『東棟の第2、第3区画は本日18時より閉鎖されます。引継作業はすべて16時30分までに終了させてください。』
廊下に響くのはアナウンス。
――中央病院第一脳神経科 303病室。
病室前に掲げられたプレートに書かれた名前は「碇シンジ」。
彼は、渚カヲル―第拾七使徒を倒して翌日から数日間目を覚まさなかった。そのためにここに居る。ベッドで眠っているシンジ。その横で―眠っているシンジの傍で眠っているアスカ。
医師の診断結果は過度のストレスによる自律神経失調。 治療は時間が解決してくれる―と言う。
眠っているアスカの眼の下には黒々とした隅が出来ている。シンジが眼を覚まさなくなってからここ数日眠っていなかった。そして、限界に至ってシンジに重なるように眠りに落ちている。
部屋は物音一つしない。
外では蝉が鳴いている。
――第二発令所。
正面スクリーンには『EVA-01待機・EVA-02待機・EVA-00抹消・EVA-03抹消・EVA-04抹消』と表示されている。 別のウィンドウではカウンタが動いている。
「本部施設の出入りが全面禁止?」
それは先ほど伊吹マヤに入った報告。
「第一種警戒態勢のままか?」
もう一つ――日向が言った通り、第拾七使徒が来襲してから未だ警戒態勢は解かれていない。
「なぜ?最後の使徒だったんでしょ、あの少年が」
誰が言ったのか…17番目の使徒が最後の使徒、とされている。
「ああ、すべての使徒は消えたはずだ」
釈然としない表情の青葉。
「今や平和になったって事じゃないのか?」
「じゃあここは?エヴァはどうなるの?先輩も今いないのに」
「ネルフは組織解体されると思う。俺たちがどうなるのかは見当も付かないな」
使徒迎撃のための非公開組織ネルフ。使徒が消えたからにはその存在理由はない。
「補完計画の発動まで自分たちで粘るしかないか」
補完計画。
日向達、A級職員の間囁かれる単語。だが、誰一人として―一部の上層部を除いて誰もその内容を知らない。
釈然としない空気のまま、『何もする事がない』時間だけが過ぎていく。
――夜。
峠の待避所にハザードランプを点滅させ止まっているミサトのアルピーヌ・ルノーA310。
ハンドルにもたれかかり、思いふけっているミサト。
「出来損ないの群体として、すでに行き詰まった人類を、完全な単体としての生物へと人工進化させる補完計画。まさに理想の世界ね。そのためにまだ委員会は使うつもりなんだわ。アダムやネルフではなく、あのエヴァを。加持君の予想通りにね…」
彼女の視線の先にあるのはネルフ本部。黒のピラミッド。
彼女の中に今残っているもの。家族でも、恋人でも、なく――真実の追究。
彼女は再びA310のエンジンに火を入れ、派手なスキール音を立てて何所かへと走り去っていった。
――何処とも知れない場所=暗闇。
デスクに着いているゲンドウとその後ろに控えている冬月。
ブォン、という何かの装置に電圧が印加された音と共に1から12までの番号がついたモノリスが円周状に出現する。
「約束の時が来た。ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完はできぬ。唯一、リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ」
01、と書かれたモノリスから響いたのは、初老に差し掛かった男性の声。
「ゼーレのシナリオとは違いますが」
ゲンドウはいつものように口の前で腕を組み、そして色眼鏡。彼の表情を伺うことは出来ない。
「人はエヴァを生み出すためにその存在があったのです」
ゲンドウに続ける冬月。
「人は新たな世界へと進むべきなのです。そのためのエヴァ・シリーズです」
「我らは人の形を捨ててまで、エヴァという名の箱船に乗ることはない」
「これは通過儀式なのだ。閉塞した人類が再生するための」
「滅びの宿命は新生の喜びでもある」
「神もヒトもすべての生命は死をもって、やがて一つになるために」
口々に、モノリスがつむぐ。そこににじんでいるのは、ゲンドウへの侮蔑。
「死は何も生みませんよ」
