さがさないでください。少し考える事があるので旅に出ます。

Soryu Asuka Langley
        碇シンジ

 

 

 

 

早朝、6時。

 

怒涛の残業に疲れきって帰ってきた葛城ミサトはその手紙を見てものすごい勢いで地下駐車場に走って戻る。

 

地下に響くアルピーヌA310のインライン4エンジンの咆哮。レーシングマフラーが甲高い音を上げるとタイヤはスキール音を上げて地面を蹴りつけ、A310は駐車場を駆け出していく。

「なんで、こうなるのよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

或る日或る時突然に(其の弐)
Written by PatientNo.324

 

 

 

 

 

…ばたばたばたばたばたばたばたばたシュインっ

「リツコぉ〜っ!」
「五月蝿いわよミサト」

勢い込んで乗り込んできたミサトを眼鏡越しに一瞥すると再びモニターに振り返るとミサトの駆け足に負けない勢いでタイピングしていく。

 

「で、どうしたの?」
手は全く止まっていない。スクロールしていく画面。

「シンジ君とアスカが家出しちゃったのよ!!」

 

ぴーっ

 

アナタなにやってたのよっ!」
ディスプレイに現れたエラーは無視してリツコは立ち上がりミサトに詰め寄る。

「だって、此処のところ忙しくてうちにもロクに帰れなかったし…」
「パイロットの管理がアナタの仕事でしょうが!」
「だったら事務処理みたいなのはうちでやらせてくれればいいでしょうが!」
「アナタうちじゃお酒ばっかり仕事しないでしょうが!」
「アタシはアンタみたくワーカホリックじゃないのよっ!」
「だからって職場に恋愛を持ち込むのは止めてよっ!」
「誰がよ!」
「加持くんよ! その所為でアスカのシンクロ率に影響が出てないとは言わさないわよ!」
「……」

その通りかもしれないが、そのために恋愛するな、と言われるのも変じゃないのか? 仕事のために小娘に彼氏を譲れと言うのか?

「今はこんな事言い合いしてる場合じゃないわ。MAGIには何か二人の足取り記録されてないの?」
とりあえず、話題を変える。

「…そうね、その事はシンジ君たちを連れ戻してからよ」
「で、MAGIには何かないの?」

ミサトに言われ、MAGIにアクセスするリツコ。

「二人は始発のリニアレールに乗ったようだけど。下車したのは…ネルフ本部?」

ログには確かにそう記載されている。

「は?」
ミサトの目は点になっている。

「家出しますっていってネルフ、ジオフロントのどこかにいるって事?」
『それは変じゃないの?』と言っている。

「さあ…でもそう記録されてるわ。まず最初にジオフロント内部を捜索してみたら?」
それもそうね…保安部要員は?」

無駄な仕事増やしてくれて…

ミサトは気が重かった。忙しいのに。ただでさえ忙しいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、かなぁ…」
「大丈夫よ。ミサトでしょ、まず最初に行くのはリツコのところ。そのリツコはMAGI頼り。余裕よ」

僕達はリニアトレインには乗っていない。リニアトレインのゲートにカードを通して、それから排気口を使って外に出た。つーか出口じゃなくって、排気管の途中の部分が壊れていて壁に穴があいていたのだ。 使徒が来たときに破損したみたい。

アスカがこれを知ったのは、僕がいない間の30日。修復工事は行われなかったらしい。

 

 

アスカがこれを知ったのは『やることなかったから散歩してた』時らしい。

 

 

 

 

ちなみに今乗っているのはタクシーだ。

アスカって、化けるんだな。
同い年って思えないな、化粧すると。

 

アスカは今いつもはしてない化粧もしてる。それに服もなんか凄く大人っぽい感じがするし。

赤い唇がなんか色っぽい。

 

 

 

僕は、学生服だ。

凄く悲しい感じがする。

ものすごい差をつけられてるっていうか。

 

