・・・違うか。
心なし、じゃなくて、実際いつもよりもずっと明るいんだ。
そして華やいだ雰囲気も漂っている。
それもそのはず、今はもう12月なのだから。
華やかなイルミネーション、綺麗に飾り付けられたモミの木、そしてそこかしこに立ちならぶ赤と白の衣装をまとったジジィ・・・なんて言っちゃヒドイか。
そう、街はあと少しでクリスマス。
この時期は、世界のあちこちで多くの人々がイベントに酔いしれる。
−−−愛する人と至福の時を過ごす人もいる。
−−−一人寂しい夜を迎える人もいる。
−−−家族の暖かさを噛みしめる人もいる。
・・・まぁ、いろいろだよね。一口にクリスマスなんて言ってもさ。
ただ、今までのアタシにとって、クリスマスってのはどちらかと言えばあまり楽しいイベントではなかった。
すぐ横を、小さな子供を連れた夫婦が通り過ぎた。
子供がショーウィンドーのサンタクロースの絵を見て楽しそうにはしゃぐ。
それを両親がいとおしそうに見つめている。
ふとよぎる、過去の記憶。
−−−なんであんなガキっぽいイベントで浮かれなきゃならないの?
−−−アタシはもう子供じゃない。
−−−アタシは早く大人になるの。
−−−クリスマスプレゼントなんて、アタシはいらない。
それが今までのアタシ。
・・・あ、「今まで」って言い切れるようになったんだね。
やっぱりアイツとの出会いは、アイツの存在は、アタシをこんなにも変えてくれたんだ。今なら、素直にそう思えるから、不思議。
なんだか、ちょっと悔しい気もしないではないけれど、そんな気持ちさえも今は気恥ずかしく、心地よい。
だから、だよね?
今年のアタシは、なぜかクリスマスが待ち遠しく感じる。
そう、今年のクリスマスは今までのクリスマスじゃない。
今年のクリスマスはアイツがいるから・・・。
クリスマス&100万ヒット記念SS
「Million Nights,Million Hearts」
「ただいまー」
「あ・・・アスカ、お帰り。」
家に帰ると、いつものようにアタシを迎える声が待っている。
待っているんだけど・・・?
「何ボーっとしてるのさ、アスカ?」
ふんっ、悪かったわね、ボーっとしてて!・・・ってそうじゃないんだっけ。
「アンタこそ、何してるのよ?出かけるの?」
シンジの装いは、まるで、というよりもうそのまんま外出するための格好だ。
こんな時間になっていったいどこへ行くつもりなのかしら・・・?
「うん、ちょっと。帰りは遅くなるから、先に休んでて。晩御飯とお風呂の用意はもう済んでるから。」
「あ・・・そう・・・」
我ながら、間抜けな返事とは思ったけど、するべきことがされていたわけだしそれ以上に
言葉がなかったのも確かで、アタシはシンジの後ろ姿をただ、見送っただけだった。
三日後−−−。
学校ではいつもどおりの光景がアタシの目の前にある。
傍らにはヒカリがいて、すぐそばでは三バカトリオ−−−言うまでもなく、シンジ、鈴原、相田の三人のことだ−−−がバカ話を繰り広げている。
いつもどおり・・・、そう、ホントにいつもと何一つ変わらないはずの光景のなかで、唯一浮いている存在がある。
シンジ。
アイツ、いったいどういうつもりなんだろう。
ここの所毎日、夕方になると必ず出かけている。
もちろん、夕食の準備などは今までどおりシンジがやってくれているので、なにも問題はないんだけど
でも、気になる・・・気になる?
ふぅ。
そんなため息を、表には出さずに、心の中でひとつ。
アタシがなんでバカシンジの挙動に気を取られなくちゃいけないの?
そう思うと、胸が苦しくなる。
そして悩みがひとつ消える。
そう、やっぱり気になるよね。
そう思うと、さっきまでの胸のつかえが取れる。
そして悩みがひとつ増える。
ああぁぁぁ、もうなんだか気持ちがぐちゃぐちゃになってきてる。
うぅん、ホントはアタシの気持ちはたったひとつのハズなの。
それを素直に出せないのは、全部アイツのせい・・・。
「アスカ、アスカー・・・アスカ聞いてるー?」
「・・・えっ!?あ、ああ何?ヒカリ」
いけないいけない、つい考え事してぼーっとしちゃったわ。
「どうしたのよ、アスカ。具合は・・・悪くないみたいだけど。」
「ん、まぁ、なんにもないわよ。気にしないで。」
そう、さりげなくかわしたつもりだってのに、ヒカリはいきなり核心をついてきた。
「アスカ・・・シンジ君のことなんだけど。」
「な、なに?いきなり。」
すると、ヒカリはほかの人には内緒、と言うようにこちらへ顔を近づけてきた。
なに?そんなに知られたらまずいようなことなの?と訝しがりつつも耳をヒカリのほうへ寄せる。
「昨日、夕ご飯の買い物に行ったときなんだけどね、シンジ君を見かけたの。だけど、その時ね、シンジ君、私の知らない女の子と一緒にいたのよ。」
ズクン・・・・・・。
その一言は、アタシの気持ちを一気に沈ませるのに十分なだけの重さで、アタシの心に響き渡る。
なぜ?どうして?