今度はゲンドウの声にも、モノリスに対する侮蔑がこもる。
「死は君たちに与えよう」
01から、遺憾とゲンドウ達への侮蔑と決別を込めた声が響くと、それらが出現したときと同じ音がしてモノリスは消える。
「ヒトは生きていこうとする処にその存在がある。それが自らエヴァに残った彼女の願いだからな」
『彼女』それが誰を指しているのか――何を傍らの男性に伝えたいのか、分かっている筈なのに、傍の男 ゲンドウからは何のリアクションもなかった。
――ネルフ本部・集積CPU室。
「そぉ、これがセカンド・インパクトの真意だったのね」
持ち込んだノートPCのモニタに流れた情報を見て、ミサトは皮肉を含んだ笑いを浮かべる。がミサトが呟いた瞬間、いきなり警告音が鳴る。
「気づかれた!?」
突然、モニタに表示されていた情報が消え――リンクが切断される。
脇に置いてあった銃をとり、周りを警戒する。
「いえ、違うか、始まるわね」
物音…はしていない。ミサトのハッキングに気づかれたわけではない。
『真実』を掴んだミサトにはこれから何が起こるのか―知ることが出来た。
PCはそのままに、銃だけをホルスターにしまうと、ミサトは集積CPU室を出て行った。
アタシがかえるばしょ。[1]
Writen by Patient No.324
――303病室
「アスカ……」
「シンジ?」
アスカはすぐに目を覚ます… 一番聞きたかった声だったから――
「シンジ?、大丈夫、ねぇ? もう大丈夫なの?」
シンジの肩をがくがくと揺さぶるアスカ。
――シンジが倒れて、病院に担ぎ込まれたときのアスカのうろたえ様は、今まで誰も見たことがない程酷かった。身体に異常はない、という医者に突っかかり、うちに帰って休むように看護婦やミサトに言われても頑なに聞き入れなかった。
『ここにいる』、と言ってずっとシンジの傍を離れない。
シンジは、アスカの頭をなでる。
「大丈夫、もう大丈夫…」
「ホント?」
「うん…もう大丈夫だよ…ありがとう、アスカ」
アスカの頭撫でていた腕を腰に滑らせ、アスカを引き寄せる。
「夢を、見てたんだ…」
アスカを抱きしめたまま、シンジはつむぎ出す。
「夢…?」
「うん、夢…学校でアスカとケンスケと、トウジと、洞木さんと、綾波と…勉強してた頃」
「少し、前?」
「ネルフのテストできつくて、授業中に居眠りして、アスカに脚を蹴飛ばされて、休み時間になって怒られて洞木さんにも怒られて、アスカも一緒に僕をバカにして、トウジがアスカを茶化して、洞木さんが怒って…五月蝿くなると綾波が『五月蝿いわ、静かにして…』って、みんな静かになって、でもアスカは綾波につっかかって…」
「そんなこと、あったっけ…?」
アスカはシンジの胸にその身を委ねて、シンジの胸を撫でている。
「うん…あったのかもしれないし、夢なのかもしれない…」
シンジは微笑む。
「カヲル君と…」
その名前が出たとき、アスカの身が僅かに震える。そんなアスカの頭をシンジは包み込むように撫でる。 彼の眼は、遠くに、空の向こうへと。
「ターミナルドグマで、話をしたんだ…そのときは分からなかったけど……」
「何を、話したの?」
アスカはシンジの体を強く引き寄せる。同じように、アスカを抱きしめるシンジ。
「よく、分からなかったんだ、そのときは。なんでカヲル君を殺さなきゃいけないのか、どうしてカヲル君が死にたがるのか…」
「死にたがる?」
アスカはシンジを見上げる。
「『君達は死すべき存在ではない。さあ僕を消してくれ』って…なんで、どうしてって…」
実際に交わされた会話はもっと長かったのだろう。その内で最もシンジに響いた部分。
シンジはいきなりより強くアスカを抱きしめる。折れんばかりに。
「ちょ、どうしたの……」
シンジは、泣いていた。
アスカは体を滑らせるように動かして、シンジのの頭を抱きこみ、撫でる。
アスカの胸の中で、シンジのすすり泣きが聞こえる。
「ゴメン、濡らしちゃった」
ひとしきり泣いて、シンジは呟く。
「いいわよ、ほっとけば乾くから…」
「カヲル君は、使徒と人は決して相容れる事がないから、一つに戻るために存在する自分―絶望の子供と、悲しみを知ってなおかつ前に進んでいく、人とは、相容れないから…だから、殺して、って僕に言ったんだ…そして…」
