クリスマス・イヴを迎えた第三新東京市は、飾り付けられた光のイルミネーションに彩られ、温かく輝いていた。

空から舞い落ちる雪が行き交う人々の足を止め、雪と光のファンタジックなハーモニーは、聖夜の街を更に輝かせていた。

そんな街の中心地から離れた閑静な住宅街でも、この場所は特別だった。

区画毎に立ち並ぶ家は、屋根の上から庭までクリスマス・デコレーションが施され、庭の樹木にまで、丹念に電球が巻き付かれていた。

どの家庭が、その嚆矢となったのかは判らない。 

しかし、クリスマスになると、こぞって近隣の家は全て見事な電飾を付けて、自が家の美しさを競い合っていた。

雪は次第に強くなり、その区画を通る人も車もまばらになった。

彼は、凍てつく寒さを堪えるように、手に息を吹きかけ両手をこすりながら歩いていた。

この寒さの中、帽子も耳当ても、マフラーもしていない彼は、どう見ても軽装だった。 

この冬場の天候の変化を読んでいなかったのか・・・それとも、防寒の準備をする余裕もなかったのかどちらかだった。

髪の毛には雪が付着しては、溶けて水滴となる・・・やがて、溶けるよりも積もる雪の量が多くなっていて、彼の漆黒の髪は、所々が白くなっていた。

 

そんな彼・・・碇シンジ・・・が、自分の経営する店にたどり着いた瞬間・・・彼は大きく目を見開いた。

 

降りしきる雪の中で、一人の若い女性が雪まみれになって佇んでいた。

その姿は、彼が見ても打ちひしがれ・・・全ての自信を失ったかのように、儚く佇んでいた。

「・・・ア・・・ス・・・カ・・・?」

彼は、目を見開いて、彼女だと確認すると雪道を慌てて掛けだした。

ギュッ・・・ギュッ・・・と、雪を踏みしめる音と間隔は、ドンドン高く短くなり、彼の腕は、呆然と佇む彼女の体を抱き留めた。

「アスカッ!!」

急に抱きしめられた彼女は、瑠璃色の瞳をゆっくりとシンジに向けた。

「・・・シ・・・ン・・・ジ・・・?」

彼女の小さな唇が、静かに動く。 シンジはアスカの体に降り積もった雪を振り払いながら、彼女に応えた。

「そうだよ! 心配したんだぞ! アスカが行方不明になったって聞いたから!!」

彼女が見つかったという安堵感と、心配を掛けさせた彼女への怒りで、シンジは自然と声が荒くなっていた。

その言葉に、彼女の体はピクリと反応した。

「シンジ・・・」

彼女は、シンジに腕を伸ばして しがみついた。 その態度は、あの気丈な彼女ではなかった。

「ど・・・どうしたの?」

余りにも突然の行動に、シンジは戸惑うより他になかった。

「シンジ・・・シンジ・・・シンジ・・・シンジ・・・」

抱きしめる腕の力が強くなり、彼女は彼の名前だけを呼んでいた。

 

惣流アスカ・・・自信を亡くした彼女は今、最後の心の拠り所に縋ろうとしていた。

降りしきる雪の中で、シンジはアスカを抱きしめながら、2階の自宅へと誘った。

 


空から零れたストーリー


The Girl who comes from sky 
K-part
 遙かなる想いとともに・・・
wrote by Tomyu


 

僕は、家に戻ると有無を言わせず、アスカを風呂場に押し込んだ。

いったい、雪の中どれだけ立ちつくしていたのだろう・・・自慢の長い髪の毛は凍り付いていた。

手袋もマフラーもしないであの場所に、ずっと立ってただなんて・・・風邪でもひいたら・・・凍傷にでもなったらどうするつもりなのか・・・?

心配を掛けさせた彼女へと苛立ちと、彼女の気持ちを思う感情とがぶつかり合って、僕はつっけんどんに彼女に接してしまっていた。

「左のドアがドライルームだから、服はそこで乾かせる・・・洗濯機と乾燥機は好きに使って良いから・・・」

戸惑うアスカに、バスタオルとバスローブを押しつけて、僕は浴室に通じるドアを閉じた。

そうでもしないと、アスカのような娘は絶対に無理をする。 無理をして風邪をこじらせてしまった日には堪ったものではない。

それに今の昂揚した気持ちでは、アスカに何を言ってしまうか判らなかった。

僕は、リビングルームに入って、エアコンのスイッチを入れた。 滅多に使わないから、ちゃんと動くだろうか?

一応掃除はしてあるから、大丈夫だとは思うけど・・・

そんな心配をしながら、コントローラーを操作すると やがて温風が静かに吹き出してきた。

そして僕は、ミカさんと連絡を取り、アスカを見つけた旨を伝えた。

電話口の向こうで、ミカさんが安堵の声を漏らしているのがよく判った。

《ごめんなさいね! アスカちゃんのこと、よろしく頼むわね! シンジ君。》

僕は「はい」とはっきりと答えて通話を終えると、携帯電話をテーブルの上に放り出して、ソファーに体を投げ出した。

「ふぁぁぁぁぁーーーー。」

ソファーにもたれ大きく両腕を伸ばすが、アスカを発見できた事から沸き起こる安堵感とそれ以上に感じる疲労感が僕の全身を支配していた。

眠っちゃいけない・・・僕はテレビのスイッチを入れて、睡魔と格闘していた。

しかし、アスカを探して、ほぼ半日走り回ったせいもあっただろう・・・

珍しく、暖かい部屋にしたせいもあっただろう・・・

知らず知らずの内に、僕は眠っていた。 ソファーの肘掛けとクッションを枕にして・・・

 