そんな想いがぐるぐる駆け巡って、アタシの心を乱す。
「アスカ・・・」
さすがに、騒ぎ立てる事はしなかったけど、それでも驚きと悲しみまでは隠し切れずそれに気づいたヒカリが気遣うようにアタシの顔を覗き込む。
そして、ヒカリの気持ちとは裏腹に繰り出されたとどめの一撃。
「アスカ、どうしたの?」
タイミングがあまりに悪い、シンジの気遣いがアタシに向けられる。
アタシの気持ちなんてまったく理解していない、バカシンジがアタシを心配そうに見つめてる。
「っ!!!なんでもないわよっ!バカシンジ!!!」
ガタンッ!
アタシはそう言い捨てて教室を飛び出してしまった。
ホントは嬉しいはずの、シンジの気遣いが、今はただ無性に許せなかった。
アタシは屋上に来ていた。
この時期、季節をなくしてもなお夏とは違った冷え冷えとした風が吹き抜け、アタシの髪を梳いていく。
なにも考えられなかった。
何も考えたくなかった。
でも、考えてしまう。
シンジのことを。
−−−シンジが知らない女と一緒にいた。
それだけと言えばそれだけかもしれないけど、でもアタシにはそれだけで十分だ。
アイツはアタシの知らない子と付き合ってるんだ・・・そう思うだけで心が締め付けられる。
知らずのうちに、頬がぬれ始めていたことに気づき、改めてアイツへの気持ちの大きさを想う。
そして素直になれない自分を呪う。
そう、結局はアタシが素直になれないのが悪いんだろうな。
たった一言、言ってしまえば伝わる気持ち。
それを隠してはけして伝わらない気持ち。
・・・特に超鈍感のバカシンジの場合は。
はぁ・・・シンジにとってアタシって何なんだろう?
やっぱりただの同居人?
EVAのパイロット仲間?
それとも・・・。
アタシはアイツのこと、特別だと思ってるのに。
今ではこんなにもアイツのこと想ってるのに
それでも伝わらない気持ちなら・・・。
「やっぱり、言うしかないよね、こればっかりは」
もう、どうしようもないもんね。
できれば、アイツにアタシのこと「好きだ」って言わせたかったけど、
決めた。やっぱり言おう。
クリスマスが来るまでに、アイツとの関係をすっきりさせよう。
こんなモヤモヤした気持ちのまま、毎日を過ごすなんてアタシには耐えられないもの!
ふと気がつけば先ほどまでの冷たい風はやんでいた。
今アタシの目の前に広がるのは、穏やかに晴れ渡った済んだ空。
アタシの気持ちも、こんな風に澄んだ、穏やかな気持ちでいたい。
そうなるために・・・いえ、そうするために。
アタシは教室へ戻るべく、きびすを返した。
ガチャ・・・
屋上と校内をつなぐ扉が開く。
ちなみにアタシはまだそのドアに手をかけてはいなかった。
アタシより先にそのドアを開けた人物は・・・ほかでもない、シンジだった。
「アスカ・・・」
「シンジ・・・」
なんだか、さっきの決心のせいか、いつものような強気のせりふは口をついてはこない。
むしろ、あまりのタイミングのよさにドラマを見ているときのような感動すら感じてしまったりして・・・。
うん、なんだか今なら、アタシの素直な気持ちを言えそう・・・。
「アスカ、委員長から話は聞いたよ。なんていうか・・・その・・・ごめん。」
「別に・・・アタシが勝手にキレて出ていっただけなんだし、ホントはシンジがあやまるような
ことでもないでしょ?」
そう、シンジが選んだ子なら、アタシにそれをどうこう言う資格はない。
ただ、自分の気持ちだけはちゃんと伝えたい。
いま、アタシにできるのはそうして、ちゃんと気持ちにケリをつけること。
だから・・・。
「でもね、シンジ、これだけは知っててほしいの。」
「・・・アスカ?」
「アタシは・・・アンタが、シンジのことが・・・好きだよ。」
「・・・え・・・えぇっ!?」
おそらく思ってもみなかったのだろう。
アタシからの突然の告白に、思いっきりうろたえるシンジ。
でも、一度つむぎ出した言葉は、最後の一言を言いきるまで止まらない。
「これだけは言っておきたかった。ヒカリから、シンジが女の子と会ってたって聞いたときすごく嫌だった。
シンジの好きな人がいまさら遅いかもしれないけど、アタシのシンジが好きだって気持ちは誰にも負けないと思ってるわ。
それでも、シンジがその子を選ぶなら、アタシもアンタのこと諦める。
悲しいけど、覚悟はできてるから。だから聞かせて。シンジがアタシのこと、どう思ってるか!」
「あ・・・あの、アスカ?」
さぁ、アタシは言ったわよ。
あとはアンタがアタシを振ってくれたら、僕は好きな人がいるって言ってくれたら、そしたら諦められる。
今夜はちょっと泣いちゃうかもしれないけど、明日は笑ってアンタの進歩を祝福してあげるから。
だから、ほら!
