「ふう・・・」

誰も居ない室内で若者は小さく溜め息を吐いた。

『後は任せたわね。』

テーブルの上には、一枚の紙片が無造作に放り投げられていた。

大学に入学して3年。

4回生に進級し、ようやく学士課程修了の目処がついた彼に待ち受けていたものは、突然の両親の転居だった。

 

「今度、第二新東京に良い出物がでるそうだよ。」

「どんな物ですの? あなた・・・」

大学から帰宅して、自分の部屋に戻ろうとしてリビングを通りかかった彼の耳に、ふとそんな両親の会話が飛び込んできた。

「うむ・・・これだよ・・・」

父親は、テーブルの上に図面を広げて母親に説明した。

「広さ600平米・・・建坪150・・・アトリエにするのは申し分のない条件だ。」

「そうですわね。 あなたの創作活動も更に奥が深まりますわ・・・しかし・・・私のお料理教室はどうしましょう? 結構好評なんですのよ。」

父親にお茶を差し出しながら、母親は小さく首を傾げた。

「君になら、生徒は付いてくる・・・それに此処はあの子に任せればいい・・・君が可愛がってるあの子にな。」

「そうは言っても・・・不安は残りますわ・・・あの子はディレクターとしては有能ですけど・・・」

「もう一人居るじゃないか・・・毎日通ってくる子が・・・」

「ええ・・・あの子ね・・・彼女は確かに料理センスはありますわね・・・でも、マニュアルチックでしか捉えない癖がありますから・・・」

母親は、目を細めて静かにお茶を口にした。

「フッ・・・問題はない・・・ここは、あいつの好きにさせるが良い・・・」

父親は、静かにお茶を啜って静かに笑った。

 

そんな両親の会話を訝しがりながらも、話が纏まったら自分に話してくるだろうと思っていた。

自分にも大いに影響する問題だと思ったから。

しかし、そんな彼の思惑は、両親には伝わらなかったようだ。

サークルの合宿に行っている間に、両親は身の回りの品と商売道具を持って、この家を出て行っていた。

 

一人息子を残して・・・

 

「ど・・・どうすんだよ! この家!」

 

メモを残して当惑する息子の前に、一人の女性が尋ねてきた。

料理研究家として名高い母親のマネージャーだった。 母親がやっていた料理教室の管理運営を任されたと言う。

息子は自分の親に対する認識が甘すぎた事をこの時思い知らされた。

 


空から零れたストーリー


The Girl who comes from sky 
A-part

wrote by Tomyu


 

あの日から半年の歳月が流れた。

僕はシンジ。 『碇シンジ』・・・第三新東京大学に第一文化学部に通う大学生だ。

僕は父さんと母さんが出ていった後、この家に残って寝起きし、この家を守っていた。

就職活動もしなければならないし、だいいち一人で住むには一軒家は大きすぎる・・・

ワンルームのマンションにでも引っ越したい気分になるけど、家賃は払えないし、大学にも自転車で通える距離だから問題はない。

おまけに、アルバイトの収入も安定してきたので、生活するには不自由を感じては居ない。

しかし、あれだけ好評だった料理教室は、母さんが居なくなったせいか直ぐに廃れていった。

マネージャーの葛城さんは、確かに母さんの言う通り、ディレクターとしては有能で、PR活動も教室の運営には支障を来すことはなかった。

しかし・・・肝心の腕がない・・・

それは素人の僕にも嫌と言うほど分かった事だ。

「今度の企画はカレーで行こうと思うの! どうかしら?」

葛城さんの作ってくれたカレーを何の気なしに口にした僕は、一瞬スプーンを持った自分自身に対面する事ができた。

まるで天空に吸い上げられるような感覚を覚え、必死にもがいて自分自身の中に戻ってきたことを覚えている。

と言うわけで、葛城さん自身の料理指導は即刻中止された。

「ミサト・・・あなたは裏方に回って! 料理は私がやります。」

葛城さんのカレーを口にして、顔面を蒼白にしながら、手を挙げたのは母さんの弟子だったリツコさんだった。

若さと美しさを持ち、かつ、博士号を持つ才媛は、僕の憧れでもあった。

母さんの所へ毎日のように顔を出しては、母さんの料理を熱心にメモを取るリツコさんは、母さん達が引っ越したことを聞きつけ血相を変えて乗り込んできた。

そして、葛城さんとは旧知の仲だったようだ・・・

そんな二人が半ば強引に僕を説得して、料理教室を再開したのだが、やはり料理研究家『碇ユイ』の名がないせいもあるのだろうか・・・?