シンジはまたアスカを強く抱きしめる。
再び、アスカの胸元を濡れる。
アスカは黙って聞いている。ずっとシンジの頭を撫でながら。
「どうして、こんな事するんだって…聞いたんだ」
「生き続けることが僕の運命だから、人が滅びても…でもこのまま死ぬことも出来るから、生と死はカヲル君には等価値だからって…分からなかったんだ、そのときは」
「カヲル君がどうやって生まれたのか、話してくれたんだ…」
シンジは頭をアスカの胸から上げ、また外を、空を見上げる。
そらは、はれ、たかく、たかく あおく、どこまでもあおく
「カヲル君は、綾波と同じように生まれたって…色々な場所を転々として、でもいつも一人、誰も自分に触れてくれる人がいなくて…」
シンジはカヲルが言ったことを全て覚えているわけではないし、またアスカには伝えられないような内容もあった。
カヲルの生、それは実験動物としての生だった。
作り出されてからずっとLCLの中で様々な実験をされ、死ぬような目に遭い、そしてその場に居た人を皆殺しにした事、
研究所を脱走してからずっと世界を転々とした事、
スラム、と呼ばれる地域で無駄に殺されていく人々を、難民キャンプで一度も何も口にすることもないまま死んでいく赤子を、
この世で得られる全ての快楽に浸っている人を、人を虐げ、その命を奪うことでしか充足しない人を、
様々な人を見た。
そして、カヲルは再び研究所―SEELEに戻り、ネルフへと来た。
「人が生きていくべきなのか、分からなかったんだって、ずっと…」
「でも、僕達に会ったときに、思い出したんだって…」
「何を?」
「希望。だから……」
その後をシンジが紡ごうとしたとき、病室に警報が鳴り響く。
第2発令所には警告音が響き、側面モニターは赤い警告文字で埋め尽くされている。 唐突な自体に、オペレータの飛び交う声に狂乱が伺える。
「左は青の非常通信に切り替えろ。衛星を開いても構わん。そうだ!右の状況は?」
受話器を片手に指揮を取っているゲンドウ。
「外部からのチャンネル盗聴、専用回線が一方的に遮断されています」
オペレータの悲鳴。
「敵はMAGIか…」
受話器を置く冬月。
「すべての外部端末からデータ侵入、MAGIへのハッキングを目指しています」
その冬月を肯定する青葉。
「やはりな。侵入者は松代のMAGI2号か?」
「いえ、少なくともMAGIタイプ5、ドイツと中国、アメリカからの侵入が確認できます」
「ゼーレは総力を挙げているな。彼我兵力差は1対5、分が悪いぞ…」
冬月の顔色が若干だが、悪くなる。が周囲にはそれに気づく余裕は最早ない。
「第四防壁突破されました!」
「主データベース閉鎖。だめです!侵攻をカットできません!」
「さらに外郭部侵入。予備回路も阻止不能です!」
オペレータ達からは、冬月の懸念が現実の物になろうとしていることが伺える。
「まずいな、MAGIの占拠は本部のそれと同義だからな…」
『総員第一種警戒態勢。繰り返す、総員第一種警戒態勢。D級勤務者は可及的速やかに所定の配置に就いてください』
総員第一種警戒態勢、であったはずなのにな? と冬月は思う。 が所定の位置に着いたまま3日も過ごす事が無理なのから―
まして、明確な理由もなしに。
発令所のざわつきとは打って変わって何の音もしなかった暗い独房。
暗闇の中、俯いてベッドに腰掛けているリツコ。
「分かってるわ。MAGIの自律防御でしょ」
「はい、詳しくは第2発令所の伊吹二尉からどうぞ」
「必要となったら捨てた女でも利用する・・・エゴイストな人ね」
リツコは嘲笑を浮かべる。リツコを迎えにきた職員は勘違いしたが、それは自分に対しても向けられたものだった。
「状況は?」
発令所に早足で向かっているミサト。その手には携帯が握られている。電話の相手は直接の部下、日向。
『「おはようございます。先ほど第2東京からA-801が出ました』
「801?」
『特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲』
