夕焼けの様に染めてくれたらいいのに…。
もちろんそんな事は不可能だが、そう思いたくなる程に見事な青空だった。
眩しい程に照りつけてくる太陽。
常夏の国ならではの熱い日差しを肌に感じながら、時折吹く涼しい風にすっと目を細める。
天気がいいと自然と気分も良くなるよね…。
もちろん気分がいいのはそのせいだけじゃ無いけどね。そう心の中で付け加え。
細めた視界の中に入った自動販売機へと足を向ける。
自販機の前に立つと「冷た〜い」と書かれたジュースは殆ど売り切れていた。
その中で彼女の好きな紅茶が残っていたのは偶然なのかな?
そう考えるとまた少し気分が良くなった。
もう少し浸っていたい所だけど、あまり長い間待たせて彼女を怒らせるといけないので。
ポケットを弄ぐり、数枚のコインを目の前の自動販売機に入れボタンを押す。
先程から鳴き続けている蝉の声。
物心付いた頃には既に聞き慣れていたその鳴き声に少しの間機械音が混じり。
水滴を張り付けた缶が音を立てて落ちてくる。
落ちてくる時に出来たのか、端に少しへこみのある缶ジュースを手に取り。
振り返って家に帰るために歩き出す。
冷たくって気持ちいいなぁ。
手に持つと外気と比べ遙かに冷たいよく冷えた缶の感触。
彼女の好きな紅茶の缶を見ていると、つい先程の彼女との事を思い出してしまう。
「ねぇ…シンジ。起きてよ」
枕元から聞こえる優しい声。
でも、朝の心地よい微睡みを楽しむ僕の耳には入らない。
「ねぇ。シンジ起きてってばぁ…」
幾分険の入ってくる声。
どこかで聴いた気がする声だなぁ。
靄の掛かった頭でぼんやりと誰の声か思い出そうとするが、思い出せない。
絶対に聴いたことあるんだけどなぁ。
いつの間にか身体を揺すられ始めていた。
かなり雑な揺すり方が、揺すってる人物の感情を表しているのだろう。
邪魔が多くなって靄の晴れてきた頭が、先程の声の主を思い出した。
その声の主とは。
まずい…アスカじゃないか。
「いつまで寝てんのよ。バカシンジ!」
一気に覚醒まで引き上げられた所に響く怒声。
驚いた僕はベッドから飛び上がり、思わず目の前の物に抱きついてしまう。
「きゃっ。ちょ…ちょっとアンタいきなり何すんのよ!」
「ご…ごめんっ」
直ぐに離れたものの二人しか居ない部屋に気まずい雰囲気が漂う。
気恥ずかしさと軽い後悔。
両手には暖かい感覚と柔らかい感触が残っている。
僕の顔も今真っ赤になってるだろうなぁ…。
何とかこの状況を打破しようと、さりげない話題を振ってみる。
「えっと…こんな早くに何か用だったの?」
日頃の習慣のせいか、何となく目をやった先にあった。
枕元の目覚まし時計を手に取って確認する。
2月14日(日)。午前6時。
休日はミサトさんが仕事以外の時は8時頃まで誰も起きてこないのに…。
ふと湧いた疑問をぶつけて見ると、アスカは顔を真っ赤にしながら俯いた。
見ると手が小刻みに震えている。
まずい…怒らせたかな?そう思ったときには既に遅く。
顔を上げたアスカは怒りを露わにして手に持っていた包みを僕に投げつけてきた。
飛んで来た包みは僕の胸の辺りに当たり。
ベッドの上に落ちて軽い音を立てる。
「何よその態度は!アンタはどうせバレンタインデーって言っても誰からも貰えないと思って、可哀想だからこのアタシがチョコを持ってきてあげたのに!」
「なんでこんな早くにって?義理なのにミサトに誤解されない為に決まってんでしょうが!」
アスカは一通り怒鳴り終わると、息を荒くしながら肩をいきらせて部屋を後にした。
大きな音を立ててドアが閉まった後。再び部屋に静寂が戻る。
恐らく外で鳴いているのであろう蝉の声すら、防音のこの部屋へは届かない。
彼女が投げつけて来た包みだけが彼女がこの部屋に来た事を証明していた。
せっかく気を使ってくれたのに悪いことをしちゃったなぁ…後であやまっておこう。
小さな後悔の様な感情を抱きながら。
彼女が義理チョコと念を押していった包みを開ける。
丁寧に梱包された包みの中に入っていたのは。
手作りかと思われるいろんな形のチョコレートと、一枚の手紙。
包みの中身は箱だけだと思っていたので。
予想外の手紙はひらひらと宙を舞い。冷房の風に吹かれながら床へと落ちる。
手に取って見てみると、それは確かに彼女の手によって書かれた字だった。
拙いながらも真っ直ぐな、一文字一文字に思いを込められた僕の大好きな字。
うっすらとカカオの香りのする彼女の字で書かれたその手紙の内容は、
「告白は男からしなさいよね」
さて、マンションに帰ってきた。
少し頭を冷やして冷静に考える為に散歩に出かけたけど、答えは最初から決まってるよね。
高鳴る胸を押さえつけ。
アスカの部屋の前に立ち。ドアをノックする。
「何よ?」
怒ってるのかやはり不安なのか、ぶっきらぼうな声が帰ってくる。
「ねぇ。アスカ聴いてくれるかな?」
でも、気にせずに話を始める。
今度は部屋の中からの返事は無い。
でも、アスカもあの手紙を書いてくれた時にはかなりの勇気が必要だったはず。
一行だけの、まるで誰かさんの様な不器用な手紙だったけど。
思いは十分に伝わったから…。
今度は僕の番だよね?
「好きだよ」
-end-
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