ふと気がつくと、直ぐ傍に瑠璃色の瞳があった。

 

純白のバスローブに身を包んだアスカが、僕に膝枕をして覗き込んでいた。

「あわわっ!!」

僕は慌てて飛び起きた。 不覚にも眠り込んでいたらしい、膝枕されていたことにも気がつかなかった。

「ご、ごめん! つい眠っちゃって・・・」

「ううん、平気・・・」

僕を見つめるアスカが、次第に傾いてきた。湯上がりのシャンプーの香りが、僕の鼻腔をくすぐっていく。

「どれくらい・・・寝てたんだろう・・・?」

「アタシがお風呂から出た時には寝てたわよ。 それから10分位かな・・・こうしてたの・・・」

「そっか・・・」

僕は、ソファーから立ち上がって、窓の外を眺めた。雪は相変わらず大地に降り注ぎ、漆黒の闇に白い世界を浮き出していた。

「すっかり積もっちゃったね・・・母さんたちの部屋を使えるようにするから、今日は泊まっていけば・・・」

振り返った先には、戸惑うような表情を浮かべるアスカが居た。

やっぱり、拙かっただろうか・・・? 僕はだんだん戸惑いを覚えるようになっていた。

咳払いを一つして迷いを振り切ってからは、母さんたちの部屋へ行き、ベッドカバーを被せた。 これでアスカはゆっくりと眠れる筈だ。

詳しい話は明日聞けばいい・・・アスカが話す気にさえなってくれれば・・・

僕は、この部屋にアスカを呼び寄せた。

「今日はゆっくり休んで・・・おやすみ・・・」

何か言いたげなアスカに笑顔を向けて、僕はドアを閉じた。

 

 

 

僕自身が風呂から出て、バスローブ姿のまま部屋に戻ったのは、それから約1時間ほど時間が経ってからの事だった。

すっかり夜も更けていて、隣の母さん達の部屋からも物音がしない・・・

アスカは眠っているのだろう・・・

僕はようやく安心して椅子に腰掛け、静かに本を読んだ。 これが僕の寝る前の日課・・・

自分では決して味わうことの出来ない物語の世界や、ヒトという生き物の心理や行動・・・その営みの積み重ねとしての歴史・・・

本はいつも僕をあたかもその世界にいるような気分にさせてくれる。

アスカは、いつも何をしながら眠りに就くのだろう・・・僕は、いつの間にか隣室で眠っているだろうアスカの事を考えていた。

 

その時・・・

 

コンコン。

 

ドアをノックする音が響いて、静かにアスカがドアを開いて入ってきた。

「シンジ・・・」

純白のバスローブに身を包んだアスカが、紅茶色の髪をすっかり下ろして閉じたドアを背にして立っていた。

「ん・・・? 眠れない?」

僕の問い掛けに、アスカは小さく無言で頷いた。

「今、ハーブティーを淹れてあげるよ。 どこか適当に座ってて・・・」

僕は、椅子から立ち上がってキャビネットの扉を開いた。 そこにはティーカップとお茶の葉が置いてあって、キャビネットには湯沸かしポットもある。

読書の供として、いつでも飲めるようにしてあるのだけれど、まさかアスカに淹れることになるとは思わなかった。

「ありがと・・・」

僕の机に寄りかかっていたアスカは、僕の淹れたハーブティーを両手で掴んで静かに飲んだ。

「ジャスミンとカモミールのハーブティーだよ・・・香りが気分を落ち着かせてくるんだ・・・」

僕はベッドの上に腰を下ろし、アスカに僕が座ってた椅子へ座るように勧めた。

しかしアスカは首を左右に振った。

「隣に・・・座っても良い・・・?」

「う・・・うん・・・構わないけど・・・」

ついつい答えがぎこちなくなってしまう・・・僕は椅子を手繰り寄せて、横に置いていたトレーを椅子の上に乗せるとアスカの座るスペースを確保した。

「こうして、シンジの右隣に座るのが当たり前になっちゃったね・・・」

アスカは左手で長い髪を掻き上げ嬉しそうに微笑んでいた。 でも、その笑顔が心からのものではないことは一目瞭然だった。

やっぱり、仕事のことで失敗したんだ・・・ミカさんと二人でアスカの部屋へ行った昼間の光景を思い出して、僕は確信した。

「いったい・・・何処へ行ってたの・・・? 何があったの・・・?」

思い切って単刀直入に彼女に尋ねると、彼女の表情に翳りが浮かんだ。

「アスカ・・・」

「あは・・・やっぱり仕事、降ろされちゃった・・・当たり前よね・・・勝手に穴開けちゃったんだもの・・・」

妙に陽気なアスカがそこに居た。 瑠璃色の瞳に何の輝きも感じさせないアスカがそこに居た。

「じ・・・自業自得だわ・・・世の中、アタシの代わりのデザイナーやクリエイターなんて、掃いて捨てるほど居るんだもの・・・ほんと・・・馬鹿よね・・・好き好んで棒に振っちゃうんだもの! マジ格好悪いわ!」

