あ、耳が痛くなってきた。

 

耳の中と外の気圧が変わっちゃって耳が痛くなるって途中でアスカが言ってたっけ?

 

窓の外を見ると、世界が白かった。町並みかな?山と、それから麓に広がってる町。みんな真っ白。

 

オーバー・ザ・レインボゥに行った時、ヘリの窓から見えた景色は青色だったけど、飛行機の窓から見えるは真っ白。

 

 

あれが雪っていうのかな?

 

 

 

 

 

或る日或る時突然に(其の伍)
Written by PatientNo.324

 

 

 

 

 

 

今の時間は、夜の七時半過ぎ。出発してからもう拾壱時間以上。飛行機ももう少しで着陸みたい。さっきアナウンスが流れてた。アスカももう起きて…ない。
寝てる。

 

本当に寝て過ごすんだなぁ…というか、何で僕に抱き着いてるの? 何時の間にアームレストどかしちゃったの?

…太ももに何か、冷たい感じがする……

 

 

 

 

よだれ、だろうな…

 

 

 

臭わなきゃよいけど…

 

 

 

 

「みなさまぁー当機は最終の着陸態勢に入りました…」

あ、着いたみたい。
アスカを起こさなきゃ。
「アスカ…アスカ…」

また、肩を叩いてみる。ヘッドバットを食らわないように、頭はちょっと引いておく。

「アスカ、着いたよ」
「あと五分…」
「いや、後五分って…僕にしがみ付いてないで起きてよ、ドイツに着くよ?」

あ、スチュワーデスさんが、こっちに来る。
視線があう。
スチュワーデスさんから返ってくる営業スマイル(目が笑ってないけど)。

 

 

恥かしい…

 

 

 

「頼むから起きてよっ」

 

 

僕は恥かしさを堪えながらアスカの肩を揺さぶる。

 

「ぁ…」

 

むっくりとアスカが起き上がる。

 

ボーっとしているアスカ。

僕の顔を見てる。

 

 

で、僕が何を見てるのか気づいたみたいで僕の視線の先を追う。

 

 

そこにはさっきのスチュワーデスさん。

にっこり微笑む。

 

 

ああっ、アスカが不機嫌になってく!

眉が吊り上る頬が引きつる目ツキが悪くなる!

 

 

グモーンって音が外から響く。翼の部品が動いてるみたい。

 

 

スチュワーデスさんはアスカが起きた事を確認するとどこかに行っちゃった。

 

 

ぼぐっ

 

 

アスカに脇を突付かれた。

「アンタ、なんでもっと早く起こしてくれないのよっ!」
「起こしたよ、でもあと五分って言ったのアスカじゃないか…」
「こんなときはさっさと起こしなさいよねっ」

 

 

酷いよ…

 

 

ごーっボカッ

 

凄いショック(と言っても使徒に殴られた時より全然マシだけど)が飛行機に響く。
着陸したみたい。窓の外には空港。さすがに滑走路はコンクリートの灰色してるけど…飛行機が発着陸に使わない部分には雪がある。

 

僕達は入国手続きを済ませて(観光目的で来たみたい。アスカが全部外国語で済ませちゃったから。僕には全然解らなかったけど)、そこから電車に乗った。

 

と言うか、寒い。

 

すこぶる寒い。

 

何で手とか足の先が痛いの?

 

「アスカ…寒い…」
「そう?まだ秋だからそこまで寒くないわよ? 真冬は…そうね、シンジなら死んじゃうんじゃないの♪」

また、音符マークだ…

確かにアスカは平気そうな顔してる。寒くないのかな?
「アスカは寒くないの?」
「寒いに決まってるじゃないの、クソ暑い日本に比べたら。でも慣れてるから平気なだけよ」

そっか、アスカ、ここで育ったんだもんな、当然か。

 

「懐かしいわね…」

 

電車の窓から見える景色は日本で見慣れたそれとは全く違ってた。

雪で白いのもあるけど、なんていうか、写真で見た『外国』そのもの。第三東京の建物とは何かが違う。

なんていうのかな、綺麗。映画の中にいるみたい。

 

「セカンドインパクトの時にも此処ら辺は殆ど被害を受けなかったの。だから街並みが昔のままなの」

僕が珍しそうに街並みを眺めているとアスカが説明してくれた。何か楽しそうなアスカ。

故郷に戻ってきたからなのかな?

