ベッドの上に寝転がっている僕。

天蓋つきのベッドなんて物語の中でしか知らなかったけど、あるんだな…

 

アスカ、泣いてた。

違う、哭いてた。

 

 

僕の所為で。

 

 

 

 

或る日或る時突然に(其の六)
Written by PatientNo.324

 

 

 

 

 

電車に乗って僕達はアスカの言う宿泊先までたどり着いた。

ミュンヘン市街からガルミッシュってとこまで結構時間がかかった。

ここで晩御飯の材料を買い、それから登山鉄道に乗り、湖まで―

 

「ここよ」
アスカは僕に目の前にある建物が宿泊先である事を教えてくれると、扉の鍵を開ける。

 

凄く古い感じのする洋館。軋む音がして扉が開くと、中から埃の匂いがする。

「ここって誰も住んでないの?」
ここには一週間とかそんな長さじゃなくて、ずっと住んでいなかったような感じがした。

 

「ここは、アタシとママが住んでたとこなの。最初のママだけどね。ママが入院するまではここで暮らしてたわ…

 でももう昔の話よ」

アスカは――投げやりに答えると、中にスタスタと入っていく。

西洋の建物は、靴を脱がない。廊下は真っ暗で、床にアスカが通った部分だけが埃がなくなり、跡を残していく。

「アンタは、ここっ」
アスカは階段を上がってすぐにある部屋の前で立ち止まり、ドアを開けてくれる。

「アスカは?」
「アタシの部屋はアンタの隣。で、お風呂とトイレは部屋にあるから」

アスカは僕に割り当てた部屋に入り、明かりを点ける。

「うわぁ」

思わず声がでてしまう。凄く広い部屋は、多分ミサトさんの家が全部余裕で入りきるんじゃないかな?

「とりあえず、荷物はそこらへんに置いておいて。食堂の場所教えるから」

それって…やっぱり僕に作れ、ってことだよね…

 

旅行鞄だけ床に置いて、買い物袋は腕に下げたままアスカの後をついていく。

アスカはスタスタを歩いていく。一階の、階段からちょっと歩いたドアを開けると、中には凄く広い「厨房」がある。台所って感じじゃないと思う。

「えーっと冷蔵庫はそこ、オーブンとか、コンロの使い方は分かるわよね?」

やっぱり僕が作るのか…

「じゃ、後はお願い。アタシ着替えてくるから」

 

っと…ちょっと待て。

「ねえ、アスカ?」

さっさと出ていこうとするアスカを僕は引き止める。

「なに?わからない事でもあるの?」
「いや、そうじゃなくてさ、ここって誰かいないの?」
「いないわよ?」

いないって…ふたりっきりなの?

 

絶句している僕を残してアスカは厨房を出ていった。

 

 

すぐに料理には取り掛かれないかな。シンクにも、そこかしこに埃が溜まってる。僕は材料を冷蔵庫に入れてから、布巾とそれからモップと箒とちりとりを探して、まず掃除を始めた。

 

いつも使ってるミサトさんちのキッチンは、やっぱりここの1/4もない。というかあれが普通だと思う。

アスカの家は、団体さんとかが来ても大丈夫なくらい、沢山の人の料理が一度に作れるくらい設備が整ってる。

オーブンも、コンロも…みんな大きい。日本じゃ、きっとレストランとかでしかお目にかからないようなものばっかりのキッチン。

 

アスカってすごいお嬢様だったんだなぁ…

「どうして日本の家はこんなに狭いのかしら?」って言葉にも納得できてしまう。

ミサトさんのマンションも狭い方じゃないと思う。一人暮らしには十分過ぎる広さだけど、ここに比べたら…『ウサギ小屋』かもしれないなぁ…

 

 

下らないことを考えてる内にバケツの水が真っ黒になり、掃除が終る。手を洗って冷蔵庫から材料を出して、並べる。

作るのは、アスカに教えてもらった、シュニッツェルって料理。そんなに難しくはなさそう。

 

料理なんていつもしてるからだろう。手が勝手に動く。自然に卵を割り、溶きほぐし、パン粉をバットに敷いて…

 

 

僕の頭の中は料理ではなく、アスカのことを考えている。

ドイツに着いて、最初ははしゃいで―懐かしそうにしてたのに、多分…ここが近づくにつれてアスカの表情が暗くなってった。

僕は、ここに来ても良かったのかな?

アスカにとって大事なとこじゃないのかな…?