僕は、カップを両手に抱えて笑うアスカを見るのが本当に辛かった。

だから・・・

「・・・・!?・・・・」

アスカがピクンと反応した。 

僕はアスカの両手から空になったティーカップを取り上げて、静かにトレーの上に載せた。

二つの陶器のカップが、カチンと小さな音を立てて鳴り響いた。

右肩に僕の手の温もりを感じたのだろう・・・僕が肩を抱くのを切っ掛けに、彼女の声のトーンが変わった。

「だけど・・・今度こそ・・・頑張りたかった・・・アタシの力でやり抜きたかった・・・」

僕はどんな声を掛けてあげて良いのか、言葉が出なかった。 

溢れる想いは今にも爆発しそうなのに、肝心な慰めの言葉一つ思い浮かばない自分がもどかしかった。

震える声・・・小さな細い肩・・・それがアスカだった。 

自信満々で威圧感すらあった彼女の体が、今にも折れそうなくらいに華奢な存在だったことが、現実となって僕の身に襲い掛かってきた。

「馬鹿よね・・・アタシって・・・自分が頑張りさえすれば、どうにでもなるって思い込んでたのよ・・・何もかも・・・結果が出ないのは、努力が足りないせいだって・・・」

紅茶色の髪が揺れている。 

儚げに・・・朧げに・・・僕の心の中で、何か強い力で掻きむしられるような鈍い衝動が走った。

表現しようがない切ない気持ち・・・胸の中で沸き立つ想い・・・僕の全身がアスカを感じていた。

「アスカ・・・」

言葉に出したその声は、震えていた。 

だけど、ここでアスカを抱き留めなければ、アスカがずっと遠い存在になるような気がして怖かった。

 

「本当に馬鹿なのはアタシよ!」

「いい・・・もういい・・・」

「一人で先走って・・・色んな人に迷惑掛けて・・・それすらも気付かないで・・・」

「もういい・・・自分を責めないで・・・」

「それでも自分一人で生きていくなんて突っ張ってたなんて・・・とんだお笑いぐさだわっ!」

「やめろっ!」

 

反射的に僕は動いていた。

アスカを背後から抱きしめ、自分の胸の中へ抱き寄せていた。

「それ以上、自分を貶めないで・・・貶めて何が残るの?」

僕の中でアスカの体がピクリと反応するのを感じたが、僕は構わずに言葉を紡いだ。

「君は、愛されてるよ・・・キョウコさんにも・・・ミカさんにも・・・それは、アスカが一生懸命なのをみんな知ってるから・・・それに・・・僕だって・・・」

僕はその時、ハッと我に返ってとんでもない事を言いそうになっている自分に気がついた。

「シンジ・・・」

アスカの手が握りしめられている僕の手を触れてくる。 その手は小さく震えていて、どれだけ彼女が自分の中で抱え込んでいたのか窺えた。

アスカにとって、最後の心の拠り所は僕しかないんだ・・・そう思ったとき、僕の中の勇気が僕の背中を後押ししてくれた。

僕は机の引き出しを開けて、包装紙に包まれた小さな小箱を取り出して、アスカに渡した。

「これ・・・クリスマスの・・・プレゼント・・・」

「えっ・・・アタシに?」

驚いたように尋ねるアスカに僕は頷いて答えた。

アスカはゆっくりと包装紙を外して、小箱を開いた。 其処には、プラチナ台にトルコ石が載ったファッションリングが控えめに光を放っていた。

「ありがとう、シンジ! とっても嬉しい!」

「着けてあげるよ・・・」

僕は、指輪をケースから取り出して、アスカの左手を握った。

笑顔を見せていたアスカの瞳に戸惑いの色が浮かぶ。

僕は構わず、アスカの左手の薬指にゆっくりとリングを通した。

「シンジ!?」

驚いたような顔をするアスカに、僕は最後まで秘めていた想いを口に出した。

 

「・・・愛してるよ・・・アスカ・・・」

 

とうとう言ってしまった・・・僕がアスカに抱いている全ての想いを集約させた言葉を・・・

僕にとってこれ以上の言葉はなかった・・・だからこそ軽々しく口にすることは出来なかった。

だけどもう隠さないっ! 君が好き! 君を愛してる! ・・・・僕はアスカを強く抱きしめた。

「シンジ・・・」

アスカの声が震えていた。 アスカの瑠璃色の瞳が潤んでいた。

「アタシを・・・愛してくれるの・・・? アタシだけを・・・見てくれるの・・・?」

「うん。」

僕ははっきりと応えた。

彼女の問いかけは、僕への最後の確認のような気がしたから・・・それが僕には解ったから・・・

アスカは、瑠璃色の瞳を閉じて僕の唇を求めた。 

彼女の眼から溢れ出る涙を指で拭って、僕はアスカの唇を求めていた。

その形の良い唇に自分の唇を重ね、アスカの全てを自分の身に感じていた。

アスカの身体はまるで、彼女自身の寂しさを言い表すかのように震えていた。 

どんなに辛かったのだろう・・・どんなに心細かったのだろう・・・

 

だから暖めてあげたい・・・

 

