〜とある昼下がり〜
別段、なんの変わりもない日曜日。
ミサトは今日も仕事と称して部屋を空けている。
窓の外に広がるのは、山の向こうから続く果てしない青空と、照りつける太陽、時折それを隠す綿のような雲。
そして、人気を感じさせない、第三新東京の街並み。
そんな昼下がりを、アスカはぼや〜っとリビングに座り込んで過ごしていた。
先程までで充分に堪能したシンジの愛情料理が、お腹の中でゆっくりと栄養に変わっていくのが彼女に眠気を誘う。
窓を透過する間に麗らかに和らいだ日差しと、程良い空調が、それに優しく拍車をかける。
かちゃかちゃかちゃ………
キッチンで、後片づけをするシンジ。
そんな彼の背中をぼんやりと見つめる目が、だんだんと瞼に支配されようとしている。
傾いでいく頭。
びくりっ
我に返るアスカ。
ほあ〜〜〜
大きな欠伸がひとつ。
「う〜〜〜、シンジぃ、ねむい〜〜〜」
目を擦りながら、ついに彼女は自分の実状を甘えた声で訴えるのだった。
「え? それなら、部屋に行って寝れば?」
アスカの声に手を休めず振り向きながら素っ気ない言葉で応えるシンジだが、それこそ身も蓋もない。
「う゛〜〜〜、そんなこといってんじゃないのっ。シンジぃ、こっち来てぇ」
案の定気を悪くしたアスカだが、今は眠気が勝っているのか、更に甘えた声を出す。
「うーん、ちょっと待って、もうすぐ終わるから」
シンジの手元に残るはお茶碗と湯飲み。
蛇口から流れる水に曝しながら、手際よくスポンジを走らせる。
「う゛ぅ、まてない〜〜」
まさしく駄々っ子のそれで、体を揺らすアスカに、シンジは苦笑いを禁じ得なかった。
「はいはい、もうちょっとだから」
最後の湯飲みが、水切りの上に並んだ。
エプロンで手を拭きながら振り向いたシンジが見たものは、その可愛らしい口を大きく開けて欠伸をしている最中のアスカの姿だった。
「眠そうだね」
エプロンを脱ぎ笑みをこぼしながらの言わずもがなの台詞を言うシンジ。
いい加減にしょぼしょぼしている目でそんなシンジを見返すアスカは、それでも彼が傍までやってきたことに嬉しそうな笑顔を漏らした。
「なに、部屋で寝ればいいのに」
ぺたりと床に座り込んでいるアスカの隣に、これまたぺたりと座り込むシンジの優しい声に、しかしアスカは首を振りながら自分の思うところを実行に移しながら応えた。
「いや、ここでシンジと寝る」
胸に甘えついたアスカの、甘い髪の薫りを楽しみながらも、シンジは戸惑うように彼女の肩を持つ。
「ちょっと、僕と寝るって………」
「なによ、今更照れることも無いでしょ」
シンジの胸に埋めた顔を持ち上げて、すぐ傍にある彼の顔を覗き込む。
確かに、一緒に寝ることは二人にとっては照れる事のない、一つの営みであった。
「いや、そういこと言ってるんじゃなくてぇ」
「…………………」
「どうして僕まで寝なきゃいけないのかな、ってことで」
「………………」
「僕にはやりたいこともあるし」
「…………」
「………?アスカ?」
「………」
アスカの機嫌を損ねないように慎重に言葉を選んで喋っていたシンジだが、アスカの反応が全く無くなっていたのに気が付いた時、彼女は既に、安らかな寝息をたてていた。彼の胸の上で、彼にしっかり抱きついて。
「やれやれ………」
ため息混じりに苦笑いするシンジ。
女の子が自分の胸に縋り付いて眠っている。しかも相手は、あのアスカである。彼の愛して止まない女の子である。
彼女の顔にかかる前髪の向こうに見えるその寝顔を見て、シンジはそっとその場に横になった。アスカをしっかりと抱えて、彼女が床に頭をぶつけないように。
「どうしてアスカって、眠いときは甘えん坊になるんだろ」
それは書き手も知りたいところであった。
彼女のその栗色の髪を優しく撫でながら、次第にシンジにも午後の睡魔がその手を伸ばしてきた。
ふぁぁぁぁ
期せずして口から漏れる大きな欠伸と、すっかり重くなった瞼。
アスカの戒めは振りほどこうと思えば振りほどけるが、シンジはそのままにすることに決めた。
「おやすみ………」
目の前にある愛しい娘の髪の毛にそっと唇を寄せて
確実に日の光を弱めてくれる窓。
その窓から差し込む日差しの下で、幸せそうに眠る二人。
別段変わりのない日曜が、今日も静かに過ぎていく。
〜とある昼下がり〜
終
<あとがき>
なんだかとっても短いですね(^^;
でも、OKでしょう。アスカが可愛いし(爆)
06/23/1998