「そんなの飲めないって分かってて?」
『最後通告ですよ』
「じゃあ、別に何らかの手段を使ってこちらへの侵攻を試みるはずね」
『ええ、そうです。現在MAGIがハッキングを受けています。かなり押されています…あ、伊吹二尉に替わります』
『伊吹です。今、赤木博士がプロテクトの作業に入りました』
「リツコが?」
ミサトがリフトから上がってくる。
――MAGI−CASPERの中
「私、馬鹿な事してる。ロジックじゃないもんね、男と女は。そうでしょ。母さん・・・」
CASPERそのものである、人工頭脳のカバーをなでる。そして彼女はタバコに火をつけた。
『強羅地上回線、復旧率0.2%に上昇』
「後どれくらい?」
スクリーンを睨んでいるミサト。
「間に合いそうです。さすが赤木博士です。120ページを…」
「MAGIへの侵入だけ?そんな生やさしい連中じゃないわ。たぶん…」
リツコの腕には感謝するけど…でもそれだけで終わらないことは『分かりきったこと』である、ミサトの中では。
「MAGIは前哨戦に過ぎん。奴らの目的は本部施設及び残るEVA二体の直接占拠だな」
「ああ、リリス、そしてアダムさえ我らに有る」
発令所の上方、ゲンドウと冬月の会話はミサトの予測を裏付けるものであった。
「老人たちが焦るわけだ」
「MAGIへのハッキングが停止しました。Bダナン型防壁を展開、以後62時間は外部侵攻不能です」
マヤがゲンドウへ報告をする。声にはこれで大丈夫という安心感が出ている。
再び浮かび上がったゼーレのモノリス――
「碇はMAGIに対し第666プロテクトを掛けた。この突破は容易ではない」
「MAGIの接収は中止せざるをえないな」
「出来得るだけ穏便に進めたかったのだが致し方あるまい。本部施設の直接占拠を行う」
この「状況」こそは、彼らが待ち望んでいたもの。
――ネルフの周囲を覆っている森林。
普段は鳥の囀りが響き、麗らかな場所なのに、今はその鳥の声は聞こえず、代わりに一人の完全武装である人の姿―
「始めよう、予定通りだ」
林の中から次々と立ち上がる黒い戦闘服に身を包んだ戦略自衛隊の隊員。
戦闘車両のエンジンが山道に鳴り響き、路を荒らす。
それらに搭載されている砲身が切っ先を向けているのは黒いピラミッド。
指揮官と思しき人物の腕が上がり―そして下がったとき、それらは一斉に牙を剥いた。
「第8から第17までのレーダーサイト沈黙」
「特科大隊、強羅防衛線より侵攻してきます」
「御殿場方面からも二個大隊が接近中」
「なんですって!?」
「やはり最後の敵は同じ人間だったな」
ため息交じりの言葉を吐く余裕をもった冬月。その余裕が年によるものではないことはその表情から明白であった。
「総員、第一種戦闘配置」
ゲンドウが今日、初めて司令を出す。落ち着いた声で。
「戦闘配置?相手は使徒じゃないのに…同じ人間なのに…」
「向こうはそう思っちゃくれないさ」
マヤの不満を聞いて、日向は何を今更、と思ってしまった。
地上の武装は先ほどからの砲撃でほぼ壊滅してしまっている。
NERVゲート前でライフルを持ち警戒しているネルフの戦闘スタッフ。人との戦闘の経験がないのか、酷く汗を掻いている。
そして、次に彼は呻き声をあげると床に崩れた。次々とシャッターが開き、黒い人々が大挙して突入してくる。
「第7ゲート使用不能!!」
「西5番搬入路にて火災発生!!」
「侵入部隊は第一層に突入しました!!」
「西館の部隊は陽動よ!本命がエヴァの占拠ならパイロットを狙うわ!至急シンジ君とアスカを初号機に待避させて!!」
ミサトは戦自の動きを読んだ。
「はい!!」
「シンジ君とアスカは?」
「二人とも戦闘待機です、初号機、弐号機に搭乗中」
ミサトは回線をエヴァに繋ぐ。
「二人とも…状況を伝えるわ。」
ミサトの表情から何かを感じたのか二人とも何も発しない。
「今度の敵は…戦略自衛隊……人間よ」
『何よ、それ……』
『 ……………… 』
シンジと、アスカの顔色が、変わる。
「人殺しを…頼むわけじゃないわ……」
『どこが、よ…』
アスカとミサトの睨み合いが続く。