一人減り、二人減り・・・今では数える程の人数しか居ない。

最初は、自信満々だった彼女達も、次第に意気消沈していっていた。

元々この家は、店舗兼住宅として建築されていた物を、父さんが買い取り、改造を加えたものだった。

店舗の部分を母さんの料理教室用に・・・地下の倉庫をアトリエに・・・そして2階が父さんと母さんの居住スペース。

3階が僕の居住スペースとなっていた。

その1階の事務所で、リツコさんも葛城さんも、重苦しい表情を浮かべていた。

「どうしたんですか? 雰囲気重いですよ。」

アルバイトから帰ってきた僕は、煌々と明かりが点っている1階を覗き込んで声を掛けた。

昨日もそうだった。 料理教室でありながら、二人はろくに食事も摂らずに次の料理のことを考えていた。

「あら・・・シンジ君、お帰りなさい。」

「丁度、営業会議を開いていたところなの・・・」

葛城さんとリツコさんが、端正な顔立ちに深い苦悩の皺を寄せて腕組みをしていた。 とても会議をしているとは思えない。

「私の料理の何処に問題があるのかしら・・・ミサト・・・」

「生徒数が全てじゃないのかしら・・・? 現にユイ先生からリツコに代わってから、どんどん減少している。」

「確かに私は先生の弟子にすぎないわ・・・でも、先生の味付けを完全にマスターしている。 包丁の入力角度も、加える圧力と早さも・・・それでも生徒が離れていくのは、先生の料理教室って宣伝した方に問題があるんじゃなくて?」

どうみても責任のなすりつけ合いだ。 二人は険悪な雰囲気で対峙していた。 

このまま事態が悪化されては困る・・・僕は思わず声を掛けた。

「あのう・・・」

「「何よ!?」」

二人の血走った目が僕に向けられて、僕は一瞬たじろいだ。 二人とも綺麗な顔をしているだけに、怒ると般若のような顔になるから怖い・・・!

「お腹空いてません?」

僕はアルバイト先で作っている弁当を二つ彼女達に差し出した。 空腹で余計イライラしてるはずだ・・・

昼と夕方の繁忙時間帯は複数の人間が居るアルバイト先だが、夜間は一人の事が多い。

今日は僕のシフトだったので、お店は僕以外誰もいない。

僕は賄い食として作っていた弁当を見て、さらに二つ分の弁当を用意して持って帰っていた。

「料理の時に、こんな安弁当で悪いんですけど・・・」

余程お腹が空いていたのだろう・・・

一人だったら、何かしら食べ物を腹に収めていたのかも知れないが、二人だと牽制作用が働くのか、どちらからも食事にしようとは言い出せなかったみたいだ。

ゴクッと唾を飲み込む音が二つ聞こえてきた。

「今、お茶淹れてきますから・・・取り敢えず召し上がってください。 ストレスでイライラしてる時の空腹は、胃の粘膜を更に痛めつけますよ。」

僕は、厨房でお湯を沸かして、お茶を淹れた。

湯が沸くまでの間に、無心に箸を動かしている音だけが、響いてくる。

そんなにがっつかなくても・・・と思うけど、二人とも凄くお腹が空いていたのかも知れない。

お茶を淹れて戻ってきたときには、二人とも半分以上食べていた。

「これ・・・シンジ君が作ったの?」

葛城さんが、目を丸くして僕に尋ねた。

「ええ・・・冷めちゃってますよね・・・すみません・・・こんな物で。」

「そんなこと無い・・・美味しいわ! シンジ君! 仕出屋の弁当って、ベシャベシャして安かろう悪かろうなのに・・・本当にこれ弁当なの?」

リツコさんが、感嘆するように声をあげた。

「きっと、お店の素材が良いんだと思います。」

店のマスターは味に拘る人で、例えチェーン店の弁当でも、良質な素材を食材センターに要求していることで定評がある。

しかし、確かに繁忙期ではその味に拘り続ける事ができないのも事実。 特に数を捌こうとすると、時間短縮に追われる余り品質が低下する。

「だって、このお店の弁当、私しょっちゅう買ってるわよ。 とてもこんな味付けできないわよ。」

葛城さんが、包み紙を取り上げてシゲシゲと僕を眺めた。

多分、葛城さんはその一番忙しい時間帯に、弁当を買ったのだろう・・・できるだけ温かい弁当を・・・そう考えるのは当然だ。

料理は冷めると不味い・・・弁当の最大のウィークポイントがここにある。

だから、冷めても構わないように工夫をしていく・・・僕は、一人で暇なのを良いことに、店で試食品を作っていた。

ばれたら即クビになってしまうけど・・・

「やっぱり、ユイ先生の子供ね! 血は争えないって所かしら・・・」

「これを商品化したら・・・売れるんじゃない?」

そう二人のお姉さん達が顔を見合わせた瞬間・・・僕は凍てつくような寒気と恐怖を覚えた。

 