 

 

ずっと続いてた、場違いな場所にいる感じ。

此処にいるんだけど、何かが合わない。

 

 

「ボケーっとしてると手ぇ切るわよ、シンジ」

 

 

ザクッ

 

「…絆創膏ってあるかな…」
「バッカねーちょっと待ってなさいよっ」

 

考え事してた僕はまだ玉葱を切り終わってなかった。切った指は左手中指。水を流して傷口を洗う。アスカはすぐに救急箱を持ってきてくれて

「あっ、自分で出来るよっ」

アスカは僕の手を取ると、そこに消毒用のアルコールを振りかける。ちょっと染みる。

「アンタ、手が濡れてるでしょ」

やってくれるのはありがたいけど…

でもてきぱきとしてて…なんか照れくさい。

「はい、出来上がり」

僕の手の甲をぱんっと叩く。

 

 

アスカは…エプロンをつけてる?

戸惑ってる僕をよそに、アスカが、玉葱を切ってる?

「アスカ、料理出来たの?」

 

ブンッ!

「あっったり前でしょっ!このアタシを誰だと思ってるの!」

「わ、分かったから、包丁降ろしてよ…」

包丁をブンブン振って話さないで欲しい・・・鼻先で。

「全く…ボケナスなんだから…アンタも着替えてきなさいよっ」

「あ、うん…」

 

アスカが作ってくれるなんて…

自分の家だからかな? でもアスカが突然話し掛けたりしなきゃ切らなかったんだけど…

どうでもいいような事を考えながら自分の部屋に戻ると、鞄がない。僕の服が入ってる鞄が。

 

「アスカぁ〜鞄は?」
「アタシの部屋よ」

玉葱を炒めてる最中のアスカは鍋に集中してる。

「え…」

「なにぼーっとしてんのよ、アタシに全部やらせる気?」
声が不機嫌になっていく。
「でもアスカの部屋に入っていいの?」
「下らない事言ってないでさっさと着替えてきなさい!」

 

僕は追い出された。
心なしか、アスカの耳が赤かったような気がする。

アスカの部屋に入って鞄を取って自分の部屋に戻って着替える。

着替えながら気づいたけど、部屋が暖かい。最初にこの部屋に入ったときは寒かったのに…

変だな、と思いながら僕は厨房に戻る。

アスカはさっき炒めてた鍋に水を入れてる。オニオンスープを作ってたんだな。

 

「あ、戻ってきたのね、じゃ、あとお願い」

アスカは冷蔵庫から野菜を取り出して洗い出した。

「あ、うん…」

僕はこうしの薄切り肉をさっき溶いた卵に漬けて、それからパン粉を塗す。

気づいたけど、このテーブル大理石だ…アスカは僕が使ってるテーブルとは別のテーブルで人参の皮を剥いてる。付け合せを作ってくれるのかな?

アスカが使ってるコンロからバターが焦げるいい匂いがする。グラッセを作るんだろうな。

僕もフライパンを温めて、ラードを溶かしてお肉を焼く。

「あ、そっちの鍋、火止めて」

僕の使ってるコンロで圧力鍋が火に掛けられてた。アスカがしたんだよね?

 

 

 

考えたらこんな風に一緒に作った事、なかったな…

アスカは一生懸命作ってる。

凄く手慣れた感じじゃないけど…

「アスカってさ、いいお母さんになれるかもね」
「なに言ってんのよ…」

僕は思ったことをただ口にしただけだけど、アスカは凄く驚いたみたい。

「アタシは…母親にはなれないわよ…」

「え…どうして?」

「無駄口はいいから、集中しなさいよ、焼きすぎなんか食べたくないからね」

 

 

アスカは火が通り過ぎてない…ステーキだったらミディアムレアくらいが好きだからなぁ…

僕はお肉に意識を戻す。

 

 

 

 

 

 

 

テーブルに並んだのはシュニッツェルと付け合せのグラッセと、温野菜、それからジャガイモをふかしたものとオニオンスープと黒パン。

 

僕は席に着いてるけど、アスカがいない。どこにいったんだろう。

 

アスカはすぐに戻ってきた。手に握られてるのは、ワイン、だろうな。

コルクを抜く音がして、それから僕の鼻にあの独特の香りが飛び込んでくる。

 

グラスに注がれる、紅い色。

 

「さ、食べましょ」

「うん、いただきます…」

「いただきます」

 