「わかってるわ……」
『何をですか!!』
初号機、シンジと繋がっていたスピーカーから唐突に響いた怒声。
『何を分かってるんですか、いったい!』
「シンジ君」
(今は戦争中なのよ、)と続けようとしたミサトの言葉はシンジにさえぎられる。
『僕は、あなた達がどうなろうともう、どうでもいいんですよ…』
低く響いたシンジの声。誰もが息を飲む。
「何『でも僕は死にたくないですから…』
シンジはミサトを見つめる。
「それで、十分ね…」
「生きるだけ、生きてから、死になさい」
そして回線が切れる。
「初号機、弐号機、出して!」
ミサトが叫ぶ。
「ゴメン、後、よろしく!」
そして彼女は発令所を後にした。
また、ゲンドウも、
「冬月先生、後を頼みます」
と言って席を立つ。
冬月は、
「分かっている。ユイ君によろしくな」
と、言っただけであった。
「アスカ」
「何?」
弐号機の間だけに通信を限定して回線を開くシンジ。
「生き残って…それから、一緒にネルフを辞めよう」
「へ?」
唐突なシンジの言葉に仰天するアスカ。
「それからさ、たくさん遊んで、たくさん勉強して、普通に働いて…」
シンジの顔が紅く染まる。
「普通に働いて、何よ?」
「その、えっと…」
「何よ?」
アスカはチェシャ猫に似た笑みを浮かべる。『いつものように』。
「普通に幸せになろうね、シンジっ!」
アスカはシンジの言葉に続けた。
――その間にもネルフ内部では人が死んでいく。
「いやぁ、ねえ立ってよぉ…」
かつての恋人、なのだろうか、スタッフの女性がとっくに動かない男性を引きずろうとしているが、重すぎるのか、動けない。
別の通路を走っていた兵士が気づき、銃口を向ける。
次の瞬間には動かないものが2つになった。
別の通路では、一発の銃弾では死ねずにもがいている職員の上を何十人もの兵士が踏みつけていく。
砲弾で空いた穴から戦闘ヘリが降下し、バルカン砲をばら撒き、動かない肉の塊を量産する。
はいずって逃げようとした少女は頭を踏みつけられ、見上げた瞬間に撃ち殺された。
部屋に向かって火炎放射器を放つ。中で隠れていた人たちは炭と化した。
『紫及び赤の奪取に失敗しました、既に射出された模様、目下移送ルートを調査中』
『ファーストは未だ発見できず』
戦自の兵士の無線。
ミサトは自らのクルマに戻り、無線を傍受していた。
「子供達は、無事…か……」
発令所ではエヴァ2機の射出を行った後、オペレーターは銃器のチェックをしている。『非常時』に備えて各員のデスクのには1丁ずつ拳銃が支給されている。
「分が悪いよ。本格的な対人要撃システムは用意されてないからな、ここ。」
「ま、せいぜいテロ止まりだ。」
軽口を挟む日向と青葉。
「戦自が本気を出したらここの施設なんてひとたまりもないさ。」
「今考えれば、侵入者要撃の予算縮小ってこれを見越してのことだったのかなぁ。」
「あり得る話だ。」
青葉が苦笑いを浮かべた直後、発令所下層の隅の壁が爆破される。
「うっわ!!」
全員が咄嗟にデスクの下に隠れる。
煙の中から機銃が乱射され、盾を持った戦自隊員が突入してくる。 クッションを抱いて震えるマヤの脇に青葉は滑り込んで銃を渡す。
「ロックはずして!」
「あたし…あたし鉄砲なんて撃てません」
ここまで来てもまだ震えているマヤ。
「訓練で何度もやってるだろ!」
「でもその時は人なんていなかったんですよ!!」
「バカ!!撃たなきゃ死ぬぞ!」
いつまでいい人ぶってるんだ! と青葉はキレそうになった。
「どうしてエヴァがそんなにほしいのよ!」
マヤが泣き叫ぶ、が銃声は一向に止まない。
そのマヤの横では、日向が時折反撃して、幾人かを殺していた。
――ジオフロント最下層、LCL水槽の前、そこにゲンドウはいた。 水槽の中にいるのは、レイ。
「レイ。、やはりここに居たか」
だが、レイはその言葉に反応を示さない。
「約束の時だ。さあ、行こう」
ゲンドウは手にしていたリモコンのスイッチを入れた。
LCLが排出されていく。
『2体の射出ルートが判明しました、地底湖の水深90にある射出口から射出される模様!』
『了解した。発令所の制圧に合流せよ』