 

僕が生まれたところは…

 

 

思い出せないや。

 

 

「さ、下りるわよ」
アスカは旅行鞄を棚から降ろして(降ろしただけ。僕に『持って』と言っているらしい)、Sバーン(ッて言うらしい。この電車)から下りる。

 

「うわぁ…」

 

本当に外国なんだな。
凄く当たり前なんだけど、そう思った。古めかしい感じの建物は第三東京市にあったのとちがって、屋根がある。真っ黒いのや、赤い屋根、色々ある。

小さい女の子がままごと遊びにつかうおもちゃのおうち。それをそのまま形にしたような、なんか凄い感じ。

 

 

 

「そんっなに珍しい?」
アスカが僕の顔を覗きこんできた。

「あ、うん。よく分からないけど…カメラが欲しいって…」
「つーか、アンタどこ行くの?」
「え?」

 

 

僕は駅から見えた景色に引きずられるように歩いてた。

 

「ゴメン…」
「まあいいけど? 別に予定があるわけでもないし。しばらくブラブラしましょうか」

 

アスカはさらっと流してくれた。

「ここ、一応観光地だしねー、分からないでもないわよ、アンタの気持ち」

「そうなんだ…」

たしかに、アスカよりももっと肌の白い、白色人種に混じって僕みたいな黄色人種もちらほらいる。カメラで友達を撮ってる人、僕が思ったみたいに建物撮ってる人、色々。

 

でも、みんな楽しそうだな。

 

 

これが、普通なんだろうな。

 

 

 

ずっと忘れてたような気がする。

僕達はホントは観光旅行なんてしてる余裕なんかないと思う。加持さんはサードインパクトがすぐに起きる事はないっていってたけど(どうしてだろう?)、使徒は攻めて来る。

 

 

 

 

 

 

 

でも綺麗なんだ。

 

通りに人が溢れてて、それから、凄く建物の壁が綺麗に造ってあって…

 

 

一際大きい建物が僕の目の前にある。何か、歴史の教科書に出てきそうなくらい古い感じがするけど…

 

「この建物? 新庁舎よ。新ってなってるけど、もう100年以上前の建物なんだけどね」
「へぇ…」
「後ろにみえるのはフラウエン教会。ママと昔行ったわ…」

 

アスカの言葉、最後の方、なんか声が萎んでいってた―

 

アスカ、凄く遠くを見てる。お母さんといたころを思い出してるのかな?

 

「お母さんのとこにはいかないの?」

 

一瞬にしてアスカの顔色が、変わる。

 

どうして?

 

 

「いい、別に連絡してないから…」
「じゃあ、今日はどうするのさ?」

当てもなく来たわけじゃないと思うけど…

 

「考えてるわよ、心配しないでも大丈夫。なんか珍しいみたいだから、このまま市街地観光でもしましょうか?」

 

「わわっ」
アスカが僕の手を引いて走り出す。僕は鞄のストラップを握りなおして、アスカについていった。

 

「その前に腹ごしらえするわよっ!」

 

 

花より団子…

 

 

 

そんな言葉があったような気がする。

 

 

 

 

 

 

僕達が入ったお店は観光客もとても多かった。
でもアスカが流暢なドイツ語を話してくれたおかげで難なく食事にありつけた。

 

やっぱりアスカって凄いな…僕は日本語しか出来ないし、学校の英語だって今はもう成績はガタガタだ(だって勉強する時間なんてないもの)。

そっか、アスカって3ヶ国語話せるんだ。

凄いなぁ…

 

 

「何ぼーっとしてんの? 冷めるわよ?」

アスカが僕の顔を見てる。

「あ、ゴメン、ちょっと…」
「ちょっと、何?」
「あ、うん…」
「歯切れ悪いわねぇ…何よ?」

また、ちょっと怒らせちゃったかな…

「アスカって凄いなって」
「はぁ?」

どこが凄いのか分からなかったみたい。
「だって、僕とは日本語で話して、店員の人にはドイツ語でしょ? 凄いなって」

あ、アスカ呆れたみたい。肩が落ちた。
「そりゃ、ママは日本語使ってたし、でも周りはドイツ語でしょう? 勝手に覚えるわよ」

そんなものなのかな?
でも混乱しないのって凄いと思うけど…

「んなこといいからさっさと食べるわよ?」

テーブルの真ん中にあるのは…

 

 

あし?

 

 

「これ…豚の足?」
「そうよ?」

 

ってまるまる一本じゃないか!

 

 

アスカはナイフとフォークを使って僕に取り分けてくれた。

一口分、口に運ぶ。

 

 

「美味しい…」
「そっ まあ、アタシの選ぶ店にハズレはないわよ、感謝しなさいよっ」

 

アスカもバクバク食べてる。

 

なんとなく嬉しい、僕。

 

 

 

 

 

 

 

お腹も一杯になって、僕達はお店を出た。

暫くふらふらと街中を歩いていた。博物館があったので行きたかったけど、丸一日かけて見ないと見切れないってアスカが言ってたので帰りにでも寄ろうって事にした。

 

やっぱり全然違う場所。

僕達が普段いる第三東京市にはないものがここには溢れてる。
行き交う人々も、大道芸人(っていうらしい。僕は思わず立ち止まって見てしまった)も、ブティックも、そんなものはここにはない。

でもここには兵装ビルや、電源コネクタのための設備も、非難用のシェルターはない。

 

 