アスカが作った温野菜を口に運ぶ。

「美味しい…どうやって作るの?」

僕はアスカの料理を食べるのはこれが初めてだったけど、お世辞なんか抜きにして美味しかった。アスカがいつも料理しないのは出来ないからだと思って炊けど、違ったんだな。

「これ? 圧力鍋に野菜入れてコンソメと無塩バターで炊いただけよ」

アスカはシュニッツェルにナイフを入れてる。

「ま、いつもの味ね」

誉めてはくれないけど、バクバク食べてくれるアスカの様子は、僕には嬉しかった。

飲み慣れないワインも、この食事には合ってるんだろうな、美味しい。

「明日はどうするの?」

僕は食事を続けながらアスカに尋ねた。

 

「雪をみるためにここまで来たんでしょう? 明日は湖にでも行ってみましょうか」
「うん。アスカってさ、小さいころはここに住んでたの?」
「そうよ?」
「そっか…」
「どうしたのよ?」
「僕は、小さいころの記憶が、はっきりしないんだ」
「何してたか、覚えてないって事?」
「どこに住んでたのかも、覚えてない。覚えてるのは、父さんに捨てられて、先生のところに預けられてからなんだ」
「そう…」

雰囲気、悪くなっちゃった…

「ゴメン…」
「早く食べましょう」

アスカは流してくれた。

 

 

 

食べ終わってから食器を洗い終わった時にはもう10時を回ってた。

「じゃ、また明日ね」
「うん」

アスカは自分の部屋に帰っていく。

僕も自分の部屋に戻って、お風呂に入って…

 

布団に横たわる。

ふかふかの布団。

 

 

高いんだろうな。

アスカってお嬢様だったんだな…

 

 

 

 

 

 

 

僕の意識は遠のいていく。いつもよりも眠りに入るのが早いのはお酒を飲んだからなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

布団が急に重くなった感じ…なにかが僕の上に乗ってる感じ…

 

「起きた?」

 

アスカの声。

 

光が全くない部屋でアスカの顏は分からないけど、身体に感じる重みはアスカの体。

 

「どうしたの?」

「昔の話してあげる…」

アスカは…思いつめてる。
張り詰めてる声。
僕は思わずつばを飲み込んでしまった。

「その女はね、頭は良かったのよ。いい大学を出て、一流の研究所で、沢山の人を使って凄い研究をして…

 

でも、人の…なんて言ったかしらね…機微…感情には鈍かったの。

 

 

それが、アタシの、ママ。

 

 

ママは、自分の分野では大成功したわ。エヴァで使ってるプログナイフとか、あれはママの理論が基になってるものよ。

でもそのうちママは一人でいる事に耐えられなくなって…寂しさに負けたのね…

 

 

そして、結婚した。

 

 

でもね、

 

ママは愛されなかったわ。

 

その男が愛したのは、ママが持ってたお金だったの。

 

そして、アタシが生まれたの。

精子バンクで買った精子と、ママの卵子でね。」

 

 

 

 

 

僕は、何も言うことが出来なかった。

聞きたくなかった。見たくなかった。アスカの歪んだ顔なんか。

でも、アスカは紡ぎ続ける。

「名の通った科学者と、ママから生まれたアタシは、ママの期待を裏切らない子供だった。小学校に上がるころには中学校の勉強をしてた…飛び級を繰り返してね?

 

 

ママはね、アタシは満点を取ると、誉めてくれたのよ、『よく出来たわね、アスカちゃん』って。

 

 

 

それから…

 

 

 

アンタが今寝てるベッドの上で、ママは首を吊って死んだわ。」

 

「!」

 

僕は跳ね起きる。暗さに慣れてきた目がやっとアスカを見つける。

笑ってる…アスカ。

「冗談よ。でもね、ママが自殺したのは本当。一番最初にママがぶら下がってるのを見つけたのはアタシって事も、本当よ…」
「止めてアスカ!!」
僕は必死になって叫んだ。

 

「ママはね、何かの実験で、狂ったの。それが、エヴァの実験。」
「お願いだからアスカ、僕の言うことを聞いて!」

アスカの肩を持って揺さぶる。

 

「平気よ…」
僕の手は払いのけられる。

「そして、パパはママが持ってた財産全部を手に入れた。アタシもね。」
「アスカ!」

 

一緒にいるのが痛い。

 

「でも、アタシにはどうでもいい事だった。アタシはね、それでも頑張ったのよ。
 私の本当の父親なんてもうとっくの昔に死んでたし… 一人で生きていけるようにね。」

 

僕は何も言えない。

 

「アタシはただの適格者から、パイロットになったわ。血の滲む思いをしてね。」

 

アスカは僕に枝垂れかかってくる…

 