『了解』
「マズいわね…」
ミサトはクルマを走らせる。
さっきから何発も銃弾を食った車体は穴だらけでフロントガラスも既に砕け散ってない。
何人も轢き殺したフロントバンパーは血まみれになっている。
クルマを左右に揺り回しながらも器用に戦自の兵士を射殺していく。
ミサトが向かっているのは南ハブ・ステーション。最初に突入してきた場所である。
そしてゲートに着いたとき、迫撃砲が飛んでくる。ミサトはクラッチを切り銃を捨ててサイドを目いっぱいに引くとハンドルを切る。
迫撃砲は避けたものの、ゲートに衝突してA310は大破する。
予備の銃を太股につけていたホルスターから抜く。
「アタシもマズい…な…」
うまくクルマから降りれたものの、次に迫撃砲を打ち込まれたらおしまいである。
が、次が来ない。
「運が、良かった…かな?」
にぃっと笑みを浮かべるとクルマの影から飛び出し連射する。
付近に敵影がない事を確認してミサトは停車していた戦自が乗ってきた装甲車に乗り換え、ゲートを越えていった。
『水中に敵影を確認したらすぐに打て』
『了解』
『了解』
『了解』
「シンジ君はともかく、アスカはマトモに動かせる状態じゃない……」
ミサトは無線を聞きながら携帯を取り出してダイヤルする。
prrprrprrprrprrprrr…
「ミサトさん?」
初号機に通信が入ったことを示すアラートが出る。
『いいシンジ君、射出口を出たらすぐに砲撃が来るわ、フィールド最大で全て破壊して!』
「了解!」
気を引き締めなおし、通信を切ろうとしたシンジ、だが
『いい、よく聞いてね。戦自は陽動。』
はっとしたシンジは慌てて弐号機へも回線を繋ぐ。
『本命はサードインパクトを起こす事。使徒ではなく、エヴァシリーズを使ってね』
『なによそれ?使徒じゃなきゃ起こせないんじゃないの?』
アスカが割り込みを掛けてくる。が、ミサトはそれに構わず先を続ける。
『15年前のセカンド・インパクトは人間に仕組まれたものだったわ。けどそれは、他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元することによって、被害を最小限に食い止めるためだったの。
シンジ君、アスカ…私たち人間はね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた、18番目の使徒なのよ。他の使徒たちは別の可能性だったの。人の形を捨てた人類の…ただ、お互いを拒絶するしかなかった悲しい存在だったけどね。同じ人間同士も…
エヴァシリーズを全て消滅させるのよ。生き残る手段は
そこで会話が途切れて雑音に変わる。通信に気づいた戦自がジャミングをかけたらしい。
とは言っても初号機と弐号機の回線は途切れない。どうやら機体間通信で使用している帯域に影響はないらしい。
『切れちゃったわね…』
「そうだね…」
『でも、アタシ達の希望は潰させないわ!』
シンジがくすっと笑う。
『何よ?』
水を注されて少し不機嫌になったアスカ。
「いや…ヒーローみたいって…」
『バカっ!』
大声で怒鳴られ、耳がキーンとする。
「なんだよ…」
『ヒーローは男、女はヒロインよ! もっと勉強しなさい!』
「あ…ゴメン…」
『ヒーローはアンタ、アタシはアンタを勝利に導く女神! 分かった?!』
「うん…」
ヒーローに守られるお姫様って言わない辺りはアスカだな、って思う。
そして…
だから、僕はまだ死ぬわけにはいかない、と。
『赤・紫共に水中に確認!』
『砲撃開始!』
上空にホバリングしていたヘリから爆雷が、湖に配置された戦艦から魚雷が発射される。
「フィールド展開!」
シンジの叫びに呼応したかのように展開されるATフィールド。
展開されるフィールドは爆弾そのものだけではなく、更に衝撃までも拒絶する。
ATフィールド、絶対領域。
カヲルは『心の壁』と言った事をシンジは覚えていた。ならば何かを拒絶することでその力は強くなる。
自分とアスカと、トウジ、ケンスケ…ミサトさん、リツコさん………
自分達の希望を、命を奪うものを、容れることなんて出来るか!