そう思った瞬間、僕の中に重い衝動が駆け抜けた。

アスカが欲しい・・・

その感情に、僕自身が理性で抗うことはもう出来なかった。

僕は後ろから抱きしめていた手を緩め、ゆっくりと手前に引きながら身体を入れ替えた。

「・・・シンジ・・・?」

ベッドの上で仰向けになったアスカは瞳をゆっくりと閉じて、身を固くした。

「・・・アスカ・・・」

髪の香り・・・華奢な身体・・・バスローブの上からでもはっきりと判る密やかに息づく胸・・・

僕は息苦しさを覚えながら、彼女の上に覆い被さった。

「・・・いやぁ・・・」

耳元でアスカが小さく声をあげた。僕にしがみつく彼女の腕に力が加わったのが判る。

それでもアスカは僕の手の動きを遮ろうとしなかった。ギュッと目を閉じ、顔を真っ赤にして俯いていた。

「アスカ・・・」

長い髪の毛を優しく撫で、僕は彼女の首筋にキスをした。

「・・・あっ・・・」

身体を小刻みに振るわせるアスカに、僕はもう冷静でいられなかった。

アスカが欲しい・・・

もう僕はアスカの虜になっていた。

「アスカを・・・もっと見たい・・・」

僕はもう我慢が出来なかった・・・

僕達の着ている服が擦れ合う衣擦れの音が聞こえてくる・・・服の上から感じるアスカの温もり。

もっとアスカを欲しい・・・独り占めにしたい・・・僕の証をアスカに残したい・・・

 

シュル・・・

 

僕の想いは行動となって、アスカの着ているバスローブの紐を解いた。

「ああっ・・・」

彼女の身体に、一瞬電流が流れるかのような反応が走った。

「アスカ・・・」

僕は両手でアスカの着ているバスローブの胸元へ手を掛けた。

「待って。」

その時、アスカが僕の手を遮り、バスローブの合わせを押さえて声を上げた。

はだけられたバスローブから伸びた白い太股を隠すように裾を引っ張る彼女は、僕と眼を合わそうとせず、長い紅茶色の髪の毛の下で俯いていた。

「は・・・恥ずかしい・・・明かりを消して・・・」

震えるような声を出すアスカに、僕は激しい罪悪感を覚えてしまった。

アスカの弱気に付け込み、性の欲望のままに彼女を陵辱しようとしたのではないか・・・

そんなもう一人の自分が、僕を弾劾しているような気分になってきた。

「ご、ごめん!」

慌てて部屋の明かりを消し、真っ暗になった部屋の中で僕はもう一度アスカに謝った。

「ごめん・・・アスカ・・・」

余りにも自分がアスカの身体だけを欲しがっているような行動をしてしまったことが情けなかった。

そしてアスカに恥ずかしい思いをさせてしまった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アスカはベッドサイドにあるスタンドの明かりを静かに点した。 

ぼんやりと淡く点るオレンジ色の光が、アスカと僕の姿を弱々しく照らし出した。

「シンジ・・・アタシの言うことに、言葉で答えて・・・『うん』とか『ああ』とかじゃない・・・シンジの言葉で・・・」

戸惑う僕の手を握り、アスカはベッドの上に座り込んで、瑠璃色の瞳を潤ませていた。

その瞳には、僕に否やを言わせない程の切実な思いが籠もっていて、僕は拒むことは出来なかった。

 

「アタシ・・・シンジに甘えて良いの・・・?」

「うん・・・アスカに甘えて欲しい・・・」

「アタシ・・・シンジの傍にいて良いの・・・?」

「違うよ・・・僕がアスカの傍に居たいんだ。 アスカの力になりたいんだ。 アスカと手を繋いで生きていたいんだ・・・」

 

僕は、精一杯の笑顔で彼女に応えた。 僕は彼女のパートナーになりたいって、心から思っていた。

アスカは両手を顔に当て、小さく震えていた。

「アスカ・・・」

僕は彼女が心配になって声を掛けた。

その時、アスカがスクッと立ち上がって、ベッドから降り、部屋の隅へと走っていった。

「アスカ?」

驚いた僕は声を上げたが、部屋の隅からアスカの声が遮った。

「来ないで・・・ アタシが良いって言うまで目を瞑ってて・・・」

「う・・・うん・・・」

部屋の外は雪が舞っているのだろうか・・・時折、雪が落ちる音が聞こえ、彼方の街からクリスマスソングが流れていた。

その中で、小さな衣擦れの音が聞こえていた。

やがて足音が聞こえ、ベッドに横たわる僕の真横に腰掛ける感覚が伝わってきた。

「まだ・・・目を開けないで・・・」

毛布と布団の動く音が聞こえている。

「もう・・・良いわ・・・」

目を開くと、其処には毛布にくるまって、そこから顔だけ出したアスカが横になっていた。

「このベッド・・・シンジの匂いがする・・・」

枕に顔を埋め、アスカは笑顔を僕に見せた・・・その瞬間・・・

 

クシュン!!