「なのに――アンタが、なんで一番なのよ…」

 

 

「あ・・・」

 

 

 

アスカの手が僕の首を

 

 

 

締め上げていく。

 

 

 

 

 

 

僕の顏に何か落ちてくる。

 

 

 

 

 

 

アスカの涙。

「なんで、アンタがいたのよぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕にはなにも…アスカにしてあげられる事はなかった。

僕に出来るのは…

 

 

 

 

僕に出来る事は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいよ…」

僕は、アスカの頬を、撫でた。

 

 

僕がいる事でアスカが苦しむのなら…

僕なんかよりも全然凄いアスカが苦しむくらいなら…

 

 

 

「なんでよぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ぱぁんっ!

アスカは、僕の頬を叩いて、

そして、僕の胸にしがみ付いた。

「なんでアンタが一番なのよぉぉぉぉっっ!

 どうして、アンタなのよ!

 なんでみんなアンタに期待するのよ!

 アタシは頑張ったのよ!

 ずっと頑張ったのに!

 何でアンタなのよ!

 ねえっなんでよ!!」

 

 

胸が痛い、凄く。

 

でも痛いのは、アスカが叩いてるからじゃなくて、アスカのココロが僕に突き刺さったから。 だから、胸が、痛い。

 

 

「僕は…一番じゃないよ」
僕はそう思ってるから。

「何もしない、何も求めてないくせに…その癖に!
 シンクロ率も、使徒を一番倒してるのもアンタじゃないの!!」

アスカは僕の胸倉を締め上げる。

「それで一番じゃないなんて良く言えたわね!」
「でも…それは、僕が倒したんじゃない、エヴァが倒したんだ」
「なによそれ!」

 

アスカには分かってもらえないかもしれない。でも。

「僕は、ずっと先生の所で過ごしてた。疎まれながら。」

僕は昔を振り返る。
「父さんが僕を捨てて、僕は先生の所に預けられた。先生っても父さんの従兄弟にあたるらしいけど、詳しい事は知らない。
僕は、自分の離れを貰って暮らしてた。
でもね、先生達が僕を育ててくれたのは、父さんは毎月凄い額のお金をくれたから。
おばさんの服は段々派手になって、旅行をするようになってあんまり家にはいなくなった。

先生も働かなくなって、一日中遊んでた。給料の何倍も、僕がいるだけで入ってくるから。

でも、僕にはなにもなかったんだ…」

 

(チェロだ? そんなのなにもならないだろう?)
(ですけど、何もさせてないなんて思われたら、減らされるかもしれないでしょう?ちょっとだけくれてやればいいのよ)
(それもそうだな、どうせいるだけでいいんだから)
(ええ、そうよ。)

 

 

 

昔が僕の胸を殴りつける。

 

 

 

「先生達も最初はやさしかった。でも段々と、顏が歪んでいくんだ。 まるで…ケモノみたいに。」

 

 

アスカの手の力が緩む。

 

「僕はね、此処が自分のいる場所じゃない、そう思ってた。でも僕には行くところがない。だから、せめて…手がかからないように、迷惑にならないように…してた、だけなんだ…」

 

胸が割れていく。

 

「そして、父さんから手紙が来た。そして僕はここに来て、エヴァに乗ってる。

 

言われたままに。

 

 

怖い思いをして。僕は、エヴァなんかに乗りたくなかった。

 

 

誰にも迷惑にならないように、ひっそりとしていたかった。

 

 

でもみんなが言うんだ、『シンジ君、頑張れ』って。

 

 

僕は、やりたくないんだ。ひとりでいたかった。誰にも邪魔されずに!

 

 

そう、思って…たのに…!!

 

トウジを…!!!

 

 

僕はエヴァを下りた。」

僕は拳を握り締める。

トウジには謝らなくちゃいけないのに…
ミサトさんに聞いたときには既にトウジは第三東京市にはいなくなってた。転院したらしい。

 

僕はきっと永久にトウジに謝ることは出来ない。トウジはもう、僕のことをきっと覚えてはいない。

 

「僕は…でも、弐号機の首が降ってきて…そして僕はまた乗った。でもね、僕は負けたんだよ」

「倒したじゃないの、第14使徒」
アスカの目は僕を射抜く。

「僕は負けた。使徒を本部から押し出したけど、そこで電源が切れて。アスカ、僕は負けたんだよ…」
「……」
「ただ、僕はその時に動いてって願っただけ。僕はね、何もしてないんだよ、ずっと…使徒に取り込まれた時だって、混乱しただけで、何もしちゃいないんだ…
僕はずっと乗せられてるだけなんだよ、父さんの意思に。」