僕にはこんな普通の生活はできるのかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしようか?」

特に行程が決まってるわけじゃない旅行。まだ4時なのに日が暮れてきてる。

「今日は何処に泊まるの?」
でもあまりぼーっとしてると日が暮れてしまう。寒い中で野宿はイヤだ。ケンスケなら喜んでやりそうだけど、僕はサバイバルマニアじゃない。

「ママが持ってた別荘よ。ガルミッシュ・パルテンキルヒェンってとこにあるんだけど、ここからそう遠くじゃないわ」

ややこしい名前だな…

「ここから駅に戻って快速に乗ったら着くわ。一時間半ってとこかしら?」
「一時間半か…もう少しのんびりできるかな?」
「でもあまりノンビリしてると日が暮れるわ。そろそろ出発しましょうか?」

アスカはそう納得して僕の手を引いた。

 

 

「ちょっと待って!」
「何? どうしたってぇの?」

 

いや…
「歩き疲れたからさ、ちょっとどこかで休憩しない?」

 

ズコッ

そんな音がしそうな勢いでアスカは肩を落とした。

ゴメンアスカ、僕って体力ないんだ…

もう少し運動しておけば良かった、と少しだけ後悔した。

 

 

 

 

僕達は、駅の近くにある、公園で休んでいる。近くには綺麗な噴水。

 

 

 

「すいませーん、写真撮ってもらえますか?」
「あ、はい、いいですよ?」

 

日本人の観光客、だよね。

女の子二人組の人たちは僕にカメラを渡して噴水をバックにして僕に微笑む感じでポーズを取る。

「じゃ、撮りますよ〜」

 

 

「ありがと。君達何処から来たの?」
「僕達は第三東京から…」
「第三? 何処?」

彼女達は不思議そうな顔をしてる。
「シンジ!行くわよ!」

 

アスカは凄く不機嫌そうな声で僕を呼ぶ。本人はスタスタと駅の方に歩いていく。

「あ、ゴメンなさい、じゃっ」
「可愛い彼女ね。ゴメンなさいね、邪魔しちゃって」
「あ、いえ…「シンジっ!

僕はアスカの声にびくっとして、慌ててアスカの後を追った。

 

 

「ゴメン、でもどうしたの?」
「アンタバカぁ?」

 

うん、本当にバカにしきった目で僕を見てる。

「アタシたちの街のこと、他の都市の人が知ってるわけないでしょうが…あそこは閉鎖都市なんだから…」
「そうななんだ…?」
「でなきゃ街中であんなに派手に戦闘出来る訳ないでしょうが…もう少し頭使いなさいよねぇ…」
「ゴ、ゴメン…」

そうなんだ…そうだよな、あんなことしてて、でも幾ら情報に規制かけても話は漏れるじゃないのか…?

だとしたら…

『疎開』した人たちって…何処に?

 

 

「ほら、さっさと行くわよ?」
アスカはさっさと電車に乗り込む。僕も慌てて乗り込む。

 

「あまり、深く考えないほうがいいわよ…」
アスカはシートに座って、窓の外を眺めながら独りごちた。
「そうかもしれないけど…」
だからって…
「アタシ達がやってることが、理解されるとは思ってないわ。普通のヒトからしたらただの特撮…空想の世界に過ぎないわ…

バケモノの襲ってくる街、そこで戦う子供、そのための組織…正義の組織?

それだけ聞いたらただの妄想癖のヒトって思われる、そんなとこよ…」

 

僕達が暮らしているのは、『非』日常。
学校にもロクに行けず、何か分からないロボット…汎用人型決戦兵器の人造人間に乗ってる僕達。

 

確かに、マトモじゃない。…マトモじゃ、ないんだ。

 

 

 

 

「今は、楽しむ事を考えましょう、別荘は、アイプゼーの近くにあるから、麓で晩御飯の材料買うわよ」
「あ、うん」

僕はアスカの後について駅に入って行き、快速電車に乗りこむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『楽しみましょう』

 

そう言ったのに、アスカの顏色は段々悪くなっているような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

其の伍 おしまい。
其の六へ続く。


PostScript=あとがき

 はじめましての方、はじめまして、Patient No.324こと患者参弐四号でし。またお読みいただけた方。へっぽこな作品にお付き合い頂き、誠にありがとう御座います。
 さて、五話ですが…時間掛かりました。だって、ドイツなんて行ったことねえもん(爆) 一応現在のドイツを基本として、『セカンドインパクトが起きて地軸が傾いたため、今の日本とさして変わらない気候になっている。及び地域紛争により、場所によってはかなりの被害が出たが、アスカの生まれたミュンヘンはさして被害はなかった』という設定で話を進めさせて頂きました。ご了承ください。
 でも調べてる内に、行きたくなったんですよねードイツ(笑) 一応講義でドイツ語取ったけど、文化についての勉強はしなかったので、全然だったのですが…行ってみたい〜 お金と時間があったら(笑)

 さて、お話も半分を過ぎたので佳境になります。そろそろ辛いです。アタシの根性<最後まで書けよアタシ(-_-#  

 

 

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