「「ちゃーーーーんす!」」

 

にやりと笑う、二人のお姉さま方に僕は、後ずさった。

「な、な、な・・・・なんでしょう・・・?」

 

「おねいさまと・・・一緒にしない?」

「悪いようには・・・しないわよ?」

 

おっとなー! の女性のフェロモンを放出して迫ってくる葛城さんとリツコさんに、僕は体が竦んで動けなくなった。

まるで、『蛇に睨まれた蛙』・・・僕はこうして、この二人に、二度目の決断を迫られた。

一度目は、言うまでもなく1階の使用権の承認と料理教室で母さんの名前を使うことの、母さんへの連絡。

やはり、人生経験の差は、どうしようもない。

せいぜい僕にできたこと・・・それはコクコクと頷く事だけだった。

逆らって、命の保証があるとも思えなかった。 だって、リツコさんは医学博士でもあるのだから・・・

 

 

 

 

こうして、『碇ユイ料理教室』は閉鎖となり、代わって『EVANGELIST』という名の弁当屋が開店した。

元々店舗として作られた建物だから、改装にはそれほど時間は掛からなかったけど、それでも数百万の費用は掛かったらしい。

葛城さんは僕にそう言っていた。

「あ、それから、私の事、ミサトって読んで良いわよ。 リツコと同じようにね。」

そう言って、ミサトさんはにっこりと微笑んだ。

「大丈夫よ、運転資金はユイ先生の経営する『プロダクション・NERV』で調達してるから・・・思いっきり運営できるわ。」

そう言って自信満々に言うけれど、本当に大丈夫なのだろうか?

僕は不安で一杯だった。 僕だってまだ大学生だ。 数は少なくなってきたものの、授業やゼミだってある。

ミサトさん達は、僕に調理全般を押しつけるつもりなのは、火を見るより明らかだった。

「心配しないで、ちゃんとアシスタントを連れてきてるから・・・」

リツコさんは、にっこり微笑んで一人の女性を連れてきた。

「初めまして、伊吹マヤって言います。 よろしくね! シンジ君。」

黒髪のショートヘアーの持ち主で、童顔なのだろうか? 僕と同じ歳くらいに見えた。

「この子は、大学時代の私の後輩なの・・・きっと役に立つわ。 弁当のオーダーとラッピングは彼女に任せて、シンジ君は料理に専念して頂戴。」

テキパキと指示を下してくるリツコさん。 でも、僕は今日は卒論ゼミの日だ・・・休むわけにはいかない。

教授には、論文の修正個所を数カ所指摘されており、その報告もしなければならない。

「ん、その間は私が対応しておくから、心配しないで。」

その事をリツコさんに話すと、リツコさんはおもむろに僕が手にした論文に目を通すと、エプロンを脱ぎジャケットを身に纏った。

「その教授を論破してくるわ・・・この程度の知識でよく教授になれたものね。」

「ちょ、ちょっと! リツコさん!!」

僕は慌てて彼女を引き留めた。 清楚な格好にして若作りしても、手慣れたメイクや金髪では、学生には見えない。

かえって変だった。

おまけに、卒業論文で教授を論破でもされたら、僕の卒業自体が取り消されてしまう。

「勘弁してくださいよ。僕は男なんですよ。 女子大生じゃないんですから!!」

だいいち、そんな格好で大学に通う女の子なんていない・・・今のリツコさんは、どう見ても前衛的なノスタルジックファッションだ。

なんだか、透明なアクリル版にカラーペンでイラストでも描いてるのが似合いそうな・・・そんな感じがする。

「あら・・・そう言われればそうね・・・」

僕の指摘に、リツコさんは残念そうにジャケットを脱いだ。

「お店の方は、リツコさんとマヤさんでお願いします。 僕はゼミに出てきますから。」

僕は、こめかみがピクピクするのを感じながら自転車に跨った。 これ以上一緒にいると、僕は脳卒中を起こしそうだったから・・・

僕の心の中で、不安が危機感に代わるのに、さして時間は掛からなかった。

 

 

 

それから1ヶ月。

案の定・・・弁当は売れなかった・・・

 