 

可愛いくしゃみが僕の部屋に響き渡った。

「・・・寒い・・・」

アスカが小さくなって毛布にくるまっていた。 でも・・・オイルヒーターつけてるから、そんなに寒くはないのに・・・

そう思い立った瞬間・・・僕はようやくアスカの行動の意味が解った。

 

「今・・・暖めてあげる・・・」

 

僕はアスカの見ている前でバスローブを脱いだ。 

アスカは、僕の素肌を見るや否やクルリと背を向けてしまった。

今、僕が身につけているのは、小さなパンツしか履いていない。 だけど、僕は期待したかった。

アスカと結ばれる事を・・・

僕が、ゆっくりとアスカのくるまっている毛布の中に入っていくと、アスカが僕に抱きついてきた。

素肌の温もりが直ぐに伝わってくる。 女性のランジェリー特有のレースが、僕の胸や腹をくすぐっていく・・・

「シンジの身体・・・温かい・・・」

「アスカだって・・・温かいよ・・・」

僕は再びアスカの上に覆い被さると、もう一度キスをした。

僕の腕に抱かれながら、アスカはゆっくりと瞳を開いた。

「・・・シンジ・・・右手は大丈夫・・・?」

アスカが両腕を伸ばして、僕の右手を優しく・・・ゆっくりと擦ってくれる。

「うん・・・さっきお風呂でマッサージしてたから・・・」

「本当にごめんなさい・・・」

「えっ・・・? 何が?」

「一日中・・・探してくれたんでしょ・・・?」

僕の右手をマッサージしながらアスカは僕の方へと向いた。 その瑠璃色の瞳には僕しか映っていなかった。

「当たり前だろ・・・」

『愛してるんだから』という言葉を飲み込んで、僕は彼女に応えた。やっぱり『愛してる』なんて言葉は、軽々しく口にすることは僕にはできない。

「シンジ・・・」

アスカの両手が僕の手から離れ、僕の背中と頬にそっと添えられた。

僕を見つめていた瑠璃色の瞳は躊躇いがちに視線を虚空を彷徨わせ、やがて恥じらうかのようにゆっくりと戻ってきた。

「キスして・・・」

嬉しかった・・・大切な存在が僕だけを求めてくれた。

もう躊躇わなかった・・・アスカは僕の大切な人・・・もう誰にも渡さない・・・

その求めに応じるかのように僕は唇を重ね、アスカは吐息を漏らして細長い腕を僕の背中に回してきた。

キスをしながら、ゆっくりと毛布を下にずらしていった。 アスカの綺麗な姿を見たかったから・・・

「きゃ・・・」

アスカは白いブラジャーとパンティーを身に着けているものの、こんな形で自分の裸を見られた事に恥ずかしそうに身をすくめた。

僕は、彼女の美しさに目を奪われ・・・言葉を奪われた。

「いやだ・・・恥ずかしい・・・そんなに見ないで・・・」

白い下着の上から手で胸を隠すアスカは、僕の視線と必死に戦っていた。

「綺麗だよ・・・とっても・・・見惚れてしまう・・・」

ありきたりな言葉だけど、それしか思い浮かばなかった。

それでもアスカは、嬉しそうに・・・穏やかに微笑むと両腕をゆっくり開いて僕を呼んだ。

「シンジ・・・来て・・・」

布団をかけ直してベッドに潜り込み、僕とアスカはお互いの温もりを感じ合っていた。

薄明かりの下でアスカが僕に身を委ねていた。

口付けを交わして腕を伸ばし、指先で相手を感じる・・・寒い夜だからこそ、その温もりが嬉しかった。

「シンジ・・・」

「アスカ・・・」

瑠璃色の瞳が僕の腕の中でゆっくりと開き、僕を見つめる。

しかし、すぐにそれは潤んでしまった。

「アタシずっと・・・一人で生きていくつもりだった・・・男の人なんて要らないって・・・そう思ってた・・・」

僕の胸に顔を埋めてアスカは小さく震えていた。

「でも・・・シンジは違うの・・・アタシ怖かった・・・シンジの意識が戻らない時・・・またアタシは大切な人を失っちゃうんだって・・・そう思ったら、とても怖かった! とても不安だった! アタシを見てくれる人がまた居なくなっちゃっうって・・・!!」

僕は、その時ふとアスカのお父さん像を思い浮かべていた。

アスカにとって、男性とは父親そのものなのかもしれない・・・だけど僕は、アスカのお父さんじゃない。

そして、その事を僕は今立証しようとしてるんだ・・・

アスカの心が、沸き上がる波涛となって、彼女の口から溢れ出た。

込み上げる感情に抗しきれず、しゃくり上げる彼女が、限りなく愛しかった。

「解ってた・・・シンジにパパの姿を重ねてたって事ぐらい・・・だから、シンジがアタシを求めてきたらどうしようって・・・怖れてた・・・だけど、シンジのことを考えれば考えるほど、アタシ・・・シンジを拒めなくなってた・・・だって、シンジはパパじゃない・・・ シンジはシンジなんだもん・・・シンジが好きなんだもん! どうしようもなく好きなんだもん! 好きで好きで泣きたくなるくらい好きなんだもん!」

尚も一生懸命話そうとするアスカを僕は強く抱きしめて言葉を紡いだ。 

「もう何も言わないで・・・僕は此処にいる・・・アスカを愛してる。 ずっと傍にいるから・・・」

僕は全身でアスカを受け止めていた。

沸き起こる彼女の気持ちを受け止める・・・それは僕の想いを彼女に伝えることだった。

どんなに愛情を持っていても・・・どんなにアスカが好きでも・・・それを最後に伝えるのは言葉でしかないのだから・・・

「シンジィ・・・・」

僕に抱かれ、アスカは胸の中でシクシクと泣いた。すすり泣くアスカの声が、静かに部屋に響く。

こうして裸になって一緒にベッドに入ることさえも、彼女にとってどれだけ勇気が要ることなのか・・・?