でもこのおかげでタクシーの運転手さんを騙せた。

「社会人のお姉さんと中学生の弟」
そんな組み合わせだ。

でもこうじゃなかったら…さすがにヤバかっただろうな。朝早くに中学生男女2人組、大きな鞄持って…

家出、じゃなくても不純異性交遊とか…真っ当な人だったら乗せてくれないだろうし、乗せてくれたところでヤバいかもしれない。

 

 

そう思うと、アスカってやっぱり凄いと思ってしまう。

僕が前に家出した時はあっけなく捕まったから。

 

 

タクシーの中ではあまり話さないようにしている。ボロが出るとマズいから。

 

 

どこに向かうのかはアスカしか知らない。訊いてみたけど、『秘密っ♪』だって。だからどうして音符マークがつくんだよ…

 

 

 

 

「シンジ、下りるわよ?」
「あ、うん」

 

アスカに連れられてきたのは無人駅。まだ辺りは薄暗い。

駅のホームに上がると、既に列車が一本来ていた。

 

「IDカード、出しておいて。」
真剣な顏のアスカ。

何も言わず、カードを出す。

 

アスカは列車に乗り込み、ドアのすぐそばのシートに座る。この車両には僕達以外乗っていない。

 

「えー毎度ご乗車ありがとう御座います。当車両は芦ノ湖経由、松代行きで御座います。」

「シンジ…IDカードをシートに挟んで」

「え?」
アスカは鞄を持ったままである。それに腰を浮かせている。僕もそれに習って腰を浮かす。何をする気なんだろう?

 

「ドアが「下りるわよ」閉まります。ご注意ください」

言うが早いか、アスカはドアが閉まる直前に外に飛び出す。僕もその後を慌てて追う。
僕が出た直後にドアが閉まり、列車が発車する。

列車の中で走っている人がいる。黒いスーツ。僕達を見てなにか叫んでいる。何時も監視してた人なんだろうな。

 

 

「さて、あっちの列車に乗るわよ」
みると反対のホームに列車が来ている。

僕とアスカはゆっくりとした足取りでその車両に乗り込んだ。

 

 

 

「マヌケで良かったわ。全員列車に乗るなんて…」
アスカが反対側のホームに向かう途中で溢した。本当にホームには誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プルルル・・・プルルル・・・カチャ。

「何、リツコ」
ミサトはジオフロント内部の調査を保安部に命じた後で、自室に戻り、部員から送られてくる情報の整理(といってもクズな報告ばかりだが)と、日常業務をこなしているところだった。

「たった今諜報部から連絡が入ったわ。郊外の無人駅にて二人をロストしたそうよ」
MAGIの責任者であるリツコ。故に外部からの情報はまず最初に(もしくは誰かが外部からネルフ内部に連絡を入れるのと同時に)入ってくる。

 

ガコッ!

 

「…何で今ごろ!」
思わず携帯を壁に投げてしまうミサト。

「…私に当たらないでよ」
「…ゴメン。それにしてもアタシが本部で捜索開始してから一時間あったのよ?何してんのよ諜報部は!」
ミサトの怒りは尤もであるが…

「以前シンジくんが家出した時を思い出したら分かるわ。彼が家出して、誰かに会うまで手を出さなかったんでしょ?今回もそうするつもりだったんでしょうね」
リツコは煙草を灰皿に押し付ける。

「バカ共が! で、ロストって?」
「みんな揃って電車で撒かれたそうよ。それから、IDカードには発信機も埋め込まれてるの、知ってるでしょ? 撒かれた車両にはちゃんとそのIDカードが残ってたそうよ」

苦々しい顏が固着してしまいそうなミサト。
「じゃあこれからの追跡はどうなるの?」

「かなり難しいわね。諜報部は二人を再発見してから…だし、MAGIも使えないし」
電話から聞こえるリツコの声も苦々しい感じを隠せない。

「どうしてMAGIが使えないの?」
「2人が乗ったのは在来線、リニアトレインのようにMAGIが管理してないから、ログは残らないわ。それに在来線の会社の危機管理システムはクローズドシステム。ハッキングしてカメラからの映像を読み出すことも出来ない。お手上げね」

 

バキャッ!