 

 

僕は僕で進むべき進路も見いだせず、お店は膨大な赤字を抱える事になった。

慣れない商売。 手際の悪さ。 そして、何よりも味のばらつきと営業時間。

今日も事務所では、ミサトさんとリツコさんのにらみ合いが行われていた。

片隅では、マヤさんがオロオロして状況を見守っている。

「これはあなたの責任よ。ミサト! 作戦部がラインナップにない弁当の特売なんてチラシを配るからこんな事になるのでしょ!?」

「其処を何とかするのが、技術部の仕事でしょ!?」

いつから、「部」が出来上がったのだろう・・・? 僕を含めて4人しか居ないのに・・・

「技術部としては、急激な作戦変更には対応できないわ。 どうして、事前に確認しておかなかったの!?」

「戦況は常に変化する物よ! イチイチシナリオ通りに戦況が進む訳ないわっ、その場その場で対応して行かなきゃいけないこともあるの!」

「そんなの作戦指揮の拙さを露呈してるだけじゃない・・・」

「なんですってーーーーーーっ!!」

マヤさんは、事務所の片隅でブルブルと震えている。 こんな険悪なムードで何かを成し遂げる事なんてできやしない。

こんな事に僕は巻き込まれたのか? そんな思いが過ぎる。

僕は弁当を作っているときは結構楽しんでいた。 これを食べる人はどんな風に味わって食べるのか? どれくらい時間が経ってから蓋を開くのか?

安い弁当だけど、一口食べた後に満足する顔を浮かべるお客さんの姿を思い浮かべて・・・

しかし、彼女達にはその楽しさを微塵も感じることができない。 自分自身の作る楽しみを強引に奪ってしまった二人にだんだん腹が立ってきた。

「いい加減にしろっ!!」

それでも言い合いを続けている二人に、僕はとうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。

「「・・・・・・・・・・・・・・・!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

僕の怒声に、二人の動きがピタッと止まった。

「こんな事するために、店を手伝ってるんじゃない! 数多くのお客さんに繰り返し自分達の作った弁当を食べて欲しいから手伝ってるんだ! それができずに仲間割れするんだったら、こんな店やめちまえ!!」

僕は、エプロンを放り投げて店を出た。 階段を上り自宅のドアを開くと力一杯、ドアを閉めた。

「ったくもう!!」

ソファーにドカッと座り、TVのスイッチを入れる。

バラエティー番組のコメディアンが、会場の女性客に笑いを誘う、ネタを披露していた。

「この芸人だって・・・笑わせるのに凄く努力してるんだよ・・・それなのに何だい。 あの二人は・・・」

そう呟いたとき、僕はフッと自分自身に問いかけていた。

「僕は・・・どうしてこんなに怒ってるんだろ?」

自分でもよく判らなかった・・・というよりは、何故こうも本気で怒ることができたのだろうかという自分自身が不思議でならなかった。

確かに、アルバイトを兼ねてやっていた自分の好きな行為を奪った彼女達に腹を立てた。

しかし、それは一過性のもので、ここまで怒る必要など何処にもない・・・

怒る理由があるとすれば・・・それは、彼女達が弁当に何の愛着もないのに、それを生業にしようとしたことだった。

 

 

「弁当屋・・・か・・・」

 

 

僕の中で、初めて自分の進路を見いだしたような気がした・・・

しかし、それは単なる思いつきなのかもしれない。 それでは、ミサトさんやリツコさんと何一つ変わらないではないか。

そう考える自分がいた。

輝くものを追い求め、空ばかりを見上げる僕がいた。

夢を持つ・・・それは人として生きる原動力だと思う。 しかし、夢っていったいなんだろう?

僕にとって夢ってなんだろう? 父さんや母さんは何を追い求め、この家を出ていったんだろう?

夢が天空に輝く星空だとしたら、今この現実は地表にある岩や石なんだろうか?

