのまま待った。

 

「無事みたいね…」
ミサトはシンジの隣に腰をおろす。

「ええ…なんとか…」
「アスカ、大丈夫なの?」
「疲れて眠っているだけですから…ミサトさんこそ、脚…大丈夫なんですか?」
「ああ、これね…これ、シンジ君の所為だから」
「え?」
ミサトはくすりと微笑む。

「ほら、戦自の戦車を掃討するときに初号機で全力疾走したでしょ? アタシもあの時外に出てたものだから、煽りくらってぶつけちゃったわけ」
「すいません…」
「仕方ないわよ、アタシ自分がどこにいるかなんて連絡してなかったし…しようにもジャミング掛けられてたんだし? まあ命があったからいいわよ」

そう言ってミサトはけらけらと笑い、シンジの頭を抱きこんだ。

「ミサト…さん?」
「ゴメンね、シンジ君……」
「え……?」

「ずっと復讐したかったのかもしれない…前に言ったように。

 でも、みんな終わっちゃった……何にも残んないで………ゴメンね、シンジ君…」

「ミサト、さん……」
「ゴメン、自分勝手なのは分かってるけど…」

どう言って良いのか分からず、ミサトがするに委ねるしかシンジにはできなかった。

 

 

 

 

が。
「分かってるなら、さっさと離れなさいよねっ!」

びくっと撥ねるようにシンジから離れるミサト。

「あ、アスカ、お、起きてたの?」

左手で頭をボリボリ掻きながらアスカは起き上がる。

ミサトはアスカの顔を見た瞬間に顔が強張る。

「アスカ、その…眼…」
「ああ、ロンギヌスの槍が弐号機に刺さったときにさ、フィードバックの過剰じゃないかしら?それで潰れちゃったみたい」
「……痛みは……………」

ミサトは言葉を失ってしまった。

「そりゃ少しはね。でも別に興奮したりしなきゃ痛くないわよ」

「…………………………」

ミサトは返す言葉を咄嗟に思い浮かべられなかった。

アスカはまた頭を掻く。

「ミサト、大体アンタねぇ、シンジに謝るんならアタシにも謝りなさいよねぇ?」
「……ゴメンなさい、アスカ………」
「まぁーったく、こんな美人に一生ものの傷負わせて、どーしてくれるのよ、全く!」
「それは……なんとか、するわ……」

完全に項垂れるミサト。

「ハンッ!アタシはね、納得づくで出撃したの。出撃して殺し合いをしたの。結果傷がついてもそれは仕方ないじゃない?」
「アスカ……」
だが、その戦地に今回向かわせたのは誰でもない、ミサト。如何な理由があったとしても。

「アタシもシンジも! アンタも!!死にたくないから戦った!分かる?」
「ゴメン、アスカ…………」
「ゴメンって言うなら、ミサト、アンタ今日からアタシの奴隷ねっ」

「……は?」
ミサトの眼が点になる。

「言葉じゃなくて誠意を見せろっていってンのよ?」
当たり屋を彼女を知っているのかは知らないが、脅迫じみたアスカに『あ、うん…』とあいまいな言葉を返すミサト。
「じゃ、分かったらジュース買ってきて、コーラのペットボトル。3分以内ね。」

 

また、ミサトの眼が点になる。

 

コーラ? ペットボトルって?

つーか店 ないじゃん、どこにも。

 

 

「ほら、奴隷! こういうときは『行って参りますご主人様』でしょうが…まったく…」
「ちょっとアスカ!」
「何よ?」

右眉を吊り上げるアスカ。

顔にはっきりとした動作が出るとき、どうしても左眼に視線がそちらに向かってしまう。

「あーもう使えない奴隷ねぇ…いらないわよ、こんなのっ」

アスカが『ダメだこりゃ』といわんばかりに肩をすくめる。

「こんなのとは何よ、こんなのとはぁぁっ!」

ミサトも、ついに切れる。

「何よ、やる気?」
「何よ! こっちが下手にでてりゃぁ「ぷっ」

二人が立ち上がって互いに胸倉をつかみ合ったところでシンジが吹き出した。

そして、ゲラゲラと笑い出す。

腹を抱えて、ひーひー言いながら笑い転げる。

「ちょ、シンちゃん、大丈夫?」
「シンジ…?」

二人の心配そうな声をよそにシンジは笑いつづける。

二人は顔を見合わせる。

『シンジ(シンちゃん)壊れちゃった?』と。

 