「あっの二人はぁぁぁぁぁっ!」
ミサトの怒りが頂点に達して携帯をまたブン投げてしまう。今度は壁にクリティカルヒットし、携帯の液晶部分に黒い染みが広がっていく。

「あっちゃーっ!」
慌てて携帯を拾い上げるミサト。内部のデータはリツコに拾い上げてもらえばいいが…すぐには出来ない(代替機を準備しなくてはならないから)。

自分の短気を呪うミサトだった。

 

 

 

 

 

 

「そんな感じだから逃げられたんじゃないの?」
派手なノイズと共に切れた携帯を充電トレーに戻して、新しいタバコに火をつけながらリツコはそう思った。

ミサトはシンジとアスカを、子供だから、と軽く見てたのではないか。だから、こんなことになった。自分達がどれだけの負担を強いているのか分かってるのだろうか?

笑える。自分もその一人なのに。自分が何かしてあげたとでも言うのか、あの二人に。

 

「ミサトのこと、笑えないわね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、どこ?」
アスカはまだ僕に何処に行くのか教えてくれない。とりあえず電車を下りて駅からでた。

何か…寂れた町って言うか…凄い田舎って感じがする。

「ついて来て」
アスカは何やら手描きの地図を見ている。ここに何かあるのかな?わかんないけどここで雪は見れないと思う。

何か思いつめてるし…声、かけ辛いな…

 

 

 

どうしようって思ってたとき、アスカが凄く汚いアパートの部屋の前で立ち止まった。

 

こんこん

 

 

 

こんこん

 

 

反応がない。

 

 

 

こんこん

 

 

 

アスカが泣きそうになっている。

 

 

 

 

 

でも声をかけられない。

自分が情けないかもしれない。

 

 

 

 

こんこん

 

 

 

 

 

「アスカ?」

 

 

中からくぐもった声が聞こえる。でもこの声って…

 

 

「尾行られてないみたいだが…」
「お願いがあるの…」
「ちょっと待て…」

 

カチャリ、と音がしてロックが外される。
「入ってくれ。ただし、振り返らず、あくまでも自然にな」

 

アスカはドアを少し開け、身体を滑りこませるように入る。僕もそれに続いた。
四畳半の、なんかTVとかに出てきそうなアパート。中には布団とちゃぶ台がひとつ。台所には埃がたまっている。

 

「加持さん…」
「しかし、驚いたよ。どうやって此処を調べたんだ?」
加持はタバコに火を点ける。

 

僕は加持さんの正面からすこしずれたところに腰かけた。アスカは僕の横に座る。

 

「調べたっていうか…ミサトの部屋に、メモが落ちてたの。住所だけ書かれた」
気不味い感じのアスカ。

「でも、出歩いたとしても、監視がいただろう?」
加持さんもアスカや僕が監視されている事は知っているんだろうな。諜報部の人だし。

「シンジが、取り込まれてる間、なにもやる事がなくて…うちにも誰もいないし…家には居たくなかったから…」

理由にしちゃ変だと思う。でもアスカは止まらないみたい。

「誰かに会いたかったから、それで…でも…監視してる人がいたから、近くで引き返したの」

「そうか…で、今日はどうしたんだ?」

 

アスカの表情がまた引き締まる。
「貸して欲しいものが、あるの」

アスカは鞄から紙を一枚取り出して加持さんに渡す。

 

目を通した加持さんの表情が強張る。

 

「こんなもの…どうするんだ?」
加持さんの視線が凄く怖い。それだけ真剣なのかもしれない。

 

「シンジと…雪を見に行こうと思ってるの」

 

 

加持さんとアスカの間の空気が痛い。

 

 

 

僕はここにいてもいいのか、わからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカが僕の手を握ってきた。

震えてる。

 

 

怖いんだ、アスカも。

 

 

 

僕は、まだアスカが何をしたいのか分からないけど、必要にされてるかもしれない。

 

だから、僕はアスカの手を握り返してあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカは僕の方を向くと、微笑んでくれた。