僕は、自分自身が判らなくなり、冷蔵庫から缶ビールを取り出して一口付けた。

普段はあまり酒を飲まない僕だけど、今日は何故か飲みたくなった。

何にせよ、今日はもうあの二人には振り回されたくない。 僕は、そう思った。

 

 

 

 

翌朝・・・僕はいつもより早く、店に入った。

何となく気まずい思いを、ミサトさんとリツコさんにさせてしまったから、気になって余り眠れなかった。

あまつさえ、マヤさんには本当に悪いことをしてしまった。 そんな後ろめたい思いがあったから・・・

朝日が長い尾を引き、空を茜色に染めていく。 新聞を配るバイクがせわしなく走り回る音が響く午前5時。

事務所には明かりが点っていて、そこに3人の女性が机に突っ伏すように眠っていた。

「ミサトさん・・・リツコさん・・・マヤさん・・・」

僕は声を掛けてみた。 しかし、深い眠りに落ちているのか、誰も起きようとはしない。

「やっぱり・・・言い過ぎたかな・・・」

そう思って、ロッカーから毛布を取り出そうとしたとき、僕の目にふと一枚の手書きのメモが飛び込んだ。

「これは・・・?」

僕は机の上に置いてある、その紙を拾い上げて目を通した。

 

それは、この店の販売計画書の原案だった・・・

 

【『EVANGELIST』販売計画書】と表題が打たれたメモには、マヤさんの字で細かく書き込みがされてあった。

走り書きになっているのは、リツコさんやミサトさんが言ったことをそのまま書いたのだろう・・・

営業時間や対象とする客層、時間帯による販売品目の統計や、男女構成比、出店を通じての販売方針など事細かに記載されていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

この紙を見たとき、僕の中で何かが弾けた。

この地表にも輝く星がある。 何かを得るのなら、何か行動を起こさなきゃならない。

これを作るのに、一晩中討論していた彼女達に、僕は自分で出来る全てをぶつけてみようと思った。

訳もなく胸が熱くなった。 

単純な奴って自分でも思う・・・だけど、僕の中で霧の彼方に霞んでいた天空に輝く星は、本当は、直ぐ近くの湖面に輝いていた。

そう思いたかった。

「よし! やるぞ!」

僕は、朝の空気を思いっきり満喫しようと外へ躍り出た。

 

 

その時・・・

「ちょっと! そこ退いてよっ!!」

 

 

甲高い女性の声が僕の耳に飛び込んできた。

「えっ!?」

僕はハッとなって、声のする方向に顔を向けた。

その時には、その声の主は自転車に乗り、僕の直ぐ側まで近づいていた。

「わあっ!」

 

ガシャッ!

 

気がつけば、僕は宙を舞っていた。

そして、数秒後に大地に帰ってきた。

 

左肘を打ったのか、ヒリヒリとした痛みが襲う。

「「痛たたたたたっ・・・」」

同時に声が上がっていた。 自転車に乗っていた人も転倒したのだろう。

僕は、ヨロヨロと立ち上がった。

店の前に、若い女性が長い髪を振り乱して呻いていた。

見たこともないような紅茶色の長い髪が印象的だったが、突然の出来事に僕は慌てた。

「だ、大丈夫ですか!?」

僕は、その女性を抱き起こして声を掛けた。

「・・・・・・・・・!?・・・・・・・・・・・」

振り乱れた長い髪の下からは、瑠璃色の瞳が現われ僕を見据える。

「何処見て歩いてんのよっ!? このトーヘンボクッ!!」

その女性は、僕を突き飛ばし、いきり立つように僕を睨んだ。

「ご、ごめんなさい・・・」

僕には、それしか言えなかった。 まさかこんな時間に通行人なんて居ないと思ったから・・・

「ごめんで済めばケーサツいらないわっ! ったく、何考えてんのよ!」

怒り心頭に達しているようで、彼女は僕を睨み付けた。

「本当に済みません・・・あの・・・怪我した所ありませんか? すぐ手当てしますから。」

「うっさいわね! ほっといてよ!」

彼女は僕が伸ばした手を振り払って叫んだ。

が、直ぐに時計を見ると慌てたように声を荒げた。

「あーーーー!! みなさいよ! アンタが出てきたせいで、もうこんな時間になっちゃたじゃないの!? こうしちゃらんないわっ!!」

その女性は、再び自転車に跨ると猛スピードで走り出して行った。

その場に残された僕は、呆然と走り去る彼女の後姿を見送った。

 

 

「な・・・何なんだ・・・いったい・・・」

 

 

それが、僕と彼女の初めての出合いだった。

 

 

 

 

TO BE CONTINUED...

Produced on Nov.5rd '01

 


<作者コメント>

どうもこんにちは、Tomyuと申します。

この度は、我がサイト『MoonlightLounge』が一方ならぬ協力を頂いてます『Announcement of Textnovel Forum』 さまに日頃の感謝を込めて作品を書き下ろしました。

夢を持ちきれないまま社会に押し出されるシンジ君の前に迫る現実・・・その中でシンジ君は何を思いどうしていくのか?

そんな事をテーマにこの物語を書き記して行こうと思います。

それではまたお会いしましょう。