「アスカ・・・確かに僕には好きな人が、いるよ。」
そう、それがアタシだったら、最高なのに・・・。
「それは・・・アスカなんだよ。」
そう、シンジが好きなのはアタシ・・・アタシぃっっ!?
「な・・・・え・・・・っと・・・・」
モジモジするシンジの顔を見ながら、アタシはただただうろたえていた。
言いたい事は山ほどあった。
−何故?
−ウソ?
−どういうこと?
−信じられない!
とにかく頭の中がごちゃごちゃで訳わかんなくなっちゃったのだけは確かだった。
「アスカ・・・勘違いしてるよ・・・」
「え?」
「そ・・・その・・・僕が好きなのは・・・アスカだよ・・・。委員長が見たって言うのは僕のバイト仲間で・・・。」
「ま、待ってよ、仮にそれがホントだとして、じゃぁなんでバイトなんかしてるの?」
「それは・・・もうすぐクリスマスだろ?だから、アスカに何かプレゼントしたくて。でも、それにはお金が足りなくて、それで・・・。」
なんてこと・・・?
アタシは一人で勘違いして、勝手に沈んで、悩んで・・・。
でも、そんなことがどうでもいいくらいに思えるほどの、この想いが、この嬉しさが、アタシを包んでいた。
「ホントなのね?ウソじゃ・・・ないんだよね?いい加減なこと、言ってないよね?」
「うん・・・僕が好きなのはアスカだけだよ。」
もう、嬉しくて、でも突然のことで、頭が混乱してて、バカみたいに確認の言葉を繰り返してた。
それすらもままならなくて、アタシの喜びが最高潮に達したとき。
「シンジっ!」
アタシは思わずシンジに抱きついていた。
まだ、クリスマスには早いけど、シンジの温もりと、シンジの気持ちに包まれて、この時のアタシはとても幸せだった。
街を歩けば、独特の喧騒に包まれる。
そんな中を目的もなく歩くのは、なぜか不思議と心地いい。
その心地よさに包まれながら、アタシは街で探し物をしていた。
今日の目的はシンジへのプレゼントを決めること。
先日の騒ぎの後、シンジはアタシへのプレゼントを買うためにバイトをはじめたいきさつや仕事仲間の話などを、すべて聞かせてくれた。
ヒカリが見たという女の子は、結局アタシへのプレゼントを見繕うために、シンジが助っ人を頼んでいたと言うこともわかった。
そして・・・改めて、アタシとシンジはお互いの気持ちを確かめ合うことができた。
だから今はもう不安なんてなんにもない。
今は、シンジのこと、信じるだけ・・・。
というわけで、晴れてシンジの彼女に収まったアタシは、シンジへのプレゼントを買いに来たのである。
「なにがいいかな・・・シンジはこんなアクセサリーつけてもカッコイイかもね〜♪」
なんて、独り言まででちゃうほどアタシは舞い上がっていた。
そう、クリスマスはもう目の前だった。
ふと空を見上げると、そこにはすでに星がきらめいていた。
時間も忘れるほどに、プレゼント探しに没頭するなんて、少し前のアタシじゃ、想像もつかないわよね・・・。
クスッと一人笑って、また空を見上げる。
この広い空の下で、大勢の人たちが、それぞれ愛する人たちとともにクリスマスを過ごす。
それぞれの想いを胸に、それぞれの夜を過ごす。
アタシとシンジもきっとその中の一人。
今年のクリスマスは今までのクリスマスじゃない。
今年のクリスマスはシンジがいるから・・・。
今年のクリスマスはアタシの想いを、シンジに届けたいから・・・。
だから。
アタシはシンジに似合うプレゼントを求めて、再び歩き出した。
ATF100万HIT、おめでとうございます。
TOMOJIと申します。
このような拙い作品を読んでくださった方々に感謝いたします。
ありがとうございました。
おひさしぶりです、と言うにはあまりに時が経ち過ぎているのかもしれません。
2年半のブランクは、あまりに大きな壁でした。
筆が進まず、気の利いた言葉のひとつもひねり出せず、話の構成も思いつきのまま・・・。
それでも、たった一つLAS書きとして活動(笑)していたころと変わらない気持ちがありました。
それは「二人に幸せになってほしい」ということ。
その気持ちだけで、短いながらも最後まで書ききることができました。
願わくば聖夜のもと、二人の未来が祝福されんことを。
2000.12.24 TOMOJI