アスカの気持ちに思い至ったとき僕は、彼女を抱きしめた。

「ごめん・・・なさい・・・・・・泣いちゃったりして・・・・」

「そんなことない・・・アスカの気持ちが聞けて・・・嬉しかった。」

僕は、アスカの涙を拭うと髪を撫で・・・優しく口付けをした。

キスをすることでアスカへの想いが伝わるのなら、幾らでも伝えたい。

「愛してるわ・・・シンジ・・・」

その時、アスカの声が僕に耳元に届いた。 その言葉が、僕にとっては何よりも嬉しかった。

この世で最も愛しい女性から聞かされた言葉は、僕にとって掛け替えのない言葉だった。

 

僕の心と身体が、何処までもアスカを求めていく・・・

「アタシをあげる・・・だから、お願い・・・アタシだけを見て・・・」

アスカの全てが僕を求め、僕の身体の全てをなぞっていく・・・まるで見えないものを形作るかのように・・・

「このまま・・・アタシを温めて・・・アタシにシンジの愛を頂戴・・・」

 

僕は、アスカの言葉に従うように、アスカの全てを愛した。

そして・・・    

ベットに横たわる僕の腕の中には、生まれたままの素肌をさらしたアスカが居た。

僕に抱かれ全てを委ねるように寄り添うアスカが居た。

「アスカ・・・」「シンジ・・・」

「「・・・・・愛してる・・・・・」」

遠くで鳴り響く教会の鐘とお互いの切ない吐息だけが、静寂の中僕達の耳に届いていた。

雪の夜・・・冷え切った身体を温め合うように僕達はお互いを抱き締めた。

アスカの吐息・・・アスカの温もり・・・僕は全身でアスカの事を感じていた。

僕の腕の中でアスカは・・・仰け反るように身を伸ばし・・・ 僕の全てを受け容れてくれた・・・  

 

聖なる鐘が鳴り響く夜に、僕達には聖なる誓いを交わしていた。

もう独りぼっちじゃない・・・いつでも一緒にいる・・・絡めた指先はしっかりと相手を繋ぎ止めていた。

初めて結ばれた僕達を祝福するかのように、聖なる夜は静かに更けていった・・・

 

 

 




 

 

 

陽射しが晴れやかに照りつけるその日・・・第三新東京市は久しぶりの晴れ間を覗かせた。

クリスマス・イヴの夜に振った大雪は、5日経った今でも名残雪として残っていた。

しかし、道路や通路の雪はすっかり除雪され、乾いた大地も顔を出していた。

僕は、第三新東京大学のキャンパスにやって来ていた。

論文は昨日締め切られ、今日は口頭試問の日だった・・・僕の試問は毎度の如くあっという間に終わり、今僕はアスカを待っていた。

冬晴れの陽射しは、地表に残った雪や雪が溶けだして作り上げた水面をキラキラと輝かせていた。

それはまるで、数多ある地上の星のように眩しく煌めいていた。

「お待たせ! シンジッ!」

ベンチに座って待っていた僕に、アスカがにこやかな顔をして走ってきた。

「お疲れさま・・・どうだった?」

僕の問い掛けにアスカは晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「おかげさまで・・・」

 

その一言が全てを物語っていた。

「よかったぁ! おめでとう! 頑張ったね!!」

僕は思わず溢れ出る気持ちを言葉にして言い表し、アスカを抱きしめていた。

「全部・・・シンジのお陰だよ・・・」

アスカの腕がきつく僕の体を抱きしめる。

「そんな事ないよ・・・アスカが最後まで頑張ったからじゃないか・・・」

「うん・・・」

言い終わるよりも早く、アスカは僕にキスを求めてきた。 

あの病院の病室で、気持ちを伝えたって以来、どれだけ僕はアスカとキスをしたのだろう・・・

そう思うと、僕はアスカという恋人が出来たことが、本当に嬉しくなっている。

喜びも悲しみも苦労も・・・全部分かち合っていける事の嬉しさがフツフツと込み上げてくる。

 

これが人を愛するってことなんだ・・・

 