 

「だから?」

 

そう、だから。それでも、僕が一番倒したことに代わりはないのだろう、『アスカにとっては』。

「心配しなくてもいいよ。いずれ、僕は多分消えていくから」
「なによ、それ!勝ち逃げするの!」

ちがうよ、アスカ…
「僕はずっと人の言うようにしか生きることを知らなかった。今はたまたま凄いだけで…でも凄いのは初号機。僕じゃない。使徒を倒したとき…僕には何もない。何も残ってないんだよ、アスカ…」

 

使徒を倒した後。エヴァが不要になったとき。アスカの表情が変わる。

 

「僕は、人に言われたことしか出来ない。自分からは出来ない。アスカみたいにはなれないんだ…」
「なによ、それ…」
「僕は、アスカのように自分から光り輝くことは出来ないんだ…」
「………」
「僕はきっと、ただの学生に戻る。そして誰からも見向きされない…僕の周りには誰も残らない」

 

きっとそう。

そうだったから。ずっと。

「僕には、アスカが…羨ましかった。何でも出来て、綺麗で…人気があって…」

 

 

パァンッ!

 

「え…」

アスカが僕をまた、叩いた。
「なで、そう内罰的なのよ!」
「アス…カ?」
「だったらアタシは何なのよ! どうしてアタシを見てくれないのよアンタは! 知らないと思ったの?アタシをオカズにしてマスターベーションしてるの!」

僕の顏は羞恥で真っ赤になる。
「なのに、何でアタシをみてくれないのよ、ねえどうして?

どうして影でコソコソするばっかりでアタシを見てくれないのよ!?」

アスカはまた僕の胸倉を締め上げる。

 

「眩しすぎるんだ…アスカは……」
僕には。

「だったら、アタシはどうしたらいいのよ…」

 

 

アスカは僕の胸に頭を擦り付ける。

 

 

「わからないよ…」

 

 

「バカァァァァァァァァァァァッ!」

 

 

 

 

胸が、裂けていく。

 

僕の心が締め上げられる。

 

 

痛くてたまらない。

 

でも…

 

 

 

 

僕は、アスカを抱きしめた。

 

 

 

 

 

でも、アスカは泣き止まない。

 

 

僕は、アスカを抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカは、眠った。

泣き疲れて、僕の胸の上で。

部屋に運ぼうかと思ったけど、起こすのも気が引けるので、そのままにしておいた。

でも僕は眠れなかった。

 

何がアスカを追い詰めたのか。

それは、僕なのかもしれない。いや、僕だろう。

何もしてない僕が一番だと思ってるアスカには、負担なんだろう。

さっきはこのまま殺されてもいいかな、と思ったけど、今はそれは間違ってたと思う。

それは、アスカの言う勝ち逃げかもしれない。

だったら、僕は…

 

何もしなかった僕が苦しむのは…自業自得なのだから。

 

サディスティックかもしれない…でも、もう逃げられない。

 

 

 

 

「ん…」

アスカが僕の胸の上で寝返りを打つ。

掛け布団がめくれたから、僕はまたアスカにかけてやる。

 

こうしてると、アスカが如何に小さかったのか、よく分かる。

 

 

 

可哀想、とは思っちゃいけない。アスカはずっと頑張ってきたんだから。同情できるほど僕は偉くもないしまた頑張ってもいない。

でも…

 

僕はアスカの頭を撫でる。

 

何かしなくちゃいけないから…

 

 

 

僕は…

 

 

 

 

 

多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

其の六 おしまい。
其の七へ続く。


PostScript=あとがき

  はじめましての方、はじめまして、Patient No.324こと患者参弐四号でし。またお読みいただけた方、見捨てなくてどうも有難う御座いますm(__)m。
 んーと、これが公開されるのは、多分大分後なんだろうな(爆)
  現在は就職活動&ゼミで忙しいので暇見て書き貯めておいて…ですが。
 非常にアタシ的な展開になってしまいました。いや、まだ足りないけど(爆) 自分のサイト用だったらここで話が終ってただろうな、絶対(核爆)
 ロクな展開にならなかったのは…うん、簡単に想像がつきます。
  今回の話が結構書きたかった部分かもしれません。収束点がまだ見えてないので先が長いですが…そこにもう一つの答えが見える…といいな、うん。

 それでは、また次回お会いいたしましょうm(__)m

 

Patient No.324 mail
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