〜朝〜
碇シンジの朝は早い。
どれくらい早いかというと、いつもセットしている目覚まし時計にその仕事をさせないくらい早い。
薄暗い、早朝の部屋。そのベッドの上で、彼は目を覚ます。
ぼーっと、まだ目覚めきっていない頭で、天井を眺める。
そして、
自分の左半身に感じる、自分ならざる重みを確認して、そっとそれへと視線を送る。
それは、幸せそうな愛らしい寝顔をして、シンジに縋り付いて眠っているアスカだった。
さて、どうしたものかな・・・
その自分に全てを預けている少女の寝顔を優しく見つめながら、
シンジは、ほとんど毎日のこととなった、アスカの束縛から脱出して朝の家事に向かう方法を考える。
自由に動かせられる右腕で、アスカの髪の毛をそっとなでてやる。
サラサラと音をたてて流れていくその栗色の髪。
う・・・ん・・・
シンジの手を感じるのだろうか、アスカが身じろぐ。
そのアスカの仕草で、今日の脱出法は決まった。
シンジの左肩に顔を埋めるようにしているアスカの、その肩をそっとおこして、
ふ・・・ん・・
薄く開かれている、そのかたちのよい唇に、そっと自らの唇をあわせる。
・・・・・・
アスカの反応をみながら、今度は、その唇を味わうかのように、そっと唇と舌とでなめるように、
ん・・・ん
そして、アスカの唇を完全に塞ぐと、ためらうことなく舌をアスカの口内へとさしこみ、口の中をさぐる。
むぅ・・・・ん・・・
静かにたゆたっていたアスカの舌が、シンジのそれを受けるように動き出した。
シンジにのっかっていただけのアスカの腕に力がこもる。
熱烈な口付けは、どれほど続いたのだろうか。
そっと、アスカの肩を押しやるシンジと、名残惜しそうに口をとがらすアスカ。
「おはよう、アスカ」
アスカは眠そうな顔でちいさく頷く。
「僕さ、朝の支度をしてくるからさ」
その言葉に、アスカは体全てをぐいぐいとシンジに押しつけて、いやいやをする。
「で、でも、朝御飯も、シャワーもいるでしょ?」
苦笑いを浮かべつつ、シンジはアスカを諭すように言葉を続ける。
・・・・・・
不満顔のアスカだが、今日も学校があることを思うと、シンジに従うほかないと知っているのか、彼女はしぶしぶ頷いた。
こくりと頷くアスカを、優しく抱きしめ、もう一度、今度はそっと唇をあわせたシンジは、彼女の束縛が緩くなるのを確認すると、ベッドにアスカを残し、キッチンへと向かうのだった。
シンジが去り、一人ベッドに残った、残されたアスカは、寝ぼけたままに広くなったその中で、一度大きくのびをしたあと、毛布を丸めて、抱きつくのだった。
それから感じるのは、世界一ときめいて世界一安心する世界一好きな匂い。
そして、
その主が残した、温もり。
アスカは、それら全てに身を委ねて、シンジが再び自分を起こしにくるのを待つのだった。
「ちょっとシンジ、まだなの?」
シンジの用意してくれたお風呂で身を清め、
シンジの用意してくれた料理で朝食をすませ、
シンジの為に丁寧に髪の毛を整え、
シンジの為に美しく身なりを整えたアスカが、
朝食のあと片づけに追われているシンジに声をかける。
「ぼやぼやしてると、ヒカリと三馬鹿の二人が迎えに来ちゃうじゃない」
そう言いながら、腰に手をあててイライラ顔のアスカ。
そう、いつの頃からか、学校に行くとき、彼等は決まって二人を迎えに来るのだった。
だが、アスカにとってヒカリは別としても、三馬鹿の二人を待たせることには些かの躊躇いも後ろめたさも罪悪感も持ちあわせてはいない。
それなら、何故イライラしているのか。
アスカとシンジには、親密な関係になってからの朝の日課があった。
おはようのキス?そんなものは当たり前。当たり前だし、既に濃厚なモノを済ませている。
それは、いってきますのキスであった。
別に二人して同じ学校に一緒に登校するのだから何の意味があるでもないのだが、
とにかく、玄関を出る前にキスをすることになっているのだ。
一応、周りの人間には二人が親密になったことを隠している(つもりの)二人としては、そんなところを、ヒカリや、ましてや三馬鹿の二人に見られるわけにはいかない。
従って、アスカはイライラと、シンジが早く準備を済ませるのをまっているのであった。
「ふう、終わったよ」
シンジがようやく最後の皿を乾燥機へと納めた。
「はやくぅ」
待ちきれないのか、既に玄関の扉の前までいっているアスカのもとへ、
シンジはエプロンを脱ぎ、急いで向かうのだった。
「ご、ごめん。遅くなって」
「そうよっ。早くしないと、いってきますのキスが出来ないじゃない」
「う、うん」
向かい合わせに並ぶ二人。
そして、お互いの身なりをチェックする。
「うん、今日もばっちりよ、シンジ。あっ、シャツが出てる」
「え?、ああ・・」
いそいそと直す。
「あ、アスカも今日も可愛いよ」
「当たり前でしょ」
しばし見つめ合い、
お互いをしっかり抱き寄せて、今日何度目かのくちづけをかわす。
キンコーン
「「いっかりくーん」」
来客を知らせるチャイムと突然の声。
その突然の声に慌てて離れる二人。
と同時に、鈍い空気音をならしながら開くドア。
そのドアの向こうには、ニコニコ顔のトウジとケンスケ、そして、穏やかな笑顔のヒカリがいた。
「ようシンジぃ、おはようさん」
「おはようシンジ」
「おはよう碇君、アスカ」
「を、おはよう」
急なことに動悸の跳ね上がったシンジだが、おたおたしながらもなんとか返事をかえす。
しかし、その顔がひきつっていていかにも不自然だ。
しかも、いつも元気良くヒカリに応えるアスカが、背中を向けて丸くなっているのがおかしい。
「どうしたのアスカ?」
「なんやあ?なにしとるんやぁ」
素直に気遣うヒカリと、なにも考えていないトウジ。
「な、なんでもないよ。ね、アスカ」
シンジの取り繕うような言葉に、アスカはくるりと顔を向けると、
「そ、そうよ。なんでもないわ」
と、台詞をあわせるのだった。が、その頬がほのかに赤くなっていたりする。
そのことに、気付いたのかどうか分からないが、
「そう?ならいいけど」
とヒカリはほっと胸をなで下ろすように言い、
「ほうかぁ」
と、トウジはあっさりとうなずくのだった。
そして、黙って眼鏡などを光らせているケンスケに気が付いた者は誰もいなかった。
〜朝〜
終
<あとがき>
ども!
HP第一弾は、SS「シンジくんの日常」です。
「惣流さんちの家庭の事情」はどうしたの?ってご意見はごもっともですが、なにせ、遅筆な私のこと。
気長にお待ちくださいm(__)m
さて、今回のSSがよくある題とよくある話であることは知っているつもりですが、
私も書いてみたかったのです(爆)
ちなみに、私のSSの基幹は『保護者 葛城ミサト』ですので、まだ読まれていない方はお手数ですがめぞんEVAの私の部屋(弐号館803号室)まで読みに行ってくださいませ。
その方が、数倍楽しめると思います(^^;
05/01/1998