僕は、抱きつくアスカの腰に手を回して更に抱き寄せた。

「あん! もう! ダメよ・・・こんな所じゃ・・・」

アスカが顔を真っ赤にして声をあげた。 なんだかとても嬉しかった・・・

二人で結ばれてからというもの、アスカはずっと僕の家に泊まり込んでいた。 

二人で論文を仕上げ、二人で僕の右手のリハビリのマッサージをし、二人で同じベッドに眠る・・・

まるで僕達は夫婦のような暮らしをしていた。 僕の洋服ダンスの空きスペースは徐々に、アスカの服やアクセサリー・下着に占領されつつある。

このままでは、家自体を占拠されるのも時間の問題かもしれないと思ったこともあった。

だけど・・・それは、一つの目標を達成するまでの間でしか存在し得ないものかもしれなかった。

つまり卒業までの・・・卒業式を迎えた翌日には、アスカは再び夢に向かって全力で羽ばたいていくのだろう・・・

「あの・・・アスカ・・・」

「ん? なぁに・・・」

僕は意を決してアスカに声を掛けた。

「話があるんだ・・・今から家に来ない・・・?」

仕事が無くなったといっても、アスカはデザインの道を諦めた訳ではない・・・捲土重来に向けて、きっとまた動き出すはずだ。

そうなった時、僕は彼女に何が出来るだろう・・・その未来予想図は、僕の中では不確定な要素が多すぎて、おいそれとは組み立てられなかった。

「・・・ねぇ・・・シンジってば・・・」

アスカが耳元で声を上げて僕の意識を現実に引き戻した。

「う・・・うん?」

「行くんでしょ? 話があるって・・・ 早く行こうよ・・・」

僕はすっかりアスカのことを考えて呆然としていたらしい。 先に歩き出す彼女を追って、僕は慌ててアスカの後についていった。

やって来たのは、当然のように僕の家・・・僕は、アスカをリビングのソファーに座らせた。

「話って・・・何?」

アスカは両手をソファーの脇に置いて僕の顔を見つめていた。

「う・・・うん・・・これからのことだけど・・・」

僕は真剣な眼差しを彼女に向けていた。 彼女もまた、静かに僕の方を見つめていた。

「アスカさえ良かったら・・・僕達の会社で働かないか・・・? 確かに小さな弁当屋だけど、みんな夢とか希望を持ってるんだ・・・ 僕はアスカにいろいろデザインをして貰いたい。 また本格的にアスカがデザイナーとして再スタートするっていうのなら、それまでの間でも構わない・・・一緒にやっていって欲しいんだ。」

僕はとうとう、自分の気持ちをアスカにぶつけていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アスカは何も言わずに黙っていた。 アスカという一人の人間にとっては、全くの畑違いの頼み事をしているのは重々承知していた。

夢を追いかけて大空を舞う彼女にとって、僕が広げた未来は、鳥籠に満たないようなほんのちっぽけなものだった。

それでも僕はアスカを必要としていた。 パートナーとして手を貸して欲しかった。 

初めて作った僕の弁当に手を伸ばしてくれたように、アスカと共に支え合い、一緒に生きていきたい・・・

それは・・・僕の正直な気持ち・・・だから・・・それは僕の・・・・

 

「それって・・・ プロポーズなの・・・?」

 

アスカは、静かに僕に尋ねた。

「えっ・・・?」

僕は正直動揺していた。 アスカに心を見透かされたような気がした。

「だって・・・シンジはアタシの夢を知ってるじゃない・・・それなのに、このアタシを籠に追い込もうとしてる・・・シンジって言う籠の中に・・・」

アスカは瑠璃色の瞳をまっすぐ僕の方へ向けていた。 

もう、誤魔化しは利かない・・・

 

「そうだよ・・・アスカ・・・ずっと僕の傍にいて欲しい・・・」

 

僕はアスカの手を握って、本当の気持ちを打ち明けていた。

「シンジ・・・・」

アスカは黙って僕を見つめていた。

躊躇うような表情と、歓びを味わうような表情が入り交じり、アスカは僕から逃げるように立ち上がった。

「あ・・・あのね! おばさまのお店から、アッサムの茶葉を失敬してきたの。 ロイヤルミルクティー淹れてあげるね!」

僕の家に居候してたとき、着替えとか荷物を取りに帰っていたけど、お店に行ってお茶の葉まで持ってきているとは思わなかった。

そして今も、アスカの荷物は確実に増えているような気がしていた。

そこから得られる答えは一つだと思いたかった・・・でも、一度しかない彼女の人生・・・じっくり考えて欲しいとも思った。

何て勝手なんだろう・・・アスカを待ち続ける間、僕は僕の中で葛藤を続けていた。

「はい、お待ちどうさま! アスカ特製のロイヤルミルクティーよ!」

トレーにティーカップを2客乗せて、しずしずと運んでくる様は、まるでドラマで見た新婚妻のようだった。

「あ・・・ありがと・・・」

僕は、アスカの淹れてくれたお茶を味わうように飲んだ。 

口の中で、アッサムティーの香りとミルクのコクが混じり合い、見事な味わいを醸し出していた。

「おいしい・・・」

「でしょ?」

アスカはにこやかにウィンクして応えた。 

「紅茶の葉の香りと、温められたミルク・・・この2つが揃って、初めて美味しいロイヤルミルクティーになるの・・・まるでアタシ達みたい・・・」

アスカは静かに呟いて、紅茶をゆっくりと口に付けた。

「それって・・・」

「アタシの論文の結論を教えてあげるね!」

アスカは、僕の横に座るとぴったりと身を寄せてきて、鞄から論文のコピーを僕に見せた。

それは見事に纏め上げられており、比較文化論や社会心理学にまで言及した内容になっていた。

(中略)

 確かに、女性が仕事を持つと言うことに抵抗や偏見を持っていた時代は存在していた。その名残は時を経た現在の世界に於いても、なお根強く残っている。 しかしながら、経済のグローバル化は、旧態然とした土地の開墾と狩猟に明け暮れたままの人類の意識を強引なまでに動かそうとしている。

 『男らしさ』『女らしさ』を生物学的な『セックス』で捉えるのか、はたまた『ジェンダー』で考えるのかによって、その個体個体を内包する社会は大きくその意識格差を広げていくだろう。かつて参政権すら持てなかった女性は、現在に於いては、一国の宰相にもなれる時代になっている。

 今や家事は女性だけの問題ではない。女性が意識を持つ個体としての個性と生き方を望むには、受け入れる男性もまた、女性同様、積極的に家事に携わらなければならない。 確かに男女の生物学的な差はあるかもしれない。しかしそれは平均値の話であり、個々の話ではない。 また、男女間に於いて普遍的な意識はあるかもしれない。
 しかし、誰もが普遍性だけで生きているのではなく、それぞれ個々の人生を生きているのだ。
一般論でまとめられる部分はごく僅かである。私たちは個別性をこそ尊重すべきなのではないか。
つまり、平均値から導き出される『傾向』は、人を見て判断する時の色眼鏡になってはいけないのだ。

