「なんで、アンタがいたのよ…っ!」

アスカの、悲鳴。

 

 

 

僕の頭で木霊する。

 

 

最悪の寝起きだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

或る日或る時突然に(其の七)
Written by PatientNo.324

 

 

 

アスカは、僕の横で眠ってる。何時の間にか僕の上から転げ落ちたみたい。

大きなベッドで良かったな。僕とアスカが一緒に眠っても問題ない大きさで。

 

ベッドから下りて、僕は窓の外をみる。 銀世界、というヤツ。木も、地面も、山も全部白銀と黒色。

 

時計を見るとまだ五時。

 

僕は昨日着てたコートを羽織ると部屋を出た。

暖房が効いていたのは僕の部屋だけで、廊下は寒い。

屋敷の中は真っ暗だけど、暗がりになれてるから壁と、扉はなんとなく分かる。

部屋は全部で10個くらいある。

人の家だから勝手に入って回るわけにも行かないけど…

 

廊下のつき当たりまで来た時、扉が開いている部屋があった。

なんとなくその部屋に入ってみる。

 

「あ…アスカのお母さんかな?」

大きな写真が飾ってあった。

30才くらいのその人は、アスカをそのまま大きくしたような人で、手に赤ん坊を抱いてる。

柔らかい感じがする。温かい感じも。

アスカとそっくりだけど、なにかが違う。

母親だから、なのかな?

 

でも…

 

死んじゃったんだよね?

僕の母親も死んでる。

 

そっか…

アスカも『父親』がいないんだ…

 

 

僕達には戸籍上の父親はいるけど、精神上での父親はいない。

僕は父さんの憎んでいるし、アスカも…少なくとも尊敬はしていないと思う。

 

 

「寒い…戻ろう」

なんとなく変な感じがして、部屋に引き返した時、アスカが起きてた。

入り口をずっと見ていたみたいで、入ってきた僕とすぐに目が合った。

「どこ、行ってたの?」
「あ、ちょっと…どんな所か知りたくて、探検してた」
「そう…奥の部屋も行ったの?」
「うん…」
「そう…」

 

沈黙。

 

「ねえ「あの」」

「「先に」」

 

「アスカ、先にいいよ…」
「たいしたことじゃないわ…」
「いいよ」
「…そんなとこに立ってないで座ったら?」
「うん…」

僕はベッドに腰かける。

「で、シンジは……何?」
「いや、僕もたいしたことじゃないから…」
「言いなさいよ」
「えっと…奥の部屋にあった写真って…アスカのお母さん?」

「そうよ…」

アスカは膝を抱えるようにして座ってる。

僕はコートをハンガーにかけて靴を脱いで、ベッドに戻る。

「…どうして、僕を此処に連れてきたの?」

 

雪を見たかったから…ではないと思ってる。

「…………」
「アスカ?」

アスカは膝を抱えたまま。

「どうしても…知りたい?」
僕は、アスカの表情に息を飲み込む。

「もしかしたら…アタシは死にたかったかもしれないわ…」
「え…」

『僕を殺したかった』のなら分かるけど何故?

「どうして…」
「ねえ…アタシって…一体何なの?」
「アスカが…?」
「分からなく、なっちゃったのよ…」

 

僕はなんとなく、アスカの今までの行動の総てが分かったような気がした。

 

「アタシは、頑張ったわ。エヴァのパイロットとして、イチバンであるために。でも…アンタの『才能』の前には何も出来なかった…」
「アスカ、それ違う…」
「違わない」
「違うよっ」
「結果が総てよ。どうあれ、アンタが一番のシンクロ率で、一番使徒を倒してるのは事実だもの…」

そう。

「だけど!」
「ねえ、アタシ、今まで何やってきたのかな…?」

アスカは一層身を小さく丸め込む。

 

「アスカは…エヴァのために生きてきたの?」
「そうね…そうかもしれない」

「だから、僕がエヴァを下りた後のことを言ったときに…」
「何も言えなかった。その通りよ…でも」

「でも?」
「アタシは…誰かに見て欲しかった。アタシを、アタシ自身を。本当はそれだけだったのかもしれない。
 だから、シンジを此処に連れてきたのかもしれない」
「何故、僕なの?」
「一番近くにいるから…じゃないかな…」

 

僕はこんなに弱弱しいアスカを知らない。

いつも元気で、輝いていて、明るくて、僕をなじってたアスカじゃない。

でも、これもアスカなんだ…

 

 

僕は…

アスカを、抱きしめた。

「シン…」

アスカはビックリしたみたいだけど…

 

でも…

 

「ゴメン…」
「どうして、謝るの?」
「アタシ、シンジの前で泣いてばっかのような気がするから…」

 

僕はより強くアスカを抱きしめる。

 

「あ…」

 

「ねぇ…シンジ…」

アスカは僕の手に自分の手を重ねてきた。

 

「何?」
「アタシのこと、好き?」

 