「ゴメン…でも…昔みたいで…嬉しかったんだ……」

涙をこすりながら、でもシンジはまだ笑っている。

「はあぁぁぁぁぁぁぁ…気が抜けたわ…」
アスカは頭をぼりぼり掻く。

「アタシも……」
二人の頭から立ち上っていた湯気が消える。

「とりあえず、本部に戻りましょうか…」

アスカとシンジも、とりあえずどうしようもないのでミサトの提案に従って本部にちんたらと歩き出した。

 

アスカ…シンジ君…ありがと…
「何ぃ?」

後方を歩いているミサトの呟きが少しだけアスカに届いた。

 

「なんでもないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故…止める……」
ゲンドウがいつも着けている白い手袋が朱に染まる。

「あなたから、頂かねばならないものがありますから…」

「もう、私には何も残ってはいない…何もな…」

再び銃を取ろうとするゲンドウ。

カツカツ、とヒールを鳴らして傍に寄ると、そのゲンドウの頬を叩いた。

「残ってますわ、あなたの命が…」

銃を奪い取り投げ捨て、そしてデスクにゲンドウを押し倒した。

「何も無いのなら、私のために生きてください…」

 

そして、リツコはゲンドウに口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルフ本部内は、荒廃、の一言に尽きる。そこら中に血がこびり付いて、焦げた痕や、銃痕。がそこかしこに残っている。

MAGIが停止し、最低限のライフラインのみが生きている状態。クーラーも効かない内部は非常に蒸し暑い。

死んだ人全てがLCLに還元したままである事は幸いだったのか…

 

アスカも、シンジももしここに居たことを考えたら…

背筋に冷たい物が流れ、喉から水分が逃げていく。

 

 

「発令所に行ってみましょう…」
ミサトも出来るだけ見ないようにしながら、先を急ぐ。

 

 

 

「アスカちゃん! シンジ君!」
「葛城さん! 無事だったんですね?」

発令所にはマヤと青葉が戻ってきていた。本部は一通り見回したらしい。マヤの顔色は青ざめていた。が、シンジとアスカ、それにミサトが戻ってきた事に少しだけ顔色が良くなった。

「司令部で無事なのは?」
「俺とマヤ、後司令とい赤木博士っす」

「副司令と日向君が戻ってこず…か……」
ミサトの顔が僅かに曇る。
「で、司令とリツコは?」
「司令は多分執務室、赤木博士はちょっと…わかんないっすね…こっちに一度顔は見せたんですが、その後は一度も…」
「そう………で、被害状況は?」
「外部回線が不通、MAGIも基幹部分が壊死しているため復旧は目処が立ちません。地上施設・及びケージは壊滅ですね…行方不明者は数えるだけバカらしいっす」
「…壊滅、ね本当に」
「葛城さん…これからどうなるんすかね…」
「……巧く立ち回らないと、かなりヤバいでしょうね…」

 

ネルフ本部で出た死者の大半はその前に起きた戦略自衛隊の突入によるものだろう。だが、その後に起きたサードインパクトによって還ってこなかった人もいる筈だ。
―――世界中に。

 

「どうやってでも、生きるわよ、アタシは…」
ミサトは珍しく人前で煙草に火をつけた。

「ミサトさん、煙草吸うんだ…?」
シンジが少し驚いている。

「んーまぁ長生きしてりゃいろんなこと覚えるわよ」
と微笑う。

「とりあえず、シンジ君とアスカはどっかで待機しててくれない?これからどうするのか決めたらまた連絡するから…」

「ミサトさん…」
「ん、何?シンジ君」
「もう、エヴァも使徒もないのなら、僕達がここに居る意味は…」
「言いたい事は分かるけど…すぐには無理ね」

ミサトの表情が曇る。

「サードインパクトの事が落ち着くまではとても無理よ…暫くは各国の諜報部が入り混じって、混乱するわ。あなた達の安全を考えると仕方が無いのよ…」

「そう、ですか……」

 

 

 

 

シンジとアスカは更衣室で待つ事にした。弾痕や血が見当たらない部屋はここしかなかった。

二人とも部屋の中央に置かれているベンチに腰掛けている。

 

 

「全部、終わったね…」
「うん……」
「でも、すぐにハッピーにはなれないみたいね……」
「うん……」

二人の間に沈黙が流れる。

「包帯、外してみてもいい?」

シンジがポツリ、とこぼす。

「うん…」

アスカは右腕を持ち上げる。

シンジは、包帯を巻き取りながら彼女の腕から外していく。

彼女の白い手が見えた時、彼は眉をしかめたが、そのまま包帯を外していく。アスカは、無言のままである。

 

中指と薬指の付け根から、肩まで続く、アスカの白い肌に、更に白い傷痕。

 