故に脅かすもの全てを拒絶する。
一切の攻撃は初号機に届かない。
が、いくつかの弾頭は少し離れた別の射出口から出てきたアスカの弐号機に直撃する。
初号機の破壊が無理と悟ったのか攻撃を弐号機へと集中させる。
衝撃を受け、派手に揺れる弐号機。
「アスカ!!」
この程度の攻撃でエヴァが破壊されることは無いが、衝撃はエントリープラグに直で伝わる。人がどれだけ無事で居られるかの保証は機体のみからしか得られない。
だが、衝撃はやんわりとしか伝わらない。プラグが何かに包まれたかのように。
アスカもようやく知った。――確信として。
弐号機に母がいたことを。
そして守っていてくれたことを、自分を。
「ママ、ここにいるのよね!!! ママ!!!」
アスカに応えるように弐号機の4つの眼の光が強く光り――水面に浮かんだ護衛艦を突き抜けて十字架の爆発が起きる。
『こ、これは?』
『やったか?』
水飛沫が収まり、湖面に少しづる浮かび上がる護衛艦。
艦は浮力で浮かび上がったのではなく、弐号機に持ち上げられていた。
湖岸から弐号機へと発射されるミサイル。だがアスカは護衛艦を盾にしてミサイルを防ぐ。
「どりゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
護岸の戦車目掛けて護衛艦を投擲する。直撃を食らった戦車は積んでいた弾頭も爆発させ、付近にいた兵士も吹っ飛ばす。
「アンタ達なんかにぃぃぃぃ!!!」
まだ浮いていた護衛艦を掴み上げると、それで飛んでいた戦闘ヘリを叩き落す。当然、弐号機の直近で爆発が起きる。
「ATフィールドをなめるなぁぁぁぁぁ!!」
『ケーブルだ! ヤツの電源ケーブル、そこを集中すれば!!』
指揮官が叫ぶ。
残っていた戦車は一斉にそこ目掛けて砲撃する。
だが…
『初号機…クソッ!』
湖岸からもはっきり確認できる、金色の壁が展開され、砲撃は届かない。
「負けてらんないのよ、アンタ達なんかにぃぃぃぃぃ!!!」
鷲づかみにしたVTOLをぶん回して投げつける。
シンジはと言うと、積極的な攻撃には出ずにアスカの電源ケーブルに向かってくる砲弾の大半を胴体で、手で受け止めている。 アスカにも分かっているから、水上にケーブルが出来るだけ露出しないように、またシンジの初号機にケーブルが絡まったりしないように『器用に』立ち回る。
まるで2機で踊るように――互いに完全にシンクロした動きで。
湖面にあった護衛艦と手近の飛行物体を全て破壊し終わった段階でアスカは電源ソケットをパージする。それを合図にしたかのように、初号機が山に向かって全速力で走る。山道から砲撃をしていた戦車目掛けて、そしてジオフロント外周をぐるりと一周走り抜ける。
シンジが攻撃するまでもなく、音速を超えた時に発生するソニックウェーブで道が崩れ、そこに止まっていた車両も煽りを受けて横転していく。
最早攻撃している場合ではなかった。
初号機には弐号機のような弱点はない。通常兵器は通用せず、現状で――隊員全てを巻き込んでN2爆雷を投下したとしても無力化できる保証はない。
戦力差は明らかだった。