 

 

僕は…

 

 

 

もっと、強く、抱きしめる。

 

 

 

「ちゃんと、言葉で…聞かせて」

アスカは僕の顏を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 


「好き…だよんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、アスカに唇を…奪われた。

 

 

唇に伝わる感触は…

 

 

「うんんっ…っ」

 

この感じは…脳を溶かしていく。

 

 

アスカの舌が絡まってくる…まだ、ぎこちなく。

僕も舌を絡ませる。

 

 

怯えた心は隠せないけど…でも、誰かに…

 

 

そばにいて欲しい。

きっと僕達はそれだけなんだ。ただ。

 

 

 

 

だから、求め合う。そばにいるって…教えて欲しいから。

 

そして分かって欲しいから―傍にいるって。

 

 

 

 

口の中の唾液はどちらの唾液か分からない。

 

 

 

侵食される感じがする。でも、イヤじゃなくて…

 

 

 

 

アスカが離れていく。

僕達の唇の間を伝う唾液。

 

 

 

「アタシ…好きよ、シンジが」

 

 

そして…

 

僕達の唇は、また重なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…」

 

アスカが僕に何かを耳打ちする。

 

「アスっ…!」
僕は再び唇を塞がれ、アスカに組み敷かれる。

アスカの体の重みは、僕が此処にいることを、アスカが傍にいることを教えてくれる。

 

 

 

 

 

夜はもうすぐ明けて、朝が来る。

 

僕達の夜は…

 

 

まだ、終らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…後悔、してる?」

僕の上にアスカがいる。ちょっと違う。僕の腕まくらにアスカがいる。
ちょっと日本語が変かもしれない。

「後悔は…ちょっと」
「ばかっ」

かるく頬を叩かれた。

「こぉんな美人をキズモノにしたくせに後悔なんて贅沢よ、そうじゃなくて?」
「そう…かもしれないね」

なんとなく、笑ってしまった。

アスカもつられて笑う。

 

僕は、アスカの頬にキスする。

 

「ちょっと、強すぎよ。それじゃ歯が当たって痛いでしょ」
「ゴメン…」

勢いが強すぎたらしい。

「こうするのよ」

軽く。でもしっかりと。

「これから、沢山覚えよ?」

 

アスカの顏、少し赤い。でも、僕の顏は多分もっと赤いだろうな。

 

「朝ご飯、食べるわよね?」
「うん」

僕達はベッドから降りようとして…

 

「ゴメン、パンツ取って」

アスカの一言に顏中の血管が一気に爆発する。

 

そして僕達の着てた服は其処ら中に散乱してることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、今日は湖に行きましょうよ」

テーブルの上には昨日の残り物の温野菜と、オニオンスープと、パン。並んでるものはそう変わらないけど、僕達の並び方が違う。

 

何故かアスカは僕の隣に座ってる。何故だろう。

深く考えちゃいけないな。きっと。

 

コーヒーが温かい。

なんとなく、気分が晴れやか。

 

雪…

昨日、見た。

 

うん。昨日は多分僕の人生の中では大事件。

 

「ボケシンジ!」

ぼくっ!

「ぼかすか殴らないでよ…」
「だったら人の話を聞きなさい」
「聞いてるよぉ…」
「だったらアタシの目を見る!」

 

アスカも、すっかり元気になったし…

首筋に、赤い印…

 

僕が付けちゃった、ん、だよ・・ね?

 

人の話を聞けぇーっ!
キーンって耳がする…唐突に耳元で怒鳴るんだもん…
「頭がくらくらする…」
「だったら、人の話を聞けぇーっ!
追い討ちですか…?

「全く…さっさと着替えてよ?」
あー

アスカ、不機嫌。

ちょっと浮かれてるのかもしれないな、僕。

 

 

でも、いいや。

 

 

 

甘いかもしれないけど。

 

 

僕達は、お皿をシンクに片付けると(お昼を作るときに一緒に洗おうってことで今は水につけて置くだけ)、僕達は着替える。

僕の服だけ出して、アスカが鞄を部屋に持って行っちゃったけど。

やっぱり鞄は二つにした方が良かったじゃないかなぁ…今更か。

 

着替えを済ませた僕は玄関に降りて、アスカを待つ。

 

…待つ。

……待つ。

………遅い。

何やってるんだ?