 当然、『男なら〜』『女というものは〜』で語られる性別役割分業的な言説というものは、特に人間を扱う職業においては、可能な限り注意深く排除していかなくてはならないだろう。
 私たちは得てして互いに個として関わっていく時に、その『普遍性』に陥ってしまいがちである。
私はどう思うのか?
あなたはどう感じるのか?
それは何故か?
 私たちが今後『ジェンダー』について考える時、以上のような問いに甘えを許さず、個人としての価値観と人生観を語らねばならぬ厳しさに直面する事を自覚しなければならない。

  そして性別より先に、その個体としての人物がどのように生き、何を考えていくのかということが、何よりも人的資源を確保していく事に繋がり、社会自体を活性化させることに繋がっていく。 そしてそれは、今後の教育と社会制度のあり方の基本的な指針として示されなければならないのである。

 

僕は食い入るようにその論文を読んでいた。

とても僕では思いつかない内容に、僕は感嘆の声を上げるより他になかった。

「アスカ・・・」

「アタシね!・・・これを書いててやっと気付いたの・・・自分に出来ることじゃなくて、自分が何がしたいのかを考えるべきなんだって・・・アタシはシンジの傍にいたい。 シンジと一緒に同じ時間を歩んでいきたい・・・人は幾つでも夢は持てるもの。 アタシのデザインは他の人でも出来てしまう・・・でも、シンジの弁当はシンジにしか作れない。そんなシンジのお弁当作りを手伝っていくのが、今のアタシの夢なの。」

アスカの瞳に涙が浮かんでいた。

「ありがとう・・・アスカ・・・」

「このアタシが手伝ってあげるのよ・・・見返りの報酬は一生払って貰うわよ・・・」

僕たちは力の限りお互いを抱きしめた。

 

 

それからというもの、アスカは全てに渡って自信と躍動感を顕わにして、僕たちの店に入っていた。

結婚の約束を誓い合った翌日・・・アスカは正社員として僕たちの会社に入社した。

リニューアルオープンまであと僅か・・・それも暮れも押し迫った中での入社だったが、そこからがアスカは真価を発揮した。

ミサトさんとは、丁々発止のやりとりで、あっという間にチラシのデザインと印刷業者への発注を完了させてしまうし、マヤさんとは新たに改装された惣菜売り場の商品の配置について、楽しそうに打ち合わせしていた。

リニューアルオープンをしてからは、僕たちが外で弁当販売をしている間も、彼女が店内でリツコさんと惣菜販売でごった返す店の切り盛りをするしと、3人のお姉さま方も、アスカの能力を高く評価していた。

 

 

そして1年と数ヶ月が経ち・・・僕とアスカは郊外の小さな教会で結婚式を挙げた。

小さな教会だったけど、多くの人がお祝いに集まってくれた。

花嫁姿のアスカは照れくさそうにしていたけれど、笑顔で見守ってくれたキョウコさんやミカさんを見て涙を流していた。

あの時のアスカの眼から溢れ出た涙は本当に美しかった。

お互いの気持ちを伝え合い結ばれた時の晴れ間に見た、輝く地上の星にも似て、美しく煌めいていた。

夢は天空にあるものじゃない・・・地表に在って陽の光に煌めくものだから人は夢を追いかけるものだと僕は思った。

その事を、僕は多くの人に教えられた。

父さん・・・母さん・・・ミサトさん・・・リツコさん・・・マヤさん・・・キョウコさん・・・ミカさん・・・

そして・・・アスカ。

多くの人に助けられ、僕は大空に羽ばたいた。 だから僕は、高い空から地表に輝く多くの星々を見つけることが出来た。

「シンジ!」

隣には、純白のウェディングドレスを身に纏ったアスカが、輝くような笑顔を見せた。

「さぁ、行くわよ! みんながアタシ達を待ってるわ!」

「うん! これからも一緒に歩いてね! アスカ・・・」

「もちろんよ!」

僕とアスカは腕を組んで、ゆっくりとバージンロードを歩き出した。

その紅い絨毯は、多くの人が待ち構える輝く出口に向かって延びていた。

これから、どんな人生を歩むのだろう・・・どんな運命が待っているのだろう・・・

だけど僕は怖れない・・・しっかりと手を繋いだ相手が居るから・・・

 

 

「アスカ・・・これからは前を見て歩こう・・・」

「これが・・・アタシ達の未来への道ね!」

 

 

僕とアスカは、未来への長い道のりを今、一緒に踏み出した。

長く延びる道は、僕達の未来を予見するかのように光り輝いていた。

 

 

Fin・・・

Produced on Dec.13th '01


<後書き>

Tomyuです。ようやく、この連載を完結することが出来ました。

本作は孤独の中で今を生きることに必死なアスカと、多くの人の輪の中で自分の生き方を見つけだすシンジを対比させ、それぞれの長所を認め合って昇華していく物語でした。

楽しんでいただけたなら、作者としても幸いです。

長い作品に最後までお付き合い頂きましてどうも有り難うございました。

ご意見ご感想ございましたら、こちらまでどうぞ。