 

 

 

『心配しなくてもいいわよ』

 

そう言ってるみたいに。

 

 

 

「わかった。何とかするが、今日すぐには用意出来ないからな。今日はここにいてくれ。ただし、一歩もでるな。諜報員に見つかったら台無しだからな」
加持さんがやっと笑ってくれた。

 

 

加持さんは立ち上がり、アスカの頭を撫でる。

 

 

 

「頑張れよ、アスカ。」

 

 

 

そして加持さんは出かけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ疲れたっ!」
加持さんが出かけてすぐ、アスカはお布団に倒れこんだ。
大きく伸びしてから、手足を大の字に広げて布団に寝転がってる。

「加持さんに何をお願いしたの?」
今の所、一番手近な疑問。

「んーと、チケット。」
なんか、すごくアスカたるんでる?

さっきまで凄く格好よかったのに…

 

 

僕って一体?

 

 

 

 

「チケットってどこまでの?」
「ドイツ。アタシの生まれ故郷」

すごくたるんでる。絶対たるんでる。

 

「あそこ、この時期って雪、降ってるから。綺麗よ、凄く…」

少し遠い目をしてるアスカ。

 

「どんなところなの? アスカの生まれた所って」
「そうねぇ…森に囲まれてる、ところかな。湖、綺麗よ」

「へぇ…僕、そんな所にいったことないから…外国に行った事もないし…」

第三東京に来るまではずっと先生の所にいたし…

 

アスカは確か、ドイツで生まれて、アメリカに行って、それから日本に来たんだっけ…

 

なんだか…やっぱり離されているような気がする。

 

 

 

「っと化粧落とさなきゃ」

アスカはガバっと起き上がるとバッグからポーチを取り出して、洗面所かもしれない扉を開ける。

蛇口から水が流れる音がする。

 

 

 

僕も布団に転がってみる。

ずっと干してないのかな、この布団。ちょっとかび臭いかもしれない。

でも加持さんが布団干して、んで取り込む前に叩いてる所って想像出来ないなぁ…

 

 

アスカの願い、かなえられるし…

 

チケット―そっか、僕達、追われてるんだっけ。

きっと偽名のチケットなんだろうな。それだけじゃないだろうけど。

 

 

僕は鞄から自分のパスポートを出そうとして、それがなくなっていることに気づいた。

 

 

「ないっないっ!!」

 

鞄の中身を出してみて、ひっくり返しても出てこない。

 

 

ないと外国になんていけないじゃないか!どうしよう…

 

 

「なにしてんの?」

 

アスカは化粧をおとして、ストレッチ素材のワンピースに着替えてた。綿で出来たそれは着心地がいいらしく、アスカのお気に入りらしい。

 

 

「パスポート、なくしちゃった…」
多分、僕の顏真っ青。

でもアスカ、驚いてない。ううん、笑ってる?

 

 

「あっはっはっ アンタバカぁ? アタシ達のパスポートなんてそのままつかったらバレバレじゃないのっ
だから加持さんにお願いして偽造パスポート作ってってお願いしたのよ」

「だって、渡した覚え、ないけど?」

「渡したわよ、紙と一緒にっ」

そんな…アスカ…何時の間に…

僕って…

 

 

 

抜けてる?

 

 

 

ああ、また嘲笑われた。

 

 

 

其の弐 おしまい。
其の参へ続く。


PostScript=あとがき

  はじめましての方、はじめまして、Patient No.324こと患者参弐四号でし。またお読みいただけた方、見捨てなくてどうも有難う御座いますm(__)m。
 さっさと書上げた2話。早かったです、ええ。
  すごいスローペースのお話ですねぇ…早く進めろよヲレ。つーてもボケな私…中々進まない…(ToT)
 にしても、シンちゃんが相変わらずマヌケで…もう少ししっかりせぇよって感じですけど。抜けてないとシンジではないし(苦悩)
  いつかは立派になってくれると…いいけど。

 では、次が御座いましたら…m(__)m

 

Patient No.324 拝 mail
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