頭に巻かれた包帯も外していく。

傷は見当たらなかったが、彼女の左眼は赤黒く濁っていた。

 

「プラグスーツも、脱がせて…」

 

背中のファスナを下ろして下にずらすと、腹部にはいたるところに裂傷の痕が走っていた。

 

腕に走っていた痕とは違い、色素が沈着したように黒ずんだもの、赤く染まっているもの…

 

 

「キズモノに、なっちゃった……はは…」

 

 

シンジはアスカの頭を撫でようとしたが、その手はアスカに跳ねられる。

 

「同情なんかしないでよ!」

「アス…」

シンジが続けるよりも早くアスカがキれた。

「負けたわよ! また!! 最後まで!!!

 結局アタシはずっと勝てなかったのよ!! 嘲笑いなさいよ!!!

 

………ちくしょう………ボロボロよ、もう………っ!」

 

 

 

アスカの言葉が止まったのは、シンジがアスカを抱きしめたから。

 

「僕達は、生き残ったよ……」
「……………………………」

「ずっと、訳の分からないままエヴァに乗せられて、戦って…イヤな思いをして、もうイヤだって思ったけど………

 生き残ったよ……

 だから、まだ最後じゃないよ……」
「じゃあ、いつ終わるのよ…」
「死ぬまで」
「何、あたきたりな事、言ってるのよ……」
「ゴメン、僕は、アスカみたいに頭が良くないから……」

アスカの腕がシンジの腰に回される。

「ホントにバカね……」
「そうだね………」

 

「ねぇ、アタシ傷だらけだよ? 醜くなっちゃったよ?」
アスカの声が低くなる。

「そうだね……」
「バカ、こういうときは、『それでも、愛してる』くらい言いなさいよ……」

 

そう言うと、彼女はシンジに腕を絡めたままベンチに横たわる――シンジに組み敷かれる格好になるが、腕をシンジの首に伸ばして、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上手にしないと、殺すからね…」
「酷いや、アスカ……………」
「ちゃんと教えてあげるわよ……ドコを触られるとアタシがキモチイイか」
「恥ずかしいよ、アスカ…」
「言ってるほうは、もっと、恥ずかしいわよ………んっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日に本部で確認された生存者は、ネルフ職員13名・戦略自衛隊職員30名だった。

 

 

 

Third Session Over.


あとがき。

こんにちは、患者324号です。最後までお付き合いくださってどうも有難う御座います。

 

劇場版のパートです。

大量に死んでます。

死体だらけです。

皆溶けてました。

 

 

シンジもアスカも生き残りました。

アスカ、キズモノになりました。おめでとう。 って書くと誤解されそうだな(汗) シンちゃんとひとつになれたからおめでとう。

ゲンドウ、ユイに見捨てられました。おめでとう(?)。

リツコ、生きてます。ゲンドウゲット成功おめでとう(でも趣味悪いよ、絶対(爆))

ミサト、生きてます。彼女が途中から出てこなかったのは、シンジの初号機のソニックブームを食らって気絶してたからです(笑)

青葉君、生きてます。 彼が生きてるのは、彼が徹底した現実主義者だったから、補完の世界を特に良いと思えなかったからです。ケッ

マヤも生きてます。 彼女の場合は補完されたおかげで現実に目覚めました。良かったね、百合から卒業できて(汗)。

ゼーレの皆さん、溶けっぱなしです。実はキールだけが生きてます。残念だったね(藁

 

 

久しぶりに長い話を書きました。

EoEが絡む話を書くのは、98年の劇場公開直後以来ですから、三年ぶりです。見に行ったときの事は未だに覚えています。朝からタクシーに乗って映画館にいったらまだ8時だってぇのにすげー並んでて、でも席にちゃんと座れました。横に座った、全然知らない方は春のDeath&Rebearthでアスカが復活したので、今回はきっと救われる話だろう、と期待してらっしゃいました。

 

終劇の文字が流れ、再び照明が点った時、彼は凄く暗い顔して、泣きそうな顔してました。

「もう一度見ます?」

とアタシが聞くと、

「耐えられないから、僕は帰る」

と席を立っていかれました。

アタシはもう2回見ました。

 

良い話だった、とは言いませんが、心に残りました。

うちに帰ってすぐに、PCの電源つけて、SSを書きました。所謂逆行物です。が、これは公表しませんでした。

――やっぱり、あれがあれなんだと。少し意味不明ですが。

 

 

 

ここでお話は終わりです。

 

でも、もう少しだけ、続く…のかな、きっと。

 

 

お読みいただき、有難う御座いました。

 

 

Patient No.324