と思ったころにアスカはやっと来た。

『遅いよ』と昔言ったら『女の子は色々時間が掛かんのよ! 男のくせに小さいこと気にすんな!』と殴られたことを思い出したので、今回は何も言わない。

「じゃ、行こっか♪」

語尾に音符マークが戻ってきてる。

いい事なんだ、うん(僕が玩具にされなければ)。

 

 

館からそう離れていなかった湖。

湖面は全部凍ってる。

誰もいない。

 

でもアスカが見たかったのはこれじゃないんだろう。湖の…先。

「こっちよ」

アスカは、辺に歩いていく。

この時期はまだ雪が多いらしく、歩きにくくて、中々前に進めない。

 

「ここ」

アスカは立ち止まり、雪を掻き出し始めた。

何があるのか分からない僕はぼけーっと見ている。

 

雪の中から出てきたのは…十字架。

 

「ママは此処に眠ってるわ」

アスカは、しゃがみ込んだ。そして足元の雪を払いのける。

足元にあったのはプレート。

 

「Sohryu Kyoko Zeppelin 1980-2005」

 

僕は目を閉じて、手を合わせた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ママ。」

アスカがお墓に―お母さんに話し始める。

「アタシは、見つけたわよ、アタシを愛してくれる人」

僕の顏が熱くなる。

向こうを向いてるアスカの耳も赤くなってる。

「あ…」「かなりバカだし、スケベだし…アタシの写真をオカズにしてんのよ?恥かしいったらありゃしない」

あの…アスカさん? 僕、死にたいくらい恥かしいんですが…

「運動神経も鈍いし、アタシがモーションかけてたのにも気づかないよーなニブチンだけど…」

だけど?というか、モーションかけられてたの僕?

「ま、優しいとこだけは及第点なのよっ」

んうぅんっ!

 

こんなとこでキスしないでよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あークソ恥かしい…

 

 

すっきりしないぞ…

 

 

「さて、帰るとしますかっ♪」

一人だけすっきりしてさっさと帰るなんて……なんか胸の辺りがもやもやするぞ?

 

うーん…そうだ。

 

 

ガサガサ。

キュッキュッ

 

 

 

バシッ!

 

「なにすんのよ!」
「雪合戦。」
「はぁ?」

あ、アスカの顏面白い。

もう一発雪球作って投げる。

 

ヒョイッ

あ、しゃがんでかわされた。

 

バシッ!

「いた…」
「アンタが先にやったんでしょうがっ!」

バシっ!

バシバシッ!

 

あっクソッ!

僕も慌てて雪球を増産する。

 

バシバシッ!

いててて・・・

「テイッ!」

ヒョイっ!

「フッ、シンジがアタシに「時間差っ!」

バシッ!

……モロ、顔面にヒット。鼻の頭に球のかけらが残る。

「こんのぉ〜っ!!!!」

ヤバい、本気にさせた。

 

 

バシッ!バシッ!バシバシバシバシッ!バシッ!

バシッバシバシバシバシッ!!バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!

バシバシバシバシッ!
「なんでそんなに増産出来るんだよぉっ!」
「アタシはそのまま投げてるからよっ!」

アスカは球をつくらないで、そのまま雪を投げつけてきてた。固められてないから痛くはないけど、やっぱり冷たい。

「は、反則だよっ!」
「ルールなんか決めてないでしょうが!」
「そうだけど…!」

 

僕はあっという間に雪に埋もれていく。反撃も出来なくなっていき…

 

完全に埋もれた。

 

「はぁはぁっ…いい気味よっ!」

肩を息しながら腰に手を当てても…

 

「何よ、文句あるの?」
アスカの目に剣呑な光が…

「この時期、こんな所に人なんて来ないわよ、アンタ、ここで凍死すんのね?」
「い、イヤだよそんなのっ!」
「じゃあ、アタシの言うこと、なんでも聞く?」

聞きたくないけど…

 

こくこくっ

 

首を縦に振る僕。ああ、情けない。

 

「じゃあ、そうねぇ…」

 

アスカ、その笑み凄く邪悪なんだけど…

 

とは口に出せない。こんな異国の地で死にたくない。

 

「アンタから、キスして。」

 

 

アスカは、僕の目の前に来てた。

 

 

 

 

そして、僕は、初めて自分からアスカにキスした。教えてもらった通り、優しく。

 

 

 

 

 

 

 

其の七 おしまい。
其の八へ続く。


PostScript=あとがき

 はじめましての方、はじめまして、Patient No.324こと患者参弐四号でし。またお読みいただけた方、どうも有難う御座いますm(__)m。

 実際の所,2週に2本の割合で書いてる(正確には休みの時に纏めて2本上げてから一回TENさんに見てもらってんで残り一週間は推敲)この作品。其の六と纏めて書いたのですが…
 ヤッちゃいましたねぇ…いえ、シンちゃんとアスカではないですよ?(そんな描写はしてません。但し、想像は自由です、二人の夜の(笑))
 ベッタベタかくなんて、2年…3年ぶりですね。多分、最初のサイトしてたとき…98年って3年前かよオイ(笑) あの頃はHNも違いましたし…まだ、純真だったんですよ、きっと。
 ベタを書くのがこんなに疲れるとは思いませんでしたねぇ…前回(六話)の分の3倍は時間が掛かったんじゃないかな? 不向きな事はするもんじゃないのよ、えぇ…(苦笑)

 さて、次でこの話も一段落です。つかれたので、この辺で(^o^)丿

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